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週間国際経済2025(6) No.412 04/01~04/17

今週の時事雑感 04/01~04/17

トランプ・ディールとアメリカ売り(トランプの非常識 VS 市場の常識)

なんとチープなディール劇だ

ぼくは赤沢さんを悪く言う気になれない。実際、世論もあまり叩いてはいない。そうだろう、だってこれが日米関係なのだから。カウンターパートはベッセント財務長官だと聞いていた。そこにUSTR(米通商代表部)も加わると。これは石破首相がトランプと直接電話で確認したことだ。ところがアメリカに向かって飛ぶ飛行機の中で、パジャマ姿の赤沢さんはトランプが参加するという情報を受け取った。ホワイトハウスに行くと大統領執務室に通され、座った席のテーブルには例の赤いMAGA帽子が並べてあり、トランプがそのひとつにサインして手渡してくるものだから、とりあえずかぶってポーズを取って写真に収まった。誰でもそうなるでしょう。うん、誰でもそうなる、それが日米関係なのだから。

でも、キャップだから野球に例えようか。対戦チームの帽子をかぶってサムアップしてみせれば、それは「降参」を意味する。ドジャーズのメンバーはニューヨークで絶対ヤンキースの帽子をかぶらない(もちろんエンゼルスでもかぶらない)。それは日本以外の、フランスでもドイツでもましてや中国の代表は、決してそんなことはしない。いや「降参」を意味するとまでは思わないよ、なるほど日本世論はそうだろう。しかしMAGAは、トランプ支持者たちにはどう見えるだろう。

だから、最初の交渉相手に日本が選ばれたのだ。相互関税発表の直前、トランプは上機嫌だった。共和党下院議員の集まりで、関税をかけられた各国首脳が「どうか、どうか、取引をお願いします、何でもしますから、“kissing my ass”(アメリカのB級映画でしか聞いたことがない)」とおどけて見せた。

その翌日、相互関税は発動され、そしてその日のうちに90日間停止が決まった。ベッセント氏は初めからそうする作戦だったとして、これは75ヵ国に及ぶ国々と交渉するための猶予期間だと言うのだ。その列の「先頭に日本がいる」と、かなりの日本通であるらしいベッセント氏は言うのだ。「どうか、お願いします」の具体的証人として日本が選ばれ、証拠写真を撮られ、トランプは(たいした合意もないのに)「大きな進展」と満足げだった。

はっきりしただろう、これがトランプ・ディールの本質なのだ。彼を知ってかれこれ10年になるが、“ディールの天才”だなんてとんでもない、狡猾で下品でチープだ。脅す、嘘をつく、話をすり替える、開き直る、その結果「はめる、はめられた」のやりとりに過ぎなかった。だからこの安物劇を観た市場がダメ出ししたのは、赤沢さんにではなくて(むしろ名演かも)、トランプ・ディールのほうだったのだ。

トランプ・ディールは売りだ

トランプは、売りだ。NY株価は、トランプ政権発足から60営業日余り経過して計10%下落した。これは選挙を経て(副大統領からの昇格ではない)発足した政権序盤の騰落率としては史上最悪だ。しかもこの短期間に大幅な下落が繰り返されている。

3月4日の対カナダ・メキシコ関税発動では2日で1300ドル超の下げ幅、6日にその一時猶予を発表すれば政策不確実性から427ドル安、これを受けて9日のFOXニュースのインタビューで景気後退予測を聞かれたら「短い移行期間がある」と発言して一時1100ドル安。これで巨大テック7社の合計時価総額は100兆円超吹き飛んだ。

4月2日に相互関税を発表すると3日のNY株は1679ドル安、4日に中国が報復関税を発表すると2231ドル安と、1日の下げ幅として史上3番目の大きさを記録した。これに対抗してトランプ政権が半導体の対中輸出規制を強化するとエヌビディア株が前日比7%安となってダウ平均は699ドル安となった。

当初の株安は、もちろん「関税不況」への警戒心からだった。しかし不規則で不透明なトランプ・ディールが繰り返されていくうちに、市場動向は「アメリカ売り」へと、つまり株式だけでなく、ドルも米国債も売るトリプル安の様相を呈するようになっていく。これはアメリカ経済の景気見通しとかアメリカ企業の業績見通しとかではなく、アメリカに対する「信認」の低下を意味する。

