週間国際経済2017(17) No.102 5/29~6/4

今週のポイント解説(17) 5/29~6/4

「自国第一主義」という不利益 その(1)アメリカのケース

1.内向きの世界

昨年3月初めのポイント解説で、現在世界経済が抱えるリスクは何かと問い、「内向きの世界」だと指摘した⇒ポイント解説№46。その冒頭と結語の一部をここで繰り返そう。

「(最大のリスクは)グローバル化の進展によってどの国民経済も一国では自国経済問題を解決できなくなっているにもかかわらず、国際協調の道筋が見えないことだ」

「内向きの世界は、相互依存の利益を蝕み世界経済を縮める。そして縮んだパイを奪い合う。自分が得をするためには他が損をしなければならないゼロサムゲームに陥ることが最大のリスクだ。世界は、そのリスクに直面している」。

それから15カ月の間に、内向きの世界は予想を超えて加速した。予想を超えたのは「ふたつのまさか」が起きたためだ。ひとつはイギリス国民投票の結果、もうひとつはアメリカ大統領選挙の結果だ。その2つの結果に共通しているのは「自国第一主義」的潮流だった。

「政治指導者が自国第一主義なのは当然ではないですか」、出席カードにそうコメントする学生は少なくない。だから自国第一主義は国際経済にとってはもちろんのこと、どの国民経済にとっても不利益であることを繰り返し説明しなくてはならない。

リカードの「比較生産費説」以降、国際分業の利益を体系的に否定した経済学は存在しない。理論だけではない。ふたつの世界大戦という歴史がそれを証明している。

そしてビジネスの世界で、それが相手の利益だと説得できなければ商談が成立しないように、外交も通商交渉もつまるところ「自国の利益を相手国の利益に翻訳する技術」なのだ。

こうした技術に最も長けていたのは、皮肉なことにイギリスとアメリカだった。パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナという歴史的財産もさることながら、どちらも国際分業の利益をグローバル化の恩恵を誰よりも多く受けてきたのだ。

そのアメリカとイギリスの有権者たちが僅差とはいえ「自国第一主義」的政策を選択した。これが世界にとってリスクであるばかりではなく、かれらにとっても不利益であることが今、明らかになってきている。

「内向きの世界」はグローバル化の否定だ。そして今その内向きの世界が否定されているのは、そう、あるべきグローバル化を問う、否定の否定という弁証法的発展のための混乱なのだととらえよう。あるべきグローバル化、著名な経済学者はそれを「人間の顔をしたグローバリゼーション」(バグワティ教授)と呼んだ。無名の経済学者は著書『現代アジアとグローバリズム』の終章で「グローバル資本主義の共同管理」を訴えた。

2.格差と「反グローバル化」

比較優位に基づく国際分業の利益を否定すれば、彼は経済学者ではなくなる。しかしその国際分業の進展はあくまでも国民経済全体にとっての利益であって、少なくない産業部門および社会的階層にとって当面の不利益であることもまた事実だ。だからこそ「自由化」は、適切な速度であるべき手順でかつ不利益を被る人々に最大限配慮しながら進めなければならない。

現在のグローバル化は、それらすべてのあるべき配慮を著しく欠いていた。それは驚異的なスピードで進展してきた。先の拙著では、その配慮なきグローバル化の加速をもたらしたのは「金融グローバリズム」だと指摘した。

国際分業の利益と「資本移動の自由化」とは無関係だ。むしろリカードは資本の国際移動はないものと仮定していた。カネの移動の自由化の利益は、理論的にも歴史的にも立証されてはいない。しかしそれは極めて短時間のうちにグローバル化された。

だから「ウォール街を占拠せよ」という、「1%と99%」という直感は正しかった。これに従ったバーニー・サンダース大統領候補の金融規制と富の再分配という主張は正しかった。

しかしイギリスではこれを「ヒトの移動」への反グローバル化へと、アメリカでは「モノとヒトの移動」への反グローバル化へとすり替えられたのだ。モノとヒトは内向きになり、カネは外向きのままなのだ。ウォール街(アメリカ金融資本)はこれでまた莫大な収益を上げた。これがどうして「自国第一主義」だと言えるのか。

社会学者によれば「社会的格差は排外主義を生む」。格差社会によって疎外された人々は自らのアイデンティティを家庭や職場あるいは地域のなかで見いだすことができなくなり、ついにはそれを国家に、国家だけに見つけ出そうとする。ここにつけ込んだ現代版ポピュリストたちは「外」に敵を作り、格差への怒りと悲しみをここに動員する。

