週間国際経済2015(32)  11/04~11/10

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今週のポイント解説(32) 11/04~11/10

TPP関連文書公表

1.いまだに見えない「全容」

 11月5日、TPP関連文書が公表されました。いくつかのメディアでは「協定原案」の公表とされましたがこれは正確ではありません。協定本文は英文で600ページ、添付付属書を合わせると1000ページを超えると言われています。日本政府はこれを全文邦訳することなく「協定概要」(日本語)なるものを公開しただけです。ちなみに「交渉内容」は協定発効後も4年間秘匿するという守秘契約が結ばれています。

 やはり全文見たいですよね。検索してみるとニュージーランド政府がサイトに公開していました。膨大な英文ですからとても読み込めませんが、気になることがひとつ。「本協定は英語、スペイン語フランス語を等しく正文とする」となっています。つまり日本語の協定書案はないのです。誰かが翻訳するだろう、では困ります。協定書ですから誰が日本語にしてそれが合意された正文であるかどうかが大切です。

 政府配布の「概要」にも「協定に伴い法律改正の検討を要する事項」というものがあります。日本語の正文がないのにどうやって協定と改正された法律との整合性を判断するのでしょうか。そもそもなぜ日本語の協定案正文が作成されていないのでしょうか。TPPは実質的に日米EPA(経済連携協定)だと言われてきました。日米の二国間交渉が要だったはずです。12ヵ国でみるとほぼ日本語の協定案文書だけが公用語協定案正文として抜け落ちている、ぼくは内容以前にこれは不平等だと感じています。これを批准する際に、国会のそして世論の検証が正確に反映されない恐れがあります。

2.小出しにされる協定内容

 公表翌日だからしかたがないともいえますが、有力各紙では協定内容の紹介が断片的に記事になりました。日本経済新聞の一面では「海外滞在ビザが緩和」、このピントの外れかたには驚くと言うよりあきれます。意図を探ってしまいます(⇒ポイント解説27「TPP報道が気持ち悪い」参照)。

 それでもいくつか心配なことが出ていました。まずは関税に関しては7年後に見直すという内容です。政府は「聖域は守った」と言って、このこと(見直し前提)について明らかにしていませんでした。日本の関税撤廃率は参加国の中で際だって低いですから、これが見直しの対象となると考えるのが普通でしょう。

 日本側のメリットとされていた自動車輸出ですが、やはり現行2.5%がゼロになるのは25年後ですが、その後も輸入国にはセーフガード(輸入制限措置)をとることができるとなっています。これでは日本の自動車輸出の増加はいつになるやらわかりませんね。さらに課題となっていた自動車の安全基準ですが、ほとんどアメリカの安全基準が容認されています。アメリカからの自動車輸入はとっくに関税ゼロですから、非関税障壁とされていた安全基準容認はアメリカにとってかなり有利になったといえるでしょう。

 もうひとつ。「かんぽ生命」を外資系保険会社より優遇しないこと、外資は郵便局網を日本企業と同じ条件で利用できることが明記されています。やられた感、ありますね。「偶然」でしょうけど日本郵政株上場は、このTPP関連文書公表の前日(11月4日)でした。この協定案内容が事前にわかっていたら、あれだけ高い初値がついたかどうか疑わしいと思います。

 このように政府作成の「概要」ですら、日本にとって有利な前進が見当たりません。日本語の協定文正文がないのは不平等だと言いましたが、あるいは日本政府にとってはこれがお助けなのかもしれません。

3.見通し不透明な協定発効

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 アメリカでも5日、オバマ大統領がTPP合意内容を議会に通知して承認手続きを開始しました。議会での審議は来年の春から、つまり大統領選挙が過熱する時期に重なります。伝統的に自由貿易支持派の共和党ですが、オバマさんのレガシーとなる成果を野党の立場でどこまで支持できるでしょうか。与党民主党候補もTPP合意内容に批判的です。雇用の拡大に繋がらないならば選挙基盤のひとつである労働組合の支持が得がたいからです。だからですかね、オバマさんはしきりに「中国がルールを書いてもいいのか」と繰り返しています。自信があるならTPP合意内容を主張すればいいことですから。

 翌日の6日、米労働省が10月の雇用統計を発表しました。雇用者数は27万人増加で市場予測(18万人)を大幅に上回り雇用回復の目安とされる20万人増を3カ月ぶりに記録しました。これで年内利上げに追い風となったと報道されています。しかしFRBは慎重です。賃金が伸び悩み物価の上昇圧力がなお弱いからです。