その「アメリカ売り」を加速させたのが、トランプのFRB議長解任発言だった。トランプの金融政策への政治的介入は今に始まったことではない。今も株価が下げるたびに「利下げ」を要求する発言を繰り返してきた。4月4日の歴史的NY株価下落のときも「今、利下げをするべきだ」とSNSに投稿していた。これに対してパウエルFRB議長は16日、講演で利下げに慎重な姿勢を示した。するとトランプは即、「(パウエル議長を)一刻も早く解任するべきだ」と投稿してしまったのだ。週明けの21日、NY株は17日比で一時1300ドルを超えて下げ、971ドル安で終えた。ドル指数は約3年ぶりの低水準に、金の先物は始めて3500ドルを超え、長期国債利回りが上昇(国債価格は下落)した。

中央銀行の政治的独立性は、国際的信認の大前提だ。ましてや今のアメリカ経済はトランプ関税によってインフレ再燃と景気後退の同時発現(スタグフレーション)の見通しさえ浮上している。そうしたなかでトランプが利下げ圧力をかけると、たとえFRBが利下げ判断だとしても、それが政治的介入だと見做されることを避けなくてはならなくなる。トランプは慌ててFRB議長解任を否定したのだった。

この朝令暮改騒ぎ、自動車関税についての発動後の修正常態化、スマホ関税の二転三転。

AI投資アルゴリズムにはもう「トランプ・ディールは売り」とプログラミングされていてもおかしくはないだろう。

なぜトランプ・ディールは売りなのか

トランプは、アメリカが強いから、アメリカの大統領は最強だから自分は強い、常に必ず相手より強いカードを持っている、そう信じている。だから、トランプのディールは売りなのだ。なぜか、第一に、トランプ自身が”Great Again“と言っているように、アメリカはもうかつてほど”Great“ではないのだ。

第二に、トランプ・ディールは1対1のサシの取引でしか使えない。だから相互関税も各国税率幅を変えて、それは非関税障壁が問題であるかのように見せかけて、個別交渉に持ち込もうとしているのだ。しかし関税をかけられた側としては税率が問題なのではない。EUとTPP、メルコスールといった具合に、新たな通商連携が生まれているのだ。

第三に、トランプ・ディールは期日を設定しようとする。自動車に関しては1ヶ月猶予、カナダ・メキシコ関税発動はエイプリルフールの翌日だとか、90日間の猶予だとか。考えてみればおかしな話だ。アメリカは貿易赤字国で同時に海外は大量の国債を保有している、つまり債務国だ。借り手が期日を決める取引がどこにある。さらにこの期日も根拠がない(支持者受けくらいかな)ものだから、期日になって延期や変更が繰り返される。期日を守れない債務者が信用されるはずがない。

こうしたディールが売り材料となるのは通商問題だけではなく、外交でも同じ傾向が見られる。ウクライナ停戦がそうだ。第1に、アメリカはもうGreatではない。世界の警察官ではない。アメリカ軍の派兵はない、つまり停戦を管理しないのだから停戦を仲介することはできない。第二に、トランプ・ディールはサシの取引でしか使えないのにウクライナ停戦はウクライナとロシア、さらにはEUを相手にしたディールだ。第三に、トランプはここでも期日を区切りたがる。イースターの4月20日までとか、停戦実現という自身の手柄を際立たせたいという幼稚な動機に基づく。期日があるため、例えばプーチンはキーウを空爆し、ゼレンスキー氏はクリミア半島を譲ることはできないとでも言いさえすれば、不利な交渉を「ふりだし」に戻すことができる。

こうしてみるとき、通商問題と外交問題は「別だ」とすることはできない。こうした外交的トランプ・ディールの無力化は、アメリカの信認に関わる重大な問題であり、市場における「アメリカ売り」の材料となっているのだ。

トランプ売りのベッセント買い

このように市場ではトランプ・ディールは売り一色なのに、政権発足3ヶ月近くでNY株価の下落幅が10%程度に収まっているのは、いわば「ベッセント買い」によるものだと言うことができる。4月4日の相互関税発動後に2231ドル安と史上3位の下げ幅を見せた直後に90日間停止で揺れ戻したのも、パウエルFRB議長解任騒動による「アメリカ売り」が一転、「解任しない」(トランプ)によってドルが買い戻されたのも、ベッセント氏が動いたからだった。

