今週の時事雑感 05/21~06/07
少子化ですが給付金ですか、それとも減税ですか
昨年の出生数、日本で生まれた日本人の子どもの数が前年比で5.7%減の68万6061人で、統計上初めて70万人を割ったという厚労省の発表(6月4日)は、いったいどれほどのインパクトを社会に与えたのだろうか。出生率も1.15と、3年連続で過去最低だった。誰も驚かない、というのは言い過ぎだろうか。新しく起きた危機と比べて、すでに起きている危機、それもずっと以前から指摘されている危機に対しては、「危機慣れ」とでもいうか、緊張感がどうしても薄れる。しかも具合の悪いことに、もう子どもなんて増えないよという諦念もあって、少子化の統計数値は情報としての価値を失いがちだ。
しかしこの70万人割れが、「国の想定より15年早い」という情報は、それなりの衝撃を持って受け止めるべきだろう。なぜならこの「国の想定」は「国の政策」の前提となっているからだ。この場合、国というのは国立社会保障・人口問題研究所のことを指し、想定というのは同研究所の将来人口推計で、その最新のものは23年4月にまとめられている。それによると24年の出生数は75万5000人で出生率は1.27と推計されており、出生数が68万人台になるのは15年後の2039年と想定されていたのだった。
この数値はいわゆる中位推計であり、いわば統計上最も可能性が高い数値とされている。対して「最悪ここまで低くなるかも知れない」という限界最小値を低位推計と呼んでいるのだが、昨年の統計はこの低位推計シナリオがかなりリアルになっているという情報なのだ。
この低位推計シナリオならば2070年には生産年齢人口(15~64歳)は半減する。たとえ出生率が1.36まで回復しても実質GDP成長率は平均0.2%にとどまり、2060年度には医療・介護の給付費は倍増し、国と地方の債務残高も対GDP300%と1.5倍にまで膨らみかねない。かりに出生率が1.13ならば基礎年金の給付水準は65年度に4割弱下がる(6月5日付日本経済新聞)。とても年金「100年安心」などと、いっていられなくなる。
同記事には専門家(稲葉寿氏)の指摘がある。「ワーストシナリオでも機能するように制度設計するべきではないか」、そのうえで「選択的夫婦別姓を何十年も議論している場合ではない」、まったく同感だ。
つまり最初に書いた「危機慣れ」、「緊張感を失う」、「諦念」、これらの主語は政治、なのだ。財政を初めとする制度設計の根本的見直しが必要ななか参議院選挙を前にして、与党は給付金、野党は減税と言い争っているのだが、どちらにせよ「税で票を買う」選挙対策であることに違いはない。どうして国政選挙のたびに、特別な財政支出が必要になるのだろうか。2000年以降に日本では衆参国政選挙が18回あった。26年間で18回だから3年に2回以上になる。そのたびに消費税増税延期や、各種給付金が票になった。
そう、この国では財政支出は票になる。コロナのときも、2020年度2次補正予算で安倍さんは「空前絶後の規模、世界最大の経済対策」と言って支持率を高めた。この頃から大規模補正予算が常態化し、政府債務が膨張していった。岸田さんは防衛費を対GDP比2%にまで増額するとか、子ども手当予算を倍増するとかで支持をつないだのだが、その財源として、これから社会保険料引き上げや増税が待ち構えているのだ。
日本経済新聞では6月10日付から3回にわたって「きしむ日本国債」を連載した。日銀は国債買い入れの減額を決めた。異次元緩和で日銀保有国債は560兆円にまで膨らみ、発行残高の52%を占めている。異次元緩和に先立って日銀は、政府に財政再建を約束させていた。さもなくば、出口が見えなくなるからだ。しかしアベノミクスは、ゼロ金利借入れをよいことに財政赤字を膨らませていく。
その結果だ。このままでは国債市場で金利が急騰するリスクを抱えたままになるし、将来の金融政策の選択肢を失うことにもつながる。しかし、日銀に代わる国債の買手が見つからない。このまま財源が不確かな追加的財政支出を繰り返せば、市場の信認を失って、具体的には国債の格下げ、企業の格下げ、外貨調達コストの上昇という悪循環に陥りかねない。
まぁ、古くて新しい問題だ。ここでも少子化同様「危機慣れ」が見える。それどころか、「それって財務省の論理ですよね」という“論破”に出くわす。財務相解体デモというのは、なんとも不思議な現象だ。日本の財務省は、どう見ても先進国で最も緩いのに。日本の財務規律が緩いのにはいくつか理由があって、そのひとつは日本には欧米に備わっているような政府から独立した財政機関が存在しないということだ。
