週間国際経済2020(28) No.239 09/27~10/03

今週のポイント解説(28) 09/27~10/03

なぜトランプさんは最高裁判事の後任人事を急ぐのか

1.なぜトランプさんの支持層は「岩盤」なのか

キャラが立っているだけでは賞味期限は4年も持たない。「自国第一主義」とやらの一方的な関税引き上げ連発は空砲に終わった。なにより新型コロナ感染には無策だったため世界で最も多くの犠牲者を出し、自分も感染して、自分で感染を拡大している。それでもトランプさんのコアな支持層は固い。

3年前のブログで、アメリカのメディアがトランプ政治を「犬笛政治(dog-whistle-politic)と呼んでいることを紹介した(⇒ポイント解説№124)。犬笛は犬にしか聞こえない、つまり特定の集団にしか理解できない政治を意味する。こんなことをすると国民は分裂し、対立する。それが深まるほど、特定の集団は岩盤支持層になる。

この特定の集団については、ぼくは2年前にブログで書いた(⇒ポイント解説№155)。そのひとつがラスト・ベルト、アメリカ製造業の拠点であった中西部から北東部の「錆びた町」。トランプさんは貿易戦争でこの地域の支持を得た。

もうひとつが、中西部から南東部にかけて広がる「バイブル・ベルト」だ。この地域は保守的キリスト教(福音派)の影響が強い。白人の福音派はアメリカ全人口の25%を占めている。トランプ外交の国際的合意を無視したイスラエル肩入れは、彼らを大喜びさせた。

またこの地域は、南北戦争の南軍の中心だったという歴史的背景もあって、いわゆる白人至上主義者の拠点が多く存在している。トランプさんは彼らのヘイト行為を一度も批判したことがない。

そしてこれら地域は、アメリカ共和党と民主党の選挙「激戦区」だ。ここで僅差でも勝った候補は圧倒的に有利になる。トランプさんがここで支持を固めることができれば勝てる可能性が高く、逆にここで見放されれば勝てる見込みがなくなる。

トランプ大統領は国民統合のリーダーではなくて、アメリカ社会の分裂と対立の、その片方のアイドルなのだ。

2.三権分立

アメリカ大統領(ホワイトハウス行政府)の権力は絶大だ。立法府(上下院議会)が決めた予算や法案を拒否できるし(上下院3分の2で再可決)、議会頭越しの「大統領令」を発動することもできる。でも憲法違反は、できない。それを判断するのが、最高裁だ。この最高裁判事(9人)は大統領が指名して、その任命には上院の同意が必要だ。

ただし、最高裁判事は終身制だ(自分の意思で引退はできる)。4年任期の大統領やときの議会多数派に左右されない政治的中立性を保つためだ。日本では考えられないことだが、アメリカではこの9人の最高裁判事は「ザ・ナイン」と敬意をこめて呼ばれ、個々の名前も広く知られているという。

世論調査法人ピュー・リサーチ・センターによる今回の大統領選挙について最も高い関心を集めているテーマに関する調査(8月)では、なんと「最高裁人事」が、「経済問題」、「医療保険」に次いで、「コロナ問題」を上回る3位(64%)だった。

なぜアメリカ人は、こんなに最高裁のことが気になるのだろう。極端に言えば、大統領は4年ごとに選び直せる。コロナも来年くらいには収束のめどが立ちそうだ。でも最高裁判事は終身制だ。そしてこの人たちは、もっと身近で人生に関わる問題について判断を下すのだ。

3.リベラル対保守

これは相対的概念だが、アメリカではこの対比がとても明らかで、かつ人々の個々の価値観に結びついている。いくつかイシューを並べてみよう。「人工中絶」、「同性婚」、「銃規制」、「移民制限」、「国民皆保険」、保守は中絶・同性婚・銃規制・国民皆保険に反対し、移民制限を認めている。リベラルはその正反対だ。

各州の地方裁判所はその州法にしたがって判決を下すが、それが合衆国憲法に違反していないかは、上訴されれば最高裁が判断する。違憲な法律は存在してはいけないのだ。

8月時点で最高裁判事は9人中5人が保守派で4人がリベラルだった。保守派のうち2人は、トランプさんが任命した。多数決で保守的な判決ばかりになりそうだが、じつは最近、リベラル寄りの判決が続いていた。ロバーツ長官は保守派だが、不法移民の若者の救済の撤廃(トランプさんが主張)を認めず、職場でのLGBT差別を違法と判断した。

5対4だから、まさにロバーツさんがキャスティングボートを握っていたのだ。だからトランプさんは、なんとか6対3にしたい。そうしたなかで、リベラル派のギンズバーグ判事(アメリカの若者の多くが支持するカリスマ的な女性だった)がガンで亡くなった。

ギンズバーグさんは亡くなる直前、「最も強く願うことは、新大統領が就任するまで後任を決めないことだ」と言葉を残した。自分の死が、司法に政治が介入する隙間となることが許せなかったのだ。

もちろんトランプさんは、そんなことお構いなしだ。ギンズバーグさんの後任に、もちろん女性を(女性票獲得のために)、もちろん保守派を指名した。指名されたバレットさんは「筋金入りの超保守」(9月28日付日本経済新聞)だ。

4.選挙結果を最高裁で争う?

