週間国際経済2016(18) No.57
05/17~05/23

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今週のポイント解説(18) 05/17~05/23

サミット議長国日本

1.「リーマン前に似ている」

 伊勢志摩サミット、G7(主要国首脳会議)が5月26日に開幕した。開催地が議長国を務め、これは7ヵ国持ち回りだから日本は2008年の洞爺湖サミット以来の議長国として会議に臨んだ。

 そこで安倍首相は26日の討議に「参考データ」を提出し、今の世界経済がリーマン危機前に似ていると指摘した。その日までそんなことは誰も言っていない。事前に仙台で開催された財務相・中央銀行総裁会議では世界経済は「過度な悲観論が後退した」という認識が共有されたし、直前の日米首脳会談でも「リーマン前」という言葉は一言も出なかった。

 それでも安倍首相は「(2008年の)洞爺湖サミットは危機を防ぐことができなかった。そのてつを踏みたくない」とこじつけて議長国の特権としてこれを議題にしたのだ。4ページの資料にはいずれのページにも「リーマン・ショック」という単語が盛り込まれていたという。なにか類似した傾向を示す統計を探してきたのだろう。いちいちそれらに反論する気にもなれないが、リーマン危機前とは全く異なる傾向を示す統計はいくらでも出すことができるだろう。

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 まず、これは怪文書だ。誰がどういった責任で作成したのかもわからない(野党はそれを追及したがっているが国会会期は残っていない)。少なくともこうした認識は日本政府の認識ではないことはたしかだ。サミット開幕3日前の5月23日「月例経済報告に関する閣僚会議」が開催され5月の月例経済報告がなされた。安倍首相はこれを了解している。そこでは「(世界経済は)全体としては緩やかに回復している」、先行きは「緩やかな回復に向かうことが期待される」とある。それがいきなり「リーマン前に似ている」となった。3日間で政府の認識が変わったとでも言うのだろうか。しかも他でもない、主要国首脳たちの目の前に出す資料なのだ。

2.消費税率引き上げ延期

 言うまでもないことだが、この「怪事件」は消費税率引き上げ延期のための布石だった。2014年11月18日、安倍首相は官邸で記者会見を開き2015年10月に予定していた消費税10%への引き上げを2017年4月まで延期し、この信を問うために衆議院を解散し総選挙に踏み切る考えを表明した。そしてこのとき「再び延期することは絶対にない」と断言した。景気判断条項を付することもなくだ。ただし「リーマン・ショックや東日本大震災級の事態にならない限り」と付け足した。この約束は熊本大地震のあとにも国会答弁で繰り返されていた。

 驚くべきことに、この有権者に対する約束を覆すためにサミットを議長国の立場を使って利用しようとしたのだ。もちろん今の世界経済が「リーマン前に似ている」という認識は共有されなかった。それでも安倍首相はそのサミット閉幕会見で「リーマン・ショック」という言葉をこれでもかと7回使った。そしてその翌日28日に消費税10%への引き上げをさらに2年半延期する意向を与党幹部らに伝えたのだった。

 もちろんこの作戦はバレバレだ。英紙フィナンシャルタイムズはご丁寧にも「世界経済が着実に成長する中、安倍氏が説得力のない2008年との比較を持ち出したのは安倍氏の増税延期計画を意味している」と指摘した。そんなことあなたに言われなくても分かっている。

3.外交儀礼

 サミット議長国の顔を立てることは外交儀礼だ。さぞかし各国首脳たちは眉をしかめたりあるいは吹き出したりしたことだろう。それでも議長の顔をつぶすようなことはしない。大過なくやり過ごそうとするだろう。

 議長安倍氏の外交儀礼はどうだろう。もちろん各国首脳と認識を共有できるとは思ってはいなかっただろう。だとすれば、参席者と認識を共有する気もないことを議題にした議長だったのだ。