ベッセント氏はたしかに金融のプロだが、財政再建派であるし関税についても比較的穏健派であることからホワイトハウスでの影は決して色濃いものではなかった。ベッセント氏が市場で買い材料になっている理由は第一に、常識的だからだ。象徴的だったのだ4月22日の投資家との非公式会合で、中国との激しい関税の報復合戦はすでに「本質的には禁輸措置」であり、「双方にとって持続可能ではない」との考えを示したことだろう。これでNY株は一時1100ドル高と急伸を見せたのだ。

マーケットの混乱は、トランプの非常識vs市場の常識という構図によるものだから、ベッセント氏の常識が精神安定剤となっているのだろう。それもベッセント氏が正面からトランプ氏と対立していたら、これも売り材料となるのだが、ベッセント氏は常にトランプ・ディール発動の結果として市場に示されたエビデンスをもとに、その対応策としてトランプを説得することに成功しているという評価も見逃せない。

しかし、トランプとベッセント氏は本質的に矛盾している。ベッセント氏はたんなるプロのアドバイザーではない。ぼくの憶測では、ベッセント氏は「目的」を持ってトランプに面従腹背している。

その「目的」として伝え漏れているのが、ブレトンウッズ体制の再編という大きな物語だ。かれの歴史観では同体制はすでに機能不全に陥っている。そのうえでリバランスを強調する。そのリバランスも国際収支不均衡という対外バランスの表裏として、対内バランスの不均衡があると指摘している。その最たるものが中国の過剰生産と輸出依存なのだ。すると日本の過剰貯蓄(投資不足)による経常収支黒字や、もちろんアメリカの過剰消費も是正の対象になるだろう。

その方向性に、ぼくは全的に同意する(それはどうでもいいことなのだが)。問題は、この「目的」の大前提として国際協調が不可欠であり、そこがトランプと本質的に矛盾しているということなのだ。

どうやらベッセント氏はドルの基軸通貨特権(シニョレッジ)は保持したまま、基軸通貨国負担(貿易赤字と安全保障コスト=財政赤字)を軽減したいと考えているようだ。そのためにトランプ関税で中国やEUを巻き込むという作戦なのだろう(この戦術には同意できない)。こんな小難しいこと、トランプと共闘できるわけがない、トランプ支持集会でうけるはずがない。そんな悠長な話、とても来年の中間選挙までに成果が出るはずがない。

そしてベッセント氏は、ホワイトハウスで浮いている。そもそも財務長官就任には一悶着あった。マスクたちはラトニックを推していた。関税強硬派たちは巻き返しを狙っているに違いない。かれがジェンダー・マイノリティであることも、現政権ではリスクとなる。トランプとベッセント氏の良好な関係の持続可能性を疑わない市場関係者は少ないだろう。

かりにトランプがベッセント財務長官を解任したならば、そのときのマーケットの反応を予測することは難しいテーマではない。つまりこれが安全弁だと認識され、その安全弁の保証期間が極めて短い。やはり、トランプ・ディールは売りなのだ。あとはいつになったらトランプ株の株主、MAGAたちが損切りを決断するか、それが市場の、そして世界政治の大きな潮目となるのだろう。

日誌資料

  1. 04/01

    ・「関税不況」リスク、市場襲う 日経平均急落1500円安
    ・停戦交渉進まずいらだち トランプ氏、プーチン氏に「腹を立てている」
    ロシア:制裁緩和へ時間稼ぎ ウクライナ:資源協定に消極的
    ・仏極右ルペン氏、有罪判決 公金不正流用 大統領選出馬険しく
    ・ハーバード大助成見直し 米政権「ユダヤ対応不十分」 総額1.3兆円
  2. 04/02

    ・相互関税で110兆円消失 ジェトロ試算 世界のGDP 米、最も影響大きく
    ・米長期金利にベッセント砲 利回り低下、財政拡大不安が後退
    ・ロシア、米に資源権益 レアアース共同開発へ交渉 「ゼレンスキー外し」狙う
  3. 04/03

