週間国際経済2025(13) No.419 07/22~08/05

今週の時事雑感 07/22~08/05

日本人ファーストから石破おろしへ(その2.石破おろし)

石破さんについて言えば、ぼくは2つの謎を抱えている。まずひとつめの謎。昨年9月27日の自民党総裁選で石破さんが選ばれたのだが、ぼくは石破さんは「総裁選に勝てると思っていなかった」と感じたのだ(⇒時事雑感№401「石破茂、オタクの正論」参照)。というのもこの総裁選投開票日にあわせて(偶然とは思えない)、米シンクタンクのハドソン研究所のウエブサイトに石破さんが投稿した論文が掲載された。そこで石破さんはかねてからの持論だそうだが、「アジア版NATO」や「日米地位協定見直し」について述べ、とくにアメリカとの核シェアや持ち込みを検討するという内容を、英文で発表したのだ。

自民党総裁、つまり内閣総理大臣になろうとする人が、なぜわざわざ対米外交に高いハードルを設けようとしているのか、わからなかった。そして総理総裁になると一切このテーマに触れないどころか、非核三原則の堅持と建て前を固めるようになったのだ。この論文投稿の意図と、その後の豹変について、専門家たちは何も教えてくれないし、語ろうともしない。

そこでぼくは「なれると思っていなかったのだ」と考えたのだ。小泉さんか高市さんがなるのだろう。自分はどうせ議員票を得ることができない。でも存在感は示しておきたい。そんな「党内野党慣れ」を感じたのだ。

ふたつめの謎は、そう、その石破さんの「国民的人気」だ。メディアが「次の総裁に誰が相応しいかアンケート」を企画すると、必ず上位に、ほとんど1位で石破さんが掲げられる。それを謎というのはぼくの好き嫌いではない、国民の好き嫌いだ。

でもぼくは、この謎に対しては月並みな解答を持っていた。それは「アンチ安倍」だ。そこにただの判官贔屓ではない、積極的な意味を与えていた。というのは、安倍さんはそうとう右寄りの保守だから、石破さんはリベラル寄りの中道。次に安倍さんの積極財政に対して財政再建。つまり安倍1強という偏りへの不安から、リベラルで財政健全化という分銅による均衡を政治に求める、さらには期待する声が、石破さんの国民的人気として現われていたのだろうな、と思っていた。

すると、安倍派1強あっての石破人気ということだ。その安倍派は今や、統一教会に始まって、政治資金パーティー裏金、失われた30年間(アベノミクスへの幻滅)…、選挙で勝てるわけがない。そこに石破首相は、安倍派裏金議員にペナルティを付けて解散総選挙に打って出た。もちろん議席は減る。先の参議院選挙は、安倍政権が国政選挙6連勝した2019年参院議席の改選だった。岩盤と見られていた安倍派すなわち保守・積極財政支持層は、国民民主と参政党に流れたと見られている。たいして「岩盤」でもなかったようだ。

それはしかたがない。石破さんのせいというより安倍派の自業自得だ。それより問題は、石破さん自身の問題は、リベラル・財政健全化に期待する「国民的人気」に応えられなかった、いやおおいに失望させたというところにあるだろう。

たとえば選択的夫婦別姓だ。石破さんは総裁選以降、「結論を先延ばししていい話ではない」と繰り返し、国会答弁では、結論を出すことは責任政党として「当然のことだ」と断言していた。しかし結論は出ずに国会は閉じ、またもや先送りされてしまった。改姓で多くのものを失う人々に背を向けて、つまり「国民的人気」を構成する一部に背を向けて、石破さんは党内保守派に配慮したのだ。

もうひとつ、どうしても指摘しておかねばならないのがイラン空爆に対する石破さんの態度だ。6月13日のイスラエルによるイラン空爆では即刻「到底許容できるものではない。極めて遺憾だ」と「法の支配」の立場から厳しく非難した。しかし21日のアメリカによるイラン空爆においては「法的評価をすることは現時点で困難だ」と逃げた。石破オタクの柱のひとつは安全保障ではなかったのか。その土台は国連憲章および国際法であったはずだ。それが問われる大事なときに、かれは空気を読んだのか評価を避けたのだ。

ぼくは石破さんは辞めるべきだと思う。「石破やめるな」とは思えない。選挙で負けたからではない。自身の政治的信念を語ることすらできなくなっているからだ。

そして辞めると思っていた。ところが「石破おろし」がTKO寸前の石破さんに再びファイティングポーズを取らせたようだ。それも旧安倍派画策の「石破おろし」は、石破さんのファイトに火を付けるに充分だったのだろう。この期に及んで、安倍派あっての石破さんなのか。

