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週間国際経済2021(43) No.293 12/22~12/31

今週のポイント解説(43) 12/22~12/31

脱炭素格差

異常気象の災禍は、社会的により弱い人々により多くの苦しみを背負わせています。温暖化ガスの削減は、理性的な行動です。しかし脱炭素が、弱い者と強い者の格差を拡大させているのならば、わたしたちはこの不条理にどう向き合うべきなのでしょう。

1.グリーンフレーション

新しい現象には新しい言葉が必要になります。マーケットでは脱炭素(グリーン)が引き起こす物価上昇(インフレーション)、「グリーンフレーション」という言葉が流行っているそうです。このポイント解説でもこれまで何度も脱炭素とインフレの関係は取り上げてきましたが、その相関は深まり広がり加速しながら長期化しようとしています。

脱炭素はとてもシンプルな発想です。地球温暖化の原因は二酸化炭素だからその排出量を削減しよう、その地球温暖化はもう引き返せない段階が目の前に来ているのだから化石燃料から再生可能エネルギーへの転換は急がなくてはならない。そうした国際的合意が成立しました。よいことですし、その選択は不可避だと思います。

問題は、脱炭素実現までの過渡期のエネルギーを何でまかなうのかということです。いずれ使わなくなる、少なくとも需要が加速的に減退するだろう化石燃料、最近よく耳にする「座礁資産」への新規投資は合理的選択ではありません。しかしまだその化石燃料には莫大な需要がありますから、石炭も石油も供給不足となり価格が上昇し、電気料金やガソリン代が値上がりします。

さらに、比較的二酸化炭素排出量が少ないとされる天然ガスの需要が急増し、液化天然ガスの価格が跳ね上がっています。これが生産時に大量の電力を消費する非鉄のコストを増やします。脱炭素で生産が増えるEV(電気自動車)は車体の軽量化のためのアルミニウムや、モーターなどに使う銅の需要が増え、風力発電にも大量の銅が必要です。こうした需給逼迫による価格高騰は、耐久消費財や住宅にも広がっています(12月27日付日本経済新聞)。

こうして脱炭素加速とインフレ圧力の無限ループ現象が生まれました。

2.食料価格も高騰

この無限ループは食料市場でも発現しています。まずは異常気象で穀物供給が急減しています。干ばつ、豪雨、夏の熱波、これにコロナ禍による労働者不足。こうした供給不足だけでも穀物価格は上昇します。同時に需要が伸びている、そこにも脱炭素が関係しているという記事がありました。

1月1日付日本経済新聞では、化石燃料に代わるバイオ燃料の消費が拡大していることが紹介されていました。アメリカの大豆油の約4割、ブラジルのサトウキビの5割程度がバイオ燃料向けに使われていると。さらに肥料。肥料はアンモニアから製造され、そのアンモニアの合成には天然ガスが使われる。つまり天然ガス価格高騰は肥料価格高騰に、そして食料価格高騰に連鎖しているのです。

経済学の授業では、食糧価格が上がれば食糧生産が増えて価格は均衡すると習いましたが、その需要と供給の法則には「他の条件は一定」という大前提がありました。しかし今、他の条件があまりにも大きく変化しているのですから、食糧価格が適正な均衡点に落ち着くと見通すことは難しいということなのです。

3.スクリューフレーション

このように脱炭素によってエネルギー価格と食料価格が高騰し、しかし電気代や食費は価格が上がったからといってそのぶん消費を減らすことは難しい、したがって光熱費と食費の家計支出比率の高い低所得層が過分に脱炭素コストを負担していることになります。

こうして中間層が貧しくなることを意味するスクリューイング(screwing:リーマンショック後に広まった言葉です)とインフレーションを組み合わせた「スクリューフレーション」という新しい造語がまた、生まれているのです(1月4日付同上)。

こうしたグリーンフレーションやスクリューフレーションを、脱炭素実現までの過渡期に致し方ないことと納得する人は少ないでしょう。社会不満は高まり政治は混乱し。低所得国では紛争リスクが高まり、それがまたエネルギーと食料の供給制約となり、グリーンフレーションを、さらにスクリューフレーションを昂進させるのですから。

