週間国際経済2016(26) No.65
07/12~07/21

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今週のポイント解説(26) 07/12~07/21

中国のジレンマ

1.道のり険しい経済構造改革

(1)成長率横ばい

 中国国家統計局は7月15日に今年4-6月期の実質GDPが前年同期比で6.7%増えたと発表した。これは今年1-3月期と同水準だが、経済成長率が下げ止まったのは1年ぶりのことになる。とはいえ回復軌道にはほど遠い状態だ。

 投資の伸びは縮小し、輸出も3カ月連続で前年割れが続いた。工業生産もわずかに拡大したにとどまった。ただ個人消費は堅調だった。1-6月期で前年同期比10.3%増えている。この消費がどこまで経済成長をけん引するかがカギとなっている。

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(2)成長のエンジン

 1990年代から2000年代における中国の驚異的な経済成長のエンジンは言うまでもなく対米輸出の急増だった。2008年のリーマン危機以降はこれが急減し、代わって主役を務めたのが4兆元ともいわれる莫大な公共投資だった。これが資源「爆買い」を生み、アメリカ緩和マネーとともに世界経済回復のエンジンともなっていた。

 しかしここ数年、この中国の過剰投資および過剰生産が問題視されるようになる。行きすぎた住宅投資によって金融機関の不良債権が急増し、人民銀行は金融引き締めに転じなければならなかった。過剰になった生産設備の整理も緊急の課題となる。

 ただ莫大な投資は国民所得水準を大幅に引き上げた。賃金上昇はかつての成長エンジンであった輸出競争力を弱めたが、国内消費市場を盛り上げた。投資依存から消費依存への転換、製造業からサービス業への産業構造転換が、持続的経済成長のための戦略的課題となっているのだ。

 今期も6.7%成長に対する寄与度を見ると、消費が4.9%、投資が2.5%と内需で7.4%増加し、外需(純輸出)マイナス0.7%を大幅にカバーしている。サービス業など第3次産業がGDPに占める比率も54%と製造業など第2次産業の39%を上回っている。

 こうしてみると成長のエンジンの主役交代は進んでいるかのようだが、先行きはまったく不透明だ。そのじつ、主役はいまだに「政府」だからだ。依然として公共工事、補助金、減税という財政政策が成長を支えていることがわかる。

(3)強まる「官」依存

 むしろこの傾向は強まっている。先の統計グラフから明らかなように、今年になって民間投資は急減し、代わって国有企業による投資が急増している。今年1-6月の固定資産投資を見ると民間投資はわずか2.8%しか増えていない。これに対して国有企業による投資は23.5%も増えている。これは公共工事受注によるものが大きい。

 個人消費でも同様のことが言える。消費の主役は自動車販売だ。1-6月は前年同期比で8.1%の伸びを記録した。新車販売台数は約1283万台、これはアメリカの1.5倍、日本の5倍に達する規模だ。これを支えているのは昨年10月から実施された小型車およびエコカー向けの減税と補助金だった。深刻な環境汚染への対応として歓迎するべきことではあるが、市場拡大には限界も指摘されている。

 ネット通販大手の販促イベントも消費を押し上げたが、これも一過性の側面が強い。問題は雇用と所得だ。都市部の可処分所得の伸びは低迷している。

(4)進まぬ「過剰」整理

 国際的問題となっているのが中国の鉄鋼部門の過剰生産だ。中国政府は鉄鋼の生産能力を5年で1.5億トン減らす考えだが、それでも3億トン近い過剰が残るとされている。日本の年間生産規模の3倍だ。つまり、とても5年では過剰は整理されない。石炭も同様に3~5年間で生産を5億トン減らすという。

 これがなかなか進まない。なぜならばこれら過剰生産部門が抱える雇用を再吸収する産業がそこまで成長していないからだ。採算がとれないまま存続する企業を中国では「ゾンビ企業」と呼ぶのだが、企業は死に体でも従業員は生活していかねばならない。大量の解雇や自宅待機が生み出されている。過剰整理を加速させれば個人消費は腰折れし、社会不満にも火が着きかねない。ましてや中国共産党は5年に一度の党大会を来年に控えている。

 構造改革の速度と手順を間違えると、中国政治経済だけの問題では済まない。ただでさえ米利上げに怯える途上国の輸出にも大きく影響を与えるし、急拡大する日本などのインバウンド消費も萎縮するだろう。これら需要を中国市場に代わって支える存在は、今の世界経済には見当たらない。

2.南シナ海を巡る国際的摩擦

(1)国際司法が中国主権認めず

 こうしたなか7月12日、オランダ・ハーグ仲介裁判所は中国が主張する南シナ海における主権を認めないという判断を下した。「九段線」というのは第二次世界大戦終結直後に当時の中華民国が独自に設定した境界線だがこれには法的根拠がなく、また中国が造成する人口島も「島」ではなく、かつそうした行為は国際法上の環境保護義務に違反するというものだった。

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 裁判はフィリピンの提訴に基づくもので、結果はフィリピンの完勝、中国の完敗だった。判決は予想通りだったが、期待通りではなかった。つまり、これで何かが解決されたわけでも、解決に向けた道筋が示されたわけでもないからだ。

 第一に、中国の主権は認められなかったが、フィリピンの主権に言及しているわけでもない。どの国の主権でもなければ公海だというわけでもない。国連海洋法条約に基づく仲介裁判で記憶に新しいのは2014年に判決が出たバングラデシュとインドのベンガル湾境界を争った事例だ。このとき判決は対象域の約8割がバングラデシュの管轄下にあるというもので、インドは境界の画定が不利益ではないと考えてこれを受け入れた。

