「 2023年10月 」一覧

週間国際経済2023(31) No.365 10/11~10/17

今週のポイント解説 10/11~10/17

アメリカ長期金利が16年ぶりに5%台、今最大のリスクはパレスチナ問題

高い長期金利をどう見るのか

前々回の授業でぼくは「これからの時事問題はアメリカの長期金利がポイントになる」と言って、そもそも長期金利とは何なのか、基本的なことを説明しました(⇒ポイント解説№363参照)。そして注目したのが、アメリカの長期金利が9月の月間上昇率が0.5%になったということでした。その時点で4.58%程度でしたが、10月19日ついに一時5%台にまで上昇し。これは16年ぶり、つまりリーマンショック直前の高い水準です。

少しおさらいをしましょう。まず長期金利は将来の経済成長予想を反映します。景気が良くなっているならば、資金需要が高まり金利は上がるでしょう。すると高い長期金利は好況予想なのだから良い指標だと見ることができます。一方で、長期金利は国債価格と反比例します。財政が悪化して国債をたくさん発行して買い手がなかなか付かないと、国債価格は下落して長期金利が上がります。これは悪い指標がと見ることができます。ですから前者は「よい金利上昇」であり、後者は「悪い金利上昇」だと呼ばれているのです。

また市場価格である長期金利は「経済の体温計」だと言われます。ぼくはこの5%という数値は、発熱外来に電話をするべき高熱だと思っていますし、「悪い金利上昇」だと見ています。しかしプロの投資家たちはプロだけに、おおいに迷っています。おそらくAIにプログラミングされたアルゴリズムに多少混乱が生じているのでしょう。

アメリカ議会の信任低下

国債は政府の借金手形です。借り手の信用が低ければ利子は高くなります。アメリカ議会は「つなぎ予算」で大もめして、その果てには下院議長が解任されてしまいました。こんなこと初めてのことですし、しかも解任動議を出したのは下院議長の身内である共和党の中の保守強硬派だったのですから。マーケットに「この人たち、財政を管理する能力があるの」という不信感が高まって当然です。その後も新しい下院議長をなかなか選ぶことができません。議会が正常化しなければ予算の話もできません。

そうした混乱のなか、アメリカ国債の発行(供給)は増え、それを購入する(需要)買い手は減りました。アメリカ財政は物価高対策やウクライナ支援で支出が増え、さらに金利が高くなっていますから国債の利払いをするために新たな国債を発行しなくてはならなくなっています。供給が増えて需要が減れば国債価格は下がりますから国債利回り(長期金利)は上がります。

利回りが高ければ買い手もいるだろう、それはそうなのですが、まだまだ国債価格が下がる(利回りが上がる)と思えば、今は買わないことになるでしょう。そして「16年ぶり」というのがポイントで、リーマンショック後にFRBは「異例の量的緩和」といって国債を買いまくっていたのですが、それを止めて今は少しずつ売り始めているのです。だからふつうに考えれば長期金利はまだ上がるでしょう。

パレスチナ情勢で乱高下

上のグラフを見ると、10月になってアメリカの長期金利が乱高下していることがわかります。まず9月だけで0.5%も上がりましたが、これは政策金利の利上げでいうと2回分に相当します。ですからもうFRBは利上げをする必要がないだろうとマーケットは期待しますし、FRBメンバーもそうした発言をします。あまりに高い金利はインフレを押える前に景気を悪くするからです。さらにハマスがイスラエルを攻撃したというニュースが飛び込み、なにがどうなるかわからないので当面リスクを避けて国債を買っておこうということになりました。それで長期金利は一気に4.5%まで下がりました。

でも待てよ、この中東の混乱は長引くかもしれない。ハマスの背後にはイランがいるそうだ。するとアメリカはイランに対する制裁を強化するだろう。そうなると原油価格が上昇してアメリカのインフレを刺激する、そうなるとFRBが利上げに踏み切るかもしれない。だとすれば長期金利はまた上昇(国債価格は下落)するだろうから、損失が大きくなる前に手持ちの国債を売ってしまおう。ということで長期金利は再び上昇し始めます。

高い長期金利とアメリカの景気

長期金利5%という「経済の体温計」は発熱外来ものだとぼくは思っていますから、安静が必要、つまりアメリカの景気は一時的に冷える方向に向かうと見ています。なんといっても金利が高いと住宅ローンや自動車ローンに響きます。住宅と自動車は関連需要が幅広いので、その買い控えは景気に大きく影響します。

そしてこの高い長期金利は株安圧力になります。国債利回りが5%なのですから、このまま政策金利も高いままならば、株を売って国債を買う動きが出てきても不思議ではありません。国債に利回りがあるように、株式にも「益回り」というものがあります。これは1株当たりの税引き後価格(純利益)を株価で割った数値ですが、長い間、国債利回りよりかなり高かったのですが、約21年ぶりに国債利回りに逆転される様相になっています。

資産効果というものがあって、資産価格が高ければ所得が増えたような気分になって消費を刺激すると言われています。アメリカでは貯蓄の株式運用比率が高いですからね。株安になれば消費を控えるようになるでしょう。

アメリカの金利が上げれば円はもっと安くなるのか

ですよね。これまでも円安の最大の材料は日米金利差でしたから。10月になって金融市場が錯綜し、為替市場も見通しが不透明になっていました。アメリカの長期金利が乱高下していましたからね。中東情勢が緊迫すればリスクオフ(リスク回避)で米国債に買いが入って、国債価格上昇すなわち長期金利低下で日米金利差が縮まって円高になりそうだとか、いやむしろ「有事のドル買い」で円売りドル買いになるだろうとか。

