週間国際経済2015(24)  09/07~09/13

09/07
・中国「6月まで株バブル」人民銀総裁、G20で言及
 政策対応で正常化協調 財政相「今後5年間は構造調整の痛みの時期」
・日本、製品コスト7割で上昇(内閣府試算)原油安の恩恵を円安が打ち消す
・タイ新憲法草案を否決(軍政指名の評議会)民政復帰に遅れ
・豪、NZ、ブラジルが難民受け入れ拡大

09/08
・独、難民受け入れに公費1.3兆円投入 5日から3日間で2万人到着 <1>
 年内難民申請は80万人の予想 欧州に向かう難民の4割を引き受け 慎重な英仏にも変化
 ⇒ポイント解説あります
20150907_01
・中国外貨準備8月減少最大 元買い介入でマイナス939億ドルの3兆5573億ドル
・日本経常黒字7月1.8兆円 黒字は13カ月連続 原油安や海外配当寄与

09/09
・米中首脳会談、25日に
・中国、輸出の失速鮮明に 8月5.5%減(2カ月連続前年割れ)天津爆発が影響
・日経平均反発、1343円高 21年ぶり上げ幅、歴代5位 <2>
 短期マネーが買い戻し 空売り比率40% 相場安定なお見通せず <3>
20150907_0220150907_03

09/10
・EU「難民16万人分担を」加盟国に義務化提案 <4>
 ⇒ポイント解説あります
 中・東欧は反発 異文化に警戒感強く 協議難航も
20150907_04
・人民元一段安望まず 中国李首相「国際化に不利」夏季ダボス会議(天津)
 巨額の財政出動より構造改革に軸足 小刻みに景気対策
・日経平均、一時800円超安 利益確定の売り先行

09/11
・郵政3社上場承認 11月4日、時価総額13兆円に
 逆風下の船出 3社とも今期2ケタ減益予想 相場荒れ模様
・派遣受け入れ期間撤廃、改正労働者派遣法成立 <5>
20150907_05

・中国新車販売不振続く 8月5カ月連続減 海外勢、生産調整広がる
・米、シリア難民1年間で1万人受け入れ(2011年以来約1500人)

09/12
・軽減税率で財務相が消費税2%分を後日還付案、マイナンバーカード提示で
 歳入確保の思惑も 税収減5000億円に抑制 麻生財務相「複数税率、面倒くさい」
・中国、国外で元買い介入 過度な元安の阻止鮮明に
・世界の食料価格6年4カ月ぶり低水準 円安で国内恩恵少なく

09/13
・TPP車協議、溝残る 日米、カナダ・メキシコ関税撤廃条件で
 域内「原産地規則」 日本4割、メキシコ・カナダは6割強望む

※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf

ポイント解説(24)  09/07~09/13

ドイツ、難民受け入れの「理念」と「現実」

1.メルケル首相の決断

 ドイツ政府の難民受け入れに対する寛容な決断には世界が驚きました。ぼくがさらに驚いたのはドイツ国民の3分の2がこの決断を支持し9割近くが難民ボランティアへの参加を望んでいるということです。もちろんドイツ基本法(憲法)には難民保護が掲げられています。ナチス時代にユダヤ人を迫害し、また多くのドイツ人亡命者を周辺国が受け入れたという「歴史認識」からです。したがってドイツはこれまでもEUに向かう難民の4割を受け入れてきました。その数は今年1月から7月までですでに20万人を超えています。さらにメルケル首相は「EUダブリン協定」を停止して難民申請を直接ドイツ国境で受け付けると表明したのです。

 ダブリン協定ではEU域内への亡命は最初に入ったEU加盟国で難民申請をすることになっています。資料<4>の地図にあるように、シリア、イラク、北アフリカからの難民は地中海・エーゲ海を渡ってギリシャ、イタリアに漂着するか、陸路トルコを通過してハンガリーで難民申請をします。そこからドイツを目指すのです。しかし小さなゴムボートのようなものに何十人も乗せた船は遭難し、ハンガリーではオルバン政権によって鉄条網で入国を阻止されドイツ行き鉄道の駅が封鎖されて、難民たちは高速道路を歩いて進もうとしていたのです。この姿がメルケルとドイツ国民の良心の呵責と怒りをかったのです。

 ダブリン協定停止によって9月5日から3日間で2万人の難民がドイツに到着しました。年内の難民申請は80万人に達すると予想されています。その7割はドイツに永住する見通しです。ドイツ政府は彼らに対する職業訓練やドイツ語習得にかかる費用を公費で負担し、その額100億ユーロ(約1.3兆円)を投入すると発表しました。メルケル首相は7日、難民受け入れは「ドイツを変えるかもしれない」と語りました。いやメルケルはドイツを移民国家に変えるつもりです。そしてEU全体を移民と共存する社会に変えるつもりです。ぼくにはそうとしか考えられません。

2.EU加盟国に難民受け入れ分担を義務化

 9月9日、ユンケル欧州委員長は欧州議会で演説し急増する難民16万人をEU加盟国が分担して受け入れることを義務付けする提案をしました。現実的には絶対に足りない数ですが、異文化に対する警戒感が強い中・東欧加盟国にも一定枠を割り当てることが目的なのでしょう。

 それまで受け入れに慎重だったフランスやイギリスも、トルコの浜辺に漂着したシリア難民の男の子の遺体写真が世論に衝撃を与えたことなどで政府が態度を変えはじめ、これが割当制合意の追い風となりました。とはいえスロバキア、ハンガリーをはじめチェコ、ルーマニアといった旧共産圏加盟国はこれに強く反発しています。これらの国々は移民受け入れの経験がほとんどありませんから多様性を尊重する文化が育っていません。また難民受け入れに消極的な国民感情を背景にした政治家たちがこれをさらに煽り立てているとも見られています。

