週間国際経済2023(6) No.340 02/22~03/04

今週の時事雑感 02/22~03/04

グローバル・サウス

その概念を誰が定義するのか

国連およびその機関がグローバル・サウスという言葉を使い出したことを知ったのは、10年ほど前のことだった。1960年代にいわゆる「南北問題」が問われはじめ、開発途上国77ヵ国は国連貿易開発会議(UNCTAD)と交渉するG77を結成した。ここに中国が加わり、現在130ヵ国近くがグループに参加している。ただ、国連がこれをあらためてグローバル・サウスと呼ぶようになったわけでもない。ただここで留意するべきは、当時南北問題の「サウス」には中国が含まれており、地理的に南半球に限定された概念でもないということだ。

今や南北問題は旧植民地国と旧宗主国、途上国と先進国の経済関係という図式に収まらなくなっている。グローバリゼーションの進展は多くの低所得国を置き去りにする一方で、多くの新興経済国を生み出した。経済問題のみならず、安全保障、気候変動など多様な分野で途上国の発言力は増している。こうした実体を国連開発計画(UNDP)が受け止め、報告書(2013年)でグローバル・サウスと呼び出した。(こうしたダイナミズムについては『グローバル・サウスとは何か』松下・藤田編著、2016年参照)。

しかし国連が、従来の途上国一般というカテゴリーを再定義したわけではなかった。ぼくがはじめて意識的な再定義に接したのは、斉藤幸平著「人新世の『資本論』」(2020年)だった。ここでは「グローバル・サウスとは、グローバル化によって被害を受ける領域またはその住民を指す」とあった。グローバルというのには、新興国の台頭や先進国への移民増大が考慮されている。ただぼくには、グローバル化の恩恵を受けてきた中国がそこに含まれているのか、インドやインドネシアは「グローバル化によって被害を受ける領域なのか」について、読み取ることができないでいた。

しかし今、グローバル・サウスという用語を使用する人々に共通する認識は、「中国を除く」新興国および途上国となっている。その概念は、いつ誰が定義し、そして誰が同意したものだろうか。

“新第三世界”

流行り言葉が大好きなぼくだが、みずから説明できない言葉を使うことはさすがに怖い。そうするくらいなら、みずから定義した言葉を「ぼくはこういう意味で使っている」としたほうが安心だ。それが“新第三世界”だった。「南北問題」の発展的段階としてのグローバル・サウスではなく、「新冷戦」に対応させて“新第三世界”と呼ぶことにした(怪しい言葉なのでダブルクォーテーションで括っている)。

とはいえこれは、昨年の主要な関心事のひとつだった。1月年初に書いたのは「民主主義と専制主義の戦いという妄想」(⇒ポイント解説№294)。5月には「民主主義国家の結束が落とす影」(⇒№308)。そして8月になってブログが授業副教材でなくなったことをいいことに「世界は政治体制ではなく経済格差で分断されている」(⇒№318)に続けて、“新第三世界”を2回にわたって説明しだしたのが「新冷戦と“新第三世界”その1、その2」(⇒№319320)。そして11月に「“新第三世界”外交」(⇒№329)といった具合だ。

まずはバイデン外交の啓蒙主義的二元論を妄想だと決めつけたところから始まっている。民主主義にも高い低いのレベルがあり、しかも多様だし、一方の専制主義も同様だ。こうしたグラデーションをどこかで2分して「戦い」とするには無理がありすぎる。こうした無理が実体を伴ったのがウクライナ戦争だった。民主主義はウクライナを支援し、ロシアを制裁するべきであると。

しかしやはり、それで世界が2分されることはなかった。むしろ「第3極」を生んだ。その背景にあるのは、いわば「グローバル・ウエスト」(G7あるいは西側同盟国、この定義は比較的容易だ)に対する警戒あるいは反発だった。コロナ・パンデミックの渦中、グローバル・ウエストはワクチンを囲い込んだ。医療格差は凄惨な結果をもたらした。そしてウクライナ戦争が起きるや、資源不足のなかで本来途上国に回っていたはずの食糧、肥料、燃料などをグローバル・ウエストが優先的に確保していった。そのうえで、さあロシア制裁に参加しなさいと上から言う。

世界は分裂し対立しているが、それはかつての「東西冷戦」のように世界を2分しているわけではない。当時にも非同盟があり第三世界があったが、「新冷戦」時代の“新第三世界”の存在感ははるかに大きくなっている。

かれらは、民主主義対専制主義とかウクライナ支援ロシア制裁、そして米中対立などのいずれに対しても、「そのどちらでもない」という消極的態度保留ではなく、積極的に多極化を志向する、その実力を伴った「第3極」となっているのだ。

G20議長国

「極」には中心軸が必要だ。第3極の中心軸となっているのが、非同盟主義の源流であり複雑な国際社会でそれを貫こうとしてきたインドそしてインドネシアだった。そのインドとインドネシアが「グローバル・サウス」を名乗るようになった。そしてこれまで「サウス」概念を忌避してきた「ノース」あるいは「ウエスト」が、こぞって「グローバル・サウス」に連帯を求めるようになったのだ。

その主要な舞台となったのがG20だ。昨年の議長国はインドネシア、今年はインド、来年はブラジル、その次は南アフリカだ。そしてインドは今年1月、「グローバル・サウスの声サミット」を開催し、125ヵ国の代表が参加した。

