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週間国際経済2017(38) No.123 11/20~11/26

今週のポイント解説(38) 11/20~11/26

アリババ・エフェクト

1.「独身の日」2.7兆円突破

中国インターネット通販大手、アリババ集団は11月11日「1」が並ぶ「独身の日」セールを開き、その日1日だけで取引額が約1600億元(約2兆7000億円)を突破した(11月12日付日本経済新聞)。なんと開始3分で100億元(約1700億円)を超えたというから凄まじい。

人口14億人の中国消費市場は年間500兆円と言われる。国連貿易開発会議の調べによるとその15%にあたる約70兆円が個人向けネット通販が占めている。これはアメリカの約69兆円を上回った。消費全体に占める割合もアメリカの7%、日本の5%をはるかにしのぐ。中国も2011年には4%だったから、急拡大だ。

2.スマホ決済660兆円

ネット通販だけではない。実店舗でのスマホ決済利用も中国では98%が「3カ月以内に使った」と答えた(日銀リポート)。日米独では2~6%だという(11月28日付同上)。これ以外にもタクシー配車アプリやシェア自転車など起業家スピリットを刺激し、次々と新しいサービスを生んでいる。2012年から2016年までの5年間で中国のベンチャー投資額は460億元から1300億元へと3倍近く増えている。

こうして中国のスマホ決済は昨年総額で660兆円に達したという。これは日本のGDPを大きく上回る規模だ。それもここ2年間で6倍という急拡大を見せたのだ。

3.アマゾンを上回る株式時価総額

10月10日のNY株式市場でアリババ集団の時価総額がおよそ2年4か月ぶりにアマゾン・ドットコムを上回る場面があり大きな話題になった。その日は一時4700億ドル(約53兆円)を超えていた。

このアリババ集団と中国市場で2強を競うのがテンセントだ。アジアの有力上場企業約300社で作る株価指数「日経アジア300指数」によると、この1年で時価総額(ドル建て)を2倍以上にしたのが12社もあるというのだが、ダントツだったのがこのテンセントだった。11月20日には中国企業で初めて5000億ドル(約56兆円)を突破した。

この額は韓国の名だたる財閥系企業、SKハイソニックス(557億ドル)、LG化学(295億ドル)、LG電子(139億ドル)が束になってもはるかに及ばない(12月1日付同上)。

テンセントのスマホ決済は「ウィーチャットペイ」というが、アリババ集団の「アリペイ」と合わせて12億人が登録しているという。さらに無料対話アプリは10億人近くが使い、同アプリを通じて提供する有料ゲームの販売も好調だという。

一方アリババも最近は実店舗への進出も加速している。11月20日には中国の大型スーパー運営大手のサンアート・リテールの株式約36%を3200億円で取得すると発表した。テンセントも電気自動車大手テスラへの投資で注目を集めたが、こうしたIT分野にとどまらない貪欲な投資行動も株式時価総額を引き上げている材料となっている。

4.世界の株式市場をけん引するIT企業

11月30日のNY株式市場でダウ平均が初めて2万4000ドル台に乗せたが、これをけん引したのは大手IT株だった。IT株指数は年初から3割超上昇し、ダウ平均の約2割を大きく上回った。

7~9月期決算でもアマゾンの売上高は前年同期比34%増の437億ドル(約5兆円)と過去最高を更新したし、グーグルも33%増益と四半期ベースで過去最高益を更新している。

アメリカ年末商戦は11月23日の感謝祭から始まる序盤(27日まで)だけでネット通販は17%増え、オンラインのみで買い物をした人数が実店舗のみの人数を上回った。

5.心配なのは雇用だ

こうしたネット通販の急拡大は当然のことながら実店舗雇用を侵食する。たしかにアリババ・エフェクトには新規雇用の創出が含まれている。400万人ともいわれる宅配員がそれだ。宅配小包数は5年間で70億個から310億個にまで増えた。多くが地方からの出稼ぎで新たな雇用が消費を生む好循環が指摘されている。

しかしそのネット通販の約6割は元は実店舗の売り上げだったという。中国では昨年少なくとも70の大型店が閉鎖、チェーン小売店の従業員数も2012年と比べると8万人減っている(前掲11月12日付)。