あのトランプでさえ、減税法案を通すためにはその財源や債務上限引き上げについて最大限の神経を使わなくてはならないのだ。それでもアメリカ国債は格下げされ、それに連れて大手米銀の格付けも下げられた。下げられたとはいっても上から2番目の「AA+」、日本国債はその下の下の下「シングルA」だ。その下に下げられればなんと「投機的」と見做されてしまう。
「自国通貨建ての国債はどれだけ発行しても財政は破綻しない」という「夢の国」に住む人々を説得するのは徒労だ。ただかりに財政は破綻しなくても、発行された国債は市場では商品なのだから需給で価格が変動するということは、互いに同意できるだろう。格下げリスクは、あるいは格下げ圧力でも、それを甘く見ないほうがいい。柔軟な市場機能を欠いている国債価格はボラティリティが大きく、長期金利の急上昇は内需を直撃し、国債信認の低下は企業の海外活動に大きな障壁となる。これは決してワーストシナリオでもない。すでに日銀の手が届かない超長期金利は昨年末から1%以上上昇して3%を超え、過去最高を更新しているのだ。
少子化問題も財政赤字問題も、危機感は薄れながら、危機そのものは深まってきた。選挙のたびに、そう今年は参議院選挙だけでなくいつ解散総選挙があるかもわからないのだが、そのなかでやはり与野党はバラマキや減税を競い合うのだろう。たぶん石破さんは一律給付金などやりたくはないだろうし、野田さんは消費税率を触りたくないはずだ。それでも「党内事情」が優先されたようだ。有権者がそんなことに付き合う必要はないだろう。また付き合うからこんなことが繰り返されるのだ、
給付金であれ食料品消費税減税であれ、3兆円から5兆円規模の政策だ。これを物価高の一時しのぎに使ってしまうのか。せっかくの少数与党、多弱野党ではないか。今こそ超党派による財政戦略のもと各種制度設計の根本的見直しに着手する絶好の機会ではないか。まずは、もうバラマキや減税の「こっちの水は甘いぞ」政治とは決別すると、主権者に対して納税者代表としての覚悟を示すべきなのだ。
日誌資料
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05/21
- ・英、対EU協調に回帰 離脱5年、27兆円損失試算も 輸出、検疫手続き簡単に
- ・英、対イスラエル貿易交渉を中断 ガザ物資搬入「不十分」
- ・米銀5行も格下げ ムーディーズ 政府の支援能力「低下」
- ・対米輸出4ヶ月ぶり減 4月 関税で車減少 貿易赤字1158億円
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05/22
- ・人民元運ぶシルクロード 「円の国際化」の轍踏まず
- ・ヘッジファンド米国債膨張 保有残高380兆円、日本の2倍 相場の波乱要因に
- ・トランプvs.大学研究ピンチ 資金停止1400件、医療やAI打撃 揺らぐ科学大国
- ・実質賃金3年連続減 昨年度0.5%マイナス コメなど物価高重荷
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05/23
- ・トランプ減税法案可決 米下院、215対214 上院で修正協議へ
- ・日米、為替水準「議論せず」財務相会談 関税見直し、改めて要請 <1>
- 根深い米不信、円安阻む 財政・関税…ドル買いづらく
- ・イスラエル大使館員銃撃 米ワシントンで2人死亡
- ・ドル離れビットコイン流入 一時11万ドル超、最高値に ETF経由の買いも一段
- ・トランプ大統領、南ア大統領糾弾 「白人の大量虐殺が進行」
- ・ハーバード大留学阻止 米政権 在校生転出も要求 「他大学への警告」
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05/24
- ・G7財務相共同声明 中国の過剰生産懸念 米関税の批判避ける <2>
- 結束優先、米の貿易赤字に配慮
- ・対中規制 技術革新促す 小米、3ナノ半導体開発 ファーウェイ、PCに自前OS
- ・ドイツ国債、大増発時代 163兆円支出「米離れ」援軍 <3>
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05/25
- ・USスチール買収一転承認 日鉄の2兆円投資評価 トランプ氏「関税の効果」
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05/27
- ・東南ア、中国から輸入2割増 米関税で受け皿に <4>
