週間国際経済2025(19) No.425 10/17~10/30

今週の時事雑感 10/17~10/30

もうトランプ以前の世界には戻れない(その4.国際金融のその2.ドルに代わるもの)

ニクソンショックによってドルは兌換通貨ではなくなり、アメリカの国際収支赤字は拡大していくのだから、ドル債権は最終的に決済される手段を見失った。それでもドルは基軸通貨であり続けた。利便性、これまでのように変わらず国際通貨ドルという物語を続けることが債権者たちにとって都合がよかったのだ。もちろん債務者であるアメリカにとっては、はるかに都合の良い物語が上書きされたのだ。そしてそれも受け入れられた。なぜなら「ドルに代わるものはない」という消極的合意が形成されたからだが、それはしかしあきらめというより知的サボタージュだったのではないだろうか。

それから50年経って「ドルに代わるもの」という問いに対しては、知的営みではなく、マーケットが実態としていくつかの方向性を提起し始めている。その実態とは「ドル離れ」、「脱ドル」、「非ドル決済網」と様々な用語で表現されているが、ドルではない何か他のもので国際取引が決済され、そのために準備されている、その「何か他のもの」こそ「ドルに代わるもの」の方向性なのだ。

「何か他のもの」すなわち、金、ユーロ、人民元そしてデジタル通貨がそれだ。結論から言えば、それらは決してドル覇権にとってかわるものではない。しかしその覇権を成立させているドルの信認は大幅に揺れている。そして利便性(コスト)においてもデジタル化の競争がすでに始まっている。それでは、とりあえずそれぞれの「何か他のもの」について順に考察を試みることにしよう。

まずは、金だ。4月22日、NY先物で金1オンス=3500ドルを突破した。話題性としてはまず、ブレトンウッズ会議以降ニクソンショックまでの金1オンス=35ドルから、ドルの価値は金に対して100分の1になったという「画期」だ。でもまだこれは長期的傾向として行き着いた果てという感覚があったように思える。つまりニクソンショックから金の採掘量(供給量)は3倍程度だが、ドルの通貨供給量は80倍以上になっているということだからだ。

しかし金価格が最高値を連日のように更新し、ドルの信認が急速に低下しているその最大の材料はFRBの政治的独立性に対する疑念、すなわちトランプの金融政策への露骨な介入、圧力が不安視されていることが問題だという認識が強くなっていく。だから現パウエルFRB議長在任中に金価格が2.6倍になったという指標が紹介されたりしていたのだ(9月3日付日本経済新聞)。

そして10月7日、NY先物でついに金1オンス=4000ドルを突破した。3000ドルを突破したのが3月だから半年余りで1000ドル高くなったということだ。この現象を長短2つの観点から考察しよう。まず短期的にはこの半年の間に、トランプ関税、移民排斥、中央銀行に対する利下げ圧力、いな圧力にとどまらないFRB議長理事解任などによる中銀支配の動きが、ドルの信認低下を加速させたことは間違いない。

次に少し長期で観察すれば、パウエル議長在任中に2.6倍という話を紹介したが、パウエル氏のFRB議長就任は2018年、しかし金価格の急騰が始まったのはそれ以前の2016年、つまり第1次トランプ政権に向けた大統領選挙期間中からだった。つまりトランプ現象とそれに対する警戒心がドルの信認低下を呼び、その傾向がとくに第2次トランプ政権でさらに急加速したと指摘することができるのだ。

激しくドルが売られて金が買われている。ところで、では誰が買っているのか。見逃せないのはその主体のひとつが中央銀行だということだ。10月8日付日本経済新聞によると、世界の中央銀行が外貨準備として保有する金の総資産価格は、アメリカ国債の規模を上回ったもようだという。この準備通貨保有の比率逆転は、歴史的な事態だとぼくは思う。言うまでもなく、このアメリカ国債の信認低下は、トランプ政策への不信感によるものだ。

さて、それでは金がドルに代わる準備通貨としての役割を担うのか。かなり古い話題で申し訳ないが、ぼくはこの話題になると思い出すのは世界銀行のゼーリック総裁(当時)の主張だ。リーマンショック後の2010年にゼーリック総裁は、通貨価値尺度として金の活用を唱えたのだが、四方八方から批判された。というのも今や(当時の今や)金価格も民間受給で大きく変動しており、金による安定は神話だと一蹴されたのだった(フィナンシャル・タイムズ2010年11月7日付)。

