「 2018年07月 」一覧

週間国際経済2018(23) No.150 07/09~07/15

今週のポイント解説(23) 07/09~07/15

トランプ支持者たちにとっての常識と自己肯定感

1.トランプ支持者の自己肯定感

日本経済新聞は週に2度、英フィナンシャル・タイムズのコラムや記事を翻訳して掲載している。とても助かるし、とくにマーティン・ウルフのコラムを楽しみにしている。7月19日付「米の変質、金権政治の果て」のなかで、はっとする文章があった。

「トランプ氏によって、情熱的な支持者は自己肯定感を得ることができた」、「保護主義がトランプ氏の支持者に好影響をもたらすかと問われれば、答えはノーだ」、だが支持者にとってトランプ氏は「真のリーダー」なのだ、と。

はっとしたのは「自己肯定感」というワードだ。トランプ大統領を生んだ背景は深い。トランプ政権が支持され続けている背景は、さらに深い。

インテリたちや権威あるメディアは、トランプ氏の「非常識」を批判した。これまでは、それでこと足りていた。なぜなら、アメリカの大統領は常識人でなければならなかったからだ。

「非常識な政策」を支持する人たちには、「常識」を説明してあげていた。人々は、どこかで不満を感じながらもこれを受け入れてきた。このとき、かれらの「自己肯定感」は押しつぶされていたのだった。

2.常識を敵視するトランプ氏とその支持者

常識は言う、差別はいけないと。でもアメリカには差別感情が広く隠れ潜んでいる。常識は言う、言論の自由は民主主義の前提だ。でもアメリカ人の半分近くにとってSNSが言論だ。常識は言う、同盟国は大切だ。でもアメリカ人の多くは、その同盟国とやらは何かしてくれたのかと思っている。常識は言う、国連やWTOは尊重しなくてはならない。でもアメリカ人の多くはそんなものよりアメリカが大事だと、そう言ってくれれば爽快だ。

「そうなんだ、俺たちは前からそう思っていた」、それをインテリたちや権威あるメディアなどが「それは間違っていますよ」と、上から目線で否定してきやがった。それが気にくわなかった。

トランプは、リーダーだ。俺たちが思っていたことを言っている。そして、闘っている。そんな男が、アメリカの大統領なんだ。これが、「自己肯定感」だ。

保護主義?なんだそれは。外国から安くて良いものが入ってきたら、俺たちが作ったものが売れなくなる。だから輸入品に高い税金をかけてやるんだ。なに?そんなことをしても誰も得はしない?かえって雇用は減るし、物価も高くなる?それが「常識」なのか?関係ないね。

3.巨大利権のしがらみがない

同じ共和党のレーガン大統領の背景には軍需産業があった。だから対ソ軍拡を訴え、国防費を倍増させた。ブッシュ大統領(父も子も)の背景にはエネルギー産業があった。父も子も中東湾岸で戦争を起こし原油価格を引き上げた。そのどちらの背景にも巨大な金融資本があった(このことは共和党政権も民主党政権も違いはない)。

その結果、アメリカ社会には格差が広がった。人々は怒っていた。オバマ氏の言葉は、難しい。そこにトランプ氏が、エスタブリッシュメント(既得権益)を攻撃して登場した。インテリもメディアもやつらのグルだと攻撃した。

トランプ氏には巨大利権のしがらみがない。つまり支持されているわけではない。だから多様な不満と怒りを支持に代えた。そしてそのためには多くの「常識」と敵対する必要があった。複雑な利害関係を無視して、それぞれ個々の利害に向けて「犬笛」を吹き続けた。だから全体として利害は対立し、誰の利益にもならないのだが、支持者の「自己肯定感」は高揚していく。

4.無力化していく「常識」

移民の国アメリカで、人種・宗教差別を大統領が煽る。アメリカが中心でアメリカが主導した国際協定から大統領のサインひとつで離脱する。世界最大の財政赤字を抱えながら、巨額の減税をする。それも国際通貨ドルを発行する特権があってこそできることだ。その特権をそのまままに、世界貿易に対して一方的な制裁を課す。

しかし、どれも支持者に恩恵を与えてはいない。むしろ損失を生むことは「常識」で説明できる。でもここでトランプ氏がその常識に屈したと見られたならば、支持者の高揚した「自己肯定感」に冷や水を浴びせることになる。彼らの怒りの矛先が、変わる。だからトランプ氏は、次々と常識と敵対していかねばならない。

6月12日、サミット(主要国首脳会議)の日程に米朝首脳会談をブッキングした。サミットに集まる各国首脳は、民主的な手続きによって選ばれた人たちだ。それぞれの国の民主主義を尊重するならば、初めから途中退席を前提にすることなどあってはならない、というのが「常識」だ。

メイ英首相はEUからの穏健な離脱を決め、これに反発した強硬派の主要閣僚が辞任した。トランプ氏はそのイギリスに行き(7月13日)、穏健離脱は「米英の貿易協定の機会をつぶすだろう」と警告し、辞任したジョンソン前外相について「偉大な首相の資質が備わっている」と評価した。こうした内政干渉はありえないというのが「常識」だ。

