週間国際経済2015(15) 07/06~07/12

07/06
・ギリシャ国民投票、緊縮策反対6割超す 首相、EUと再交渉へ
 ⇒ポイント解説あります
・世界遺産、明治産業遺産を登録 日韓、薄氷の決着
 強制徴用、玉虫色の表現 「意思に反し労働」説明

07/07
・ギリシャ国民投票 若者・低所得層、反対目立つ 失業・賃金減に不満
 投票率62.5%、反対61.3% 「ユーロ圏離脱望まず」首相の訴え奏功

07/08
・BRICS銀行、第1回総会(7日モスクワ)年内にも業務開始 <1> <2>
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・習近平主席、抗日式典(盧溝橋事件記念)出席せず 反日姿勢を抑制
・ギリシャ、妥協の道狭まる 緊縮譲歩「裏切りに」 欧州委員長「残留が目標」
 緊急のユーロ圏首脳会議 EU「12日が最終期限」 日経平均一時2万円割れ
・米越首脳会談、ベトナム戦争後初 南シナ海懸念共有、中国をけん制
 ベトナム、実利で米に接近 TPPで輸出増 中国は最大の貿易相手国
・邦銀の海外投融資急増 3月末残高3.3兆ドル、米銀抜く <3>
 日銀緩和で国内運用環境厳しくアジア向けけん引 欧米銀慎重ななか5%増目立つ伸び
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07/09
・ギリシャ、新たな融資要請 緊縮財政策と引き替えにユーロ圏基金活用
・中国株安アジアを巻き込む 一時8%安 株価対策効かず 日経平均638円安
・TPP日米協議再開(東京) 安倍首相「ゴールテープに手」決着目指す

07/10
・ギリシャ、EUに譲歩 財政改革案を提出 増税・年金抑制 <4>
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・日銀、今年度成長見通し下方修正 2%から1%台後半
 IMF見通しは今年0.8% 来年1.2%

07/11
・EU、ギリシャ改革案を評価 オランド仏大統領「信頼できる」
・ギリシャ議会、改革案承認 国民反発「投票への裏切り」政権運営もいばらの道
 ギリシャ、銀行に三重苦 資金繰り難 不良債権膨張 国債損失リスク
・TPP日米協議前進 日本側がコメ輸入上積みへ 閣僚決着探る
・イエレンFBR議長講演 米利上げ「年内が適切」米経済「しっかりしている」
・安倍首相、9月訪中を検討 3日の抗日記念式典外す日程 習訪米前に
・上海株が大幅続伸4.5%高 中
・中国新車販売6月2.3%減 3ヶ月連続減は6年半ぶり

07/12
・ユーロ圏財務相会合(ブリュッセル11日)ギリシャ再支援へ調整 <5>
 チプラス首相の「ユーロ圏残りたい」直談判受け、仏が手助け独は黙認
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ポイント解説(15) 07/06~07/12

ギリシャ「国民投票」

to be,or not to be

 生きるべきか死ぬべきか、that is the question。ハムレットは「どう生きるべきか」と問うことをやめ、なにもしないための言い訳を独白します。この他人事のような思考停止が、むしろ彼を救いがたい悩みの淵へと追いやっていくのです(素人解釈です)。

 6月22日に緊急開催されたユーロ圏首脳会議は週内のギリシャ支援合意を目指していました。これを好感して日米欧で株高となり、26日に独仏首脳がギリシャ政府に金融支援の条件として構造改革を要求する「最後通告」を伝えました。チプラス首相は「見くびるな」と席を立ち、翌日EU案の賛否を「国民投票」で問うと表明します。それからわすか一週間後に国民投票は実施され、「反対」が6割を超えました。しかしこの間6月30日にはIMFの対ギリシャ支援返済期日を迎え、すでに延滞されていたEU支援返済もこの日に一括返済する約束でした。そもそもEU緊縮案はこの30日に終了する支援プログラムの11月までの延長と追加支援に関する条件提示でしたから、ギリシャ国民は期限切れの緊縮案に「OXI」(NO)を突きつけたことになります。

 最後通告を拒否する以上、EUとIMFからの追加支援は望めません。ECB(欧州中央銀行)融資も7月20日に返済期限を迎えます。ギリシャがIMFから債務不履行(デフォルト)を宣告されたらギリシャにユーロは入ってきません。欧州通貨統合条約にはユーロ脱退の規定がありませんし、EU憲法にも離脱手続きに関する条項がありません。しかし事実上ユーロが使えなくなれば、予測不能の事態を招くでしょう。

 しかしチプラス首相は「ユーロ残留を望む」として国民投票直後の5日夜のテレビ演説でもEU旗をギリシャ国旗に並べて掲げていました。つまり反対に投票した国民は「緊縮案は拒否、EUには残る」と意思表示したわけです。これが「民意」だというのですが、その方法をギリシャ政府は示していません。ぼくにはそれがnot to be という思考停止に見えたのです。

「革命家」とゲーム理論

 チプラス首相の息子さんの名前は「エルネスト」だそうです。そう、革命家チェ・ゲバラの本名です。彼がひきいる急進左派連合は2009年の総選挙で得票率4.6%の小党でしたが、今年1月の選挙では「反緊縮」一本で36%以上を獲得しました。「IMFは犯罪者だ」と公言し、ドイツには第二次世界大戦に関する戦後賠償を要求します。交渉にならない、と見ていました。しかし彼を彼の政権を生み出したのはEUの過酷な緊縮財政要求であったことは事実です。

