週間国際経済2015(12) 06/15~06/21

06/16
・米議会下院、貿易権限関連法案(TAA)の再採決を来月末まで期限延期
 通商自由化に反発する与党民主党議員に対する説得が難航
 TAA(貿易調整支援法:Trade Adjustment Assistance)(11)の資料5参照

06/17
・アジア投資銀行設立協定 中国が重要案件で拒否権 議決権25%超
・中国外務省、南シナ海埋め立て「近く完了」 米との摩擦回避
 米側は埋め立ての「速度と規模を批判」 戦略対話前に妥協点探る
・18歳選挙法成立(改正公職選挙法)対象240万人 来夏参院選から

06/18
・米利上げ「年内が適切」イエレンFBR議長記者会見(17日) <1>
 9月説固まらず 年1回12月に先送りに市場が支持
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・日本の車輸出が4年ぶり低水準(5月貿易統計)中国・欧州向け不振 <2>
 中国向け前年比44%減、EU向けも18.5%減 マツダの海外生産は13ヶ月連続で増加
 アジア向け鉄鋼輸出も減少し、全体貿易赤字も2ヶ月連続

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・中豪FTA正式署名(17日シドニー)豪、農産物輸出拡大狙う <3>
 対中国FTAでは最も高い自由化率 医療・教育などの中国進出も後押し
 中国の家電輸出関税5%は即時撤廃
 豪貿易相「今後2,3週間で対処なければTPPの将来に真の問題生じる」
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・人民元国際化を加速 中国、金融協力推進にカジ
 国際資本取引に対する規制緩和 海外中央銀行が外貨準備として人民元資産を増やしている
 日本国内で初めて人民元建て債券発行 三菱UFJ70億円

06/19
・ユーロ圏19カ国財務相会合、ギリシャ支援で進展なし 22日に緊急首脳会議
 年金・税制で攻防 EU提案にどう反応
 ⇒ポイント解説あります
・東証、外国人の株保有率が最高に 3月末時点で31.7% <4>
 日本企業最大の株主に 日銀・年金も存在感 国内個人の保有率は3年連続の減少
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06/20
・日中韓首脳会談(2012年5月以来)秋で調整 日韓会談も同時に
・労働者派遣法改正 3年ごと職場変更 人を変えれば派遣継続も可
・「北方領土に経済特区」ロシア極東発展相(大統領側近)が明言
 税制面優遇や行政手続き簡素化 実効支配強め日本の対ロ経済制裁をけん制

06/21
・フィリピン軍備増強急ぐ 南沙対立中国念頭に
 国防予算は5年前の約2倍 自衛隊と南沙周辺で初の合同訓練 韓国から戦闘機購入

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ポイント解説 (12)

ギリシャ問題

1.2009年ギリシャ財政危機

 ギリシャは欧州共通通貨ユーロに参加しています。したがって金融政策は欧州中央銀行(ECB)に一元化されていますが、財政政策は各国政府に委ねられています。ただし財政赤字には上限が設けられ毎年GDPの3%程度というのがそのひとつです。2009年、当時のギリシャ政府はその財政指標について3.7%だとEUに報告していました。ところがその年の総選挙で政権が交代し、新政権がこれは改ざんされた数値だ、実際は10%以上になると暴露したのです。そこでEUが調査に入ったところ13.6%にのぼることが判明しました。サバを読むどころか、これは大嘘ですよね。ギリシャ政府は一気に信頼を失い国債価格は急落し金利が上昇しました。これでは予算も組めません。

2.PIGS

 ここまではギリシャ財政危機と呼ばれていました。ギリシャのGDPはユーロ圏全体の1%ほどでしたからドイツやフランスがなんとかするだろうという期待もありました。が、国際投機筋は「ユーロが動揺する」と読んで財政赤字比率が大きい南欧諸国の国債を空売りするようになりました(価格が高いところで借りて売り、安くなったら買って返すことで儲ける手法です)。金融危機はイタリア、ポルトガル、スペインへと飛び火し、これらの国名頭文字をもじってPIGS(豚たち、イギリス人が考えたようです)となじり、ドイツのメルケル首相も「怠け者」と批判しました。とはいえ事態はユーロ危機へと深化していきます。実際に南欧諸国の国債を誰よりも買っていたのはドイツとフランスです。それが紙くずになってはたいへんです。すぐさま資金を出し合って基金(EFSF)を設立し緊急融資を行いました。このEU支援を前提にIMF(国際通貨基金)も支援に乗り出しました。

3.緊縮財政

 EU支援といっても、例えば財政が健全なドイツ国民にとっては自分たちの税金が無駄遣いをしてきた南欧の借金を埋めることに使われることに対して不満があります。支援を受ける国民にもそれ相応の節約をしてもらわなければ納得がいきません。財政再建のためには大胆な歳出削減と増税が必要になります。この緊縮財政はとくにギリシャにとって大打撃でした。というのは危機前のギリシャは公共サービス部門の雇用が全体の約40%を占め年金制度も充実していました。選挙公約がかなりのバラマキ政策だったせいです。さらにギリシャには観光業と海運業以外にこれといった産業がありません。イタリアやスペインがユーロ安金利安を背景に構造改革を乗り切ったのとは違うと言えば違います。

