週間国際経済2015(19) 08/03~08/09

08/03
・ロシア、千島列島開発加速 10年で1400億円 現地軍事力高める方針も

08/04
・米新車販売7月5.3% 151万台(7月としては10年ぶり高水準)

08/05
・ASEAN外相会議(4日、クアラルンプール)南シナ海「中国は抑制を」
 フィリピン外相、中国を名指しで批判「航行の自由を脅かす行動」

08/06
・IMF、人民元の準備資産(SDR)採用先送り 確実な改革実行求める

08/07
・TPP閣僚会合、来月以降に 合意・批准日程は厳しく 乳製品などなお溝
 甘利経済財政相は6日月内開催を断念認める 米大統領選や参院選影響 <1> <2>
 ⇒ポイント解説あります
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・70年談話有識者報告書 「反省」言及「おわび」触れず <3>
 満州事変以後の侵略明記 日韓併合は是非触れず 植民地支配は1930年後半から過酷化
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・中国市場の勝ち組総崩れ 景気減速+競争激化の二重苦 <4>
 自動車はVWが初の前年割れ スマホは小米(シャオミ)首位から転落 サムスンも急失速
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・原油価格一段と下落 NY市場一時4ヶ月半ぶり安値の1バレル=44.20ドル
・NY株6日続落で半年ぶり安値 利上げ観測に警戒感

08/08
・米雇用7月21.5万人増 失業率5.3%(前月と変わらず) 小売りがけん引
 早期利上げ警戒からNY株一時130ドル下落
・現代自動車、中韓米で失速 国内シェア低下で海外開拓の体力に陰り <5>
 ⇒ポイント解説あります
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・ETF(上場投資信託)6月末運用残高約370兆円(3兆ドル)、ヘッジファンド超え
 資金流入額はヘッジファンドの3倍超 金融市場で影響力強める
・中国貿易5ヶ月連続減 7月8.2%マイナス 貿易黒字は約5.3兆円
 1-7月輸出は前年同期比0.8%減、輸入は14.6%減 日本との貿易額は11%減少

08/09
・要介護認定600万人超え(3月)1年で22万人増、国民の20人に1人 <6>
 介護施設や職員の不足が一段と深刻に 介護のための離職も急増(2013年に9.3万人)
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・ハモンド英外相訪日会見 安保法案を支持 日本のアジアインフラ銀参加期待

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ポイント解説(19) 08/03~08/09

TPP妥結見送りという「誤算」

(1)TPP漂流の可能性

 ハワイで開かれていたTPP(環太平洋経済連携協定)閣僚会合は交渉の妥結を見送って閉幕しました。甘利経済財政相は記者会見で「(月内に)もう一回閣僚会議を開けば決着できる」と強調しましたが,アメリカ代表のフロマンさんは月末にアフリカ外遊、他の閣僚たちも夏休みをとります。ついに甘利さんも月内開催断念を認めました(6日)。閣僚会合に先立って再開された日米協議を前に安倍首相は「ゴールテープに手が届くところまで来た」という見通しを表明していましたが、そのゴールテープが何なのかすらまるで見えないというのが現実です。

 アメリカは「ポイント解説(13)」でみたように通商交渉を大統領に一任するTPA(大統領貿易促進権限法案)が議会を通過していますが、そこでは協定署名の90日前までに議会に協定案を通告しなくてはならないと定められています。ですから9月以降にTPPが合意されても来年2月には大統領選の予備選が始まり「それどころではなくなる」のです。カナダでも今年10月に総選挙がありますから直前に厳しい交渉をすることは避けたいところです。マレーシアも国内情勢が混乱してます。日本も来年春には参議院選挙がありますから妥協だらけのTPP協定案を直前の通常国会で取り上げられるのは嫌みたいです。

 交渉内容を報道で見る限り、多くの国がもう一歩も譲れない条件を出し合っています。早期妥結があるとしたらサプライズを通り越してそれこそマジックです。すると来年はアメリカ大統領選挙ですから、交渉再開は2017年以降になりそうだと考えるのが常識的な見方だと思います。TPPはアベノミクス「成長戦略」の目玉です。TPP妥結を背景にEUとのEPA交渉に臨む方針でしたから、これが漂流したならば安倍政権にとって痛恨の「誤算」となります。

