週間国際経済2021(30) No.280 09/11~09/19

今週のポイント解説(30) 09/11~09/19

中国はどうなっているのか その1.中国経済の壁

1.米中覇権交代はあるのか

世間では「恒大ショック」で大騒ぎですが、その話をする前にまず、今中国がどうなっているのか、ぼくなりの見方を整理しておきたいと思います。どうも今学期は中国関連の話題が増えそうですので、3回くらいのシリーズを想定しています。

さて、学生の皆さんの受講コメントでは、中国がアメリカを追い抜いて世界一の経済大国になることは不安だという意見が昨年から急に増えてきています。日本にとって、世界一のアメリカにずっと付いてきてきたという安心感は絶大でした。それが中国に取って代わられたら心配だというのは当然だと思います。たしかに急成長する中国経済規模は日本を抜き、コロナ・パンデミックのなかでアメリカの背中に迫っています。10年もしないうちに米中のGDPは逆転するだろうという予想が一般的になっています。

結論から言うとぼくは、それでも覇権交代はないと思っています。「覇権(ヘゲモニー)」という言葉は、イタリアの政治学者アントニオ・グラムシによって「合意された支配」と定義されていて、ぼくはずっとこの定義に従って覇権という言葉を使ってきました。そして戦後アメリカの覇権の土台は、「ドル覇権」だったと考えています。

ですから、ドルと人民元の地位の逆転はありえない、ドルの覇権がたとえ失墜したとしても人民元がそれに取って代わることはないという理由から、覇権交代は非現実的だと。

国際通貨の条件は「利便性」と「信認」だと言われています。人民元は中国政府によって厳しい資本規制のもとにおかれています。つまり自由に、制限なく人民元をドルやユーロに両替することはできません。ですから国際的取引の決済通貨として不便なのです。だからといって資本規制を緩めれば、人民元はどんどん他の通貨に両替されてしまうでしょう。これは中国からの大規模な資金流出と中国金融システムの大混乱を意味します。

ではなぜ人民元は規制がなければ他の通貨に両替されてしまうのでしょうか。それは「信認」に欠けているからです。中国経済に対する信認ではなく、中国政府に対する信認です。より正確には共産党一党支配に対する信認を世界市場が「合意」できないからです。

しかし一方で、中国経済の成り行きが世界経済に与える影響は、ある意味ではアメリカ経済より大きいかもしれません。なぜなら中国経済はアメリカ経済より「不透明」だからです。信認に欠けるということは、それだけ世界がリスクに敏感になるからです。

その中国経済が今、成長の壁に突き当たっています。そして「利便性」と「信認」をさらに悪化させているとぼくは感じています。今回は、その成長の壁を4つ指摘します。

2.中国経済の壁その1.計画経済

3月5日に中国の全国人民代表大会(国会に相当)で政府活動報告がありました。ぼくが注目したのは21~25年の第14次5カ年計画で経済成長率目標が設定されなかったことです。中国政府は中国経済を「社会主義市場経済」と呼んでいます。謎のネーミングです。市場経済とは需要と供給の均衡を価格メカニズムに委ねる経済ですね。対して計画経済は需要と供給を計画する経済です。社会主義市場経済というのは、市場経済を共産党が指導する体制だといえるでしょう。

ですから5カ年計画というものがあって、期間中の平均経済成長率目標があるということは共産党による指導の前提というか建て前であるわけです。これは国民に「共産党に任せる」という信頼の要でもありました。それを設定しない、できないというところに「成長の壁」を感じたのでした。

経済成長率はGDPの増加率で、GDPは消費と投資と貿易黒字の合計です。中国の驚異的な経済成長は、政府投資と輸出の急増に依存してきましたから、民間消費の比重が比較的小さいことが特徴です。でももうこれまでのような輸出(外需)の持続的増大は見込めない、だから中国政府は国内需要も強化する「双循環」という成長モデルに移行すると言っています。

しかし、輸出は外国企業が中国で製造して輸出しても中国の輸出です。一方、たしかに中国国内市場は巨大ですが、年間何%も国内消費が増えるとは思えません。そのネガティブな要素が「人口」なのです。中国経済で人口は、これまで最もポジティブな要素でしたよね。

3.中国経済の壁その2.人口減少

中国国家統計局は2020年に実施した国勢調査の結果を発表しました。中国の国勢調査は10年に一度実施されます。調査によると過去10年で高齢者が6割増えて総人口に占める割合が13.5%に達したということです。国際基準(WHO)ではこの数値が14%を超えると「高齢社会」です。一方で、生産年齢人口(15~64歳)は3.2%減りました。国勢調査で初めての減少です。また昨年の出生数は前年比2割減となっています。

中国の人口増加は2030年にピークを迎えると予測されていましたが、もっと早くなりそうです。そこに高齢社会への移行が重なります。

中国経済成長のエンジンは、まず若くて安い労働力でした。この低賃金労働力は農村から都市への人口流入で供給されてきました。そこにブレーキがかかり、都市部では物価も高く教育費の負担も重く、少子化が加速します。かつての「一人っ子政策」をあらため、2人までいいとか、3人まで認めるとか、効果があるとは誰も思っていません。

この状態で内需を強化するといっても、実質賃金は増えず、高齢社会を支える社会保障費は膨らみます。なのに個人消費がかつてなく増えるとか、これに対する国内向け生産がおおいに増えるとか、とてもじゃないですが考えにくいですよね。