打撃が深刻なのは衣料・雑貨小売りだという。なるほど衣料消費が多い若者たちはネット通販にもたけている。11月26日付日本経済新聞では国内ショッピングセンターに空き店舗が目立ち淘汰の波が押し寄せているという記事があった。テナント出店が3割減って退店数がそれを上回りはじめたようだ。やはり全テナントの2割を占める衣料の落ち込みが激しい。

もともとショッピングセンターは製造業の海外移転などで工場跡地が課題となって、自治体の誘致合戦で急増したものだ。すでにこの時点で雇用は減っている。そこにネット通販の波が押し寄せる。ショッピングに出かけなければ飲食店の集客も難しいだろう。グルメ情報もスマホを使えば無料で提供される。皮肉な見方をすれば、若者の消費スタイルの変化が若者の雇用機会を奪っているといえるのかもしれない。

6.だから物価は上がらない

この問題についてはすでに「AIデフレと日銀」で考えた⇒ポイント解説№119。ネット通販では同一商品を最安値で購入することができる。そのための情報提供は無料だ。したがって商品価格は最安値に向かい、さらにそれ以上の安値を競争するようになる。

最近では米アマゾンが外部業者の出品までアマゾン側の負担で値下げを始めたことが明らかになった。ウォルマート傘下のネット通販との競争環境の激化がその理由だという(11月7日付同上夕刊)。

これが長期にわたる異例の金融緩和によっても物価が伸び悩む「謎」の解のひとつだといわれるようになっている。しかし、そもそもそれは「謎」なのか。つまり量的緩和はデフレ克服に有効な政策なのか。この疑問はこのブログが始まって以来、常に問われていたことだ。

リフレ政策(通貨膨張政策)の要は「期待(予想)インフレ率」だ。2%なら2%という物価上昇率目標が消費を刺激するところにあるとされている。しかしそうした金融政策についてどれだけ広く理解されているというのだろうか。消費者はネット情報を通じて商品価格を、すなわち物価動向を認知するようになり、中央銀行の政策アナウンスよりはるかにリアルな実感をそこから得るだろう。

結局、今のところ金融緩和は物価上昇に結びつかず、カネ余りを生み株価上昇をもたらした⇒ポイント解説№121。そしてこの株価上昇による消費拡大という「資産効果」は一部の富裕層に限定されている。

アメリカの年末商戦でも富裕層が主役だという記事があった(11月25日付同上)。株高の恩恵でぜいたく品が好調である一方で、資産を持たない若年層や低所得層にはその恩恵は及びにくい。

だから金融緩和政策は巨大金融資本(ウォール街)への富の集中と、所得のそして消費の格差拡大をもたらしているだけだということになる。

7.個人情報資源

ネット通販にしろスマホ決済にしろ、アリババ・エフェクトに見られるように中国はこの分野で世界の先を走っているように見える。そのアリババの馬雲会長は「データは新しい石油になる」だと主張する。そう、アリババはサービスを提供する見返りに莫大な個人情報データを取得しているのだ。これがビッグデータ解析やAIが進化するなかで個人情報が丸裸になる懸念を日本経済新聞は指摘している(11月28日付)。

アリババ情報を利用する際、勤務先や学歴など個人情報を追加入力すれば信用力が高まり様々な特典が付くようになり、この特典目当てにこぞって個人情報を登録し、この「宝の山」に多くの企業が群がり始めている。これを国家が利用しない保証はどこにもない。 そしてこれは何もアリババに限ったことではない。多くのSNS、とりわけフェイスブックは実名が原則で勤務先や出身校などを入力して「友達」を増やす。友達の友達も次々と紹介され「いいね」欲しさに友達ネットワークは拡大していく。

12月3日付日本経済新聞でドキッとする記事があった。「あなたの信用 いいね!が左右」。「いいね」だけでなはくツイッターの「フォロワー」数が人の信用になり就職などにつながる、つまり「学歴よりSNS歴}という現象が生まれ始めているという。

