週間国際経済2023(35) No.369 11/08~11/14

今週のポイント解説 11/08~11/14

なんだかモヤモヤする半導体の対中輸出規制

中国、半導体装置輸入9割増

アメリカ政府が中国への半導体製造装置輸出規制を強化しています。これに、アメリカに次ぐシェア2位のオランダ、3位の日本も追随すると表明しています。ところが今年7~9月、中国の半導体製造装置輸入額は前年同期比で93%も増えています。国別ではオランダ製が6.1倍になりました(11月14日付日本経済新聞)。

専門アナリストは、「駆け込み発注をしていた可能性がある」と指摘しています。そうだとして、なぜオランダ製の発注が突出して多いのでしょう。「駆け込み」というのなら、日本製も同じように増えてもおかしくないと思うのですが。しかしこの期間、中国の装置輸入元に占める割合は日本が32%から25%に減る中で、オランダは15%から30%に急拡大していると言います。なんだかモヤモヤします。

アメリカに「追随」

昨年11月3日のことです。レモンド米商務長官が先端半導体の対中輸出規制について「日本とオランダが私たちに追随するだろう」と語りました。アメリカの政府高官が対中輸出規制で個別の国を名指しするのは初めてだということです(2022年11月6日付同上)。

すでに、アメリカの技術を使っていたら規制の対象になり、韓国や台湾はこれに該当します。でも日本とオランダはアメリカの技術に依存していない製品があります。だから「追随」と言っているのです。世界の半導体製造装置市場はアメリカ企業が首位、2位がオランダ企業、そして3位が日本の東京エレクトロンです。その東京エレクトロンの対中輸出は全体の4分の1を占めていました。そして日本の半導体製造装置の輸出額は、輸出全体の4%以上になります。おいそれと「追随」するわけにはいかないと思っていました。

しかし今年の7月23日、日本政府は先端半導体の製造装置など23品目を輸出管理の規制対象に加えました。事実上、アメリカの規制に「追随」したことになります。遅れて9月には、オランダも輸出管理の厳格化を発表しました。

中国は半導体製造装置の30%を日本からの輸入に依存しています。ですから中国はそうとう困るでしょう。でも日本企業も最大のお得意さんを失うのです。それが「経済安全保障」というものなのでしょうけど、ぼくは割り切れない気持ちでした。

韓国と台湾は猶予

アメリカ政府が対中半導体輸出規制を決めたのは2022年10月、でも中国は世界の半導体消費の3分の1近くを占めています。いきなり中国に輸出するなといってもキツいですよね。そこでアメリカの技術を採用している韓国企業(サムスン、SK)や台湾企業(TSMC)に1年間の猶予を与えていました。サムスンなどは中国に生産拠点を持っていますからね。そしてアメリカ政府は今年8月、10月に切れるその猶予期間を延長する方針を固めました。

そして10月13日、アメリカ商務相は韓国サムスン電子とSKハイニックスに半導体製造装置の対中輸出を無期限で許可すると発表しました。台湾のTSMCにも1年間猶予期間を延長し、これについてTSMCは無期限免除となる見通しを示しました(10月15日付同上)。

これはどういうことだ。ぼくのモヤモヤは高まります。アメリカの技術を使っている韓国や台湾は事実上規制外になり、アメリカの技術に依存していない日本企業はアメリカに忖度して「追随」し、2ヶ月遅れで管理厳格化を表明したオランダ企業ASMLは6倍以上輸出を増やしているのですから。

すごく損をした気がする

中国が仕返しをしないわけがない、オーストラリアも台湾もえらい目に遭っています。日本が対中輸出規制を発表したのが7月23日、8月24日に福島原発の処理水放出が開始され、同日中国が日本産水産物輸入を全面的に停止すると発表しました。その8月だけでも日本の中国への食料品輸出は前年同月比で41%も減ったのです。そして水産物は、9月にはついにゼロになりました。

一方、今年の7~9月、日本のGDPは年率で2.1%もマイナスになりました。物価高で個人消費が0.04%減ったこともありますが、なんといっても設備投資が前期比で0.6%減と2四半期連続で減少したことが響いています。そのなかでも特に半導体製造装置関連の投資の落ち込みが顕著なのです(11月15日付同上夕刊)。10月も半導体製造装置の輸出は前年同期比で18.2%減少しています。これでは国内でいくら半導体分野に補助金を投じても、海外顧客が失われたままでその産業の持続的成長は可能でしょうか。

損をしたといえば、たとえばインバウンドです。10月には訪日客がコロナ前を超えましたが、中国からはコロナ前の35%にとどまり、9月よりさらに21%も減っています。10月には中国で国慶節の大型連休があったにもかかわらずに、です。

そんな損には目をつぶれ、安全保障のためだから、とでも言うのでしょうか。

「経済安全保障」がモヤモヤする

なぜ、韓国や台湾は規制を免れたのでしょう。もちろんインチキなどしていません。政府が先頭に立ってアメリカ議会に徹底したロビー活動を展開したからです。原発事故で長く苦しめられた福島をはじめとする原発事故周辺の漁業関係者の悲しみ。中国が日本産水産物輸入の全面停止を発表したとき、農水大臣は「想定外だ」とほざいていました。岸田さんも「科学的根拠に基づいて粘り強く交渉する」とか言って済ましています。ちゃんと事前に根回しの努力をしましたか?

