週間国際経済2017(4) No.89 2/1~2/10

今週のポイント解説(4) 2/1~2/10

安倍君は追試を受けると言うのだが

1.先送りされた?経済問題

先週はトランプ君に「不可」を出した。今週はこれまでのポイント解説で二ケタにのぼる「不可」を出し続けている安倍君だ。それでも安倍君がどんどん進級しているのは、日本ではマスコミと国会決議が楽勝科目だからだ。しかし、今回の試験はとても楽勝とはいえなかった。

試験はトランプ政権との初の首脳会談で行われた。ところが安倍君は試験を受けず「新経済対話」なるものを新設してそこで議論すると言い出した。「追試」だ。

しかも代理受験だ。麻生副総理とペンス副大統領をトップに据える。驚いたのはペンス君だろう。なにぶん彼は州知事の経験しかない。固辞したと伝えられている。それでもしかたがないのかもしれない。米財務長官候補のムニューチン君はまだ議会の承認を受けていなかった。ムニューチン君は元ゴールドマン・サックスの幹部、つまり玄人だ。ペンス君はどうみても素人だ。

こうしたことも含めてか、日本のメディアは難題封じ、先送りに成功したと称賛している。なるほど彼らは楽勝科目だ。それだけではない。メディアは懸案の安全保障問題については「優」を出している。

2.従来通りの安保問題

安倍君が「優」を取った安全保障関連懸案は「過去問」通りだった。在日米軍、尖閣、北朝鮮、南シナ海。答案はオバマ政権とまったく同じだ。

もちろんトランプ君の「暴言」連発で、試験対策は混乱していた。どんな珍問が出されるか警戒していた。少し安心できたのは「模試」のおかげだ。2月4日にはマティス米国防長官が来日して稲田防衛省と会談した。安倍君も心配だったのだろう、マティス君と直接会う予定を組み入れた。

マティス君はトランプ政権で唯一まともだという残念な信頼を受けている人物だ。彼が安保問題は過去問通りだと明言してくれたのだった。

経済は追試、安保は過去問。日本世論はすっかり安心してしまったようだ。連休で新聞は休刊、テレビではやれ「冬のホワイトハウス」には部屋がいくつあるだとか、安倍君がゴルフでバーディを取ったとか、時間が余ったのか人気女優が出家しただとか。

そんな呑気な空気の中で妙に熱を帯びて語るコメンテーターも何人か見た。安保問題の再確認について、たとえ過去問であったとしてもそれを首脳会談「共同声明」に明記した意義は大きいと、これは条約に等しいのだと。安倍君本人もテレビ出演をたくさんこなし、「共同声明は条約に近い」と胸を張っていた(2月14日付日本経済新聞)。

なるほどそうですか、共同声明は条約に等しいのですか。だったら経済問題のところもしっかり読んでおかないと。なんといってもそれは「追試」の試験範囲でもあることだし。

、、、これはどうも、追試はかなりの難問になりそうだ。

3.相互補完的な財政、金融および構造改革

この作文はいったい誰が書いたのだろうか。トランプ保護主義の嵐は国際的な脅威なのだが、今回の首脳会談には世耕経済産業相が同行していなかった。カウンターパートナーとなる米財務長官がまだ承認を得ていないというのが表向きの理由だ。でも経済問題の水面下協議の担当者は世耕大臣だ。アメリカ側はTPPをこき下ろした徹底した保護主義で知られるナバロ国家通商会議委員長だった。

共同声明を読んで違和感が残ったのがまず、「相互補完的な財政、金融および構造改革」云々(うんぬん)だった。つづけて「3本の矢のアプローチ」とあるのには噴き出した。

気を取り直してみても、第一に「金融」問題が首脳会談共同声明で扱われるのは異例だと感じた。次に、「相互補完的」という言葉はどうも馴染めない。

帰国した安倍首相はテレビで「アベノミクスが評価された」と喜んでいた。同行した幹部によると相互補完的というのは財政、金融、構造改革の関係だと言ったそうだ。そしてそれはG20共同声明を踏襲したものだと。それに「3本の矢」を接ぎ木したのか。

違和感が拭えないので外務省ホームページから共同声明の英文を開けてみた。

<両首脳は国内および世界の経済需要を強化するために3本の矢の mutually-reinforcing fisical,monetary and structural policies…>

mutually 、、、これは「日米で相互補完的な」という意味にとるのが自然ではないだろうか。だとすれば、例えば日銀はアメリカの利上げでもドル高が進まないような金融政策を採りなさいとも言われかねない。

それはうがちすぎだと、これは金融政策依存の限界を指摘して「あらゆる政策」を提言したG20共同声明を踏襲したのだと、いうのだが。そのG20共同声明というのは「我々はすべての政策手段ー金融、財政及び構造政策ーを個別または総合的に用いることを決意している」という部分を指しているのだろう。英文では、

