週間国際経済2016(24) No.63
06/28~07/04

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今週のポイント解説(24) 06/28~07/04

国勢調査と若者たちの選択

1.日本の姿

 イギリス国民投票の教訓、それは民主主義の恐ろしいところは多数者の意見を少数者が受け入れなければならないということだ。いや正確には、その多数者もその結果を受け入れなくてはならない。ただイギリス人には明確は争点があった。その点、最近の日本の国政選挙は気持ちが悪い。本来問われていることを、候補者が有権者に問うことがない。つまり「争点」が見えないままに多数決が行われる。

 表向きの争点はアベノミクスに対する評価だった。結果、アベノミクスは「前に進む」ことになった。ところがアベノミクスには進みうる「前」がない。

 隠された争点は「改憲」だった。昨年一回限りの国会は安保法制一色だったし、今回の選挙で改憲勢力が議席の3分の2を獲得すれば憲法第96条によって改憲発議が可能になることは広く知られていた。日本はまさに「国のかたち」を変質させようとする大きな流れに巻き込まれるのだ。しかし与党は一切これに触れず、メディアではまるで腫物扱いだった。東京都知事選候補に関する情報がはるかに多く量産されていた。

 またあえて避けられた争点があった。それは「財政再建」だ。真正面から消費税率引き上げ延期に反対する政党はなかった。日本社会において世界的に見て突出した特徴を挙げるならば、高齢化と財政赤字だろう。だからそれを論じないのは政党でも議会でもない。

 そんな選挙をして、こんな結果になり、当面は国政選挙のない日本は今どのような姿をしているのだろうか。

 選挙戦中盤にさしかかった6月29日、総務省は2015年国勢調査の抽出速報集計を公表した。国勢調査は5年に一度だ。「日本の姿」はこの5年間でどのように変化したのだろうか。

2.少子高齢化社会の現状

 6月30日付日本経済新聞の見出しを拾ってみよう。2015年国勢調査「女性・シニア働く人の5割」、「高齢化社会一段と」「65歳以上26%、6人に1人一人暮らし」。少し詳しく見てみよう。

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 ①総人口に占める65歳以上の割合は26.7%に達した。5年前より3.7ポイント増えた。25%を超える国は他にない。一方で15歳未満の子供の割合は12.7%、つまり高齢者の半分以下だ。アメリカやフランスは子供の数のほうが多い。

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 ②その少子高齢化のあおりで労働人口は6075万人と5年前から295万人減少した。つまり年平均60万人ほど減り、大阪市全体人口以上が労働市場から消えたことになる。そして就業者全体に占める女性と65歳以上の割合が初めて5割を超えた。

 ③一人暮らし世帯は1684万世帯でこれは全世帯の32.5%にあたる。ちなみに夫婦などの2人世帯は28.0%だから一人暮らしと合わせると6割を超える。3人世帯は18.3%、あらためて夫婦・子供二人の「標準世帯」などという概念がまったく意味がないことがわかる。

 ④50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合を「生涯未婚率」というのだそうだが、これが過去最高になった。男性で22.8%、女性で13.4%とそれぞれ2.8ポイントほど増えた。1980年代まではそれぞれ5%以下だったのだからいかに急増しているかがわかる。

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3.若い世代にとっての「日本の姿」

 日本の潜在成長率は0.2%に過ぎない。これは労働、資本、技術などの生産要素の効率的投入による数値だから、いかに資本を投下し生産性を高めても投下労働が大幅に減少すれば高まることはない。なぜ同じ先進国でありながら日本はアメリカやイギリス、フランスと比べて高齢化が進み労働人口の減少が顕著なのか。決定的な違いはそう、移民だ。今の日本はこれを女性と高齢者の労働市場参加によって補おうとしている。

 それでも人手不足は深刻だ。若者の少なくなった村を想像してみよう。生産性が大きく向上するとは思えない。アベノミクスの成果として「有効求人倍率」があげられるが、これは分母の求人が減っている結果だ⇒ポイント解説(20)

 若い世代は急増する高齢者の社会保障、医療費や年金などを支えていかなくてはならない。そして自分たちが高齢者になったときに自分たちを支えてくれる若い世代は急減している。

