週間国際経済2016(23) No.62
06/21~06/27

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今週のポイント解説(23) 06/21~06/27

イギリスが失ったもの

1.EU市場

 イギリスの対外貿易は輸出も輸入も総額の半分を対EUが占める。EU向け輸出はGDPの15%に達する。EU離脱はいうまでもなくこのEU単一市場からの分離だ。このままだとイギリスの対EU輸出には10~20%の関税が課される。EUを拒否したイギリスの割り増しになった輸入品をEU消費者がこれまで通り購入するとは思えない。

 離脱派リーダーだったボリス・ジョンソン前ロンドン市長は「(離脱によって)人の移動の自由は認めないが、EU単一市場へのアクセスは維持できる」と主張している。しかし6月29日のEU首脳会議(イギリス抜き)では記者会見でトゥスクEU大統領が「単一市場にアラカルトはない」と強調、メルケル独首相は「いいとこ取りはできない」、オランド仏大統領も「それらは一つのパッケージだ」とクギを刺した。

 つまりイギリスは40年以上単一市場であったEUと、あらためて通商交渉を開始しなければならない。想定されているなかで有力なモデルはEEA(欧州経済地域)だ。ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインが加盟している。EUとのモノの貿易に関税はかからない。しかし「人の移動の自由」は免れない。EU拠出金は負担しなければならないが政策の意思決定には参加できない。

 EUはカナダとのあいだに貿易協定がある(CETA)。人の移動も拠出金もない。しかし合意までに7年以上を費やし、合意(2014年)以降もEU内部の反発から未だに発効していない。

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 もちろんEUにとってもイギリスは重要な市場だ。人口の13%、GDP(購買力平価ベース、2015年)約19.2兆ドルのうち約2.8兆ドルを占めている。ノルウェー型やカナダ型とは違うモデルを模索することがありうるだろう。しかしEU側は離脱までの事前交渉には応じないと断言している。イギリスは、どうなるか見当もつかないまま離脱手続きを進めなければならない。

 ドイツもフランスも「英なきEU」の結束に向かっている。それぞれ総選挙や大統領選挙が迫り、現政権を脅かしているのは反EU勢力だ。離脱したイギリスを優遇することはありえない。そしてそうしているあいだに、イギリスが現在のイギリスのままであるとは限らないのだ。

2.UK

 アメリカがUSAならイギリスはUKだ。United Kingdom of Great Britain and Northern Irelan そう連合王国だ。スコットランドは2014年に一度は否決された独立を問う住民投票を再度実施するだろう。分離独立派はイギリスから独立してEUに加盟することを主張している。スコットランド行政府のスタージョン首相は住民投票の準備に着手した。そのスコットランドには北海油田と原潜軍港がある。

 北アイルランドも長く凄惨な独立運動を経験してきた。EU加盟国であるアイルランドとの統合を問う住民投票が実施される情勢だ。イギリスの離脱によって北アイルランドとアイルランドの国境管理が厳しくなり、住民生活に多大な障害が生まれる。イギリスは以前のような武力弾圧でこれを抑えることができないだろう。

 そして、ロンドンだ。カーン市長は国民投票後「われわれは欧州の中心にとどまりたい」と語り、ロンドンではイギリスからの独立とEU加盟を求める署名運動が熱を帯びているという。スコットランドが独立すればリバプールはイギリスから独立してスコットランドに編入するという運動が始まっている。

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 離脱リスクの最悪のシナリオは、それがEU解体におよびユーロが激しく動揺することだった。しかしイギリス国民投票の翌週、世界が注目していた26日のスペイン総選挙では、躍進が予想されていた反EU勢力が議席をひとつも伸ばすことができなかった。イギリスの混乱を目の当たりにして有権者が慎重になったためだとされている。

 事態はEU解体ではなくて、むしろUK解体が現実味を帯びるようになっている。

3.CITY

 シティに定冠詞が付いてthe Cityとなればシティ・オブ・ロンドンという特別な行政区を指す。イングランド銀行やロンドン証券取引所などが集まる米ウォール街と並ぶ世界有数の金融センターだ。