その「声」とはどのようなものだろうか。ぼくが印象的だった2人の声を紹介しよう。一人はインドのジャイシャンカル外相、「グローバルな矛盾の機会を活用して国益を追求する」(1月7日付日本経済新聞)。もう一人はインドネシアのスリ財務相、「世界の均衡を保つ上で重要な役割を果たす」(2月15日付同上)。

2月24日、インドのベンガルールで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議に映像でメッセージを送ったインドのモディ首相は、「世界で最も弱い人々に焦点をあてなければならない」と呼びかけた。会議では議長国インドが、米欧の利上げで膨らむ最貧国の利払い負担の軽減を訴えた。3月1日のG20外相会合にも映像メッセージで「多国間主義が危機に瀕している」と、先進国主導の国際統治の失敗によって途上国が経済危機に直面していると指摘した。

インドネシアのGDPは2022年前年比5.31%増と、2013年以来の高い伸びを記録した。世界で16位、すでに旧宗主国オランダを抜いている。そしてインドは6.7%成長で旧宗主国のイギリスを抜き世界5位となった。「サウス」はかつてのサウスではない。同時に旧態依然のサウスをまた内包している。

さて、当事国が「グローバル・サウス」と自称するのだから、ぼくは安心して使うことができる。これからも重要なキーワードとなるに違いない。

ところが日本、このインドのG20外相会合に外務大臣が出席しなかった。もちろんアメリカのブリンケン国務長官もロシアのラブロフ外相も参加している。岸田首相など、少子化対策の記者会見のバックにも「G7」のロゴを貼り付けているのだが、G20はドタキャンした。参院自民党が外務大臣の国会出席を優先するよう求めたからだという。これについては言いたいことはあるけれど散々批判もされていることだし、無駄は省こう。

それにしても、この「ローカル・イースト」の国際的プレゼンスの希薄さときたら、いや、やめておこう。世界は激しく動いて忙しい。きっと無駄は省かれることだろうから。

日誌資料

  1. 02/22

    ・米国債に世界マネー集中 昨年、国外からの買越額最大 <1>
    利上げで投資妙味増す 新興国から流出、リスク
    ・NY株反落、697ドル安 下げ幅今年最大 利上げ長期化警戒
    ・米大統領 ワルシャワ演説 ウクライナ支援「揺るがず」 強権主義に対抗
    ・米景況感、8ヶ月ぶり50超 2月 改善で利上げ継続観測 株安・金利上昇が進行
  2. 02/23

    ・ロシア、脱ドル・ユーロ 決済9割→5割に 人民元・ルーブル傾斜
    ・「習氏の訪ロ、待っている」 プーチン氏、中国・王毅氏に
    ・韓国出生率0.78過去最低 22年、OECDで最下位 住宅価格・教育費重荷に <2>
  3. 02/24

    ・消費者物価4.2%上昇 1月、第2次石油危機以来
  4. 02/25

    ・G7、ロシア非難で声明 第三国の支援停止要請へ
    ・異次元緩和「効果を検証」日銀総裁候補 植田氏、緩和を継続 <3>
    物価「23年半ば2%下回る」 長短金利操作、政策修正の可能性示唆「副作用否めず」
    ・国連、ロシア非難決議採択 「グローバルサウス」インド含む32ヵ国棄権
    ・ゼレンスキー氏 中国制裁案に一定評価 対ロ支援警戒 習氏との会談に前向き
    ・膨らむ新興国債務 G20財務相会議 インドが負担軽減案 <4>
  5. 02/26

    ・ロシア撤退、企業の3割 損失・資産減少、日本勢だけで1兆円
  6. 02/28

    ・原発60年超運転可能に 30年以降 10年毎に認可 法改正案を閣議決定
    ・鉱工業生産4.6%低下 1月、半導体不足で車不振
  7. 03/01

    ・出生急減80万人割れ 昨年 推計より11年早く 経済不安の解消急務 <5>
    コロナで年間出生10万人減 結婚・出産に経済不安
    ・インド6.7%成長、中国上回る 昨年GDP、英国抜き5位 人口増で内需拡大
    ・英EU関係修復へ前進 北アイルランド、物流改善で合意 ほぼ手続き廃止
  8. 03/02

    ・米中、景気回復に不安 米家計の余剰貯蓄、年内にも底 <6>
    債務膨張、消費に影 中国は回復ペースにばらつき 車・住宅には弱さ
    ・外交より「国会慣例」 G20会合、林外相が欠席 日本の発信力低下
    ・韓国大統領演説、徴用工踏み込まず 日本と安保推進強調
  9. 03/03

    ・インド「南半球」を代弁 G20外相会合閉幕 共同声明は見送り
    ・国際特許出願、4年連続中国1位 ハイテク、アジアに勢い
    ・ユーロ圏物価8.5%上昇 2月、サービスは伸び加速
    ・北朝鮮、食糧難が深刻 「南部で餓死」韓国報道 正恩氏、全農場に増産指示
    ・ベトナム、党トップ「1強」 チョン書記長の側近、国家主席に
    親欧米派が相次ぎ失脚 経済統制強化の懸念
  10. 03/04

    ・FRB報告書「高インフレの苦難痛感」 労働需給緩和が必要
    ・NY株5週ぶり上昇 574ドル高、利上げ警戒後退
※PDFでもご覧いただけます
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