トランプさんが最高裁判事任命を焦るのは、もちろん保守層の支持固めがひとつの狙いだ。さらに、世界が恐れている狙いがある。いざとなればトランプさんは、大統領選挙結果を受け入れず法廷闘争に持ち込むつもりなのだ。かりにそうなれば、長期間にわたって次期アメリカ大統領が決まらないという大混乱に、世界は巻き込まれる。

現時点での世論調査では、大統領選レースはバイデンさんが10ポイント前後リードしている。トランプさんは苦戦を強いられている。

今回のアメリカ大統領選挙は、コロナ感染予防のため郵便投票が大幅に増えることが想定されていが、トランプさんは、これを「不正の温床」と決めつけているのだ。世論調査によるとトランプ支持者の80%は投票所で投票を行うと答えているのだが、バイデン支持者の6割近くが郵便投票を行うと答えている。コロナ感染に対する共和党と民主党の違いが表れたかっこうだ。

すると予想されるのが、開票後速報ではトランプ得票多数、その後徐々に郵便投票が開封されてバイデン得票がそれを猛追するというシナリオだ。トランプさんはいち早く勝利宣言をして既成事実化し、かりに逆転された場合には「不正」が行われたとして最高裁に提訴する可能性が高いのだ。

そのために最高裁判事の圧倒多数を保守派で固めたい、その意図が見え見えなのだ。裁判は長期化するだろうから、たいへんなことになる。アメリカの経済・外交・安全保障に空白が生まれれば、アメリカから世界へ、様々なリスクが連鎖することになるだろう。

5.深刻な茶番劇

最高裁判事に指名されたバレット候補のお披露目式典が9月26日、ホワイトハウスで開かれた。この後、トランプさんの新型コロナ陽性が発覚し、ホワイトハウスでクラスターが発生したことがわかった。

26日の式典参加者は、マスクを着用するものも少なく、ソーシャルディスタンスどころかぎっしり密に並び、握手とハグを繰り返していた。主役のバレットさんもマスクをしていなかった。最高裁判事候補ともあろう方が規則を守らないなんて、ごもっともだが保守派は「マスク強制も違憲」との考えだそうだ。

さらに式典に参加した共和党上院議員2人も感染したことがわかっている。このことがまた、話を複雑にしている。先にふれたように、最高裁判事は大統領が指名し上院の同意が必要だ。上院は各州2人ずつだから計100名、現在共和党が53議席と僅差で過半数を占めている。このうち2人が陽性、別の2人が濃厚接触で自主隔離している。とんだドタバタだ。また共和党内には大統領選挙前の判事任命に批判的な議員が2人いる。

その上院議員も3分の1が大統領選挙と同時に改選される。クラスターも引き起こした駆け込み的な判事任命同意が、自分の選挙にどう影響するかわからない(支持政党のない浮動票を取り込むことは難しいだろう)。

今世界は、コロナ・パンデミックの渦中にある世界は、こんな茶番に振り回されている。しかしその内容も、その結果の影響も、アメリカ国民にとっても、世界にとっても、かなり深刻な茶番劇なのだ。

日誌資料

  1. 09/26

    ・世界貿易7月急回復 中国過去最大 車など耐久財持ち直し <1>
  2. 09/27

    ・米、半導体に補助金2.6兆円 中国勢台頭に対抗 生産海外依存に危機感
    米、販売シェアは47%も生産能力は12% 中国は15%(10年後には24%と予測)
  3. 09/28

    ・トランプ氏 米最高裁判事に保守派バレット氏を指名
    上院が承認すれば9人中6人が保守派 反「中絶・移民」に傾斜
    大統領選挙結果に対する法廷闘争も
    ・規制緩和「拡大を」9割 日経「社長100人アンケート」<2>
    行政手続き・再生エネ、新政権に期待 地銀再編にも支持
    ・TikTok配信禁止一時差し止め 米連邦地裁
    買収交渉先行き見えず 米政権の戦術苦しく
    ・トランプ氏、10年納税せず NYタイムズ報道、「フェイク」と否定
    16年と17年の納税額は約8万円 トランプ氏は納税記録開示を拒否
  4. 09/30

    ・NTT、ドコモを完全子会社化 TOB(株式公開買い付け)4兆円規模 <3>
    NTT株一時6%安(29日) 巨額投資を不安視
    ・EU離脱協定、一部ほごに 英下院で修正法案可決
    ・米ディズニー2.8万人削減 休園・入場制限長期化で
  5. 10/01

    ・米分断映す混沌の討論 大統領選(9月29日)「コロナ」「人権」で激突 <4>
  6. 10/02

    ・東証、初の終日売買停止(1日)相場情報システム障害 3兆円の取引機会失う
    バックアップに不備 取引一極集中危うさ
    ・失業率3.0%に悪化 失業者200万人超す(8月)求人倍率1.04倍 <5>
    非正規雇用者数120万人減 派遣社員も13万人減
  7. 10/03

    ・トランプ氏、コロナ感染(1日)2日ツイッターで明らかに 米大統領選に影響必至
    米軍施設に「数日間」入院(2日) 執務は継続 NY株134ドル安
    ・米雇用、回復基調に暗雲 9月失業率7.9% 「財政の壁」足かせに <6>
    5ヶ月連続改善も就業をあきらめる失業者増加 財政出動困難な中、雇用維持策が失効
    ・ウィーチャットの利用禁止 米政権、執行求め上訴
    ・テスラ、EV販売44%増(7-9月) 13.9万台、四半期で最多
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