 イギリスはユーロに参加していない。しかしドルやユーロなどの外国為替取引の4割を担っている。EU加盟国としてのイギリスの金融機関は、ロンドンに拠点を構えたまま「EUパスポート」によってEU域内どこででも営業ができる単一免許を与えられていた。これを失うことになる。この金融サービスがイギリスGDPに寄与する割合は8%以上に達する。

 米金融最大手JPモルガンは離脱決定の24日即日「欧州地域組織体制の変更」について社内メールを回した。米大手投資銀行ゴールドマン・サックスのCEOも声明を公表しイギリス拠点の一部移転を検討する意向を示した。

 6月27日には米格付け会社大手のS&Pがイギリス長期国債の格付けを最上級の「トリプルA]から「ダブルA」へ2段階引き下げ、フィッチ・レーティングスも1段階引き下げた。これにムーディーズを入れた3大格付け会社すべてがイギリス国債の格付け見通しを「ネガティブ」に下げることになった。

 ロンドンの金融機関はもちろん大量のイギリス国債を保有している。これら国債リスクが高まれば、彼らは自己資本を積み増すか運用資産を圧縮しなければならなくなるだろう。

 イギリスのEU離脱によって世界の金融ビジネスモデルに変更が迫られることになった。今後の離脱交渉によって、それが長引くほどにシティの金融センターとしての地位低下は加速する。そうなればシティがロンドン独立の有力な勢力とならないともかぎらない。

4.リーダシップ

 イギリスのEU予算負担は約1.6兆円(2014年)、全体の1割強だ。それと引き替えに得ていた単一市場アクセスの利益は莫大だ。しかもユーロに加盟していないから金融政策に制約もなく、ギリシャ財政危機などのユーロ不安に際しても財政的支援を負担することも求められない。そしてEU首脳会議、欧州理事会における制限のない発言権を持つ特別な地位にあった。イギリスの国際政治におけるリーダーシップの舞台は、EUだった。

 アメリカは独仏連合と交渉するよりも、このイギリスのEUに対する地位と米英の「特別な関係」に依存していた。イギリスはアメリカ外交にとってEUより優先順位が高い存在だった。オバマ大統領はキャメロン首相がシリア空爆に参加しなくてもアジアインフラ投資銀行に参加しても、苦虫をつぶしながら作り笑顔で握手を交わしていた。そしてウクライナ問題における対ロシア制裁では、譲歩しがちなドイツやフランスをイギリスを通じて抑えてきた。

 中国もそうだ。メルケル独首相は毎年何度も北京を訪問しているのに、習近平氏が訪欧するときにはまずイギリスに行く。対EU貿易の拡大も人民元の国際化のための取り組みもイギリスに拠点を置いた。

 こうしてイギリスは国際政治における重要な地位を保ってきた。しかしEUを離脱したイギリスは、そうしたリーダーシップを発揮する舞台を失った。

 国内政治はもっと惨めだ。キャメロン首相はさっさと辞任を表明した。離脱以降は次の政権に任された。本来ならば「勝利した」離脱派リーダーがそれを担うべきだろう。彼らがファナティックに訴え続けた「公約」を実現するために。

 ボリス・ジョンソン前ロンドン市長は事実上時期首相を決める保守党の党首選挙への不出馬を決めた。彼を支えていたゴーブ司法相が「ジョンソン氏は首相に相応しくない」として自らが立候補したからだ。無理もない、英メディアは3年前のインタビューでジョンソン氏が「国民投票が実現したら残留に投じる」と答える様子を流している。

 離脱派急先鋒だった英国独立党のファラージュ党首は、キャンペーンの目玉だったEU拠出金を国営医療制度に充てるという公約を「間違いだった」と撤回した。

 英下院では保守党であれ労働党であれ残留派議員が圧倒多数だ。その議会が離脱を進めなければならない。そんな議会が国民に対してリーダーシップを発揮するとは誰も信じてはいないだろう。