 第二に、判決には強制力がないうえに、争う双方の妥協を促す方向も示さなかった。完敗した中国がこれを受け入れるとは考えられないし、完勝したフィリピンが何かを得たわけでもない(漁業権は国際法上認められたと考えられるが)。フィリピンもベトナムも領有権を主張しているし、岩礁の埋め立てもしている。民事裁判ならば「あなたのものではない、しかし誰のものなのかは言えない」という判決だから、両者の争いをエスカレートさせるリスクが残るだろう。

(2)戸惑う関係諸国

 フィリピンのドゥテルテ新大統領にとっては前政権が起こした裁判だ。比政府は判決への見解を示さなかった。中国との緊張を高めることは得策ではない。直後に開催されたアジア欧州会議(ASEM、ウランバートル16日)では南シナ海への言及を避けた。7月25日に発表されたASEAN外相会議共同声明でもカンボジア、ラオスなどの反対によって南シナ海問題は盛り込まれなかった。

 これまでは中国名指しは避けても言及していた南シナ海問題だが、今や仲介裁判所判決に触れることなく南シナ海問題を扱うことができなくなったとも言えるだろう。印象としては腫れ物がひとつ増えた感じだ。これがASEANの亀裂を深めることを憂慮しなくてはならない。

 日本は踏み込んだ。ASEM出席中の安倍首相は李克強中国首相と会談し、ここで「判決に従うべきだ」と強調したが、李首相は「介入すべきでない」と突き放した。まず「判決に従う」とは具体的にどのような行動を指しているのかがわからない。「尊重するべきだ」ならばまだ分かる。いずれにせよこの段階で日本は態度を表明したのだから仲介者としての役割を果たすことができなくなった。

 アメリカ国務省および国防相は判決に拘束力を持たせるべきだと主張するが、EUを含め国際的な支持を得ていない。そもそもアメリカ議会はその規範となる国連海洋法条約を認めていない。これで誰を説得するすもりなのだろう。

(3)中国国際化の課題

 問題は、回り回って中国次第という状況になってしまった。国際法はあくまで慣習にすぎないが、それだけにそれを国際的規範として尊重するか無視するのかでは世界の「見方」が変わる。

 アメリカにも苦い経験がある。1980年代半ばのことだ。アメリカはニカラグアの反政府武装勢力を露骨に支援し、国際司法裁判所はこれを国際法違反と認めた。アメリカはこれを無視したが国際社会から批判を受けた。

 中国は政治的にも経済的にも国内にジレンマを抱え、そのなかにはいくつかの爆弾もある。そのなかで習近平政権は、人民元の国際化やアジアインフラ投資銀行、あるいは「一帯一路」構想など、国際協調が大前提となる戦略の成否が問われている。「国際法を力で踏みにじる」といった評価は多大な損失を中国に与えるだろう。

 判決は完敗だった、しかし誰もそのことは言わなくなった。それは中国の勝利ではなく敗北だ。国際的シンパシーなき覇権はいずれ孤立を招く。孤立は中国が抱えるジレンマに新たなリスクを追加し続けるだろう。

日誌資料

07/12
・英首相にメイ氏 サッチャー氏以来26年ぶり女性
・中国新車販売8.1%増(1-6月)小型車減税の効果続く
 1233万台 米国の1.5倍、日本の5倍 先行きについては警戒感も強まる
・日本企業物価6月4.2%下落 前年同月を15カ月連続で下回る <1>
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07/13
・南シナ海 中国主権認めず 国際司法が初判断 中国「受け入れない」<2>
 ハーグの仲介裁判所 「九段線」法的根拠なし 人口島「島ではない」
 中国、比に協議要求「判決の棚上げを」 米、判決順守を求め平和的解決促す
20160712_02
・EU、スペイン・ポルトガルに財政ルール違反認定、初の制裁検討
・NY株、過去最高値を1年2カ月ぶりに更新 1万8347ドル

07/14
・南シナ海判決 比、対中批判抑える 大統領、見解示さず <3>
 支援にらみ悪化避ける ASEAN内に温度差 対中姿勢、問われる結束
20160712_03
・メイ英首相就任(13日)EUとの交渉に離脱派を重用 外相ジョンソン氏
・在韓米軍 ミサイル迎撃システム(THAAD)を韓国南部に配備

07/15
・中国、成長横ばい4-6月6.7% 投資・輸出振るわず<4>
 強まる「官」依存(公共工事、補助金、減税) 「ゾンビ企業」整理進まず
20160712_04
・南仏ニースでテロ 80人死亡 革命記念日 警察隊と銃撃戦

07/16
・トルコ軍の一部反乱 大統領「クーデター失敗」
 首相、鎮圧を宣言 市民ら260人死亡 将校ら2839人拘束
・20年度基礎財政収支赤字5兆円(内閣府試算)成長率3%以上でも黒字化遠のく

07/17
・ASEM(アジア欧州会議、ウランバートル)声明で南シナ海言及見送り
 日中首脳会談で安倍首相「判決従うべき」 李克強首相「介入すべきでない」

07/19
・トルコ、公務員8700人解任 反対勢力の排除拡大
 オバマ米大統領、トルコに自制要請 粛正5万人の報道

07/20
・NY株8日続伸 3年4カ月ぶり 最高値も更新
・IMF16年予測 世界成長率3.1%に下げ 英EU離脱が影 <5>
 4月時点での予測を0.1ポイント引き下げ 世界貿易の伸び率も0.4ポイント引き下げ
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07/21
・訪日客伸び再び勢い 上半期1171万人、前年同期比28.2%増 <6>
 中国などクルーズ船ラッシュけん引 一人当たり消費額は9.9%減
 消費額全体の37%を占める中国客の慎重姿勢 客数増で消費額全体は7.2%増
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