 何とかしなくてはならないのだが、非正規雇用が4割に達する状況では生涯未婚率は上昇し続けるだろう。出生率がいきなり改善されるとは思えない。したがって一人暮らし世帯は増えるだろう。人口の都市流出がこれに拍車をかける。

 家族がいない、子供がいないと社会的コミュニティとの繋がりが広がらない。非正規雇用では職場の人間関係も希薄なままで、地域からも孤立しがちだろう。SNSでネット世界の「ともだち」は増えるかもしれないけれど。

 若い世代のアイデンティティはどのようにして形成されるのだろう。家族、職場、地域のなかで自分はどのような人間でそれが他者ににどう認識されているのか、そうした環境が失われると、いきおい「国家」がアイデンティティのすべてとなりこれが排外主義を生むと言われている。

 若者たちにとってこの「日本の姿」。円安と株高がいったい何をどう解決するというのだろう。

4.「税」は国のかたち

 安倍首相は国会が終わってから、つまり国会で議論することもなく消費税率引き上げの延期を決め、参議院選挙でその「信を問う」と言っていた。野党もこれに反対しては選挙に勝てないと、やはり延期を主張した。少なくともむこう3年間、消費税が上がることはない。

 来年4月には消費税は2%上がるはずだった。このうち3兆円ほどは財政赤字の縮小に、2兆円ほどは社会保障費の財源になる予定だった。待機児童、介護、子育て支援、低年金者給付などがその内容だった。今の「日本の姿」にとってわずかながらも恵みの雨となるところだったが、もう財源は見えなくなった。

 7月1日財務省は2015年度の税収を公表した。法人税は約10.8兆円、所得税は約17.8兆円、消費税は約17.4兆円だった。全体税収は約2.3兆円増えたのだが法人税収は6年ぶりに減った。

 おかしな話だ。上場企業は空前の収益を上げている。どうして税金が減るのだろう。法人税が引き下げられたからだ。日本の実効法人税率は5年前39.54%だったが安倍政権になって引き下げられ今年度は29.97%になった。財務省の計算では法人税が1%下がると約4700億円の減収となる。10%だから4.7兆円だ。

 高齢者は無所得の比率が高いから消費税率引き上げ延期は実質的に減税となる。これは延期だから将来の負担にツケを回したことになる。

 ツケを回すといえばマイナス金利だ。7月財務省が実施した10年物国債の入札ではマイナス金利のために借金する国が600億円儲けたことになった。それでも金融機関は購入した国債を日銀に売るので損はしない。損をするのは日銀だ。だから日銀が政府に渡す納付金が減る。結局これを埋めるのは将来の納税者だ。

 株高を支えるために公的年金で株を買っている。2015年度の損失は5兆円以上になった。これを公表するのは選挙が終わった7月末だ。民間試算ではこの4~6月だけでも5兆円消えたとみられている。年金基金の株式運用比率は2014年10月に24%から50%に引き上げられた。このリスクも将来のツケに回される。

 忘れてならないのは集団的自衛権行使容認に基づく安保法制だ。自衛隊の行動範囲と任務は飛躍的に大きくなるから当然のことながら防衛予算は膨らむ。

 「税」は国のかたちだ。このかたちは今の日本の姿にふさわしいだろうか。

5.若者たちの選択

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 上のグラフは日本経済新聞による今回の参院選出口調査だ。比例代表で自民党に投票したのは20歳代が最も高く43.2%、次に30歳代の40.9%、今回から有権者となった18、19歳は40.0%だったという。40歳代以上ではどの世代も40%未満だった。

 シルバー民主主義と言われてきたが、消費税率引き上げの信を問われて支持したのは若い世代だった。

 民進党の投票割合が最も低かったのは20歳代だった。なんとも皮肉なものだ。かれらの大半は「高校無償化」世代だ。民主党政権下で「コンクリートから人へ」の目玉政策だった。その利益をもっとも受けた世代だ。逆に70歳以上の高齢者の民進党投票率が一番高い。

 憲法改正の是非について問われて、その20歳代が最も賛成が多く、18、19歳で賛成と反対がほぼ同数、50歳以上では反対が大きく上回っている。

 なにより今回の投票率は54.70%で過去4番目に低かった。もちろん若い世代の投票率はさらに低い。日本の若者の投票率は主要国で最も低い。前回参院選(2013年)では20歳代は33.4%、60歳代は67.6%だった。