4.反緊縮

 今年1月の議会選挙で「反緊縮」を掲げるチプラス政権が発足しました。EU敵視の政策が支持を得たのです。有権者が好みそうな公約を掲げることを「大衆迎合主義」と言いますね。最近ではそれを「ポピュリズム」と呼んだりしますが、どうもぼくが若いときに勉強した内容とは意味が違うので違和感があります。チプラス首相は「緊縮強要はギリシャ国民への侮辱」とか叫んでいますから、どちらかろいえばナショナリストなのかもしれません。とにかく融資条件である改革を拒んでいるのですからEUとの溝は深まるばかりです。このままでは債務不履行(デフォルト)に陥りギリシャ財政は破綻してしまいます。交渉のポイントは年金と国防費です。

 ギリシャの年金制度は現在でもかなりの高コストです。GDPに占める年金支出の比率は約18%、ドイツですら12%です。軍や警察では50歳代で年金が満額受給しているといいます。また国防費の対GDP比も2.2%で、これは核保有国の英仏と並び、連立政権を組む右派の党首が国防相を務めています。つまり勇ましいチプラス政権の基盤は年金受給者・公務員、そして国軍といった既得権益層だということができます。また「弱者の恫喝」は言い過ぎかもしれませんが、ギリシャ財政破綻はユーロ危機に繋がる、あるいはギリシャは地理的にNATO(北大西洋条約機構)の対中東・ロシアの要所に位置する、EUがギリシャを見放すわけがないという意識が、強気の交渉の背景だともいわれています。

5.民主主義

 ヨーロッパに限らず今世界では、国民内部の不満を何か外部のものへの敵対心にすりかえる「内向きの政治」が流行っているようにみえます。ナショナリズムを刺激し、その同調圧力を一体感と錯覚させようとするのですが、得てしてその背後には一部の既得権益が隠されていたりするものです。

 さて、ギリシャ問題は正念場を迎えて突然、交渉が前進しました。18日のユーロ圏財務相会合は不調に終わりました。急遽22日にユーロ圏首脳会議が設定されたのですが、直前の21日にチプラス首相が新たな財政改革案を提示したのです。いっさい妥協はしないという態度から一転しました。じつは今月の現地世論調査の結果、国民の70%が「いかなる犠牲を払ってでもユーロ圏残留」を臨んでいることがわかったのです。そして財務相会合が決裂した当日、アテネの国会前広場には1万人の市民が集まりました。それまでの反EU集会ではありません。「EU、Yes」、協議妥結とEU残留を求める声をあげたのです。おもわず「さすがはギリシャ」と唸ってしまいました。直接民主制的な力が政権を動かしたと感じたのです。

 民主主義は多数独裁ではありません。多くの少数利害と痛みを分かち合うためのシステムです。そのためには当面は人気のある政策に飛びついたり、外部に仮想的を作り上げられると何も言えなくなってしまってはシステムが稼働しません。なかなかうまくいかず苦難が続くEUですが、ヨーロッパの智恵から学ぶべきことはまだまだ多く深いと思います。

図書案内

ハジュン・チャン著『経済学の95%はただの常識にすぎない』東洋経済

 先週のスティグリッツ先生に続き、ぼくの大好きな経済学者ケンブリッジ大学のハジュン・チャン先生の新刊です。『世界経済を破綻させる23の嘘』2010年を読んだときもすごい本だと思いましたが、今回も「参りました」です。この本は1800円で一週間あれば読むことができます。高い授業料を支払っている私立大学経済学部の学生に対して90分講義を15回やってるわけですが(この本を読んだほうがよっぽど役に立つ)と誰にも聞かれないように呟いてしまいます。

 原題は”Economics The user’s guide”、つまり経済学のガイドブックです。目次を見ると、「はじめに」どうして経済学なんて学ばなければならないの?と来ます。そして第1部「習うより慣れろ」、第2部「使ってみよう経済学」、なんかWindowsの解説書みたいですね。取っつきやすい顔をして内容はけっこう刺激的です(学生よりも専門家にとって)。経済学には専門家が言わない秘密があって、それは経済学は①ただの常識にすぎない②科学などではない、政治である③経済学者を信じてはならない、そして経済学はあまりにも重要だから、専門家だけに任せておけない、だそうです(納得)。

 しかし、ひねくれてなく、偏っていないのです。オーソドックスな経済学者のコンセンサスはしっかりと解説されています。しかも難解さとは無縁です。核心的な統計がコンパクトに紹介されていて説得力が半端ではありません。索引も注もかなり丁寧です。なにより皆さんにとってうれしいのは(失礼かな)どこから読んでもだいじょうぶです。

 学生時代に読みたかった、いや今読んでおいてよかった。読後感です。ぼくはたしかに東洋経済さんから本を出していただいていますが、けっして回し者ではありません。このブログに興味のある人ならば、とにかく必ず現物を見てください。きっと紹介したぼくに感謝するでしょう。

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