すなわち脱炭素という課題は、他のいくつかの重要な課題と同時に推し進めなければならないならない課題なのだということがわかります。

4.投機の規制

たしかにグリーンフレーションの始発点は、回復する需要に対する供給制約です。でも現在の価格高騰はそうした需給逼迫だけでは説明できない変動幅を見せています。ぼくは米欧の金融正常化を前にした緩和マネーの投機的動きへの言及なしでは説明がつかないと心配していました(⇒ポイント解説№285

そこでは100万分の1秒単位の超高速売買を手がけるアルゴリズム取引についての記事を紹介しました。どれだけ速く売り買いの気配値を打ち出し、その売り買いの差額を収益とする機械取引が資源価格高騰の背後にあるというのです(10月20日付同上)。

最近にもその「背後」にあるものを感じさせた例があります。12月21日、欧州エネルギー市場で天然ガス価格が一時前日比25%も高くなりました。ウクライナ情勢の緊迫でロシアからの供給が滞るという見通しが材料でした。ところがその2日後の23日、欧州の天然ガス価格は25%下落しました。その材料が、アメリカ産のLNGを積んだ船が少なくとも10隻、欧州に向けて航行中だというブルームバーグ通信だったというのです。それも行き先は不明、そもそもそんなことでは欧州のガス需給逼迫を解消できるわけでもありません。

ぼくは「アルゴフレーション」(アルゴリズム取引インフレーション)という新しい言葉が必要だと思います。金融政策の正常化とは、たんに量的緩和の終了と利上げだけを意味するのではなく、行き過ぎた金融規制緩和それ自体を見直すことにも、脱炭素と並行して着手することが求められていることなのだと思っています。

5.スローダウン(脱成長)

年明けの日経ビジネスデジタル版で、星野リゾート代表の星野さんと『人新世の資本論』の著者である斉藤さんとの対談を読みました。たくさん勉強になりましたが、その中のひとつを紹介します。星野さんの言葉です。「脱成長しようというと思考停止になりかねないのですが、スローダウンできないだろうかと表現を変えるだけで発想がすごく広がる気がしています」。この提案に斉藤さんも同意していました。

ぼくは「脱成長」理念を、当面の利害関係を超えて広く同意できる言葉はないだろうかと探していたのですが、なるほどいいですね「スローダウン」。お二人はその同意を基礎にして続けて指摘します。莫大な電力を使用するリニアモーターカーは必要だろうか。東京と大阪を移動するのに飛行機は必要だろうか。今ヨーロッパですでに始まっている「脱・もっと速く」もまた脱炭素だという政策発想ですよね。

このお二人の対談が仮にシンポジウム形式でフロアーからの質問が許されたのならば、そこでぼくが聞きたいことは「社会の急激なデジタル化についてどう思われますか」だっただろうと頭に浮かびました。

6.デジタルの電力爆食

少し古い記事ですが、7月16日付日本経済新聞の特集記事「デジタルのジレンマ」で、デジタル産業の電力消費量が2030年に世界全体の2割に達する可能性があるという論文が紹介されていました。この論文は2015年のものです。その後コロナ禍で人の移動と集まりが制限され、社会のデジタル化は予測以上に加速しました。

デジタル化されたデータの内容も、メールから写真、音楽、映像、リモート会議、そしてメタバースへと、より電力消費量の大きなものへと急進展しています。メタバースで何億人ものアバターが社会活動をするようになれば、そこに市場が生まれ資産が形成されデジタル通貨が必要になるでしょう(ぼくはフェイスブック改めメタの野心をそこに見ています)。そのデジタル通貨の発行にも莫大な電力消費が予想されます。

またこうした社会の急速なデジタル化を後押ししているのが、ESG投資の急膨張に見られるような「脱炭素投資」です。企業の温暖化ガス排出量で投資先が選別される結果、巨大IT企業に緩和マネーが集中し、こうした資金を元手に巨大IT企業は再生可能エネルギー調達を囲い込みます。先の記事では、2030年には世界の再生エネの7割近くをデジタルが占有する可能性があるというIEA(国際エネルギー機関)の予測が紹介されていました。

