週間国際経済2021(27) No.277 08/08~08/20

今週の時事評論(27) 08/08~08/20

カブール陥落

1.無責任な敗走

終戦記念日の8月15日、アフガニスタンの首都カブールを反政府勢力タリバンが制圧した。事実上、アメリカによる対アフガン戦争が「終戦」した。その直前の8月11日、バイデン政権が8月末の米軍撤収から90日で首都カブールが陥落すると分析していることがわかった。それまでは、6ヶ月以内という分析だった。それが、米軍撤収予定の2週間以上も前にことは起きたのだ。まったく予想されていない事態だった。

識者はアメリカの諜報・情報分析能力に疑問を投げかける。たとえばイアン・ブレマーさんは、米情報機関はアフガン政府が2.3年は持ちこたえられると考えていたと指摘している(8月21日付日本経済新聞)。だとしたらそれは能力以前の問題であり、アメリカがアフガニスタン情勢に対して関心を失っていたことを示している。

そもそもアメリカ政府がアフガニスタンからの軍隊撤収を具体化させた理由も、そう、アフガニスタンに関心がなくなったからだ。中東の石油にも、したがってアフガニスタンのパイプラインにも、アメリカの国益との関わりがなくなっていた。同時に関心を高めていったのは「アフガン撤兵」という政治的なプロパガンダ効果だった。

2020年2月、アメリカ大統領選挙が本格化するなかでトランプさんは、米軍の完全撤収をタリバンと合意した。なんとこの合意および交渉からアフガン政府は完全に蚊帳の外に置かれていた。つまりタリバンとアフガン政府の間にはなんら合意は形成されていない。そしてバイデンさんは、無批判にこれを引き継いだ。その理由は簡単だ。アメリカ世論の70%以上がアフガン撤収を支持していたからだ。

科学的根拠もなくワクチン接種率の目標を独立記念日に設定するバイデンさんだ。アフガン撤収の時期も9.11テロ20年の前にと「区切り」を見つける。軍幹部は「少なくともあと数ヶ月は遅らせたほうがいい」と提言したが、耳を貸さなかったという。デルタ株による感染再拡大を前に、アフガン問題は外交ではなく国内の政治日程に組み込まれていく。

関心がないから、準備もない。撤収するのはアメリカ軍だけでは済まないのに。アメリカ軍に協力したアフガニスタン人に対するビザ発行すらも整理されていなかった。なにより同盟国との調整もなかった。NATO(北大西洋条約機構)結成70年の歴史のなかで唯一集団的自衛権が発動されたのが対アフガン戦争だった。イギリス軍もドイツ軍も多くの戦死者を出している。「同盟重視」のバイデン政権は、同盟国軍と撤収のシミュレーションもしないばかりか、アフガン政府が一定期間持ちこたえるといった誤情報を与えた。

なかには、正しい分析もあった。バイデンさんは「タリバンがアフガン全域を支配する可能性は極めて低い」と7月に言っていた(それでいったい誰を安心させるつもりだったのだろう)。そう、たしかにタリバン政府が樹立できても統治できる可能性は極めて低い。実際に反タリバン抵抗勢力がアフガン北東部に結集していると報じられている。領土外部からの勢力の侵入も防げないだろう。これを書いている最中にも、タリバンと対立するIS(イスラム国)による自爆テロのニュースが飛び込んできた。

アフガニスタンは液状化するかもしれない。少なくともしばらくは、そうなるだろう。膨大な難民があふれ出すだろう。アメリカはアメリカ史上最長の戦争から、なんとも恥知らずな無責任ささで敗走した。

2.無責任な支配

テレビでは大混乱するカブール空港の映像を流しながら、「20年前に逆戻りしてしまう」と口をそろえる。そして例外なく「女性の人権」を心配する。しかし「逆戻り」でもないし、今人権が守られているわけでもない。現在、アフガニスタンの子どもたちの半分は男女の区別なく学校に行けていない。アフガニスタンのジェンダー・ギャップ(世界経済フォーラムによる男女平等ランキング)は153ヵ国中153位だ(ちなみに日本は120位だ)。国連世界食糧計画(WFP)によると、アフガニスタンでは1400万人が深刻な飢餓に直面している。

アメリカは20年間でアフガンに2兆ドル(約220兆円)以上を費やし、アフガン政府軍にも約10兆円を支払った。しかしアフガン政府軍兵士には給料が支払われず、不正な権力蓄財が膨れ上がり、これを巡って政権の腐敗が進み、不正選挙が繰り返されていた。アメリカは、そして国連も、選挙があれば民主主義だという建て前で、そうした腐敗、不正選挙を黙認してきた。アフガニスタンの一人当たりGDPは、一時期大規模なインフラ投資で急増するが、その後急下降し、アフガン開戦以前より貧しくなっている。

地方では、アメリカが打ち立て擁護してきたアフガン中央政府に対する不満が増幅していた。アフガニスタンは部族社会の集合体だ。タリバンは地方の中央に対する敵対心を煽ってそのひとつひとつを実質上の支配下に置き、兵力を増強し、アフガン政府軍兵士の寝返りを受け入れてきた(8月20日発信 ウォール・ストリート・ジャーナル)。

アメリカ国内では厭戦気分が広がり、歴代アメリカ政権が米軍撤収予定を公約し、その時期が具体的になっていく。ならばタリバンは、それを待てばいい。地方部族もますます中央政府から離れ、アフガン政府軍も抗戦する意味を見失う。

はたしてタリバンのカブール陥落までの急展開は、アメリカ情報機関にとって本当に予想外のスピードだったのだろうか。20年間やめられなかった戦争を、政権交代半年あまりで収束できると思っていたのだとしたら、その根拠は何なのか。