<我々は決意している to use all policy tools -monetary,fiscal and structural – individually and collectively to achieve…>、両者並べて比べればとても踏襲しているとは思えない。

言うまでもなくG20共同声明は財務省、中央銀行の財政、通貨、金融のプロが議論の末に合意した文言だ。誰の作文かわからないけど<individually and collectively>から「個別に」を消してかつ<mutually-reinfocing>と書き換えた意図は何だろう。これは「条約に等しい」と言ってたじゃないか。あまりにも含意に満ちている。

4.自由で公正な貿易のルールに基づき

<based on rules for free and fair trade.>、心配なのは<fair>だ。

通商交渉においてかつてガット(GATT:関税及び貿易に関する一般協定)3原則と呼ばれ、現在もWTO(世界貿易機関)に継承されているのは「自由・無差別・多角的」という国際的合意だ。

自由;輸入制限を減らし関税率を下げる、無差別;ある国に与えた貿易上の利益(最恵国待遇)は差別することなく他の貿易相手国にも付与しなくてはならない、多角的;通商交渉は2国間ではなくて多国間交渉を基本とするべきだ。

かつて、というのはこれがWTOによる多国間交渉(ラウンド)における多国間利害調整が難航したことから形骸化しつつあるからだ。それが2国間あるいは地域的なFTA(自由貿易協定)が盛んになった背景となっている。

ただ、WTOはなおもその影響力が無視できない国際機関であるし、3原則は生きている。そしてこの3原則が尊重されている理由は、排他的な通商関係形成を回避するための客観的な指標であるからだ。自由なのか、無差別なのか、多角的なのか、それは誰の手によっても検証可能だといえる。

ところが「公正」というのは客観的基準ではない、主観的なものだ。そう、誰にとって公正なのかは利害対立のもとでは強者の論理となりうる。過去の日米貿易摩擦のほとんどはアメリカによる「不公正貿易」に対する「報復」を巡ってのやりとりだった。そして通商交渉に「公正」を持ち出すのはアメリカだけといってもいいだろう。

その怪しくも危険な概念を共同声明に明記した意味は、決して小さくない。

5.TPP離脱に留意し、日米2国間の枠組みの議論を

「米国がTPPから離脱した点に留意し(noting)、両首脳は共有された目的を達成するための最善の方法を探求することを誓約した(pledged to)、これには日米二国間の枠組み(bilateral framework)に関して議論を行うことを含む」。

安倍首相は、国内ではTPP関連法案を国会で強行可決し、海外参加国には批准手続きを早めるように促してきた。なによりTPPはアベノミクス成長戦略の「目玉」とされてきた。

それが首脳会談ではTPPに関しては議論がなかったとされているにもかかわらず、共同声明では二国間枠組みに関する議論が「誓約」されているのだ。

TPP交渉では、安倍政権が「聖域」と公約していた農産物や肉類について大幅に譲歩し、懸案だった日本車(乗用車)輸出関税2.5%については10年間かけてゼロにする方向という情けないものだった(もちろんほかにもたくさん問題がある)。

それをトランプ氏は「最悪だ」と切り捨てたうえで日米二国間通商交渉を要求しているのだ。当然、TPP協定以上の譲歩を日本に求めてくるに違いない。安倍首相にとってここは踏ん張りどころだったはずだ。

安倍政権にとってはTPP推進が、トランプ政権にとっては日米FTA交渉への路線変更が最重要公約であったのだから、「共同声明」では日本側の譲歩が明記されたのであり、これがどうして「経済問題先送り」と言えるのだろうか。

6.日米成長雇用イニシアティブ

日米首脳会談での「蜜月」ぶりはトランプ氏の「過剰接待」かに見えた。これから厳しい通商交渉が始まるというのに、あまりに過大なもてなしを受けることはいかがなものかと心配する向きもあった。

ただ、見方を変えればこれはトランプ氏の接待というよりも、安倍氏の「お土産」に対する答礼だったのかもしれない。お土産は用意されたが手渡されなかった。のし紙には「日米成長雇用イニシアティブ」と書かれていたはずだ。

2月2日付日本経済新聞は「公的年金、米インフラ投資」という見出しで、政府が米雇用創出へ包括策をまとめ首脳会談で提案すると報じた。そこでは年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がアメリカのインフラ事業に投資するとある。これは中日新聞も同日夕刊一面で扱った。

そして2月3日付朝日新聞は「米雇用70万人創出へ投資」「首相、首脳会談で提案へ」「公的年金など原資」と報じ、「朝貢外交と言われてしまう」という首相周辺の批判を紹介していた。