(2)大国のエゴなのか、小国のエゴなのか

 妥結見送りの決定打はニュージーランド(以下NZ)が4日間日程の3日目になって乳製品の輸出拡大を要求したことだと報道されています。甘利さんは「こんな会議を続けてもしかたないだろう」とまくしたてたという記事でした。土壇場でひっくり返されたということですが、はたしてそうでしょうか。

 交渉妥結の詰めは新薬の開発データ保護期間だとされていました。後発薬(ジェネリック)を販売できなくする期間でアメリカは12年を主張しオーストラリアやNZは5年を要求していました。マレーシアやベトナムは国有企業や政府調達分野での改革に難色を示し、露骨に新薬データ問題を駆け引き材料にしていました。メキシコもおもに日本からの自動車部品輸出関税について不満をあらわにしカナダは乳製品の輸入枠を最少にしようとしています。日本経済新聞の解説(8月2日付)では、これらは(アメリカの自動車、医薬品、日本の農業を含めて)エゴだとして、「自由貿易の理念、先導を」と主張していました。つまり日米を中心に高水準の自由化を築きこれを国際標準の通商ルールとして連鎖的に共通市場が広がるという「自由貿易ドミノ理論」がTPPの理念だと言うのです。ぼくはむしろこちらの「理念」のほうが「エゴ」だと思います。アメリカ独特の「啓蒙主義的エゴ」を感じます。かれらは同じ条件で競争することが「公正」だと主張するのですが、大国アメリカとその他小国はそもそも同じ条件でしょうか。資源、軍事力、企業規模、特許取得数、なによりアメリカは唯一の基軸通貨国、つまり国際通貨を自らの政策で発行できるという特権のもとに海外貿易をしています。

 アメリカが医薬品メーカーの利益を守ることに非妥協的なように、マレーシアの政府調達におけるマレー人優遇政策やベトナムの国営企業における雇用などは「国際基準の通商ルール」などで蹴散らす類いのものではなくて、それぞれの国の民主主義というか国民的合意のもとに進められるべき政策課題です。そのそれぞれを尊重してこそ自由貿易は相互にとって利益なのです。

(3)日米リーダーシップ

 NZにとって「エゴ」扱いは甚だ不本意でしょう。グローサーNZ貿易相は交渉閉幕後の会見で、TPPをはじめたのは自分たちだと述べています。周知のようにTPPは2006年シンガポール、NZ、チリ、ブルネイの4カ国で開始されました(「P4」と呼ばれる自由貿易協定です)。提唱者はそのNZでした。P4が目指したのは関税の完全撤廃でした。これが可能だったのはこの4カ国は主要産業が全く異なるため関税自由化によって相互補完性が高まるからです。2010年、ここにアメリカが入ってきました。そう「入ってきた」のです。オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアも同時に参加しましたが、かれらは「P4」に後から仲間入りしたはずなのです。いったいいつどこから「自由貿易ドミノ理論」などがTPPの理念になったのでしょうか。

 アメリカが参加したのはオバマ大統領の「輸出倍増政策」の一環だとされましたが、アメリカ国内ではほとんど話題にもなりませんでした。無理もありません、当時TPP参加対象国すべて合計してもアメリカの貿易量の2%程度だったからです。TPPの混乱が始まったのは2011年の総選挙で安倍自民党がTPPを成長戦略のなかに位置づけたと同時に「聖域5項目」を公約したからです。TPPは例外なき関税撤廃を目指しているのに最後に入ってきた日本が「聖域」を持ち込んだのです。これ以降、日米協議が合意しなければTPPは一歩も進まなくなったのです。何を勘違いしたのか、こうした状況を安倍首相は「日米リーダーシップ」で解決すると、それもアメリカ議会演説で約束してしまったのです。バイデン米副大統領はこのとき「これで日本の責任がはっきりした」とほくそ笑んだといいます。つまり、日本がアメリカに譲歩しなければTPPは前進しないのですから。

