週間国際経済2015(11) 06/08~06/14

06/08
・トルコ総選挙、イスラム与党過半数割れ クルド系政党躍進
 通貨リラ過去最安値 株、大幅下落 国債も売られる

06/09
・G7サミット(主要7カ国首脳会議)閉幕(ドイツ、エルマウ8日)
 中国、ロシアの領土変更批判 「法の支配」共通理念に
・バーゼル委 銀行の国債保有新規制で2案提示 来年に結論持ち越し
 A案)リスクに応じて資本積み増し B案)金融当局に監督権限強化

06/10
・株安・通貨安、アジア動揺 米利上げ観測でマネー流出 <1>
 強まるリスク回避 日経平均360円安
 ⇒ポイント解説あります
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06/11
・韓国、0.25%利下げ MERS・ウォン高に配慮 過去最低の1.5%に <2>
 MERS、経済に影 百貨店売上高16%減 映画館入場者54%減 外出控え消費落ち込む
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・米、昨年39年ぶり産油量世界一 シェール増産で勢い 英石油大手BP調べ
 3年連続で毎年100万バレル以上増産 サウジアラビアを一気に追い抜く
・黒田日銀総裁「さらに円安、なりそうもない」円安けん制か 125円の壁意識

06/12
・中国、一段と投資減速 景気に下振れ圧力 <3>
 5月不動産開発など低水準、自動車販売も2ヶ月連続で前年割れ 追加金融緩和の見通し
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・世界銀行副総裁 AIIBによる投資余力拡大を歓迎
 AIIBに世銀からアプローチし、密接に連携 今後協調融資などの形でインフラ整備に
・集団的自衛権、オーストラリアも対象 中谷防衛相、衆院安保特委で表明

06/13
・朴韓国大統領、慰安婦協議「相当の進展」米紙インタビューで
 11日ワシントン・ポスト「今は最終段階」「意味のある国交正常化50年を期待」
 趙外務次官、日経インタビューで「慰安婦問題、重要な段階」日韓関係改善に意欲
・習主席、権力基盤固め一段落 11日党最高幹部周永康氏に無期懲役
 反腐敗改革で有力者の影響排除 日中関係に前向きな姿勢を打ち出す体勢築く

06/14
・米下院、TPP関連一部法案否決 再採決でも否決なら調整難航 <4> <5>
 TPAは僅差で可決もTAAは大差で否決 TPP閣僚会合の交渉妥結の遅れは避けられず
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・EUのギリシャ支援、期限迫る 18日の財務会合が節目 <6>
 6月末期限の72億ユーロ(約1兆円)支援実行には手続き上今週末までの合意が必要
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※PDFでもご覧いただけます
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ポイント解説 (11)

ASEAN経済共同体の試練

 1.ASEAN経済共同体(AEC)とは

 アセアン(東南アジア諸国連合)加盟10カ国は今年2015年末にAECを発足することに合意しています。これは人口6億人の「単一市場」の創設を目指す取り組みで、域内の関税撤廃はもちろんのこと金融・サービス・ヒトの移動を自由化しようとするものですが、今のところ関税撤廃以外はほとんど進展がありません。4月27日の首脳会議でも2025年を目標にした新工程表が発表されましたが、中小企業支援の拡大が確認されたものの新鮮味に欠けるものでした。会議の大半は中国の南シナ海進出に対する議論に費やされました。そこでも穏便な対応を望むマレーシア、インドネシア、タイを領有権争いの当事者であるフィリピン、ベトナムが押し切って対中国批判声明を採択するといった足並みの乱れが見えました。こうした停滞感や一体感のなさは、ASEAN各国のおかれた経済状況が反映していると考えられています。

2.米利上げによる資金流出の懸念

 アメリカをはじめとした主要国の金融緩和政策によって国内からあふれ出た資金が成長率が高く金利も高い途上国に流入していきました。しかしアメリカの量的緩和は終了し年内にも利上げが予想されています。ユーロ圏も含めすでにじわじわと長期金利が上昇し始めています。こうして国際資金循環は節目を迎え,アメリカの大量資金供給から途上国からの資金引き上げへという逆流現象が懸念されています。マネー流出はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が弱い国から起きるとされています。為替レートに直接影響するファンダメンタルズは財政収支と経常収支ですから、これらの赤字が拡大しているところで通貨安・株安が進行し、どちらも赤字のいわゆる「双子の赤字」を抱えるインドネシアでは通貨ルピアが1998年以来の安値をつけるようになりました。1998年といえばアジア通貨危機の直後のことです。ここで実際にアメリカが利上げを実施したら、という不安から利上げ前からリスク資金を引き上げ安全資産(先進国国債)買うという流れが定着しつつあります。

3.中国経済の減速

 対米輸出を経済成長のエンジンとしていたASEAN主要国にとってリーマンショック以降のアメリカの景気低迷は大きな打撃でした。これを補ったのが中国の大規模な財政支出による公共投資の急増でした。しかし習近平政権になって中国は、不動産バブルを押さえ込むためにはある程度の景気減速はやむを得ないと考えています。金融は引き締められ公共投資は大幅に削減され、住宅不況の不振から企業の生産や投資が伸び悩んでいます。結果、今年1-3月の経済成長率は7.0%に減速し、これは6年ぶりの低水準です。GDP規模世界第2位の中国にとっては前期比0.3%のマイナスですが、周辺国に対しては深刻な影響を与えます。対中輸出の低迷によってASEAN主要国の今年1-3月の成長率は軒並みマイナスを記録しました。好調だったシンガポールとフィリピンも例外ではなく、むしろ減速感が強くなっています。

