週間国際経済2015(20) 08/10~08/16

08/10
・日本経常黒字、震災後最大に 1-6月8.1兆円
 旅行収支が最大の5273億円黒字 所得収支は10兆円超の黒字(前年同月比2兆円強増)
 貿易収支も原油安で輸入が3兆7000億円減で前年同月比5兆8000億円減の4220億円赤字
 ⇒ポイント解説(7)参照
・中国卸売物価5.4%下落(7月)<1>
 下落は41ヶ月連続で下落率はリーマンショック後の2009年以来の大きさ
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08/11
・人民元2%切り下げ 輸出回復目指す <2>
 中国人民銀行が対ドルレート「基準値」の算出方法を変更 前日終値は1ドル=6.2097元
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・川内原発1号機再稼働 原発ゼロ2年ぶりに解消 9月上旬にも営業運転 <3>
 管官房長官「安全の一義的責任は事業者にある」
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・南北非武装地帯「北朝鮮地雷で韓国軍2兵士負傷」韓国「明白な挑発」
・ロシア景気後退 4-6月成長率2期連続マイナスの4.6%減
 欧米の経済制裁で投資減少 ルーブル、1ヶ月で10%下落

08/12
・人民元、連日の基準値下げ1.6% 相場4年ぶり安値 景気減速に危機感 <4>
 日経平均が大幅安、一時300円超 訪日客消費の落ち込み警戒 米財務省も懸念声明
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・中国新車販売7.1%減(7月)リーマン以来の下げ幅

08/13
・元安誘導、世界揺らす 世界同時株安の様相 通貨安競争も
 ⇒ポイント解説あります

08/14
・人民元、窮余の策に限界 切り下げ幅3日で4.5% 副作用大きく
・人民元4日ぶり引き上げ 1ドル=6.3975元 人民銀、引き下げ終了を示唆
・TPP難航、日欧に連鎖 EPA交渉足踏み 農産品関税など対EU方針定まらず
・マレーシア経済に暗雲 4-6月4.9%成長に減速 外貨準備1年で27%減 <5>
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・原油6年5ヶ月ぶり安値 NY一時41ドル台 中国景気に懸念

08/15
・安倍首相戦後70年談話(14日) 謝罪に区切りにじます <6>
 4つのキーワード網羅 「自ら謝罪」は避ける 中国へ配慮、韓国には冷淡
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・天皇陛下「深い反省」 戦没者追悼式で初の言及
・韓国大統領 70年談話一定の評価 「歴代内閣を踏襲」
・ギリシャ支援正式合意 ユーロ圏臨時財務相会合(ブリュッセル14日)
 3年11.9兆円(860億ユーロ) 債務負担軽減は議論先送り

08/16
・日本株投信に個人マネー 7月流入4000億円超 2年ぶり高水準
・靖国神社に3閣僚が参拝 首相は私費「党総裁」肩書きで玉串料奉納

※PDFでもご覧いただけます
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ポイント解説(20)

人民元切り下げで大騒ぎ

1.今度は人民元ショック?

 中国人民銀行が8月11日、人民元の対ドルレートを2%切り下げました。そこから3日間連続で「基準値」(人民元売買の基準となる対ドルレート為替レート)を引き下げ、切り下げ幅は累計で4.5%となりました。14日には4日ぶりに引き上げられています。これが大騒ぎになりました。日本経済新聞では「元安誘導世界を揺らす」(13日付)「資金流出の懸念・世界市場に混乱」(14日付)、英フィナンシャル・タイムズも「世界経済、減速のおそれ」(12日付)、もうひとつおまけに中国経済専門の米シンクタンク、ブルッキングス研究所も「政策運営の誤り、米中関係に影響も」(日経14日付)といったぐあいです。ぼくもこの分野の専門家の端くれですから騒がないといけないのですが、切り下げの事実よりこの反応のほうが「事件」でした。もちろんぼくのほうが間違っている可能性が高いのですが、とりあえずその不安を呑み込んで思ったことを書くことにします。