安倍首相は3日午後の衆院予算委でこの報道についての野党からの質問に対して、「政府として検討しているわけではない」と否定した。しかしこの内容はすでに1月31日にはロイター発で世界に配信されていた。

結果的に首脳会談では提案されなかったことになっている。日本経済新聞(2月14日付)では、「イニシアチブ」は経済産業省が取りまとめたが、外務省からかえって交渉力が落ちるとの懸念が示され、政府内でも「具体的な数字を出すのは時期尚早」との声もあってのことだったとしている。

いやいや、交渉の有利不利ではなく、そもそも年金に手を付けて日本ではなくアメリカの雇用を増やすという発想そのものの是非こそ問うべきだろう。

それにしてもこの案、それが日米成長雇用に資するかどうかははなはだ疑わしいが、見事にトランプ氏のツボを心得ていることは間違いない。

こうして安倍君の試験は「追試」になった。単位取得のためのお土産は発覚していないので不正は咎められない。しかしお土産の中身は見せているはずなのに、おおいに接待は受けたものの追試内容は極めて厳しいものとなった。

「共同声明」を少し詳しく見れば、日本側の基本的譲歩は確約されているようなものだ。その「条約に近い」枠組みの中で日米経済交渉は始められる。

それでもメディアは「優」を出した。こんな楽勝科目が学生をダメにする。

【お知らせ】

後期授業が終了しましたので、3月末まで10日間更新にさせていただきます。「週間」を名乗って実は「旬間」となりますが、よろしくお願いいたします。

日誌資料

  1. 02/01

    ・トランプ大統領「日本は何年も円安誘導」米企業幹部会合で、日銀緩和標的か
    米国家通商会議トップのナバロ氏がユーロ安批判「貿易交渉の障害」
    ・ユーロ圏2%成長(10~12月年率)15四半期連続プラス、小幅加速 <1>
    失業率9.6%7年7か月ぶり低水準 消費者物価1.8%上昇3年11カ月ぶり高い伸び
    ・東南アジア新車販売、昨年約320万台、3年ぶり増3%
    ・イスラム圏7か国からの入国制限「賛成」が49% ロイター調査 「反対」41%
  2. 02/02

    ・FRB連邦公開市場委員会(FOMC)追加利上げ見送り「景況感が改善」
    ・日本政府、公的年金で米インフラ投資 首脳会談で提案へ 雇用創出へ包括策
    ・ビットコイン中国に揺れる 世界取引高1月4割減 中国当局が締め付け強化
  3. 02/03

    ・米豪首脳電話協議、難問受け入れで打ち切り トランプ氏「最悪だ」
    ・米韓国防相会談(ソウル)ミサイル迎撃システム年内配備 北朝鮮脅威に対応
  4. 02/04

    ・米雇用1月22.7万人増 市場予測上回るも賃金の伸び鈍化 <2>
    失業者数は760万人 トランプ氏公約の2500万人増は困難
    ・トランプ氏、米金融規制緩和へ署名 ドッド・フランク法の抜本的見直し <3>
    ・ワシントン州連邦地裁が入国制限さし止め命令「全米に適用」
    ・EU非公式首脳会合「米に沈黙しない」トランプ氏警戒
  5. 02/06

    ・実質賃金5年ぶり増 物価下落で昨年0.7% 12月は0.4%減 先行き不透明
    ・トランプ氏、プーチン氏を「尊敬している」 協力関係構築に期待
  6. 02/07

    ・欧州中銀ドラギ総裁がトランプ政権に反論 ユーロ安批判「為替操作していない」
    国際ルール軽視を警戒 米金融規制緩和にも警鐘「最も必要のないこと」
  7. 02/08

    ・米貿易赤字、日本2位 昨年、中国に次ぐ 7.7兆円、車が拡大 <4>
    ドル高重荷、モノの貿易赤字7343億ドル サービス(2478億ドル黒字)で稼ぐ鮮明に
    ・日本経常黒字額過去2番目 昨年25%増20.6兆円 原油安が寄与 <5><6>
    対外直接投資18.4兆円、前年比16.2%増 全体の3割を米国が占める
    ・国債保有シェア 日銀、初の4割超(1月末)米金利急上昇が誤算 <7>
  8. 02/09

    ・トランプ氏、中国主席に書簡「建設的関係に期待」
  9. 02/10

    ・ドイツ、昨年貿易黒字最高(約30兆円)EU外向け減少も米との摩擦激化の恐れ
    ・対中投資4年ぶり減 昨年7% 人件費高騰で外資敬遠 資本規制も影
    ・北米販売過去最高に(昨年4~12月)日産158万台、ホンダ149万台

※PDFでもご覧いただけます
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