4.バラマキ政策の反動

 対外環境の悪化とともに、国内経済政策はかなり混乱しています。2008年の経済危機以降、金融政策に選択の幅がないASEAN主要国はやはり財政出動によって景気を支えようとしました。農産物の政府買い上げや自動車・住宅購入時の大幅減税など各種補助金・公共投資などを連発しバラマキの様相を見せていました。しかしマネー流出→通貨安→物価高の連鎖で国内消費は冷え込み、むしろ減税につられて盛り上がった車や家の購入による借金が家計を圧迫します。財政赤字拡大は通貨下落要因ですから、各国政府は資金流出回避のために財政の立て直しにシフトせざるをえません。補助金はカットされ、増税に転じます。マレーシアは4月から6%の消費税の徴収を開始しました。タイは相続税の導入を閣議決定しこの夏には実施される見通しです。ベトナムはガソリン購入時にかかる環境税を5月から現行の3倍に引き上げました。インドネシアでも3月にガソリンの公定価格を10%以上値上げしています。これらが国内景気の足を引っ張るのは当然で、国民の不満は高まり政治も不安定になります。さらに通貨防衛のためには金利も引き上げなくてはならないでしょう。

5.生かされぬアジア通貨危機の教訓

 ASEAN主要国がここまで通貨下落に神経質になるのは1997年のアジア通貨危機の悪夢に今もうなされているからです。アジア通貨危機は大規模な資金流出による外貨準備枯渇から為替レートを維持できなくなったことが直接の原因でした。当時と比べて現在ASEAN主要国の外貨準備は5倍以上の規模に積み増されていますが、これは国内投資を切り詰めて通貨危機に備えた結果です。海外マネーの流入規模も桁違いですから流出規模もそれに比例するでしょう。さらに気味が悪いのは、通貨危機直前には10年間続いた円高ドル安が円安ドル高に転じたという記憶が蘇るということです。1995年の夏には1ドル=80円から1997年の年明けには1ドル=120円台にまで円の対ドルレートは下落しました。この為替水準の変化は現在とほぼ同じです。もちろん他の条件はかなり違っています。ただ、激しいボラティリティ(為替レート、原油価格、国際金利などの変動幅)が予想以上の経済的混乱をもたらすことに違いはありません。

 アジア通貨危機を教訓として東アジアでは域内の金融協力を模索し推進していきました。ところが現在、肝心の日本と中国、日本と韓国との通貨金融協力は10年前より後退しています。外貨準備保有額世界第1位の中国、第2位の日本、第7位の韓国。これらが核となって互いに通貨を防衛し合うシステムが前提になってはじめてAECは魅力的な新しい市場として創設されることが可能になるのだと思います。したがって、米利上げ、中国減速もさることながら、日中韓の不協和音こそがASEAN経済にとって最大の不安材料と言えるのかもしれません。

図書案内

 ぼくが大好きな経済学者の著書が、この1ヶ月の間に相次いで出版されました。ひとりはノーベル経済学賞受賞者としても有名なジョゼフ・E・スティグリッツ(現在コロンビア大学)、もうひとりはハジュン・チャン(ケンブリッジ大学)です。来週にかけてそれぞれ簡単に紹介したいと思います。

 まず、スティグリッツ先生の『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』徳間書店です。邦題がけっこう長いのがスティグリッツ本に対する徳間書店さんの特徴ですね。毎回それも楽しみです。原題は『The Great Divide』、かっこいいですね!直訳は「巨大格差」ですか。スティグリッツ先生は現在の極限的格差(1%対99%)は「必然ではなく政策の結果だ」ということを丁寧に情熱的に解説してくれています。つまり経済格差が今どれほど悲惨であるかを紹介しているのではなく、それは間違った「不平等の経済学」が世界に分断と対立を、ひいては経済危機を生み出している「からくり」を暴き出しているのです。

目次を一部紹介します。

 第1部 アメリカの”偽りの資本主義”

 第3部 巨大格差社会の深い闇

 第4部 アメリカを最悪の不平等国にしたもの

 第5部 信頼の失われた社会

 第7部 世界は変えられる

 分析の対象はおもにアメリカの現状ですが、貿易自由化や規制緩和などアベノミクス日本経済にとっても重要な問題が取り上げられています。問題は政治、「1%の1%による1%にための政治」だと。だからトリクルダウンは起きない。ピケティ先生の本でもひとつ理解できなかったことが鮮明に描かれているように思います(ぼくの個人的な水準の問題かもしれません)。またスティグリッツ先生は世界中を旅する「行動する経済学者」として有名ですから、世界各地の貧困からアメリカを問う目線がぶれません。そして「繁栄を共有する経済政策」で「すべての人に成功の基盤を」もたらすことが可能だと提言するところはさすがですね。

 500ページ近い大著です。分厚い本の読み方ですが(他の先生には叱られそうですが)「つまみ食い」がおすすめです。目次から興味のありそうなところから読む。5ページ読んで面白くなかったらそこでやめて他の章に移る。.結果的に半分くらい読めば成功です。

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コメント

  1. 金悠進(京都大学大学院) より:

     ASEAN経済共同体が進展しない要因の一つに、近年のASEAN諸国の「内向き」な国内政治状況が考えられると思います。特に、ASEANの経済大国タイにはその傾向が顕著に表れています。
     クーデタにより誕生したタイの軍事政権は、隣国との国境周辺に自国優先の経済特区を設ける方針を掲げました。ラオスやカンボジアからの出稼ぎ労働者を「統制」し、国内の格差を是正するのがねらいです(朝日新聞 2015/5/10 朝刊 経済面)。
     自国の利益を優先する「内向き」の国内政治が、域内の自由化を困難にし、結果的にAECの進展を妨げているのかもしれません。
     
     
     

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