2.4.5%切り下げは大幅なのか

 もちろん小幅だとは思いません。ただ現在の国際市場での主要価格変動幅は異常な状態にあります。ご存じ円の対ドル為替レートは3年前は1ドル=80円台でしたね。これが100円台になったのが2013年の5月、今や120円台です。ユーロの対ドルレートも昨年の春頃は1ドル=1.38ユーロでしたがギリシャ危機を経て今年4月には1ドル=1.08ユーロにまで下落しました。世界の輸出額ランキング3位のドイツ、4位の日本の通貨はドルに対して大幅に安くなっています。さらに国際原油価格も大幅に下落していますよね。昨年夏には1バレル=100ドル台だったんですよ。今年5月には50ドル台を割り込み、人民元ショックが騒がれているさなかの8月14日には一時41ドル台になりました。さて人民元の対ドルレートですが切り下げ前日の10日は1ドル=6.210元で3日連続の切り下げで1ドル=6.399元になりました。どう感じますか?

3.人民元に何が起こったのか

 中国人民銀行(中国の中央銀行)が人民元取引の基準となる対ドル為替レート「基準値」の算出方法を変更したのです。じつはこの算出方法について詳しいことは今まで公表されていませんでした。これを「前日の終値を参考にする」と表明したのです。この基準値から上下2%以内でしか人民元を売買できないのですが、その2%という変動幅を決めたのは昨年の3月、つまり1年半前のことです。人民元は2005年の7月までは事実上ドルとの固定相場制でした。それから一定の範囲内で動かす管理変動相場制へと移行し(当時は上下0.3%以内)、すこしづつその変動幅を拡大してきました(2007年0.5%、2012年1.0%)。そしてこれは人民元の「自由化」措置だと認識されていたのです。

 それではこの「基準値」見直しは突然だったのでしょうか。中国政府は7月24日に人民元の変動幅を拡大するという方針を表明しています。国際通貨基金(IMF)の合成通貨であるSDR(特別引出権)を構成する通貨への人民元採用を目指していたからです。すると人民元が近い将来に対ドル為替レートで切り下げられることが驚くほどに予想外だとは思えないのです。

4.これは為替操作による元安誘導なのか

 中国人民銀行は13日の記者会見でこれは基準値と市場実勢の乖離を是正する処置だったと説明しています。だから3日間で是正されたから切り下げは終えると。人民元の対ドルレートは最大でも2%しか動きません。つまりアメリカの利上げ観測が強まる中、ドル高の進行に連動して人民元も高くなっていました。そのため国際決済銀行(BIS)によると人民元の実質的な為替レートは昨年5月から今年の3月まで約18ポイントの急上昇を示していたといいます。成長率は鈍化し、輸出は伸びず、金利は下がっているのに通貨は高くなっている、そのほうが歪んでいると考えるのが市場です。そして3月からはこの「強い元(人民元高)」は修正されはじめていました。つまりむしろ意図的に維持されていた人民元高をマーケットに近づけたと見ることができ、IMFは12日「為替レートの決定に市場の役割を強める点で、人民銀の決定は歓迎すべき一歩だ」と評価しているのです。

5.狙いは輸出拡大?

 いやいや、4.5%ですよ。いったいどれだけ輸出拡大に寄与するというのでしょうか。専門家の皆さんは声をそろえてそう言いますが,円はユーロはどれだけ安くなってどれだけ輸出が増えているというのでしょうか。たしかに中国の輸出は減っていますが、その原因は世界的なデフレ(需要不足)です。中国製品が少し安くなればそれを買う人がいきなり増えるものではありません。日本製品が3割引でも売上が伸びないのに、中国製品は5%引きでたくさん売れる理屈ですか。