その結果、権力を握ったトランプ氏は、リーマン危機以降積み上げられてきた金融規制を反故にして、そうだ、選挙公約では規制を強化すると言いながら手のひらを返して「金融グローバリズム」の復活に向けた金融規制緩和を叫びだした(金融規制については⇒ポイント解説№68)。

3.「孤立主義」とパリ協定離脱

トランプ氏の「自国第一主義」をアメリカ外交における伝統的な「孤立主義」と結びつける議論には、笑ってしまう面と、笑ってすまされない面がある。

笑ってすまされない面というのは、アメリカ国民全体にまん延する「オーバー・プレゼンス」つまり過剰介入に対する後悔と反省だ。とくにイラク戦争が残した傷は、社会的にも経済的にも深く悲しい。アメリカはもう「世界の警察官」ではない、というオバマ政権からの国民的合意にトランプ氏は便乗した。

笑ってしまう面というのは、両者は本質的に異質あるいは対照的だということだ。アメリカ「孤立主義」とは高校の世界史で習ったようにジョージ・ワシントン大統領の「告別演説」(世界のいずれの国とも永久的同盟を結ばないこと)、モンロー大統領の「モンロー宣言」(アメリカとヨーロッパの相互不干渉原則)、あるいはウィルソン大統領の国際連盟不加盟という一貫した「厳正な中立」を指す。

つまり移民の国アメリカにとってヨーロッパへの干渉、いずれかの国との同盟やましてや参戦はアメリカそのものの分裂をもたらすだろう、これを徹底して回避するという最優先内政課題の延長としての外交原則だった。

これに対してトランプ氏は徹底的にマイノリティを侮辱し、国内に分裂を持ち込んだ。あるいはマイノリティ大統領であるオバマ氏の存在によってなだめられていた潜在的分裂を刺激し浮上させた。さらにはヨーロッパに介入して、イギリスのEU離脱を応援し、フランスのルペン極右躍進を支持し、ヨーロッパの分裂を刺激している。これがどうして伝統的「孤立主義」と結びつくというのだろう。

「孤立主義」との関連でアメリカ外交に求められているのは、過剰介入の反省に立ち「国際協調」に向けた誠実な歩みを進めることだったに違いない。

トランプ流「自国第一主義」はこの正反対の側にあることが、パリ協定(国連による地球温暖化対策の国際的枠組み)離脱表明ではっきりした。トランプ氏はこれが「不公平」で米国民に負担を強いて職を奪うと言うのだ。

もちろんそこには多くの事実誤認・誇張が盛られている。ここで逐一それに反論する作業は別の媒体に頼るが、ひとつ挙げるとすれば離脱発表でのトランプ氏の決めぜりふだ。「私は(炭鉱で栄えていた)ピッツバーグ市民に選ばれた。パリではない」。ピッツバーグ市民が選んだのはクリントン候補だったことは見逃すとして、アメリカ石炭業界を低迷に追い込んだのは温暖化ガス規制ではなくシェール革命だ。パリ協定離脱で炭鉱労働者の職は戻らないが、再生可能エネルギー業界の雇用を脅かす。さらにこの分野の成長を妨げる。

こんな茶番は筋が通らない。もちろん世界は反発する。国内も反発する。アメリカ産業界はGEもIBMも「政府に頼らず温暖化対策を続ける」と、ウォルマートは「失望した」と表明した。さらにNY、カリフォルニア、ワシントン3州の知事と全米85都市の市長(ピッツバーグ市長を含む)はパリ協定順守のための同盟を結成した。

4.理念喪失という不利益

今年の1月、トランプ大統領就任に際して「トランプ氏には(少なくとも)3つの致命的な弱点がある」と指摘した⇒ポイント解説№87。それは、不人気、ロシア疑惑、利益相反だと。

現代版ポピュリズムの特徴のひとつは、汎国民的熱狂が伴わないという点だと思う。トランプ氏は50%ほどの投票率の僅差の過半数を獲得したにすぎない。半年経ってもアメリカ歴代大統領のなかでで最も支持率が低い。ポピュリストの生命線は人気だ。だからトランプ氏はそれをひどく気に病んでいる(ツイッターのフォロワー数もオバマ前大統領の半分以下だ)。

そしてロシア疑惑はますます彼の不人気を固める。FBI長官をクビにしたのは致命的な悪手になりそうだ。さらに利益相反にも疑惑解明の手が伸び始めている。

もとよりトランプ氏の「自国第一主義」は理念などではなく、たんなる「ウケ狙い」だったに違いない。それがますます露骨になっていく。ついにはパリ協定離脱なのだが、これはまったくウケもしない。