 交渉の窓口だったバルファキス財務大臣も異色のキャラクターで注目されていました。ユーロ圏財務相会合でも革ジャンとTシャツで登場しました。EU緊縮策は「テロ行為だ」と決めつけ、交渉というよりも対決姿勢を前面に出して調整が難航します。一部では彼はチプラス政権を追い詰めるために送り込まれた「トロイの木馬」ではないかと噂されたほどです。それはともかく、ケンブリッジ大学で経済学を学んだゲーム理論の専門家だということはたしかなようです。突然の国民投票表明もEUに譲歩させるための駆け引きだと考えられていました。

 ではそのチプラス政権は革命的な左翼政権かといえばそうでもありません。連立相手の独立ギリシャ人は右派で党首は国防大臣です。つまり「反緊縮」そうnot to be だけでまとまっているといえるでしょう。ギリシャ国民はこの大切なときに交渉能力のない政権選択をしてしまったように思えてなりません。政権が成立した1月以降、具体的な改革案は議会に提出されませんでした。そして6月までにギリシャの銀行からの預金引出はおよそ5.5兆円に達します。

「反緊縮」を支持する尊敬すべき経済学者たち

 どうもぼくはチプラス政権に批判的ですね。しかしチプラス政権に同情的な経済学者も多く、そのなかには高名な方が含まれています。その一人がヨゼフ・スティグリッツ教授です(ぼくは大ファンです)。スティグリッツ先生は、自分なら反緊縮に投票すると言っています。緊縮は「懲罰的」であり何も解決しないからです。融資された資金は債務者ギリシャではなく債権者に支払われるだけであり、新たな緊縮案は終わりなき不況を意味するからです。さすがに視点がぶれませんね。

 「21世紀の資本」が大ベストセラーになったトマ・ピケティ教授もそのひとりです。とくにドイツに対して厳しく批判しています。ドイツは第一次世界大戦も第二次世界大戦のときも債務を返済していないと。国民投票後もメルケル首相に公開書簡で緊縮策見直しを要求しています。EUの要求は債務危機を深刻化させたと主張しています。

 それではどうすればいいのでしょう。お二人の共通点は「貸し手責任」ですから債務削減(借金の棒引き)を提案しているところです。ぼくもそれはある程度必要だとは思います。債務元本の減免や金利、返済期限の見直しは交渉の最重要ポイントだと思っています。ただ、いくつか問題があります。まずEUは2009年危機に際して1070億ユーロの債権を減免しています。次に現在の対ギリシャ債権者はその8割が公的機関です。メルケル首相はドイツの納税者を説得しなくてはなりません。また、債務国はギリシャだけではありません。国民所得がギリシャを大きく下回る加盟国も厳しい財政規律が求められています。とくにギリシャは年金給付額が現役世代の80%と高率で早期退職年齢も若く、国防費も巨額です。EUは増税よりもこちらを何とかしろと要求しています。他の債務国にしめしがつかないからです。難しいですね。

融資から財政支援へ「地方交付金」の発想

 もともと通貨統合の利益は参加国にとって非対称でした。金利は一元化されるわけですから、より高金利の国は金融緩和の余地があり低金利の国は引き締めが必要です。財政赤字の対GDP比規律が求められますから同様に財政出動の余地と緊縮に分かれます。この時点で中心と周辺の不均衡は増幅するだろうことは容易に予想されたことです。

 中心であるドイツにとって「為替リスクのない周辺国」ができたことになります。利回りが高い(価格が安い)南欧諸国の国債をドイツやフランスが購入すれば、必然的に債務国と債権国の関係になります。さらにECBを使って融資すれば債務国の消費が伸びますからドイツは輸出を増やすことができます。それまでのマルク高より有利に。通貨はひとつだが財政は自己責任といっても、周辺国にとって財政規律はかなり厳しいものになりますし、とくにリーマンショック以降は不況対策に金融政策が使えないだけに輸出競争力の弱い周辺国は財政支出に頼るしかありません。

 日本の国内地方格差に置き換えてみましょう。製造業基盤の弱い地方が観光収入や公的部門に頼ることは不思議ではありません。人口の移動も自由ですから地方から都市へと所得も移動するでしょう。だから地方交付金が必要なんですよね。ユーロ圏では融資ではなくて、この財政支援が決定的に不足しているのだと思います。交付金ならば使途が制約されますから選挙のためのバラマキ公約も抑制されるでしょう。アテネでオリンピックを開催して融資して消費を刺激してドイツが儲けて借金を取り立てる(ハンガリーの経済危機も似たような図式です)こんなアコギなことは戒められたと思うのです。

問われる欧州統合の理念

 結局チプラス政権は、年金、付加価値税、国防費に関するEU要求に沿った改革案を提示して交渉は再開されました。譲らない(譲れない)メルケル独首相ではなく影が薄かったオランド仏大統領に頼み込み、フランスは財務官僚をギリシャに送り込んで改革案を作成し、できたものをオランドさんが「信頼できる」と即答し、メルケルさんは黙認しました。打算的妥協だと批判するつもりはありませんが、ますます「国民投票」はいったい何だったのだろうと。

 ギリシャのユーロ参加を促したのは独仏連合であり、それは欧州統合の理念のためでした。チプラスさんも「ユーロ残留を望む」ということは欧州統合理念を尊重するということを意味します。ユーロ圏のリーダーたちはそれぞれに欧州統合に対する責任を逃れることができないのです。

 「ハムレット」第三幕第一場の有名な「独白」のなかでシェークスピアは一度も「私」つまりIもmeも使っていません。悩みの責任が回避されているのです。そしてこう締めくくられます。

 「こうして壮大な志も 正しい道からそれて 実現されるということがないのだ」
 この言い訳こそ、絶望なのです。

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