問題点はふたつ指摘されている。ひとつは「虚構の信用」がビジネスになるということだ。フォロワー売買の専用アプリなどがそれだ。もうひとつはやはり「人生が丸裸になる」懸念だ。政府や企業がネット上のデータをすべて分析することなどAI技術にとって難しいことではない。

そして情報は「与える」だけではなく「与えられる」。利便性でつながり拡大するネットワークに与えられる情報がどのようなものか、フェイクニュースやロシアのSNS工作などの話題からもリアルにその危険性が浮かび上がってきている。

情報社会は情報操作社会でもあるわけだ。イギリスのEU離脱やアメリカの大統領選挙など重大な局面で「まさか」が連発する裏に、こうした情報操作が影響していたことは事実となってきている。情報を受ける側にとっては「まさか」でも、それを提供する側にとっては「まさか」でなはい。ここですでに情報は情報ではなくなっている。

急進展するネットサービスやこれを分析するAI技術、これらに対する規制はどこまでも追いつかないだろう。インターネットが普及し始めてから古くて新しくてさらにいっそう深刻になっている問題だ。

日誌資料

  1. 11/20

    ・ドイツ3党連立協議決裂 メルケル首相窮地に 欧州政治に不安定リスク <1>
    キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)、自由民主党、緑の党が難民・温暖化対策問題で溝
    ・10月対中輸出最大の1.3兆円 全体では14%増 貿易黒字は5カ月連続 <2>
    ・アリババ、スーパーに出資 中国大手に3200億円 実店舗へ進出加速
  2. 11/21

    ・北朝鮮を「テロ支援国家」に米が再指定(20日)、9年ぶり 「最大限の圧力」 <3>
    ・東南アジア成長加速 タイなど輸出がけん引
    ・若者の失業率、2年連続悪化 世界で13.1% 国際労働期間(ILO)発表
    ・独首相、少数与党政権に否定的 「再選挙、よりよい道」
  3. 11/22

    ・米、北朝鮮に追加制裁(21日) 中国企業含む14団体・個人、米国内資金凍結
    米国民との取引も 2週間かけ圧力拡大 中国に対応迫る 国有銀行指定も
    ・新興国、資金流入に一巡感 地政学リスクで慎重姿勢 米税制改革も逆風に
    ・独混迷、英EU離脱に暗雲 通商協議入り遅れも メルケル氏、弱まる指導力
    ・東アジア首脳会議、議長声明 北朝鮮非難、表現が軟化 「幾つかの国が非難」
    ・米「ネット中立」規制撤廃 ネット企業は反発
    動画などの回線料・追加料金で速度など通信会社に裁量 揺らぐ「ネットは公共財」
  4. 11/23

    ・英がEUと通商協定不成立に備え2年で4500億円産業支援
    ・森林環境税1人1000円 20年度以降、年620億円に 効果が不透明、バラマキ懸念
    観光促進税も2019年度で検討 1人1回出国につき1000円 使途限定、無駄遣い懸念
    ・中韓外相会談 日米韓連携にくさび THAAD問題などで関係改善へ
  5. 11/24

    ・英消費、EU離脱が重荷 ポンド下落で物価高 小売業は人員削減 <4>
    ・農業支援へ新大綱 政府TPP・日欧EPA受け 補正予算3000億円前後で調整
    ・日英、ミサイル共同開発 戦闘機用、米以外で初 技術移転、線引き議論も
  6. 11/25

    ・米やカナダのホテル名称変更、「トランプ」はずし イメージ悪化で集客難航
    ・米年末商戦、富裕層が主役 株高恩恵、ぜいたく品好調
  7. 11/26

    ・世界の貿易量急回復 中国起点、6年半ぶり伸び5.1%増(7-9月) <5>
    「スロートレード」(貿易の伸びが経済成長率下回る)解消へ
    ・世界株高に3リスク 中国経済 米低格付け債 投資家心理 小休止、警戒感映す
    ・ショッピングセンター、淘汰の波 身だつ空き店舗 テナント出店3割減 <6>
    ネット販売、若年層の人口減、SCの競争激化、人手不足 工場跡地に自治体誘致で開業も

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