今週の時事雑感 08/20~09/03
上海協力機構首脳会議
9月3日に北京で開かれた抗日戦争勝利80年記念式典のインパクトで影が薄くなったかもしれないが、中国天津市で8月31日に開催された上海協力機構(SCO)首脳会議のインパクトもそうとうなものだった。むしろ前者より注目すべき内容があったと思える。
それは第一に、ここに反トランプの集結軸が形成されたという印象。第二に、中国とインドが一気に関係を発展させる姿勢を強調したこと。そして第三に、習近平指導部が一帯一路および人民元経済圏構想を積極的に提唱したことだ。
この上海協力機構が、かつてここまで注目されたことがあっただろうか。ぼくの不見識によるのだろうが、この上海協力機構とやらはどうも怪しげで分かりにくい。軍事同盟とはほど遠いし、貿易自由化が議題になったこともない。仮想敵があって、そこに向かって団結する空気も感じない。
そもそもの成り立ちは、ソ連が崩壊し、中央アジアにあらたな国家が次々と生まれ、中国にとって隣国が増え、国境画定(相互承認)が必要になったから1996年に「上海で会議をした」ことだった(当時は「上海ファイブ(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、そしてロシアと中国)」と呼ばれていた)。国境画定策定作業が完了した2001年にやはり上海で開催された首脳会議にはウズベキスタンも参加し、国境警備として非合法テロ組織や密輸に共同で対処するという目的でこの上海協力機構が発足した。
そうだ注目されたといえば、2017年にインドとパキスタンが加盟したことだった。これは中国をけん制するためにロシアがインド加盟を推し進め、これに対して中国がパキスタンの加盟を条件に承認したといういきさつだった。ここでますます上海協力機構が怪しげで分かりにくくなったのだ。国境画定が目的だった協力機構に国境紛争を抱える中国とインド、そのインドとパキスタンがメンバーとなったのだから。しかもこの時点で何が非合法テロ組織なのかが加盟国間で一致しなくなった。そこに2023年にイラン、2024年にベラルーシが加わって、怪しげなままユーラシア全体に膨らんでいく。
こうなると参加していないことが例外のような空気になったのか、2024年には準加盟国(オブザーバー)としてモンゴル、アフガニスタンが、さらに対話パートナー国としてアゼルバイジャン、トルコ、益々分かりにくいままにサウジアラビア、エジプト、カタールが「関係国」になっていった。
今回の首脳会議にいたっては、そのオブザーバーでも対話パートナーでもないマレーシア、ベトナム、ラオスの首脳が参加しているのだ。これはもう益々分かりにくくなったようだがとんでもない、今回の首脳会議でようやく上海協力機構の実体がわかりやすくなったのだ。だからかつてなく注目される存在となったのだと思う。
あの国の首脳もこの国の首脳も、かれらを天津市に集結させた力は中国の求心力ではなく、トランプ政権の遠心力だった。トランプ政権の遠心力といえば、まずはトランプ関税だ。相互関税はマレーシアが25%、ミャンマーやラオスの40%はもう訳が分からない。単独でどう交渉すればいいのかわからない。次にトランプ政権の遠心力として、イーロン・マスクを手先に使ったDOGEによる米国国際開発局(USAID)の解体があげられる。貧しい人々の生存に関わる援助をアメリカが大幅に削減・廃止したことに対する新興国の反発と不安、そこに中国が手を差し伸べたということだ。
そして何より、今回の上海協力機構首脳会議が注目されるべき最大の要因は、他でもない中印首脳会談だ。上海協力機構の怪しげな分かりにくさは、印パ対立を含む中印対立にあった。そしてそれはユーラシア全体の不安定要因でもあった。しかも中印関係は2020年、インド北部の国境係争地での軍事衝突で著しく悪化していた。そこに今年は印パ軍事衝突が重なっていた。
モディ首相の訪中は7年ぶりになる。習近平さんは中印関係を「竜と象」に例え、「中印はパートナーであり敵対国ではない」と断言し、連携の重要性を訴えた。モディさんも「世界経済の不確実性に直面するなか、印中の協力強化は極めて重要だ」と応えた。そして両首脳は国境問題を解決し、中印関係を発展させる必要性で一致したのだ。
中国とインドの間に磁力が働いたのか、いやここでも最も大きく作用したのはトランプ政権の遠心力、米印関係悪化だった。トランプ政権は8月6日、ロシア産の原油を購入しているとして相互関税25%に追加関税25%を課す大統領令を発表した。そしてインドに農業分野での市場開放を強く求めた。これに対してモディ政権は猛反発した。「絶対に妥協できない」(モディ首相)と。これは予想できたはずだ(現在のアメリカ国務省がまともなら)。モディ首相率いる与党インド人民党は昨年の総選挙で大きく議席を減らしている。安価なロシア産の原油の輸入を止めて、アメリカ産農産物を輸入することで対米輸出関税を引き下げてもらう、そんなディールにインドが乗るはずがない。