当時のぼくは、これをドル覇権主義者たちの過剰反応だとみていたのだが、結果的に、彼らの反論は正しかった。直近の例で言えば10月21日に金のNY先物が前日比5.7%下落した。22日にも続落した。その背景として、上場投資信託(ETF)経由で大量の資金が金市場に流入し、そのため一旦下がり始めれば売りが売りを呼んだからとみられている(10月23日付同上)。米中対立や米地銀の信用リスクが「思ったよりたいしたことがなさそうだ」と見れば、金に逃避していた資金が大きく売られリスク資産に舞い戻ったということだ、これではとても「安全資産」とは認めがたいのだ。

しかしそれでも、ドルの信認が金のそれを上回ったわけではない。金が高くなりすぎたのではなく、あくまでもドルが安くなりすぎていたのであり、その微細な調整だったと見るべきではないだろうか。世界の投資家たちが米長期国債を買うことをためらい売り続けていることには変わらない。やはりトランプ減税の財源をトランプ関税とするという乱暴な理屈には付き合いきれないのではないだろうか。それが金保有の動機であり続ける傾向が逆転するとも思えない。

たしかに金価格の急騰は、投機的な要素が大きく、それで「ドルに代わるもの」という話は飛躍しすぎだとは思う。しかし世界の中央銀行の外貨準備としてドル国債に比肩できるのはユーロでも、もちろん人民元でもなく金であり、ドル信認低下による準備通貨の地位に金があると見直されていることは注目すべき現象だろう。

トランプのFRB支配策動によるドル信認の低下、そしてトランプ減税によるアメリカ財政悪化によるアメリカ国債「安全神話」の動揺、さらにはアメリカ議会混乱による政府機関閉鎖の長期化。市場にドル離れ材料は強いが、ここで問題にしているのは基軸通貨として「ドルに代わるもの」という考察であり、そこで金という候補は、もちろん「ドルではなくて金」とは言えずしかし「ドルも金も」という傾向は定着していくように見える。

したがって次の課題は、「ドルに代わるもの、それは金だけではなく」というところに進み、そこでユーロは(ユーロ債やデジタルユーロは)、人民元は(人民元経済圏やデジタル人民元は)、ステーブルコインの影響はどうなのか、現況を整理することが必要だろう。

それが次回のテーマだ。タイトルは「その3.その2のその2」はあまりにも不細工なので、「ドルに代わるもの その2.」とする。 

「もうトランプ以前の世界には戻れない」とつぶやいて、そこからもう1ヶ月半になるが、その間に書きたいテーマは世の中に溢れ出ている(ぼくに書けるかどうかは別にして)。アメリカ社会の分断と対立の深化、米中対立で繰り返されるTACOの意味、サナエノミクスの危なっかしさ、などなど。しかしそれらの問題を考える場合にも、むしろこの「もうトランプ以前の世界には戻れない」という問題の整理が前提になっているとさえ、さらに強くそう思えるのだ。

ドルの不安定さ、いやトランプ以前の世界でもドルは不安定だった。それでも、あるいはそれだからこそ世界は協調してドルの物語を支えてきた。しかしその基軸通貨国が「自国第一主義」のもと「近隣窮乏化」によってそれを国益とするならば、そこでのドルの不安定さはこれまでとは意味が変わる。ユーロ圏にとってそれは脅威であり、人民元圏構想にとってそれはつけこむスキであり、そうしたなかで円は見下されてゆらゆらとさまよっているのだから。

日誌資料

  1. 10/17

    ・米ロ首脳、再会談で合意 ハンガリーで「2週間以内に」 トマホーク巡り議論
    ・日本GDP5位に転落 IMF来年予測 インドが上回る <1>
    ・「非婚の母」韓国で急増 昨年5%超、伝統的価値観変化 <2>
    住宅高騰・女性自立が背景
  2. 10/18