 なんと残酷な事実だろう。

 どうみてもこれからの日本は若い世代にツケが回される。雇用不安のなかで社会保障費を増税延期で負担し、自分たちの社会保障財源は先延ばしされそれを負担する世代は見当たらない。年金の穴も防衛費の増額も法人税率の引き下げ分も彼らは所得税の負担増と福祉の削減で担うことになる。

 しかしそれは投票棄権も含めて、若い世代の選択なのだ。

 もう一度、冒頭の言葉を繰り返そう。民主主義の恐ろしいところは多数者の意見を少数者が受け入れなければならないということだ。いや正確には、その多数者もその結果を受け入れなくてはならない。

6.慚愧(恥じて心におそれおののくこと)

 もうマスメディアの凋落に責任を転嫁することをやめよう。

 いかに微力とはいえ、もう30年以上経済学部で講義をしている。非常勤講師になってからは複数の大学で多いときは年間1000人以上、少ない時でも数百人の学生たちに語り続けている。その彼ら若い世代の選択だったのだ。

 政治権力の見え透いたレトリックも、マスメディアの意図的な情報操作も、若い世代の政治経済的リテラシーさえ高まれば、それらは本来無力なのだ。

 自身のこれまでの教員生活を恥じて心におそれおののくことから始めよう。選択はこれからも続くのだから。

日誌資料

06/28
・米英「特別関係」綻び拡大も オバマ氏、募る危機感
・ゴールドマン・サックスCEO「英拠点の移転選択肢」 欧州戦略の再考検討
・英国債格下げ相次ぐ S&P、最上級から2段階 フィッチも1段階
 ムーディーズ含め3大格付け会社がそろって見通し「ネガティブ」に

06/29
・英離脱交渉9月以降に EU首脳会議で容認 <1>
 今すぐ離脱通告すべき不満も英の内政混乱に配慮し首相後任を待って交渉開始
20160628_01
・離脱派、英国独立党ファラージュ党首 公約を撤回 批判強まる
 EU拠出金の国営医療制度充当キャンペーン
・VW、1.5兆円支払い 排ガス不正で和解 買い戻しや集団訴訟和解金に
・トランプ候補がTPP離脱を主張 米経済に「最大の脅威」

06/30
・2015年国際調査 高齢化社会一段と 65歳以上26% <2><3><4>
 労働人口5年間で295万人減の6075万人 女性と高齢者の割合初めて5割を超える
 6人に1人一人暮らし 全世帯の32.5% 生涯未婚率、男性22.8% 女性13.4%
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・英なきEU結束確認 27ヵ国首脳会議(ブリュッセル29日)
 共同声明発表 早期離脱交渉求め、離脱通告前のいかなる交渉もしない
 英に移民で例外認めず 単一市場参加の条件 トゥスクEU大統領「アラカルトはない」
・市場、英離脱の混乱一服 NY株284ドル高 英国株、投票前水準に
 北米サミット(米、加、メキシコ29日オタワ)英離脱、孤立主義を懸念
・鉱工業生産2.3%低下(5月)3カ月ぶりマイナス 電子部品が不振
・三菱東京UFJ中国国有企業に820億円 邦銀の対中国融資で最大
 ブラジルでの水力発電経営権取得に充当 中国企業の海外進出資金需要を起爆剤に

07/01
・英保守党首選 離脱派ジョンソン氏不出馬 離脱交渉、深まる混迷
 ジョンソン陣営のゴーブ司法相が立候補 メイ内相軸に 内輪もめ不安定招く
・5月消費者物価0.4%低下 3カ月連続マイナス
・5月求人倍率1.36倍に上昇 求職者数が前月比で0.9%減少

07/02
・OECD(経済協力開発機構)税逃れ防止へ悪質な国に制裁基準 <5>
 租税委員会(30日京都) 国際ルール、来年100ヵ国・地域体制に
20160628_05
・ロシア、EUに強気外交 強硬論主導の英離脱で 制裁包囲網崩す狙い <6>
20160628_06

・フィッシャーFRB副議長 英離脱「影響見極め」 緩和観測は否定
・法人税収6年ぶり減(2015年度)企業収益に陰り
 法人税10兆8274億円 所得税17兆8071億円 消費税17兆4263億円

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