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 記事によると、その理由は比較的賃金が安いサービス業が雇用回復をけん引しているためだということです。賃金が高い鉱業は雇用減が続き製造業も横ばいです。TPPの発効はこれら部門の雇用回復にマイナスの効果をもたらす可能性があります。したがって大統領候補たちはTPP批准を容認するにしても何らかの条件をつけるだろうと思います。そしてその条件が日本にとって有利になるとは考えられません。

 つまり大統領選挙で問われる景気回復政策にとっても、TPP合意内容は歓迎されるものではないのです。あれほどアメリカに譲歩した合意なのになぜ、と思いますよね。それはTPPの本質がアメリカにとっても国民の利益ではなくアメリカ多国籍企業の利益に大きく偏っているからだと、ぼくは考えています。

4.危険な「円安前提」のTPP論議

 日本のTPP報道は気持ち悪さを増しています。その不平等性や内政干渉のおそれなど根本的な問題から目をそらしています(気づいてないはずはないと思います)。全30章からなる全体のほんの一部である関税引き下げなどに焦点を当て、なんとか有利になるだろうことを拾い上げている様子です。

 安倍首相が主催する経済財政諮問会議では農水産品の輸出が現在の約6000億円から2兆円になるという試算などはその最たるもののひとつですが、気になることはこれらが現在のドル高円安を前提にした論議であるということです。

 各国のTPP批准手続きが順調に進んでも協定が発効するのは来年の秋以降になります。その時期もそれ以降も円安基調が持続するとは誰も予測できないことです。米利上げのタイミングと幅はどうなるのか。それによる途上国通貨売りはどれほどの規模に膨らむのか。中国経済の減速やユーロ圏経済の先行きに不安はないのか。原油などの供給過剰感は解消されないのか。そしてこれら材料が複合して円買いを促さないのか。

 さらに心配なこととして日銀の異次元量的緩和は持続可能なのか。だとしてもこれがどこかの時点でアメリカにとって為替操作だと判断されることはないのか。反対に輸入物価上昇によって消費者物価上昇率が2%目標を達成したとき、日銀は「出口戦略」を持っているのか。日本国債に対する信認低下から長期金利が上昇することは予想できないのか。 いずれにせよ、「円安前提」は非現実的なのだということができるでしょう。

 

日誌資料

11/04
・中国、新5カ年計画案公表 習主席「年平均6.5%以上が必要」
 「中高速成長の維持」 定年退職年齢引き上げ 人民元の国際化 一人っ子政策撤廃
・日本郵政株初値1631円 3社上場 公開価格上回る
 ゆうちょ銀1680円 かんぽ生命2929円 日経平均一時1万9000円台

11/05
・TPP関連文書公表 <1>
 関税、7年後見直し かんぽ優遇禁止 米の車安全基準一部容認
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・ASEAN拡大国防相会議 共同宣言を断念 南シナ海問題で米中攻防過熱

11/06
・米大統領、TPP承認手続き開始(合意内容を議会通知)来春にも審議入り<2>
 オバマ氏「批准に失敗すれば中国のような国がルールを作ってしまうだろう」
20151104_02
・TPP12ヵ国が「通貨安競争を回避」共同宣言まとめ
・習主席ベトナム訪問 チョン書記長と首脳会談(5日ハノイ)
 南シナ海、インフラ建設協力など協議 ベトナム側「軍事より開発推進を」
・ユーロ圏景気、先行き警戒 欧州委16年物価上昇率見通し1.0%に下げ
0.5ポイント下方修正 中国減速・米利上げ影響、下振れリスク

11/07
・米雇用、10月27万人増に回復 年内利上げ追い風に <3>
 市場予測(18万人)上回るも賃金なお低迷 雇用回復はサービス業がけん引
 長期金利は急上昇 円下落、123円
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11/08
・中台首脳が初会談 分断66年、歴史的握手「一つの中国」確認 <4>
 新たな関係、対等演出 日米、歓迎と警戒
 中台改善は1月総統選が試金石 与党国民党、野党民進党(独立志向)にリード許す
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11/09
・中国、輸出4カ月連続減 10月6.9%減 輸入は18.8%、内需弱く <5>
 貿易総額は前年同月比12%減少 8カ月連続でマイナス 貿易収支は約7.5兆円の黒字
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11/10
・日本、上期(4-9月)経常黒字が前年同期比4.3倍の8.6兆円 <6>
 訪日客急増など寄与 貿易収支は4200億円赤字 第1次所得収支は10兆円超え
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・厚労省調査 夏ボーナス2.8%減 経団連調査と開き
 パート労働者比率0.75ポイント上昇の30.5% 65歳以上の就業者数も7.2%増

 

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