その日本政府が追随するアメリカ。米中首脳会談については、また次回にでもしっかり整理することにしましょう。問題はバイデン政権がこのサンフランシスコでの会談に向けてどれだけ外交努力を重ねてきたかということです。国務長官をはじめとして、財務長官も商務長官も、上院民主党院内総務もほぼほぼ間を空けずに連続して中国を訪問してきました。

岸田政権にいったいどのような対中外交実績があるでしょうか。外交もしない安全保障がありうるのですか。経済安全保障とは、経済を切り捨てた安全保障なのですか。それでどうやって賃上げを実現するというのでしょう。

台湾有事は日本の有事だと自民党保守派は言います。だから対中輸出規制は安全保障だと。でもね、その当事者の台湾企業はアメリカの対中規制を許されているわけです。それも世界トップの半導体メーカーであるTSMCですよ。

バイデン政権は10月17日、対中半導体輸出規制を、中国本土だけでなく世界各地の中国企業の子会社、また「中国と関係が近いおよそ45の国」も輸出規制の対象にすると発表しています。これからどの分野が追加されるかわかりません。

日本のハイテク分野の将来のためにも、アメリカの言いなりではない「経済安全保障」について体系的、具体的に説明してくれないかぎり、このモヤモヤが晴れることはないでしょう。

日誌資料

  1. 11/08

    ・中国、輸出停滞が長期化 10月、6ヶ月連続マイナスに 貿易黒字3割減 <1>
    ・所得減税「還元ではない」自民・宮沢税調会長インタビュー 赤字国債頼みに警鐘
    ・米カード延滞率高水準 12年ぶり8%超 金利高で家計負担 <2>
    米堅調消費、持続力に影 低所得者に余力乏しく 学生ローンも重荷
  2. 11/09

    ・G7外相声明 戦闘の人道的休止支持 3正面対応に危機感
    ・トランプ氏「不正は裁判所に」 一族経営企業、金融詐欺巡る訴訟
    ・ウクライナ加盟交渉入り勧告 欧州委、汚職対策を評価 欧米の結束カギ
    ・首相、年内解散を断念 支持率低迷 経済対策に専念
    ・経常黒字3倍12.7兆円 4~9月 年度半期ベースで最大 <3>
    第1次所得(海外の利子・配当収入)増、貿易赤字縮小が押し上げ
  3. 11/10

    ・米中経済閣僚が会談 イエレン米財務長官「健全な関係を築きたい」
    ・ガザ戦闘、1日4時間休止 イスラエル、人道目的 米高官発表
  4. 11/11

    ・補正予算案13.1兆円 「金利ある世界」利払い懸念 財政「平時」に戻らず<4>
    国債8.8兆円増発、年44兆円に
    ・米国債格付け見通し下げ ムーディーズ 議会混乱で「ネガティブ」に
    「安全資産」に売り圧力 円、33年ぶり安値最接近 ドル高誘う5%キャリー
    ・習氏、6年半ぶり訪米へ 14~17日 バイデン氏と会談
    ・ガザ学校空爆50人死亡か イスラエル、病院攻撃規定 仏大統領、空爆停止を要求
    ・欧州利下げ「数四半期ない」 ラガルドECB総裁 引締め継続強調
  5. 11/12

    ・中国発EC、米で急伸 TemuとSHEIN 利用者合計、アマゾンに迫る <5>
    安さ支持、米政府は警戒
    ・ガザ衝突 偽画像が拡散 生成AIで作成か SNSで対立煽る
    100万回以上閲覧が20件 大半がXの有料アカウント
  6. 11/13

    ・ガザ病院、燃料不足で死者 新生児など12人 民間への被害拡大
    ・欧州各地で大規模でも ロンドン、パレスチナ連帯30万人 パリ、反ユダヤに抗議
  7. 11/14

    ・中国、規制下でも輸入急増 半導体装置9割増 7~9月 オランダ製が急増
    ・岸田政権、再び辞任ドミノ 野党、「適材適所」疑義と追求 <6>
    ・米中軍事対話「中国前向き」 15日首脳会談 米高官、再開巡り見解
※PDFでもご覧いただけます
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