- 低価格品、日系企業に脅威 部品を製品化、米輸出も
- ・対EU50%関税延期 トランプ氏表明 7月9日まで
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05/28
- ・トランプ一族仮想通貨に熱 「トランプコイン」時価総額25億ドル
- ・米で販売のiPhone インド出荷、中国抜く CNBC報道 アップル、関税回避急ぐ
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05/29
- ・トランプ関税差し止め 米貿易裁命令「大統領権限超える」 政権は控訴
- ・マスク氏、政権離脱へ 特別職員任期「終わりに」 減税延長法案を批判
- 混乱残しマスク劇場に幕 「利益誘導」根強い批判 トランプ氏と次第に距離
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05/30
- ・トランプ関税当面継続 米控訴裁 差し止め一時停止
- ・「米金融政策、政治配慮せず」FRB議長 トランプ氏と面会 利下げ巡り応酬
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05/31
- ・ファーウェイ、自国で供給網 19年以降、半導体60社に出資
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06/01
- ・米鉄鋼・アルミ関税50% 4日から トランプ氏、USスチール工場で
- 「関税成果投資11兆ドル」強調 正当性訴え支持固め 「米が引き続き管理」具体案示さず
- ・アジア安保会議 ヘグセス米国防長官が演説 米軍資源は「対中優先」 <5>
- 台湾有事「戦う準備」 対アジア政策初説明
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06/02
- ・サウジ、原油増産を主導 OPECプラス 痛み覚悟、シェア追う
- ・NASA長官人事撤回 トランプ氏、詳細明かさず
- ・アジア安保会議閉幕 ASEAN、米中に不信 米関税、対中協調に影 <6>
- ・EU、対米報復の用意 鉄鋼・アルミ関税5上げなら
- ・ウクライナ シベリアへ無人機攻撃 空軍基地標的 爆撃機40機超損害か
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06/04
- ・韓国、李在明大統領が就任 3年ぶり革新政権に 外交で実益重視 <7>
- ・鉄・アルミ50%関税発動へ 米政権、国内生産を促す
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06/05
- ・出生数初の70万人割れ 昨年5.7%減 縮む日本、揺らぐ経済基盤 <8>
- 国の想定より15年早く 出生率1.15最低更新 生産年齢層は5割減 基礎年金4割弱減額
- ・米減税法案に「恥を知れ」マスク氏 トランプ氏名指しせず
- ・実質賃金1.8%減 4月 4ヶ月連続減少
- ・プーチン氏「反撃」明言 対ウクライナ、応酬激化 米ロ首脳電話協議
- ・トランプ減税法案 財政赤字340兆円押し上げ 議会予算局試算 今後10年で
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06/06
- ・NATO、国防費上げ合意 事務総長「GDP比5%」目標提示
- ・米貿易赤字55.5%減 4月、駆け込み輸入が収束
- ・ベトナム「二人っ子」撤廃 東南ア、急速な少子化に危機感 <9>
- タイ、日本下回る出生率 シンガポール、辰年も出産増えず
- ・米への入国12ヵ国禁止 イランなど国家安保理由に キューバ含む7ヵ国は制限
- ・米中、関税協議を早期再開 首脳電話協議 相互訪問も合意
- レアアース習氏に直談判 トランプ氏「問題なくなるはず」透ける焦り
- ・欧州中銀、0.25%利下げ 7会合連続 政策金利2%に <10>
- ・トランプ氏がマスク氏と決裂 政府契約の解除示唆
- ・ウクライナ早期停戦 トランプ氏、断念示唆 「しばらく戦わせたらいい」
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06/07
- ・米雇用13.9万人増 5月、失業率横ばい4.2%
- ・次期FRB議長「すぐ明らかに」 トランプ氏、異例の早期指名も
- ・米中閣僚協議 英で9日 トランプ氏表明 レアアース規制など