そうした個人的な感情はさておき、「石破おろし」にはもっと重大な意味があった。というのも今回の参議院選挙、財政再建派が負けて、財政拡張派が勝ったのだ。石破さんの謎の「国民的人気」の要素のひとつが日本財政の将来に対する不安だと指摘した。つまりは財政健全化への期待だ。すると石破おろしは、放漫財政に歯止めが効かなくなるサインとなるかもしれないのだ。

20日の投開票日を前にした7月15日には、すでに長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが一時1.595%とリーマン・ショック直後以来17年ぶりの高水準を付けていた。参院選後に財政拡張的な政策(減税と給付)が実現しやすいという観測をおもな材料としていた。その前に5月末には超長期の30年物国債利回りは過去最高の水準となっていた。

政治家も有権者も財政赤字拡大に対してあまりにも無警戒過ぎる。だから市場が警告する。「債券自警団」だ。有力な買手が見当たらないまま国債を増刷し続ければ、当然需要に見合わないのだから国債価格が下押しされて金利が上がる。それがまた財政赤字を膨張させる。そうして国債の信認が低下すれば格付けも下がり、そうなると日本企業も邦銀も資金調達コストが急増する。しかも同時に円の信認も低下して輸入インフレを誘発する。

この悪いシナリオに反応した投資AIプログラムが、まずは超長期の日本国債から売りに出し、あるいはより高いクーポンを求める。そうした投資家の行動が、「放漫な借り手」に対する警告となるのだ。

7月4日付日本経済新聞に、「ある野党の党首」は最近の超長期金利の上昇を受け「減税を公約から外そうかと思った」と話す、マーケットが発するサインを財政への警告と認識しながら減税を説くのは国民に責任ある行動とは言えないからだ、とある。おそらく野田さんの話だろうと思った(他はありえないだろう)。ところで玉木さんも古川さんも元財務官僚だ。そのサインが読めないはずがない。

その国民民主党は、消費税5%への引き下げの財源15兆円は「税収上振れ」だという。ちょっと待ってくれ。昨今の税収上振れはおもに物価高で消費税収が増えたことによるものだ。物価高対策なのに物価高が前提で、税収の原資である消費税率を半分にするのに税収上振れが続いて財源となるというのか。そんな話が有権者に支持されたとしても、投資家は別の思惑をもつだろう。税収上振れ財源は維新も同じだ。れいわや参政党は赤字国債が財源だ。消費税廃止による25兆円の歳入減と例年35兆円前後の財政赤字を併せて60兆円の国債を毎年発行して、誰がその国債を買うのだろう。買うとしてもどれだけのクーポン(利回り)を付ければ入札が実現するのだろう。その金利上昇と円下落で、庶民の暮らしは楽になるのだろうか。まぁここはいいだろう。どうせやらない(やれない)ことを約束しているのだから。

さて繰り返しになるが、参議院選挙では財政再建派が負けて、財政拡張派が勝ったのだ。そうして衆参両院で与党が過半数を割った。これが民意だ。ところが財政拡張派による政権交代は、ない。野党が減税を公約に掲げるのは、選挙のあとも相変わらず野党のままだからだ。

そもそも減税が物価対策だなんて、経済の理屈に合わない。今年恒久減税をして、また来年物価が高くなれば、また減税をするつもりなのか、そんなことできるのか。石破おろしで自民党総裁が財政拡張派になれば、減税主張野党は連立を組むのか。そして本気で「財源なき減税」に賭けてみる覚悟があるのか。ないとしたら、ここで減税できなくて次の衆議院選挙でまた大声で減税を掲げるつもりなのか。

日本人ファーストも消費税減税も、選挙がただ議員の就職活動でしかないことを物語っている。選挙の時はあれほど声を張り上げていたのに、選挙が終わればまったく聞こえなくなる。いや、今の民主主義がSNSの発信力で決まることはわかるし、ポピュリズムの台頭による多党化は日本だけの現象ではないことも知っている。そのため多様性や寛容が後退し、財政規律が大きく緩む。ポピュリストはイケイケだが、責任政党は苦しい立場に追いやられる。そうか、石破さんも野田さんも苦しいだろう。

そうだ。この際この苦しい二人で膝をつき合わせ、政治とカネ、給付付き税額控除、選択的夫婦別姓、とりあえずこの3つで合意してはどうだろう。おそらくこの二人の組み合わせは、ずいぶんと不人気なことだろう。でもそれがこの演目「日本人ファーストから石破おろし」のエピローグなら、次の舞台に期待を繋げることもできるだろうに。

日誌資料

  1. 07/22

    ・首相続投「国政停滞させず」 右派躍進の波、日本にも 欧州政党と共通点
    海外メディア「日本の右傾化」警戒
  2. 07/23

    ・米、対日関税15% 日米合意、25%から下げ
    自動車も計15%に 日本は80兆円投資
    ・米、ユネスコに脱退通知 「反イスラエル」を問題視
    ・インドネシア 対米関税「ほぼゼロ」合意 米は19%に下げ <1>
    東南ア「関税ゼロ」相次ぐ フィリピンも トランプ氏に譲歩し合意
  3. 07/24

    ・日米交渉合意 車、負担1.6兆円圧縮 15%の高関税、常態化に
    ・「アラスカLNGで合弁」トランプ氏 日本勢、収益性見極め
    ・日本、コメ輸入75%増 関税交渉 米が合意概要公表 農産品購入1兆円超
    ・気候変動 各国に対策義務 国際司法裁「差し迫った脅威」
  4. 07/25

    ・英印、FTAに署名 関税の大半撤廃 対米交渉にらむ <2>
    ・大義失ったトランプ関税 貿易赤字削減から投資交渉に <3>
    ・エプスタイン氏巡る事件 資料にトランプ氏の名 米報道 司法省、精査時に発見
    ・欧州中銀、利下げ見送り 8会合ぶり 米関税「不確実性高い」 <4>
    ・FRB訪れ利下げ要求 トランプ氏、議長に直接 解任は否定
    ・ガザ停戦 米代表団が撤収 協議は継続「ハマス側に誠意ない」
  5. 07/26

    ・仏、パレスチナ国家承認へ 9月 G7で初、米など反発
  6. 07/27

    ・デフレ脱却、既に3年目? 民間推計は供給<需要 財政出動根拠揺らぐ
  7. 07/28

    ・米、対EU関税15% 両首脳合意、車も同率 EU、対米6000億ドル投資 <5>
    ・北朝鮮、韓国と対話拒絶 金与正氏、李政権向け談話
  8. 07/29

    ・米EU、貿易戦争回避 安保協力を重視 EU「日本超す合意」誇示
    鉄・アルミ「米が?関税枠」 半導体・薬、主張隔たり
    ・首相、続投方針変わらず 森山氏「自身の責任、来月示す」 自民両院懇談会
    ・トランプ氏「ガザで飢餓」 イスラエルの主張に疑義
    ・英首相、耐えた70分 トランプ氏「放言」にも平静
    ・ユーロ、8ヶ月ぶり急落 対ドル、関税合意に不満
  9. 07/30

    ・EU、米国車の関税撤廃へ 域内販売、来月までに共同声明
    先行日本との違い強調 89兆円投資「民間主導」 欧州極右は一斉批判
    ・トランプ氏「G20欠席」 議長国・南アの政策批判
    ・米中、関税停止90日延長 閣僚一致 トランプ氏判断へ
    ・対ロ制裁期限「10日後」 トランプ氏 発動なら石油増産
    ・英「パレスチナ国家承認」 首相表明 ガザ惨状続けば9月に
  10. 07/31

    ・昨年コメ生産32万トン不足 農水省、流通に「目詰まり」なし <6>
    ・米韓、関税15%合意 車も同率「対米投資52兆円」 ブラジルは50%
    ・米金利維持、5会合連続 FRB副議長や2人 利下げ求め反対 円下落、149円半ば
  11. 08/01

    ・日銀総裁「不確実性なお」 金利据え置き 賃上げ持続を注視
    円下落、一時150円台4ヶ月ぶり
    ・日米中銀 動かぬ夏 政策金利、再び「据え置き」 <7>
    関税影響、長期化リスク 景気見極めは難航
    ・カナダ、パレスチナ承認へ 首相表明 G7で3ヵ国目
    ・国交正常化「パレスチナ国家」前提 サウジ、イスラエルに圧力 ガザ人道危機
    ・日本15%、大統領令署名(7月31日) 米新関税、発動は7日 <8>
         カナダ35%に上げ 対メキシコ90日延長 25%維持、関税交渉継続
  12. 08/02

    ・米雇用、大幅に減速 7月7.3万人 5、6月下方修正
    NY株5日続落 雇用統計下振れ 先行きに不透明感
    ・アップル、関税コスト1700億円 7~9月 中国製が重荷
    ・米原潜「適切な地域に派遣」 トランプ氏指示 ロシア近海展開か
    ・石油メジャー2社、大幅減益 4~6月 油価下落、生産は最大
    ・大学、トランプ政権と「取引」 「反ユダヤ活動」やDEIを排除
  13. 08/03

    ・米雇用減速 利下げに圧力 5~7月下振れ、ドル安に 市場、「9月」有力視
    統計局長解雇を指示 トランプ氏憤慨「政治的な操作」
    ・食卓に「猛暑インフレ」 夏野菜3割り高 ブリ5割高 コメ収穫減る恐れ
  14. 08/04

    ・崩れた楽観論 日本株試練 米雇用統計 日経平均4万円割れも
  15. 08/05

    ・コメ増産、首相表明へ 政策転換、輸出を拡大 <9>
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