さて、長期金利は5%台に達しました。日米金利差は大きく開きました、ところが円の対ドル・レートは150円近辺に貼り付いているのです。なぜでしょう。ひとつは投機筋の政策的為替介入に対する警戒です。介入というのは、財務省と日銀が外為市場で手持ちのドルを売って円を買うことで円高に誘導する政策です。財務省と日銀はこの1ドル=150円を介入のラインだと市場に意識させる戦術をとっていましたが、これが効いたという説明です。

それだけでは説得力が弱い気がします。別の材料を見ましょう。それが貿易収支です。日本の貿易赤字はエネルギー価格の高騰を受けて拡大していましたが、これが円売りドル買いとなっていました。これは実体経済に則した動きです。その貿易赤字が4~9月に前年同期比で75%も縮小したのです。アメリカ向けの輸出、とくに自動車輸出が好調でした。

さらに、日銀の金融緩和政策が修正されるという観測が市場で浮上しています。日銀は長期金利を1%以内に収めるようにコントロールしようとしています(イールドカーブ・コントロール:YCC)。その上限を撤廃するのではないかと。すると日米金利差は縮小して円高材料になるかもしれませんから、手持ちの円を売らずに持っておこうとしているというのです。

もちろんどれも不透明な見通しです。FRBが利上げをするかもしれませんし、原油価格が反騰して日本の貿易赤字が再び急増するかもしれません。日銀が政策修正をしたところで長期金利が1%以上になるとも言えないのです。

最大のリスク要因はイスラエル軍のガザ地上侵攻

もしイスラエルがガザ地区への地上侵攻に踏み切れば、それがマーケットにおける最大材料になるでしょう。地上侵攻が始まればレバノン南部の武装組織ヒズボラがイスラエル北部を攻撃することが予想されています。そうなると親イラン勢力によるイラクやシリアのアメリカ軍駐留部隊に対する攻撃も激しくなり、アメリカ軍はこれに反撃することになります。中東情勢の緊張と混乱は一気に高まります。

すると、マーケット動向で想定できる悪いシナリオとして、原油価格が高騰してインフレが再加速する、落ち着いてきた利上げが追加される、そうなると景気は悪くなるのに物価上昇が止まらない。アメリカの金利が高くなれば新興国から資金流出が起きる。新興国で輸入インフレが止まらなくなり地域紛争の火種となる。テロもヘイトも激化する。ウクライナや東アジアの地政学的リスクも高まる。

遠くからパレスチナの平和を願う。それは道徳心であったり親切心であったり、それはもちろん大切な心です。しかし同時に、パレスチナの平和は、世界中の貧しい人々、ひいてはそう貧しくない人々にとって「実利」でもあるのです。多くの人々の実利が、ほんの一握りの実利を圧倒しなければなりません。

国際経済学は、平和学の体系に属しているのです。ぼくはそう思います。

日誌資料

  1. 10/11

    ・米大統領「イスラエルに反撃の権利と責務」 軍事支援強化進める
    ・国連「ガザに人道回廊を」 水や食料
  2. 10/12

    ・中東緊迫 世界に亀裂 停戦仲介メド立たず <1>
    米欧、ハマス攻撃「テロ」 アラブ、連帯へ外相会合
  3. 10/13

    ・G7財務相会議共同声明 ハマスの攻撃「断固非難」「イスラエルと連帯」
    ・ガザ、電気・水遮断 窮状深刻 がれきの山、病院治療できず
    ・サウジ、イラン首脳電話協議 ガザ巡り 国交正常化後初
    ・米俳優組合、交渉また決裂 配信の収益分配巡り スト継続へ
  4. 10/14

    ・ガザ110万人退避要求 イスラエル軍 大規模作戦を予告 国際社会から批判噴出
    国連事務総長「退避は不可能」 米大統領「人道危機へ対処優先」
    ・サウジ、正常化交渉凍結 イスラエルとの国交 ハマス衝突で
    ・米国務長官 イスラエル訪問へ
    ・EU、X(旧ツイッター)に偽情報対策要請
    ・ドイツ首相「イスラエルに自衛権」 自制も求める
  5. 10/15

    ・中東衝突、世界に飛び火 中ロ、パレスチナを支援 米欧を揺さぶる <2>
    ・米下院 権力の空白続く 議長解任10日 共和党候補に保守強硬派
    ・米自動車スト1ヶ月 労使なお溝 規模も拡大
    ・対中半導体装置輸出 米政府、サムスンなど無期限で許可
  6. 10/16

    ・米金利乱高下 揺れる市場 FRB追加利上げ見方割れる 中東混迷深まる <3>
    ・EU「国際法従い自衛を」 首脳声明 イスラエルに要請
    ・エジプト、シシ大統領 ハマスに理解「40年間蓄積された怒り」米国務長官と会談
    ・「中東紛争、拡大の恐れ」米高官が懸念 イランなどの関与警戒
  7. 10/17

    ・ガザ「過剰報復」懸念 完全包囲や空爆、民間人の犠牲拡大 <4>
    米欧「国際法順守を」 中ロはパレスチナ寄り
    ・米大統領 ガザ再占領なら「間違い」 自治政府の必要性強調
    ・米国務長官、イスラエル再訪 双方死者4100人 ネタニヤフ氏と会談
※PDFでもご覧いただけます
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