 ならばメデイアは中国がそこまでしなくてはならないほど景気減速感に危機感を持っているのだ、と説明します。それが世界を揺るがしていると。実際に中国の景気は減速しています。習政権の景気対策は「利下げ」です。今年になって3月、5月、6月にそれぞれ0.25%ずつ金利を下げて預金準備率も2回下げました。いずれも通貨供給量を増やしてデフレを克服しようとする措置です。アベノミクスによる異次元の量的緩和と比べればささやかで伝統的な金融政策ですね。しかしそれでも7月の新車販売は前年同月比7%以上減って、これはリーマンショック以来の下げ幅です。7月の卸売物価は5.4%下落し、これもやはりリーマンショック後の2009年以来の大きさです。

 ここで問題になるのが為替政策です。下落しようとする人民元の対ドルレートを支えるためには中央銀行がドルを売って人民元を買うことになり、その結果せっかく増やした通貨供給をまた中央銀行が吸収してしまうことになってしまいます。ですから人民元の変動幅を拡大し、市場が人民元を売る範囲を広げることを許容した、それが今回の切り下げの背景のひとつだとぼくは考えています。

6.周辺への影響は?

 もちろんあります。しかし世界経済が不透明な理由は人民元安だけではなく、アメリカの利上げ観測、原油価格急落、ギリシャ問題の行方、資源国の景気後退など多くの要因が絡まっています。ぼくが心配する一番のポイントは世界経済がデフレを脱却できないうちにアメリカが利上げをすれば、そのアメリカが金融緩和によって海外に放出したマネーが逆流するという事態です。新聞やテレビでは人民元切り下げで世界に通貨安競争が始まると解説していますが、途上国にはそんな余裕はありません。資金流出が始まると通貨安どころか通貨暴落が発生するからです。

 これを回避するためには日本やEUといった先進国はもちろん、中国の内需が拡大することが必要です。4.5%の人民元切り下げで日本株が300円以上も大幅安になるのも中国の景気減速を警戒し訪日客消費の落ち込みを心配しているからです。

 つい先日の「上海株ショック」も今は誰も問題にしません。今回の「人民元ショック」もたぶんそうなるでしょう。どうも日本のメディアはなにか得体の知れない中国の不気味さを売り物にしすぎているのではないでしょうか。TPPが漂流してEUとの経済連携協定も先が見通せません。こんなときに中国が元安で輸出を増やしたら困るという懸念は理解できます。だからこそ日本は中国との経済関係を修復し、中断している日中韓FTAに取り組み、アジア通貨の動揺に備えて域内金融協力を推進してくべきだと思うのですが。

図書案内

 『対米依存の起源 アメリカのソフト・パワー戦略』 松田武著 岩波書店

戦後70年談話に思うこと

 本の案内の前にこの本を紹介する理由です。まず、どうして70年談話はあれほどまでに注目されたのでしょうか。戦後70年を迎えるのは日本だけではないのに。誰も説明してくれませんよね、問うこともしない、なぜ注目されるのかを。ぼくは春くらいから疑っていました。またアメリカ国務省の演出なんだなって。オバマ政権のアジア戦略において一番頭が痛いことは日本と中国、韓国がいがみ合っていることです。たぶん70年談話を「落としどころ」にしたいのだろうなって。結果、中国や韓国から見れば「村山談話」から大きく後退している内容だと思うのですが、反応は驚くほどまろやかですね。

 ぼくの推察ですよ。たぶん「歴代内閣の立場」と「4つのキーワード」で良しとしようという根回しができていたのでしょう。談話の中継中に各社ともしっかり4つのキーワードが映し出されているのも引くというか笑うしかないというか。期末試験問題でよくある「次の用語を使って」の答案みたいでした。