教訓は、「自国第一主義」にウケた人々の不利益だ。減税の恩恵は富裕層に偏り、インフラ投資の財源は低所得者給付削減に手を付けようとしている。長く続いた好況にも陰りが出始めている。今ウケているのは「トランプ劇場」が笑いを誘うときだけになっている。 笑っている場合ではない。自国第一主義は、言論の自由を三権分立を多様性への寛容を、つまりアメリカ民主主義を卑しめ、国際協調に背を向けてそれこそアメリカを「孤立」に陥れようとしている。

アメリカにとって最大の不利益は、こうした理念の喪失なのかも知れない。経済的にも軍事的にもすでにアメリカのハード・パワーは相対化して久しい。それでもなおアメリカが指導的立場に残り、だからこそ受けてきた利益は「理念」というソフト・パワーあってのことだった。

さて、来週はイギリス総選挙における与党保守党の惨敗について考える。

もしかして「まさか」の歯車は逆回転し始めているのだろうか。だとしても米英が失った指導的立場、その空白は誰かによって埋められるかもしれない。直感のままに従えば、それはドイツと中国、両者の協調である可能性が浮上しているような気がする。技術と市場という相互補完性、だからこその反保護主義、そうした利害の一致だけではない。中独協調の「壁」、つまり人権や自由、民主主義という「理念の喪失」がその壁を薄くしているからだ。

日誌資料

  1. 05/29

    ・北朝鮮、ミサイル発射 隠岐沖経済水域に落下 G7宣言に反発
    今年に入って9回目 3週連続 サミット首脳宣言「新たな段階の脅威」に反応
    ・米シェール コスト増が影 人材不足、生産性伸び鈍る
  2. 05/30

    ・英与野党 支持率が急接近 総選挙、労働党が猛追 保守党社会保障改革が不評
    ・メルケル独首相「同盟国に頼れぬ」 米トランプ政権に不信感
    ・求人倍率4月1.48倍 バブル期超え43年ぶり水準 強まる人手不足感
    製造業、運輸業、建設業増える バブル期10%だったパーツ比率が30%に
    ・消費支出4月実質1.4%減に 1年8カ月連続マイナス
  3. 05/31

    ・アマゾン株1000ドル突破 時価総額、トヨタの3倍
  4. 06/01

    ・財政目標に新指標財務残高GDP比 基礎収支20年度黒字化延期の布石に<1>
    分子の債務残高は長期金利はゼロ近辺、分母の名目GDPが増えれば指標は改善
    ・待機児童ゼロ 3年先送り 共働き広がり保育所整備追いつかず <2>
    全国で約2万3000人の待機児童 施設増も保育士の確保難しく
    ・インド、7%成長維持 2016年度減速もなお中国を上回る <3>
    設備投資は2%と伸び悩むも、9%伸びた個人消費が全体をけん引
  5. 06/02

    ・米、パリ協定離脱表明 トランプ氏「不公平」温暖化対策に打撃 <4><5>
    再交渉提案、独仏拒否 「歴史的過ち」世界反発 米産業界「政府頼らない」
    ・世界の株、時価総額最高 5月末76兆ドル IT勢にマネー流入
    ・日銀総資産500兆円 GDP並みに膨張 異次元緩和出口難しく <6>
    GDP比93% FRBは23%、ECBは28% 債務超過で高金利物価高騰も
    ・中国の鉄鋼生産最高に インフラ投資拡大で 世界市況の波乱要因
  6. 06/03

    ・米失業率、16年ぶり低水準 5月4.3% 雇用13.8万人増 利上げ観測強まる
    ・米の車販売前年割れ濃厚 8年ぶり 貸し倒れ懸念強まる
    ・出生数初の100万人割れ(97.7万人)昨年、少子化に拍車 人口減33万人<7>
    ・欧中「パリ協定推進」世界けん引アピール 中EU首脳会議 通商では溝埋まらず
    ・パリ協定離脱に米自治体NO 3州と85都市 独自に温暖化対策
    ・国連安保理 対北朝鮮制裁強化を決議 中ロも賛成、資産の凍結拡大
    石油禁輸など一段の強硬措置は見送り 中国、慎重姿勢崩さず
  7. 06/04

    ・米、アジア積極関与強調 「中国より」懸念払拭狙う
    アジア安全保障会議でマティス米国防長官講演 南シナ海巡りけん制 政権一貫性なお懸念
    ・8日総選挙 メイ氏、狂う「圧勝シナリオ」 辛勝ならば求心力は低下

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