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5.リスペクト

 イギリスは尊敬に値する地位を回復できるのだろうか。

 不寛容な排外主義は国内の分裂を招き、よそものと分け合いたくなかったパイは縮んでしまった。そもそも大量の難民を生んだのは「対イラク戦争」が原因であり、そのブッシュの戦争を支持したのは世界で日本と、そうイギリスだけだった。そして今、反移民で国政が転覆しかけている。

 権力基盤を固めるために国民投票という掛けに出たキャメロン氏、僅差で負けて存在感を高めようと目論んだジョンソン氏(6月29日付日本経済新聞「Brexitの衝撃2」参照)。名門オックスフォード大学で学んだ先輩後輩であるこの二人のエリートは、反知性主義を煽った結果、議会制民主主義の伝統を失墜させてしまった。

 今イギリスに求められているのは「後悔」ではなく「反省」と「決意」だろう。刺激的な言動で支持を拡大する「ポピュリズム」(今やこの言葉は本来の意味から離れて大衆迎合主義と訳されているが、重大な現象であるのでそのまま借用する)の波に呑み込まれた哀れな存在として、しぶしぶ敗戦処理をする時間をイギリスに与える余裕は世界にない。

 国民投票前後に示された民意を総合的に尊重し、議会制民主主義システムを正常化させ、イギリスにとってEUの存在とは何か、EUにとってイギリスの存在は何なのかという理性的な再検討を直ちに開始しなければならない。世界と繋がり、そして世界から人を受け入れてきたイギリスが今示すべき姿は、自らの反省を世界の教訓とすべく前向きに行動していく決意だろう。

日誌資料

06/21
・高浜原発20年延長 稼働40年超え老朽原発で初認可
・日本貿易収支に赤字圧力 5月、4カ月ぶり
 円安・原油安効果はがれ輸出の落ち込み鮮明に 貿易黒字に依存しない成長戦略問われる

06/22
・「英EU残留」でも円先高感 根強い円買い需要
 経常収支黒字拡大 米利上げ観測後退 日銀追加緩和に限界論

06/23
・英、賛否拮抗で国民投票へ 離脱派の勢い衰えたとの見方
 ポンド年初来最高値 日経平均1万6000円台回復

06/24
・中国、金利規制を復活 銀行に指導、不良債権処理促す
 北京で貸出金利の下限、預金金利の上限設定 金融改革が後退

06/25
・英、EU離脱を選択 欧州分裂 世界に打撃 キャメロン首相辞任へ <1>
 国民投票24日開票 離脱51.9%(1741万票) 残留48.1%(1614万票)
 世界同時株安 日経平均1286円安 NY株610ドル安 独仏株は7~8%急落
 世界の時価総額1日で330兆円(3.3兆ドル)消失 金融株に売り集中 <2>
 独立志向、英で再燃 国内に分断の傷跡 スコットランドなど住民投票に意欲
 英国債、揺らぐ信用力 大手格付け会社 見直しの動き JPモルガン、英の事業縮小検討
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06/26
・「英なきEU」課題山積 経済や安保地盤沈下 <3> <4> 
 英離脱後に包括協定 EU検討 通商や規制巡り 経済の停滞回避狙う
 初の離脱、まず2年交渉 貿易協定やヒトの往来
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・アジア投資銀 北京で初の年次総会(25日)加盟国拡大を優先
 現在加盟57ヵ国 24ヵ国が参加の意向
・中ロ首脳会談(25日北京)英のEU離脱「世界経済の試練に共同で対応」

06/27
・英、EU市場とどう接点 交渉難航は必至 <5>
 4モデル、利点・難点混在 日本も個別協定を検討
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・英離脱、ドル不足に拍車 邦銀、調達コスト急増 世界的なリスク回避映す
 ポンドからユーロ、ユーロからドルへ資金逃避 邦銀上乗せ金利0.8%
・ロンドンで「独立」機運 署名16万人超 英の他都市でも動き <6>
 「投票のやり直し」署名もロンドン中心に320万人超
 離脱派が後悔「まさか実現するとは」Britain+Regret=Bregret
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・スペイン総選挙 反EU派伸び悩み 英離脱受け有権者、安定志向に
 与党国民党が議席を伸ばし反EUポデモスは第3党にとどまる

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