 意外に思ったのが「歴史認識」でした。安倍首相は繰り返し「21世紀構想懇談会」の報告を「歴史の声」として受け止めたいと言ってましたね。反省の主語もなければ歴史認識もご自分のものではなさそうでした。では「誰の」歴史認識なんでしょう。なぜそんなに長く歴史認識を語ったのでしょう。どう見てもアジア、とりわけ中国、韓国に対して語ったものだとは思えません。その内容というか主旨はおおむね4月のアメリカ議会演説を継承したものであることからも、安倍首相はアメリカ製の「歴史の声」に耳を傾けたのですね。ですから「反省」は1930年代以降になるのです。ですから日露戦争に対する評価は高いのです。日英同盟を背景にして始まりセオドア・ルーズベルト米大統領を仲介者として終わった戦争だからです。だから日韓併合には触れもしません。アメリカのフィリピン領有と日本の朝鮮保護国化を取引した「桂・タフト協定」があるからですね。だから「21カ条の要求」には触れずに満州事変以降を反省するのですね。リットン調査団報告書に基づくイギリスの妥協案を蹴って国際連盟を脱退したことは「進むべき針路を誤った」のですが、いきなり戦後になって「寛容の心」のおかげで国際社会に復帰できたのだと。

 要するに、日本は侵略をしたから米英はこれと闘ったというアングロサクソン歴史観に対して安倍首相は「歴史修正主義者」ではないことを弁明していたのだと思います。そして彼らの「寛容さ」に感謝しているのが戦後70年の日本の姿なのだと。

 そんなことを考えているときに、ふと思い出したのがこの本なのです。

本書のねらいと内容

 占領期から1960年代までの米国の広報・文化政策と、米国のソフト・パワーが日本の知識人に及ぼした影響を考察してみたい、とあります。著者は元大阪大学教授で日米関係史の研究者です。日米関係は軍事・経済の問題にもっぱら関心が払われていたが、これに文化を加えて三位一体の「あざなえる縄」の関係にあるとする接近法から書かれています。戦後日本はアメリカによる軍事的占領と経済援助によって復興していきますが、そのなかにあって再びナショナリズムが台頭しそれがアメリカに対する不満となっていく傾向にアメリカは対応する必要がありました。そして重視されたのが「文化交流」でありキーパーソンはジョン・フォスター・ダレスとロックフェラー三世でした。つまり日米安保の生みの親とされる後の国務長官ダレスとロックフェラー財団当主にしてサンフランシスコ講和アメリカ代表だった三世が最も重視したのが日本の知識人の親米化でありそのための多種多様な文化交流だった。

 そんなことは常識だろうとか、またアメリカ陰謀説かと言われそうですね。それを意識してではないでしょうが著者は徹底した実証的分析で迫ります。そこがけっこう退屈だったりします(ごめんなさい)。そのなかで刺激的だったのは、例えばダレスは日本国民には「アングロ=サクソン民族のエリート・クラブ」の正会員として扱って欲しいという強い願望があり、その日本人を説得するためにダレスは「中国人や朝鮮人よりも人種的にも社会的にも優れていると自負する日本人の国民的感情を利用」して、日本を米国の「ジュニア・パートナー」として抱き込むことができると考えていたようです。

 こうして「アメリカ文化センター」事業や東京大学を頂点とした学制ヒエラルキーが構築され、「知」と「権力」と「カネ」の関係から日本のエリート知識人を精神的にアメリカに依存する「弱々しい人間」にしてしまった、その中で彼らが強調したのがアメリカの「寛大さ」だということなんですね。それも「共産主義に対する恐れによって形作られた米国の善意が、基本的に米国の『寛大さ』の中身であった」という指摘は、今も耳に痛いですね。

 しかし著者はそのアメリカのソフト・パワーが冷戦後急速に衰えだしていることにも言及しています(それはアメリカ国内でも深刻なテーマとなっています)。だから日本はそのアメリカのソフト・パワーに依存できなくなっているということです。たしかに激動する国際社会では軍事・経済だけではなく文化によるソフト・パワーの意味はむしろ大きくなっていると感じます。今の日本ではそれが政策的に欠落しているばかりではなく文化交流という市民レベルのソフト・パワーをも阻害しているとするのは言い過ぎでしょうか。

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