そして「飢餓のホットスポット」とWFPが警告しているアフガニスタンに、アメリカは一切何も残さない。バイデン政権はアフガン政府がアメリカで保有する資産を凍結した。IMFはアフガンへの支援を停止した。かれらは人権を、色分けしている。

3.無責任な開戦

9.11テロを起こしたのは、サウジアラビアを拠点とするアルカイーダだと指名手配された。そのアルカイーダの指導者ビンラディンをタリバンが匿っている、それだけの理由でアメリカはアフガニスタンを空爆し、侵攻した。間もなくタリバン政権は崩壊し、降伏しようとした。しかしブッシュ政権はこれを拒み、テロ根絶を訴え、さらにイラクに対テロ戦争を拡大した。当時アメリカ国民のほぼ9割が、これを支持した。それほどワールド・トレードセンターの「映像」は衝撃的だったからだ。

9.11テロが起こった2001年の1月に、ブッシュ・ジュニアが大統領に就任した。チェイニー副大統領とラムズフェルド国防長官は、ネオコン(Neo-conservatism)と呼ばれるボルトン国務次官、ウォルフォウィッツ国防副長官といった共和党内対外強硬派に近い。これにアーミテージ国務副長官を加えたブッシュ政権の中枢となる人々が発起人となって設立されたのがPNAC(新しいアメリカの世紀のための計画)というシンクタンクだ。

かれらはブッシュ政権誕生以前の2000年9月に「アメリカ防衛の再建」という報告書を公表している。そこで主張されているのは、圧倒的軍事力を背景にして中東および全世界にアメリカの市場経済と民主主義を定着させることであり、そのための当面の課題はイラクの「フセイン政権の打倒」だと明記していた。

これは妄想だろう。いや、妄想に他ならない。この妄想によって戦争は始まり、拡大し、長期化した。この戦争を終わらすためには、この戦争の根源となった妄想そのものの反省が必要不可欠だろう。「終わりのない馬鹿げた戦争」を終わらせるとトランプさんは言った。「アメリカ軍があと1年または5年、20年駐留しても意味がない」とバイデンさんは言う。それで済ますつもりなのだろうか、そんな無責任な話があるだろうか。

反省なき妄想は、姿を変えて蘇る。なぜアフガニスタンと戦争をするのか、その理由をブッシュ・ジュニアはこう叫んでいた、「テロと闘うか、テロを支持するか」だと。現在、こうした多元性を否定した不遜な啓蒙主義的二元論は過去のものとなっているだろうか。

ぼくは民主主義を支持する。だからといって世界を「民主か非民主か」で仕分けることには反対だ。それで世界の民主化が進むとは思えないからだ。またそれ以前に、民主主義を採用している国々の民主的システムの不全を問う。アメリカは世界を善悪に仕分ける立場にない。ましてや一方の善を代表する資格もない。アフガンを見捨てたアメリカの人権意識。それに基づく同盟に普遍的価値があるとも思えない。

ぼくたちは、泥沼の対テロ戦争からいったい何を学んだのだろう。今、世界にとって「アフガン問題」とは、必要充分な人道的支援を全力かつ速やかに行うことだ。さもなければ、「陥落」するのはアフガンの首都カブールだけではないだろう。

日誌資料

  1. 08/08

    ・中国輸入、7月28%増 内需関連は伸び鈍く 景気回復に変調も
  2. 08/10

    ・気温1.5度上昇10年早く IPCC報告「21~40年に」 パリ協定達成難しく
    ・中国、価格転嫁に遅れ 7月の卸売物価9%上昇 企業収益の圧迫懸念
    ・経常黒字5割増10.4兆円 1~6月、輸出回復が寄与 <1>
  3. 08/11

    ・米インフラ法案、上院可決 超党派 道路や電力網、110兆円投資 <2>
    クリーン電力8割目標 30年までに比率2倍 財政支出案で柱に
  4. 08/12

    ・中国政府調達、国産を優先 医療機器など315品目 対中輸出影響大きく
    ・米消費者物価5.4%上昇 7月も高水準 続く供給制約、賃金も伸び <3>
    ・米入院患者1ヶ月で4倍 コロナ テキサス州など医療逼迫
  5. 08/13

    ・英、4~6月4.8%成長 主要国で突出 個人消費が急回復 <4>
  6. 08/14

    ・米の白人人口、昨年初の減少 人種多様化、分断加速も <5>
    ・中国、教育分野の統制強化 「習近平思想」小中高必修に 米との対立長期化にらむ
  7. 08/16

    ・アフガン政権崩壊 タリバンが首都掌握 大統領は国外脱出
    米介入20年「力の支配」限界 成長の果実乏しく、民主主義の退潮加速
    ・GDP年率1.3%増 4~6月 2期ぶりプラス 設備投資持ち直し <6>
    コロナ前なお遠く 個人消費0.8%増、回復弱く
  8. 08/17

    ・日経平均一時500円安 経済回復遅れ懸念増す 冷え込む内需、海外と差
    ・米、アフガン撤収堅持 バイデン氏「外交で人権確保」 戦況見通し甘さ認める
  9. 08/18

    ・米、小売売上高1.1%減 7月、予想大幅に下回る 個人消費の勢い鈍化
  10. 08/19

    ・米緩和縮小「年内が適切」 FOMC議事要旨 来月決定の可能性も
    雇用回復、最低条件に デルタ型拡大には懸念 NY株382ドル安 緩和縮小を警戒
  11. 08/20

    ・「緩和相場の終焉」警戒強く 株安世界の市場で連鎖
    ・フェイスブックを再提訴 米独禁当局 アプリ買収「競争阻害」
    ・NY原油3ヶ月ぶり安値 コロナ再拡大 需要先行きに懸念
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