(4)誰のためのリーダーシップなのか

 日本が無宗教国家でよかったですね。だって「聖域」ですよ。それを簡単に冒すのですから。でも日本は民主主義国家ですよね。「公約」は簡単に引っ込めてはならないでしょう。日本は参加する前から交渉に参加するためにアメリカが要求する軽自動車に対する各種減税を撤廃しました(税制上の調整だとか理由はいろいろ付けていましたが)。そして日米二国間交渉が始まると日本側は押し込まれ次々と土俵を割ってしまいます。サトウキビなど甘味資源作物、麦、乳製品、くどいようですがいずれも聖域でした。総選挙時の公約であったばかりでなく国会(農林水産委員会)で関税交渉から「除外」することが決議されている品目です。残るはコメ、牛・豚肉そして自動車です。日本側は牛・豚肉で大幅に譲歩することでコメを守る戦術でした。牛肉は現在38.5%の関税率を15年かけて9%に、豚肉は1キロ当たり482円を10年かけて50円にといった具合です。そこでコメですが「交渉から除外」どころか日本側は無関税輸入枠年5万トンでいかがでしょうかともちかけ、アメリカはいや17万トン以上だと、では7万トンでどうでしょう。では日本はここまで譲歩していったい何を勝ち取るつもりでしょうか。そう自動車関税ですよね。しかし乗用車にかけられている関税率は現行2.5%です。これをゼロにしてたところで割が合わないと思うのですが、最後になってアメリカ側はゼロにするけどそれは30年以上先のことだと、驚かないでください、この方向で決着したのです。

 まだ不思議なことがありました。閣僚会合で最大の焦点となったのは医薬品データ保護期間でした。アメリカは12年を主張し、豪・NZなどは5年を要求してましたね。ここで日本が間に入って8年でどうでしょうと説得にまわったのです。後発薬(ジェネリック)販売禁止期限の短縮は高齢化で社会保障費がかさみ財政を圧迫している日本にとっても大切な問題です。つまりすべてはアメリカ側の利益に立って自ら譲歩し、他国の譲歩を引き出そうとする、それが「日米リーダーシップ」の本質だったわけです。参加12カ国のうち日本を除く11カ国は自国の利害と国民的合意に基づいて交渉する「代表」たちでしたが、日本は自国の国会決議をないがしろにして、ひたすらアメリカ議会に対する約束を守ろうとしているように映ります。

(5)TPP漂流で日本はどうなるのか

 甘利代表はなんとしても8月中に合意したかったようですが、他の11ヵ国代表のあきらめのよさは印象的でした。次回会合の日程調整に奔走する日本閣僚の横を素通りして、マレーシアの貿易産業相は「満足な会合だった」と言い残し閉幕直後のフライトで帰国したそうです。温度差が半端じゃないですよね。

 日本の焦りはどこからくるのでしょうか。もちろんTPPはアベノミクス成長戦略の目玉です。安倍首相はアメリカ議会でこの夏での決着を約束しています。しかし理由はそれだけではありません。かりに9月以降の合意となれば今年秋の臨時国会では処理できず来年1月からの通常国会での審議となります。そうなると来年夏の参議院選挙に不利だと考えているようです。なぜ選挙に不利なのでしょうか。公約違反、国会決議違反であるうえに日本にとって得るものがないからでしょう。そんなものを早く済まそうとしているのです。日本の農業、畜産業はTPPによって大打撃をくらいます。自民党の農林水産族議員はしかし、TPPに反対するのではなくTPP妥結を前提にその対策費として「最低1兆円」という予算獲得に動いています。この予算編成は8月末には始まりますから、その前にTPPを妥結しないといけないという政治日程なんです。おかしいでしょう。アメリカ農産物や牛肉を輸入して、財政健全化待ったなしのときにバラマキ予算で解決するなんて。そもそも自由貿易の「負け組」救済について国会でまったく検討されていないことは異常なことなのです。なのに予算には盛り込まれるというのですから。

 ところが「そんなTPP、漂流してよかった」とはいきません。まず日本の通商戦略はいちから出直しになります。TPP妥結を背景にEUとEPA(経済連携協定)を推し進めながら中国に「国際基準」の通商ルールを迫る、そんな算段が前提から崩れてしまいます。アジアでは中韓FTAが始動し、オーストラリアともNZとも繋がり、東南アジア経済共同体も発車します。ここから日本は孤立してしまうのです。

 それにしても財界は静かですね。どうもはじめから期待していなかったのかもしれません。TPPが妥結したところで日本はいったい何をより有利に輸出できるというのでしょうか。大手輸出企業だけでなく金融サービス産業もTPP交渉を横目に大規模な海外投資を加速させています。かれら「移動できる経済」は「期待できない政治」を簡単に見捨てます。政治が見捨てられた国の国内市場はこれら企業から見捨てられてしまいます。

 歴史を省みれば、通商戦略の失敗はその国の安全保障に重大な影響を与えてきました。こんなずさんな通商政策しかできなかった政権が、安全保障政策だけにはなぜか胸を張っている姿は、とても不思議で極めて不愉快です。

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