さらにトランプは、5月の印パ武力衝突を自らの仲介によって制したと自慢した。インド軍の抑止力によってパキスタンが停戦に応じたとするモディ首相にとって、安全保障をアメリカに依存したとするわけにはいかない、これは絶対に譲れない線だ。中国は、これを機に日米印豪による安全保障枠組み「Quad(クワッド)」に揺さぶりをかけたい。そもそもインドにとって安全保障問題とは西方にパキスタン、北方に中国との係争地・国境問題なのだから、その両面の緊張に備えるより中国との関係改善、協調推進のほうがよいに決まっている。なによりトランプの中国に対するTACOぶりを見れば、米中ディールの結果インドが梯子を外されないとも限らない。防衛装備品など軍事面で頼りにしていたロシアも、対中依存が深まっているのだ。
こうした米印関係悪化と中印関係改善はつまり、インド太平洋戦略の空洞化の始まりを示しているのではないだろうか。今回の上海協力機構首脳会議はにわかに注目されたが、本来はさらにより注目されるべきなのだ。ところが日本の政治がこの動きに対応しているとはとても思えない(それどころではないか)。日本では例の「習近平・プーチン・金正恩3ショット」ばかりが注目されていたが、習近平・モディ2ショットがもっと注目されるべきだったと思う。
ただ、トランプ政権の遠心力は強烈だが、中国の求心力がさほど強いわけではない。そこで求心力を高めたい中国は、いっそうのアメリカ離れを仕掛けようとする。習近平さんは9月1日の演説で、上海協力機構の開発銀行の早期設立を提唱した。その意義は「加盟国の安全保障と経済協力に強力な支援を提供する」ことだという。
加盟10ヵ国に対して年内に約400億円を無償で援助し、さらに加盟国の各開発銀行が加わるプラットフォームに今後3年間で約2000億円を貸し付けるとも打ち出した。これは新興国の脱・米依存を促し、非ドル決済網を模索する、人民元経済圏の拡大を狙うものだと指摘されている(9月2日付日本経済新聞)。
とはいえ、加盟国の実質GDP合計は22兆ドルを超え(2022年)、これは世界の25%に達する。その資金需要や決済網構築にはまったく至らない規模だ。しかしアジアインフラ投資銀行(AIIB)もあればBRICKS銀行も発足している。さらにはアジア開発銀行(ADB)との連携もありうるだろう。また実体として例えば現在、中ロ間の決済にドルは使われていない。なによりもこの習近平演説で最も重要なポイントと思われるのは、こうしたドルに依存しない決済網の必要性を、多角的自由貿易体制および加盟国の安全保障と結びつけていることなのだ。その説得力が求心力となりえるとしたら、世界はどうなるのだろうか。
トランプの後は、トランプの前なのか。アメリカ国内の分断と対立、アメリカと世界の関係の混乱を見せつけられる毎日。きっと、トランプの後はトランプの前とは違うものになるだろう。そう思うのだがそれは、つまりトランプの前とは違うトランプの後は、もう始まっているのだろうか。
日誌資料
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08/20
- ・トランプ氏、地上軍否定 ウクライナ国境防衛「空軍通じ支援」
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08/21
- ・米インフレ予測で分裂 FRB、関税影響「待つ」「待てぬ」 7月議事要旨
- 早期利下げ容認論も
- ・FRB理事の辞任要求 トランプ氏 クック理事のローン不正契約疑惑
- ・EV電池、世界で供給過剰 需要の3.4倍、価格3割安 日本の国産化に逆風
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08/22
- ・ロシア領へ攻撃容認か トランプ氏「反撃せずに勝てぬ」
- ・半導体・薬「関税15%上限」 米、EUと共同声明 車は当面維持
- ・人民元ステーブルコイン 中国、発行承認を検討 ロイター報道 ドル覇権対抗か
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08/23
- ・TICAD(第9回アフリカ開発会議)閉幕 脱「債務の罠」日本に役割 <1>
- アフリカ投資、人材育成に力点 横浜宣言、自由貿易を推進
- ・ジャクソンホール会議 米利下げ「慎重に進める」 FRB議長講演 <2>
- 雇用下振れリスク指摘 NY株。一時900ドル高 最高値8ヶ月ぶり更新
- ・カナダ、報復関税大半撤廃 米との交渉へ譲歩 車や鉄鋼は維持