 オバマ米大統領は、そのリーマン・ショックのなかから生まれた大統領だった。異例の財政出動と金融緩和で危機を脱出し、今や完全雇用水準にまで達している。レガシー(遺産)好きなオバマ氏のことだ。これはおおいなる自負だろう。しかし安倍氏はそのリーマン・ショック前に戻っていますよねとオバマ氏を説得しようとしたのだ。アメリカはそうした金融危機を前にして利上げをしようとしてますよね、と。

 多くの首脳たちが口を濁す中、キャメロン英首相だけは「危機とまでいうのはどうか」と反論したと伝えられている。当然だろう。前段の7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)ではイギリスのEU離脱問題が「目先最大のリスク」だとの認識で一致した。EU残留を主張するキャメロン首相にとって、ここまではEU離脱派を説得するためにも了解できるだろうが、その直後に安倍氏にリーマン・ショック並みの危機が再発すると迫られたのだ。脈絡からしてその最大のリスクの責任を負わされかねないのだ。

 サミット前から安倍首相は「財政出動」にとことんこだわっていた。消費税率引き上げ延期は広い意味での財政出動になる。予定されていた増税が延期されれば減税だと考えることができるからだ。しかし日本単独での財政出動が世界経済の危機への対応だとするには無理がある。そこで財政余力のあるドイツの財政出動にさかんに働きかけていた。メルケル首相にとって、これは内政干渉に違いない。ましてや彼女は緊縮財政のもとで好景気を維持してきたという自負がある。フランスもイタリアもドイツの財政を当てにしているところへ横から口を挟まれた格好だ。

 総理、失礼ですが何をおっしゃっているのかおわかりですか?わかっていらっしゃるのでしたら、失礼ですが、なりふり構わないということでしょか。つぎにお尋ねすることは失礼にあたるとは思いません。納税者としての問いです。

4.リーマン前だと考えているのだとしたら

 安倍首相は消費税率引き上げを「再び延期することはない」と断言していた。アベノミクスによってデフレ克服が目前だからだと。しかし再延期の理由をアベノミクスの失敗と認めるわけにはいかない。だから世界経済が「リーマン前に似てる」からだと言い出した。そしてその考えをサミット議長として主要国首脳に訴えた。認識の間違えならば誰にでもあることだ。しかし仮に、そう考えてもいないのに訴えたのならあまりにも不誠実だ。

 サミット開幕の10日前、5月18日に日本政府は「骨太の方針」の素案と「ニッポン一億総活躍プラン」をまとめた。そこでは2021年までに名目GDPが600兆円になるとされている。現在500兆円ほどだから5年後に100兆円増える、つまり毎年平均3%程度の成長を見込んでいることになる。日本の潜在成長率は0.2%だと算出されているから、よほどの世界的好景気が追い風になると考えていることになる。来年度末には待機児童はゼロになる。だから出生率は2025年度には1.8になる。そのときには介護離職者もゼロになる。介護士給与を来年度から1万円上げるからだという。

 ところがその10日後には世界経済は「リーマン前に似てる」と言い出したのだ。

 アベノミクスの看板は「株高」だ。この株価を下支えしているのが公的マネー、日銀と年金だ。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は150兆円にものぼる資産の5割を株式で運用するつもりだ(たった80人の職員で)。株式運用比率は安倍政権になって約10%から25%そして50%へと倍々に増えている。昨年7-9月の運用損失は7.9兆円だったと発表されて以来、運用成績は公表されないことになった。それでも株式投資額は確実に増えている。「リーマン前に似てる」と思っているにもかかわらずにだ。

 経済成長率は昨年後半の2四半期連続でマイナスになり、今年1-3月期も実質ゼロ成長だった。昨年の実質賃金はマイナス0.1%、これで5年連続減少した。デフレ克服は目前だと言うが4月の消費者物価は0.3%下落して2カ月連続のマイナスだ。

 2014年11月に消費税率引き上げ延期を決めて以降のアベノミクスの成績簿は、来年4月の増税に耐えられないものだとする考えもわからないではない。それはそれでどこがどう悪かったのか成績簿から導き出すべきだ。「リーマン前に似てる」からだというのはどうしても話が耳に入らない。