コロナで苦しむ中、昨年世界の株式時価総額の年間増加額は約18兆ドルと過去最大、それをけん引したのがIT関連株で、年初アップルの時価総額は世界市場で初めて3兆ドルを超えました。あるいはそれが何か光なのだとしても、その影の濃さから目をそらすことはできません。

7.資本主義はまだ無限の欲望を前提にするのか

経済学の目的は、限りある資源の有効配分です。その前提は「あらゆる資源は有限である」ということです。なぜでしょう。「人間の欲望が無限である」ことが前提になっているからです。

その人間の無限の欲望が、自然という有限の資源を極限まで食い尽くした結果が地球温暖化であり、脱炭素によって生み出される再生可能エネルギーもまた、人間の無限の欲望の前には儚くも有限なのです。

脱炭素が生活必需品の物価を上げ続け、デジタル化によって雇用が縮小して労働力という資源が有効に活用されなくなり、社会的格差が拡大し、貧困の増大のうえに勝ち取った脱炭素エネルギーがまた独占されるかもしれない。それでも、もっと速く、もっと快適に、もっと効率的に、そうしてもっと利潤を。

タイトルに使った「脱炭素格差」という言葉は、まだありません。でもぼくは、その言葉から問い直してみようと思います。脱炭素はいち早い経済成長と結びつかなくてはならないのだろうか。人間の欲望は経済成長によってのみ充足されるのだろうか。成長の名の下に人間の欲望が刺激され続けることは、それこそ持続可能なのだろうかと。

日誌資料

  1. 12/22

    ・米軍駐留経費2110億円 日米合意 5年で1兆円超に 訓練目的を新設
    日米同盟の質的転換を象徴 「おもいやり」改め「強靱化予算」
    ・欧州天然ガス一時25%高 最高値更新 供給不安続く 物価高に拍車 <1>
    危ういロシア依存 厳冬で需給逼迫 アジア波及も
    ・米、人口伸び率最低 7月時点0.1%増 出生率・移民が鈍化
  2. 12/24

    ・予算案、最大の107兆円 来年度 社保・防衛費膨らむ 閣議決定 <2> <3>
    社会保障費・国債費60兆円 新規事業1%未満 成長に回らず
    税収、過去最大の65兆円 経済回復前提、危うさも
    新規国債36兆円 金利1%上昇なら銀行評価損9兆円 3年後国債費3.8兆円膨らむ
    ・消費者物価0.5%上昇 11月 1年9ヶ月ぶり上げ幅
    ・米消費支出物価5.7%上昇 11月、39年ぶり高い伸び
  3. 12/25

    ・円の弱さ、世界で際立つ 対ドル、6年ぶり下落 米インフレ・原油高が翻弄
    ・東京海上 デジタル通貨で貿易決済 最大1ヶ月が即時に コストも3分の1に
    ・欧州で天然ガス急落 25%安 米のLNG供給増で
  4. 12/26

    ・脱炭素加速インフレ圧力 石炭投資減でガス高値 電力高騰、EV素材品薄 <4>
    ・ガソリン、年末2割高 帰省や旅行 家計負担重く 原油5割高を反映
    ・大卒外国人の採用 「高い日本語力」要求が壁 米欧は専門性重視
    ・世界の中銀、ドルから金へ 保有量、31年ぶり水準 通貨、膨張で価値低下
  5. 12/28

    ・欧州、原発回帰の流れ 仏英主導、脱炭素・エネ安保対応 日本、議論避け停滞
    ・鉱工業生産7.2%上昇 11月 伸び率最大、車が急回復
    ・英、EU離脱1年 打撃「コロナ以上」 企業、英国外への移転多く
  6. 12/29

    ・米、国防権限法成立 台湾・ウクライナ防衛支援 対中ロ鮮明に
  7. 12/30

    ・海外投信7兆円純増 今年 個人マネー、日本株選ばず
    ・RCEP1日発効、中韓と初のFTA 巨大経済圏、輸出5%増へ 車・農産品に追い風
    ・世界の感染最多 93万人、1ヶ月で6割増 死者数は横ばい
  8. 12/31

    ・時価総額伸び最大 2000兆円 今年末 コロナで世界株高 <5>
    日本32年ぶり高値 来年は緩和縮小で変調も
※PDFでもご覧いただけます
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