- ・米、インテルに1.3兆円出資 政府 補助金代わり、株9.9%取得
- 半導体国産維持へ「国策」の出資 技術不足解消、見通せず
- ・ロシアとウクライナ和平交渉 トランプ氏「2週間で判断」
- ・ガザの飢饉「人災」と非難 国連事務総長が声明発表
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08/24
- ・日韓関係「安定的に発展」 首脳会談 逆境下の相互接近 <3>
- 韓国大統領来日、訪米より先 異例の早期、日本重視示す 通商・安保で共通課題
- ・米利下げ9月再開へ道 FRB議長、雇用下振れ警戒 データ重視は譲らず
- NYダウ最高値 利下げ確率8割に再浮上
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08/25
- ・日米、逆方向の金融政策 「米利下げ/日本利上げ継続」観測
- ドル下落圧力再び 日経平均4万5000円視野 市場、年内「株高・円高」の見方
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08/26
- ・李大統領、トランプ氏と会談 韓国4大財閥トップ同行 <4>
- 対米投資の拡大 官民一丸で演出
- トランプ氏、金正恩氏と会談に意欲「年内にも」 李氏は南北仲介要請
- ・80兆円投資で共同文書 日米交渉で合意 米政府の求め踏まえ両政府が調整
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08/27
- ・FRB支配へ強権発動 トランプ氏、理事解任手続き 信任低下の懸念 <5>
- ・三菱商事が洋上風力撤退 国の再エネ戦略岐路 秋田など国内3海域 <6>
- 安値受注で頓挫 「建設費2倍以上に」 脱炭素「頼みの綱」揺らぐ
- ・米ロ、エクソン復帰協議 サハリン1、エネ協力巡り
- 和平決裂なら「経済戦争」 トランプ氏、エネで対ロ取引探る
- ・米、インド関税50%発動へ ロシア原油購入で制裁 ブラジルにならび最高
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08/29
- ・概算要求122兆円台 来年度予算 過去最大、社会保障費膨らむ
- ・FRB理事「解任は違法」 トランプ氏を提訴 「中銀独立性を攻撃」
- ・米、ワクチン政策岐路に 感染症対策トップ解任 懐疑派の長官と対立
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08/30
- ・日印、半導体供給網で結束 首脳会談 対中依存低減狙う <7>
- ・出生数最少33万9000人 1~6月 3.1%減 待機児童ピークの1割切る
- ・タイ首相失職 政局混乱へ 国境紛争失言で憲法裁判決 軍が影響力増すか
- ・カナダGDP1.6%減 4~6月 7四半期ぶりマイナス 米関税で輸出減 <8>
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08/31
- ・上海協力機構 習氏主導、印ロ首脳ら集結 米政権対抗、探る取引 <9>
- ・大統領令乱用 二審も待った トランプ関税巡る憲法訴訟
- 無制限な権限付与否定 最高裁判断読めず 保守派多数
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09/01
- ・中印「対トランプ」協調演出 首脳会談、関係発展で一致 <10>
- 習氏、クアッド崩し狙う
- ・貯金をデジタル通貨に ゆうちょ銀 証券決済速く 来年度、口座ひも付け
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09/02
- ・人民元経済圏、拡大狙う 習氏「開発銀、早期創設を」 上海協力機構閉幕
- 新興国の脱・米依存促す
- 非ドル経済網模索 中国、人民元立て直し 資金取引規制の緩和課題
- ・「インドが関税ゼロ提案」 トランプ氏主張「遅すぎる」と批判
- ・インドネシア大統領、訪日見送り デモ招いた経済停滞
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09/03
- ・中国、ロシア産ガス輸入増 両首脳合意 AI・宇宙で協力 <11>
- トランプ氏反発必至 中国「追加制裁困難」見透かす
- ・習氏「領土一体断固守る」 戦勝80年式典 中ロ朝首脳そろい踏み
- ・中国・イラン、核問題協議 首脳会談 習氏「平和利用を尊重」
- ・金が最高値 ドル信任低下 FRB独立性に疑念
- ・グーグル分割回避 米連邦地裁 クローム売却求めず 独占是正へデータ開放