NATO首脳会議では、トランプ氏は加盟国に国防費の倍増を要求して亀裂を深め(7月12日)、その同盟が対抗するロシアを訪れてプーチン氏との関係改善を演出した(7月16日)。ロシアのクリミア併合を容認するかのような発言を繰り返し、アメリカ大統領選への介入も否定した。それを翌日撤回した。でも、プーチン氏に訪米を要請した。

そして7月19日、テレビインタビューで、FRBの利上げを「好ましくない」と述べた。中央銀行の政治的独立性の観点から、大統領は金融政策を非難してはいけないというのが「常識」だ。

5.何が私たちを否定しているのだろう

「常識」を批判する、あるいは常識に囚われないと言えば、なにか進歩的な要素を感じるかもしれないが、勘違いしてはいけない。トランプ氏は「非常識」なだけで、既存の常識に変わる新しい常識を創造しようとしているわけではない。

既存の「常識」とは、インテリの頭の中から出てきた産物ではない。多くの、それこそ多くの人々の歴史的行動が築いてきた財産だ。

しかし今日、「反常識」が少なくない人々の高揚感をもたらしているのも事実だ。またこうした現象は、たんにトランプ現象だけではなく、世界中のポピュリズムや非民主的権威にも見られる。

ここから何を学ぶべきなのだろうか。

まず、「常識」の連帯を再構築するべきだと思う。人権、言論の自由、国際協調といった常識を、さらに強い合意へと高めていかねばならない。次に、「反常識」を支持する人たちに対して、あなたがたは非常識だと言って批判するだけでは効果が期待できないということを受け止めなければならないと思う。

ここで問題は「常識」ではなく、「自己肯定感」だからだ。差別・排外・反知性による自己肯定感の背景をより深く理解しなければならない。何が私たちを否定しているのか。一時的な高揚感ではなく、持続可能な自己肯定のために、現代世界で何を問題とするべきなのか。

トランプ現象は、歴史的に見れば一過性の出来事だが、それがアメリカで発現したという事実から、「常識」は真摯に学ばなくてはならないと思う。

日誌資料

  1. 07/09

    ・経常黒字、5月14.5%増の1.9兆円、47カ月連続 貿易収支は4カ月ぶり赤字
    第1次所得収支は23.2%増の2.4兆円、単月としては過去最高
    ・英、デービスEU離脱担当相が辞任 穏健路線に反発 メイ政権に打撃
  2. 07/10

    ・李ジョンソン外相も辞任 対EU強硬派反発 無秩序離脱の恐れ
    ・米政権「マティス国防長官外し」 国防政策で頭越し指示 国際協調派が後退
    ・中国、対独接近を演出 李克強首相訪独 貿易で対米連携探る
    独企業、中国投資を拡大 化学大手のBASF、BMW、VW、シーメンスも
  3. 07/11

    ・米、対中関税6031品目追加 9月以降 22兆円分に10% <1>
    中国「反撃取る」 報復の泥沼 見えぬ糸口、経済に懸念 日経平均一時450円超安
    ・韓国・インド貿易、2030年までに2.5倍 首脳会談(10日ニュウデリー)で合意
    ・トランプ氏、対ロ改善意欲 欧州歴訪 NATO批判繰り返す
    ・テスラ、EV中国生産 年50万台 米国外は初、上海に工場
    ・次世代原子炉、官民で(経産省) 年度内に協議体 安全・コスト減に力
  4. 07/12

    ・NATO(北大西洋条約機構)首脳会議(11日ブリュッセル)米欧、安保でも亀裂
    トランプ氏、GDP比目標2倍(2%→4%)を提案、固執 通商からめる
    ・人口減最大37万人 9年連続 生産人口6割切る
    外国人、最多249万人 東京では20代の1割に 働き手、高まる存在感
  5. 07/13

    ・中国、対米黒字14%増 1~6月 米経済好調で輸出拡大
    ・パウエルFRB議長、輸入制限懸念「高関税長引けば悪影響」
    ・トランプ氏、英の穏健離脱に警告 「米との貿易協定の機会つぶす」
    ・ウォルマート、西友売却へ ネット風圧、小売り本丸に <2>
    人口減の日本での実店舗運営から撤退し、中国やインドなど成長市場に軸足映す
  6. 07/14

    ・日米原子力協定 16日に自動延長
    日本のプルトニウム大量保有 米、国際社会の批判配慮 保有削減、道厳しく
    ・米英首脳会談(13日ロンドン)「特別な関係」演出 EU離脱問題では溝 <3>
    ・貿易摩擦、進むドル高円安 利上げ加速、日本の貿易収支悪化 <4>
    ・中国、輸入拡大実らず 対米黒字最大に 米経済好調で輸出の伸長続く <5>
    ・「貿易戦争、新興国の重荷」 FRB報告書 市場変調を指摘
  7. 07/15

    ・米特別検査官、ロシア軍12人起訴 選挙介入問題 トランプ陣営関与焦点
    ・韓国、最低賃金10.9%引き上げ 文政権に労使反発 <6>
    ・自衛官の採用年齢拡大 30年ぶり 人材難で上限30歳程度(現行26歳)

※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf