週間国際経済2022(22) No.315 07/01~07/08

今週のポイント解説 07/01~07/08

ウクライナ戦争と脱炭素

1.「気候戦争」

『人新世の「資本論」』の著者としても有名な斉藤幸平氏は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって間もない頃に、この事態の本質を「気候戦争」であると指摘していた(AERAdot.3月9日、その他毎日新聞デジタル5月25日など参照)。脱炭素の加速は、化石燃料に大きく依存するプーチン政権にとって脅威であるから世界の温暖化対策を遅らせたい。同時に永久凍土が国土の60%以上を占めるロシアにとってもやはり温暖化は脅威である。こうしたジレンマを抱えるロシアにとって食糧、資源、ハイテク技術が豊富なウクライナが西側となることは絶対に避けなくてはならない。そして、こうした気候変動による水、食糧、資源などを巡る紛争の火種は、ウクライナ戦争のみならず世界で頻発するということだ。

今さらながら、見事な慧眼だったと思わざるをえない。また斉藤氏は、化石燃料と独裁政権というのは非常に親和性が高い、化石燃料インフラが中央集権的だからだと指摘している。なるほど、するとウクライナ戦争は「民主主義のための戦争」と「気候戦争」の両面が重なり合っているということなのか。

斉藤氏の結論は、気候変動由来の戦争を止めるには脱炭素を進めていくしかない。化石燃料に依存した資本主義的な社会のあり方を見直していかなければならないということだ。今回は、その気候戦争の視点から現状を見ることにしよう。

2.誤算の重なりと戦争長期化

「気候戦争」を仕掛けた「権威主義国家」のプーチンによる特別軍事作戦は、短期間でキーウを陥落できるというシナリオに基づいており、これはたいへんな誤算だった。一方、「脱炭素」を掲げる「民主主義国家」のバイデン政権は、ロシア経済をドル決済からの排除と原油禁輸によって決定的な打撃を与えることができるというシナリオに基づいており、これもまたたいへんな誤算だった。

米欧日による対ロ経済制裁はロシア原油禁輸包囲網を形成することはできなかった。なぜならこれは「気候戦争」であり、化石燃料に依存する権威主義的国家のほうが多いからだ。結果的にロシアの石油輸出量は4月中に侵攻前の水準に回復し、むしろ石油価格高騰によってロシア政府税収は大幅に増えた。一時大幅に下落したルーブル相場も、持ち直した。

いや権威主義国家ばかりではない。バイデン政権などによって民主主義国家に分類されたインドは、ロシア産原油輸入を急増させている。7月14日付日本経済新聞によると、インドに到着したロシア産原油は前年同期比で5月は8.1倍、6月も4.2倍に達している。そしてインドはこれを精製して欧米に輸出していると見られている。

いずれにせよ、今のところロシアの戦争資金を断ち切ることを目的とした経済制裁の効果はまったく疑わしい。その反面、制裁の返り血による打撃は明らかだ。原油価格高騰によるインフレ圧力は米欧日経済を追い詰める。そこでバイデン政権は、「権威主義」との戦いのために権威主義的と見なされ、ジャーナリスト殺害事件に関与したとして激しく非難した相手であるサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、原油増産の期待を伝えた。また数少ないインフレ対策として、権威主義国家のなかでも最大の競争相手としている中国に対して、制裁関税の引き下げを打診し始めている。

なんという錯綜だろうか。

3.脱炭素からの逆行

ドイツ政府は6月19日、ロシアからの天然ガス供給急減に備え、石炭火力発電の稼働を増やす代替策を発表した。15日にはロシア国営ガスプロムが対独ガス供給を60%減らすと発表している。侵攻前には天然ガスの55%を依存していたドイツにとっては死活問題だ。ウクライナに武器供与を進めながらロシアのガス供給に依存するという矛盾、「気候戦争」はそこを突く。

また「温暖化対策を遅らせたい」と考えるのは、もちろんロシアだけではない。化石燃料は独占的エネルギー企業にとって莫大な利潤の源泉であることは今も変わらない。そこと利害を共有する政治勢力もまた健在だ。アメリカでは、共和党トランプ派がそうだ。そのトランプ氏が3名の保守派判事を送り込んだアメリカ連邦最高裁が6月30日、火力発電所の温暖化ガス排出量に対する連邦政府の規制を制限する判断を示した。

脱炭素を政策の目玉とするバイデン政権は、火力発電から再生可能エネルギーへの変更を促す規制を進めていたが、連邦最高裁はその規制権限を議会が連邦政府に与えていないと判断し、これからは温暖化ガス排出量規制を州政府に委ねることになった。

さて、その再生可能エネルギーだが、国際エネルギー機関(IEA)によると2022年の投資額は前年比5.8%増で、これは過去5年間で最も小さい(7月3日付同上)。鉄鉱石や銅などの原材料高で、風力発電や太陽光パネルメーカーの利益を削っているからだという。もちろんこの背景にはウクライナ戦争による供給不安がある。

4.原発はサスティナブルなのか

こうしたエネルギー環境のなかで、各国で原発傾斜が見られるようになっている。欧州議会は7月6日の本会議で、どの事業や製品が持続可能かを示す「タクソノミー(分類法)」に原子力と天然ガスを含める案を採決した。賛成328、反対278、棄権33の僅差だった。

ESG(環境・社会・企業統治)投資への関心の高まりの中で、EUが持続可能と分類することで投資のハードルを下げようということらしいが、政治判断はさておき、はたして原発依存は持続可能だろうか。EUが分類したからといって持続可能性が保証されたわけではない。投資家にとって原発はハイコスト・ハイリスクだ。またかりにそれで原発投資が増えるのならば、それは再生可能エネルギー投資を減少させかねない。それがサスティナブルな社会だとは、とても思えない。

岸田政権も7月14日、この冬原発を最大で9基稼働すると表明した。火力発電の供給能力も10基増やすという。その前日、東京地裁は福島第一原発事故賠償を巡る株主代表訴訟で旧経営陣4人に計13兆円の支払いを命じた。一方、最高裁は6月17日に同事故を巡る避難者の集団訴訟で国の責任を認めない判決を言い渡した。

国の政策だが、被害住民に対する責任はない。しかし企業経営者には株主の損害を賠償せよということだ。こうした歪みのなかで、エネルギー価格高騰に対する当面の施策として原発に頼るという政治は、だれにそのリスクを負わせるつもりなのだろうか。いざとなれば原発依存、そのため再生可能エネルギーへの転換が大きく遅れたことの反省も、原発稼働の責任感もない。こうした政治姿勢が脱炭素社会を遠ざける。

スペインやポルトガルでは47度を超える熱波に襲われている。イギリスでも初めて40度を超えたという。温暖化は一定のレベルに達すると、もう引き返せない「tipping point」があるという。世界はその目前の風景を目撃しているのだ。

勧善懲悪で描写されることが多いウクライナ戦争だが、あらためてこれを「気候戦争」という視点から見るとき、200年あまり続いた「地球環境と資本主義の共存」という持続可能性を今、問い直すことが求められているのだろうか。

日誌資料

  1. 07/01

    ・米最高裁、政府の規制制限 発電所の温暖化ガス排出 大統領「米国を後退させる」
    米、脱炭素政策にブレーキ 石炭火力の規制、州ごと権限 企業に影響も
  2. 07/02

    ・ユーロ圏物価、8.6%上昇 6月 最高更新 エネルギーは42% <1>
    ・香港「愛国者統治」を強調 返還25年 習氏、民主派排除を継続
    ・EU、仮想通貨を包括規制 大筋合意 消費者保護を徹底 <2>
  3. 07/03

    ・再生エネ投資5.8%増どまり 5年間で伸び最小 パネル・発電機、原料高で
    ・韓国政府、代位弁済を検討 元徴用工訴訟で官民協議体 賠償肩代わり、原告反発
  4. 07/04

    ・米議会占拠で扇動・議事妨害 トランプ氏不正疑惑深く 特別委、起訴へ立証急ぐ
  5. 07/05

    ・実質賃金2ヶ月連続減 5月1.8%マイナス 物価上昇が影響
    ・プーチン氏「解放」宣言 ルガンスク州 作戦継続を指示
    ・シカゴ郊外銃撃6人死亡 独立記念日パレード中 NY市でも銃撃相次ぐ、14件
    ・韓国消費者物価6.0%上昇 6月、24年ぶり高水準
  6. 07/06

    ・中国、ハイテクで外資「排除」 設計・開発・生産 中核技術移転求める
    ・米利上げ加速 ドル独歩高 主要通貨、軒並み下落 新興国インフレ拍車
    ・巨大IT規制法案可決 欧州議会、今秋にも成立
    ・NY原油反落100ドル割れ 4月下旬以来の安値 景気悪化を懸念
  7. 07/07

    ・ユーロ20年ぶり安値 対ドル、欧州の苦境映す 南欧財政難、利上げに壁 <3>
    ・原子力・ガス「環境配慮」認定 欧州議会 投資呼び込みやすく <4>
    ・米、対中関税見直し探る 貿易戦争開始から4年 インフレ対策で下げ検討 <5>
    ・英ジョンソン政権、窮地に 重要2閣僚辞任 信任投票、再実施も <6>
    ・米、今月も大幅利上げへ FOMC6月議事要旨「0.50か0.75%」
    ・外貨準備2ヶ月ぶり減 6月末マイナス1.4% 米金利上昇で
  8. 07/08

    ・ジョンソン英首相辞任へ 不祥事相次ぎ閣僚離反
    「分断」深めた剛腕の3年 EUとの対立など副作用も 円滑な政権移行課題
    ・経常黒字92%減 5月1284億円、原油高騰響く 貿易赤字2兆円に迫る
    ・米利上げ幅、9月から縮小 FRB理事表明「おそらく0.5%」
    ・米住宅ローン上昇一服 販売陰り 金利引き下げ競争激化
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