5.議長国の責任

 それにしても今回のサミットは日本で開催されたにもかかわらず、その内容がほとんど報道されなかった。厳重な警備と、サミット後のオバマ氏広島訪問の感動的ドラマしか伝わらない。

 今年のサミットは、たとえどこで開催されようと例年以上に重要なサミットだったはずだと思う。何度も指摘しているように昨年から世界金融の潮目は変わっている。アメリカの利上げリスク、利上げしないリスク、途上国からの資金流出への対策、パナマ文書が騒がす税金逃れへの対応。主要国首脳がどのような認識を一致させるのか、サミットの意義が大きく凋落しているとはいえ、だからこそここが踏ん張りどころだったと思う。

 その主役は誰が作成したかもわからない4ページの「リーマン前に似てる」怪文書だったとは。まったくの予想外だった。

 それでも直後の世論調査では内閣支持率は上昇している。日本経済新聞ではサミットでの安倍首相の働きぶりは62%が「評価」し、なんといってもオバマ氏の広島の訪問が92%「評価」という高得点をたたき出した。

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 どうも安倍氏は上手く乗り切ったようだ。さて、日本は上手く乗り切れるのだろうか。ここからが正念場だ。

 

日誌資料

05/17
・国債購入海外勢27%に マイナス金利導入3カ月 <1>
 全体残高に占める海外保有比率は昨年末時点で10.6%と初めて1割超える
 預金利息目減り(737億円) 5大銀行グループ3月期利益合計は前期比5%減
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・米財務省高官 円相場は「秩序的」(16日) 介入さや当て続く

05/18
・GDP実質1.7%増(1-3月期年率 前期比0.4%増)うるう年でかさ上げ
 うるう年かさ上げ分を除くと実勢0%台 設備投資は3四半期ぶり減(1.4%)
 潜在成長率0.2%に低迷 課題は労働人口・設備投資・生産性向上 <2>
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05/19
・政府「ニッポン一億総活躍プラン」策定 働き方改革GDP600兆円へ
 訪日外国人20年に4000万人 25年に出生率1.8、介護離職ゼロ
・岡田民進党代表 消費税率10%引き上げ「19年4月まで2年延期を」提案
・米利上げ「6月が適切」FOMC(4月米連邦公開市場委員会)議事要旨公表<3>
 市場リスクは和らぐも英EU離脱が不安要素  円が大幅下落一時110円台に
20160517_03
・米国際貿易委員会報告書「TPP、米経済に好影響」 2032年GDP増0.15%寄与
 所得は0.23%、雇用は0.07%押し上げ 輸出は1.0%、輸入は1.1%増

05/20
・台湾総統に蔡英文氏が就任 「中台関係を発展」「TPP加入推進」
 独立ひとまず封印も「一つの中国」は認めず 中国「未完成」と不満
・実質賃金、5年連続減 15年度0.1%マイナス <4>
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05/21
・G7主要7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議開幕(20日仙台) 
 英EU離脱「目先最大のリスク」認識一致 「中国など行き過ぎた悲観論は後退」
・日銀、国庫納付を大幅減 昨年度「出口」に備え引当金4500億円積む
 政府納付金2500億円以上減 異次元緩和のコストが国民に転嫁
 日銀保有国債349億円、3年間で2.8倍に 長期金利1%上昇で保有国債時価21兆円減少
・日米財務相会談で米「通貨安競争回避を」 G7では介入巡る対立封印
・訪日消費曲がり角? 百貨店、免税店売上高3年ぶり減

05/22
・G7閉幕 財政出動、各国が判断 税逃れ対策を強化
 議長国日本が訴える財政出動は賛同得られず イギリス、ドイツは慎重

05/23
・アジア・オセアニア干ばつ猛威 農産物減、経済に逆風 <5>
 「エルニーニョ現象」による猛暑 成長率下げ予測も
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・日本貿易黒字3カ月連続 4月8235億円 円高、原油安で <6>
 前年同期比で輸入は23.3%減 輸出は10.1%減で7カ月連続の減少
20160517_06

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