 突然ドイツ政府は13日、難民流入を一時的に制限するため国境検問を始めると発表し14日まで国際列車の運転まで止めてしまいました。その理由は難民受け入れ手続きの混乱と収容施設の限界だと説明されています。しかし暫定的措置とはいえこれはEU加盟国相互間の通行自由を定めたシェンゲン協定からの一時的離脱を意味します。ドイツ政府のデメジエール内相はこの措置が「ヨーロッパへの警告」だと言います。つまりドイツはどこよりも多くの難民を受け入れる、しかし他の加盟国も負担を受け入れるべきだ、さらに難民も受け入れる国を選ぶことはできないのだと。

3.難民政策の「現実」

 こうしたドイツの寛容さは、ドイツが豊かだから、昨年財政も黒字になったから、そうした余裕からだと見られがちです。しかしメルケルはドイツをEUを変えようとしています。だからダブリン協定もシェンゲン協定も一時的にとはいえ大胆にも一方的に離脱するのだと、そしてそれはむしろドイツの「余裕のなさ」からきていると、ぼくは考えています。その余裕のなさとは、そうドイツのEUの高齢化と人口減少という現実です。

 移民は一般的に年齢も若く労働意欲も強いとされています。とくにシリア難民には教育水準とモチベーションが高いという評価が与えられています。米紙The Wall Street Jounalは「受け入れた難民に仕事を=ドイツの次の課題」という記事を掲載しました。英誌The Economistはもっと刺激的です、「彼らを受け入れ、働かせよ」。問題なのは無職の移民集団であり、より柔軟な労働市場が欧州を活性化させると。そういえばドイツ政府は移民受け入れとともに雇用条件の緩和策を打ち出しています。

 ドイツの人口は現在約8200万人、これが2060年には1000万人程度減少すると予想されています。高齢化に伴い労働人口減少はさらに加速し、経済成長も社会保障も維持できなくなるのは時間の問題だとされているのは日本と同様です。実際に最近のドイツ経済の好況を支えているのは移民だという見方があります。例えば2010年以降の新規雇用の60%は外国人であり、移民一人当たりが政府から受け取る金額より多くの税金を移民は支払っているという調査もあります。

 ドイツ国内だけではありません。EU加盟国はドイツにとって身近な「新興国」でありユーロ圏はドイツにとって「自由な市場」です。これらの経済が人口減少によって縮小することはドイツ経済にとって死活的問題となるでしょう。だからメルケルは(もちろん道義的責任感は否定しませんが)、難民受け入れによってドイツを、そして欧州を変えようとしているのだと思います。

4.対イラク戦争と難民

 道義的責任感といえば、そもそも難民の異常な急増はアメリカの対イラク戦争が最大の契機となっています。そしてシリア内戦への「イスラム国」(IS)の介入がそれを加速させています。この問題に対して欧州は直接的な責任を負っていません。ドイツもフランスもブッシュ米政権のイラク空爆に参加せず支持もしませんでした。国連もこれを認めず、ブッシュの戦争はユニラテラリズム(単独行動主義)と呼ばれたのです。どう考えても難民急増の第一義的責任はアメリカにあります。

 そしてこのブッシュの戦争を支持したのがイギリスのブレア政権と日本の小泉政権だけでした。二人ともイラクの大量破壊兵器保持の「証拠」をブッシュから見せてもらったと言っていました。ところがそんなものはなかったのです。途中からブッシュは戦争の目的を「フセインの圧政からイラク国民を解放するため」に変えました。その結果どうなったのかはここで説明する必要もないでしょう。リビアでもエジプトでもアメリカは深く関与しています。そうしてシリア難民はシリア国民の半数に達するようになったのです。

 さてそのアメリカですが、シリア内戦が始まった2011年から現在まで受け入れたシリア難民は約1500人です。欧州の批判を受けてようやく2016会計年度には1万人を受け入れると決定しました。ドイツが欧州への難民の4割を受け入れているなか、イラク戦争を支持したイギリスの比率は4%です。そして日本が昨年受け入れたシリア難民は、3人です。

5.問われる「積極的平和主義」

 国連難民条約では、難民とは「人種や宗教、国籍、政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるために国を離れた人」と定義されています。言うまでもなく戦争によって大量に生み出され、世界のどこよりも平和から遠くにいるのが難民です。

 難民受け入れは豊かな大国だけではありません。レバノンは人口の25%にあたる110万人を、トルコは200万人近いシリア難民を受け入れています。「日本は地理的に遠いから」、いいえオーストラリアは昨年4500人のシリア難民を受け入れ、今後難民受け入れ枠を1万8750人に拡大する計画です。NZも数百人規模を受け入れる方向で、ブラジルは昨年シリアを中心に2320人、今後さらに積極的に難民を受け入れる姿勢を示しています。 昨年世界各国で難民として認定されたのが前年比23%増の1438万人、その年日本への申請者数は5000人で難民認定を受けたのは11人です。

 安保法案でそれこそ全国津々浦々揺れる日本。日本が平和憲法によって守られてきたことは歴史的事実です。とはいえ日本だけが平和であればいいわけではありません。日本国憲法の前文は世界平和への貢献を謳い、しかしながらその手段として武力の行使を放棄しているのが第9条です。求められているのは「武力以外の手段」であるはずです。

日本には平和憲法があり、その背景には侵略という歴史認識があり、イラク戦争を支持した道義的責任があり、少子高齢化という難題を抱えています。世界を揺らす難民問題。日本の「理念」と「現実」が問われています。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

以下の計算式に適切な数字を入力後、コメントを送信してください *