    ・投資マネー、米から逃避 週間3兆円 トランプ関税で動揺 <1>
  4. 04/04

    ・トランプ関税、日本24% 想定上回る 崩れる自由貿易 戦後秩序の転機に<2>
    中国34%、EU20% 車25%関税発動
    NY株急落1679ドル安 日経平均3万4000円割れ 円高、一時145円台
    ・カナダ、米に報復関税 自動車25% 「関係、終わり迎えた」
  5. 04/05

    ・中国、報復関税34% 全輸入品対象 レアアース輸出規制
    ・NY株急落2231ドル安 関税応酬 下げ幅史上3位 世界同時株安の様相 <3>
    米国債利回り一時4%割れ
    ・韓国 尹大統領を罷免 憲法裁 6月上旬に大統領選
    ・米雇用22.8万人増 3月 失業率は4.2%に上昇
  6. 04/06

    ・韓国経済、浮揚見通せず 尹氏罷免 高齢化や家計債務膨張
  7. 04/08

    ・ベッセント財務長官が対日交渉 関税巡り、為替も議題
    ・イスラエル関税「やめず」 トランプ氏 首脳会談で通達
  8. 04/09

    ・米、対日関税24%発動へ 第2弾 中国は累計104%に <4>
    ・マスク氏、トランプ氏に関税撤回直訴 車産業への打撃懸念
    ・米財務長官 アラスカに日本資金期待 LNG輸出を重視 USTRは農産品市場開放
  9. 04/10

    ・中国、レアアース輸出停止 EV材料など7種、一時的に米関税に対抗 <5>
    ・中国、報復関税発動へ 対米84%、WTO提訴も 人民元、17年ぶり安値 対ドル
    ・米、上乗せ関税90日停止 トランプ氏 一律10%は継続 対中、累計125%に上げ
    NY株急反発2962ドル高 上げ幅最大 日経平均一時2800円超高
    ・トランプ氏「絶好の買い時」 関税停止発表前に投稿 情報管理体制に疑義
  10. 04/11

    ・金融リスク米に再考迫る  米国債急落引き金 <6>
    発動13時間後 相互関税一部90日停止
    ・EU、報復90日保留 トランプ氏の転換受け
    ・米消費者物価2.4%上昇 3月、予想下回り鈍化継続
    ・対中追加関税、計145% 米が説明訂正 政府内混乱、NY株1014ドル安
    ・日経平均、一時1900円超安 米中摩擦を懸念 円上昇、142円台
  11. 04/12

    ・米中報復関税、消耗戦に 中国も125%に引上げ <7>
    ・鎮まらぬ米国売り ドル安・債券安・株安 関税一時停止も不信 <8>
  12. 04/13

    ・米相互関税、スマホ除外 iPhone値上がり回避
    ・米イラン、核問題を協議 トランプ政権 決裂なら武力行使示唆
  13. 04/14

    ・スマホ、半導体関税の対象 トランプ氏「除外ない」 商務長官「2ヶ月以内に」
  14. 04/15

    ・中国、米高関税3ヵ国に接近 習氏、ベトナムなど東南ア訪問 <9>
    ・日本人の数 減少幅最大 昨年推計 89万人 総人口は14年連続減
    老いる首都圏、介護深刻 高齢者4人に1人 職員21万人不足へ
    ・米、車関税の救済策検討 トランプ氏 米移転に「猶予」 発動後の修正常態化
    ・中国ベトナム、供給網で協力 首脳会談、関税の影響抑制
  15. 04/16

    ・ホンダ、米で9割現地生産 追加関税 輸出から転換
    ・侵略責任プーチン氏を批判 トランプ氏「始めるべきではなかった」
    対ウクライナ 停戦難航に不満
    ・EU、TPPと連携検討 トランプ関税に対抗 自由貿易維持へ協調 <10>
    ・ハーバード大の助成凍結 米政権 多様性見直し拒否受け 3100億円
  16. 04/17

    ・米中対立、レアアース波及 中国に生産7割集中 世界の供給網に打撃
    ・NY株急落699ドル安 エヌビディア7%安 対中規制が重荷
    ・日米協議 赤沢氏、関税包括見直し要求 月内に再交渉 トランプ氏「大きな進展」
    トランプ氏ペース初会合 突如参加「日本を最優先」 各国協議へ譲歩狙う
    ・貿易赤字15%減 5.2兆円 昨年度、対米黒字は1.3%減
    ・FRB、早期利下げに慎重 議長、関税見極め 「検討待てる状況」
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