    ・3メガ銀ステーブルコイン 国内普及へ共同発行
    ・米金融信用リスク浮上 車部品の破綻が引き金 不正疑惑、「隠れ債務」膨張
    市場警戒、金が最高値 円上昇、日経平均695円安
    ・G20「力の支配」あらがえず 財務相会議閉幕、共同声明見送り
  3. 10/19

    ・米、トマホーク供与伸張 「ウクライナ、現状で停戦を」 首脳会談
  4. 10/20

    ・ハマス拠点数十カ所攻撃 イスラエル軍 停戦の継続危うく
    ・中国、4.8%成長に減速 7~9月実質 不動産不況で内需不振
    ・トランプ氏、領土割譲迫る FT報道 ドンバス2州 ゼレンスキー氏拒絶
  5. 10/21

    ・自民・維新、連立合意 高市内閣きょう発足 維新は閣外協力
    4つの火種 議員定数削減 献金禁止先送り 選挙区競合 細いパイプ
    ・仮想通貨構造的もろさ ステーブルコイン急落 膨らむ強制決済、投機反転 <3>
    ・デジタルユーロ「1人50万円」案 保有制限、銀行預金に流出抑制
    「欧州の主権に必要」 デジタル通貨 独連邦銀理事前向き
    ・反トランプ氏700万人デモ「王様はいらない」 第2次政権で最大規模
  6. 10/22

    ・高市内閣発足(21日)自維連立政権が始動 女性初首相「経済対策を指示」
    ・民間仮想通貨市場、6年で70倍 IMF、急膨張に警鐘 「金融安定にリスク」
    ・NY株218ドル高、最高値 相次ぐ好決算支え 信用不安も後退 <4>
  7. 10/23

    ・金急落、投機マネー翻弄 ETF経由で流入「安全資産」揺らす <5>
    ・対米貿易黒字2割減 トランプ関税から半年 4~9月 稼ぎ頭の自動車落ち込み
    ・米、ロシア石油大手制裁 2社対象 停戦へ圧力強化 首脳会談中止も表明
    ・ロシアがICBM発射 戦略核演習 会談中止で米威嚇か
  8. 10/24

    ・中国「国際影響力を拡大」米と長期対立念頭 4中全会閉幕
    ・防衛費「2%」今年度実現 首相所信表明 税と社会保障議論
    ・原油価格、一時6%高 米の対ロ制裁で 中印、輸入抑制か <6>
  9. 10/25

    ・米消費者物価3.0%上昇 9月、市場予想を下回る
    ・世界のテック 借金200兆円 10年で4倍 AI成長で投資急増 <7>
    ・ウクライナ融資 合意できず EU、ロシア凍結資産の活用難しく支援先送り
  10. 10/27

    ・米、細る東南ア関与 トランプ氏、援助削減・関税で圧力 ASEAN、募る不信
    ・中国、レアアース規制延期 米財務長官「100%追加関税見送り」
  11. 10/28

    ・日経平均、初の5万円 「成長重視」にマネー先回り 政策不発なら下落圧力
    ・首相「日米黄金時代に」首脳会談 米投資・防衛費増伝達 <8>
    80兆円投資「着実に履行」 レアアース調達協力 両首脳、米空母に乗艦
  12. 10/29

    ・「アベノミクスから変化」 米財務長官 日銀に利上げ促す
    ・中国、東南アとFTA拡大 EVや太陽光発電重点 米は迂回輸出を警戒 <9>
    ・オープンAI再編完了 営利企業、組織中核に 上場へ布石マイクロソフト株価上昇
    ・アマゾン1.4万人削減発表 AI普及、管理部門中心 3万人減の第1弾か
    ・アップル、4兆ドル到達 時価総額、3社目 テック銘柄に資金集中
  13. 10/30

    ・米連続利下げ0.25% FRB議長「次回既定ではない」 量的引締め12月終了
    ・エヌビディア時価総額、初の5兆ドル 3ヶ月で1兆ドル増 独走続く
    ・リニア総工費11兆円に増 当初計画の2倍 35年開通見通せず
    ・米韓首脳、関税交渉で合意 自動車15%に引き下げ <10>
    対米直接投資現金で2000億ドル 李大統領、原潜開発にも意欲
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