4.中国経済の壁その3.米中デカップリング

トランプ政権は中国からの輸入に対して大幅に関税を引上げ、中国もこれに対抗し、「貿易戦争」と呼ばれる騒ぎでした。バイデン政権になっても「終戦」していません。トランプ関税は一切そのままです。むしろ貿易戦争はさらに泥沼化しています。

トランプ関税でアメリカは、いかに中国製品に依存してきたかを痛感しました。コロナ禍でその痛みは増します。マスクなど医療製品などはその代表でした。また巣ごもり消費で半導体の需要が急増し、争奪戦となりました。そこでバイデンさんは、サプライチェーン(供給網)の脱中国再構築を目指します。

貿易だけではありません。バイデン政権は、中国企業のアメリカ金融市場での資金調達に対する規制も厳格化しました。中国政府も中国企業がNY市場に上場することに圧力をかけています。マネーもデカップリング(切り離し)が進行しているのです。

中国経済における豊富な労働力という比較優位は、大胆な外国資金の呼び入れがあって初めて高度経済成長に結びついてきました。その労働力と外国資金という2つのエンジンが、同時にエンストしようとしているのです。

エンストといっても、それで中国経済成長がストップするわけではありません。中国経済が改革・開放される時代とは、中国の資金力も技術力も国内購買力も比べものにならないからです。しかし壁は壁です。そして壁に突き当たってみると、それまで急成長の影に潜んでいた貧富の格差が深刻な問題として浮上してきます。今貧しい人々が将来豊かになる可能性がしぼんでいくからです。

5.中国経済の壁その4,習1強体制

習近平さんは、国家主席は2期10年までという憲法を改正し、来年3期目を目指しています。こんなこと簡単にできることではありません。中国共産党エリートの出世競争は熾烈です。それなりの権力交代とそれにともなう世代交代がなくなれば不満が爆発しかねません。習近平さんは膨大な数のライバルたちを粛正し、「1強」体制を築いてきました。

でもそれは、確たる地位でしょうか。ぼくは中国事情通ではありませんが、権力闘争なき中国共産党など想像もできません。中国国民は、よしんば共産一党支配は容認できたとしても習1強支配をいつまで受容することができるでしょうか。そこに「成長の壁」と「格差」への不満が日々増していくわけですから。

習近平体制3期目は来年秋にその可否が問われます。つまり残り1年です。習近平さんは国民の不満の背景に権力闘争の影を見るでしょう。ですから締め上げます。成長という恩恵を施すことができればまだしも、成長は壁に突き当たっていますから、締め上げるほかないのでしょう。

そしてこの国内不満の締め上げがまた、「成長の壁」となるのです。エンタメもアイドルもゲームもカリスマも、すべてのインフルエンサーの存在そのものを厳しく規制すれば、国内消費が萎縮するのがふつうでしょう。

中国が一番になることが不安だった学生の皆さん、安心してはいけません。中国の成長の壁は世界の成長の壁に結びついています。切り離せないものを切り離すデカップリングは、国際経済最大のリスクです。次回もこの問題を考えます。

日誌資料

  1. 09/11

    ・米中、衝突回避へ対話継続 首脳7ヶ月ぶり電話協議
    ・バイデン氏「団結が強み」 米同時多発テロ20年で追悼
    ・バイデン政権の接種義務化 米共和党知事が猛反発 「自由侵害」訴訟の構え
  2. 09/12

    ・日本車6社、減産100万台超 2年連続で大規模に 半導体、東南ア供給減打撃
  3. 09/13

    ・北朝鮮、巡航ミサイル「成功」 朝鮮中央通信 長距離の新型
  4. 09/14

    ・接種2回完了、5割超 国内、高齢者は9割に 世代差なお大きく <1>
    ・英、接種証明導入せず イングランドで計画 反対意見根強く
    ・中国景気に減速感 8月生産5.3%増止まり 世界経済の変調映す
    内需、感染封じ込めで停滞
  5. 09/15

    ・日経平均31年ぶり高値 政策期待、感染減も好感 海外勢再び流入
    ・米世帯所得2.9%減 昨年、9年ぶり減少幅 コロナ響く
    ・習思想でネット統制強化 中国 共産党批判を徹底監視
  6. 09/16

    ・北朝鮮、米韓に揺さぶり ミサイル発射、韓国SLBMに反発か
    ・米英、豪の原潜配備を支援 中国念頭に抑止力 安保新枠組み合意
    ・貿易赤字、3ヶ月ぶり 8月 輸出26%増も原油高響く <2>
  7. 09/17

    ・中国、TPP加盟を申請 アジア貿易で主導権狙う <3> <4>
    参加のハードルは高く 試される国際秩序 貿易・安保切り離せず
    ・EU、対中関係を転換 インド太平洋戦略 台湾と関係強化
    ・イタリア 接種か陰性証明 全職場で義務 欧州初
    ・家計金融資産1992兆円 6月末 過去最高更新
  8. 09/18

    ・米中物流、海上運賃6倍に 急速な経済回復 コロナ再拡大 <5>
    ・イラン、中ロ主導組織加盟へ 上海協力機構が合意 米への対抗軸強める <6>
    ・仏、米・豪から大使召還 豪の潜水艦計画変更に抗議
    ・ホンダ、国内6割減産 8~9月、半導体不足響く
  9. 09/19

    ・日米豪印で半導体供給網 中国念頭に「安全性を強化」 首脳文書案
※PDFでもご覧いただけます
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