週間国際経済2020(4) No.215 02/04~02/13

今週のポイント解説(4) 02/04~02/13

なぜ孤立を恐れないのか (アトランティックの孤立とユーラシアについての雑感 その4.)

1.自国第一主義という孤立

このシリーズを3回書いてみて、ぼくの中で反省すべきことが整理された。ぼくは昨年まで、米中貿易戦争をアメリカと中国の矛盾として描き、ブレグジットをイギリスとEUの矛盾として描いてきた。しかし今やそうした視点だけではなく、アメリカとイギリス(アトランティック)が孤立し、アジアとヨーロッパ(ユーラシア)が相互接近しているという視点もまた必要だと。

それは戦後再編された国際秩序を液状化させ、再編集を要求しているのだが、ユーラシアにはまだ、新しい秩序を築くための理念も構想も持ち合わせてはいない。アメリカとイギリスの自国第一主義の荒波から緊急避難的に寄り添い始めただけだ。そこに期待することはできない。

ここで問い直すべきことは、なぜアメリカとイギリスは孤立を恐れないのかということだ。2016年は「まさか」の年だった。6月にはイギリスの国民投票でEU離脱賛成が上回った。11月にはトランプ候補が大統領選挙に勝った。でも本当の「まさか」は、自国第一主義という孤立を支持する民意が、一時的な熱狂ではなく今日まで持続的に維持強化されているということだ。

イギリスは2月3日、EUとの新たなFTA交渉に向けた方針を発表した。ジョンソン首相は「新FTAにEUルールの受け入れを含む必要はない」と明言した。それではEUは関税ゼロを認めない。イギリスは、ならばFTAなき離脱も辞さないという構えだ。

トランプ大統領は2月4日の一般教書演説で「自国第一主義」の実績を誇示し、下院多数の野党との対決色を前面に出して「国境の壁」に強いこだわりを見せた。

なぜかれらは孤立を恐れないのか。この答えは簡単だ。それが国内で一定多数の支持を得るからだ。ではなぜ英米世論は孤立を恐れないのか。この答えは複雑だ。孤立するとは思っていない。あるいは国内の分裂と対立の熱量が、国際的孤立を気づかせないまでに高まっているからだろうか。

だとすればなぜ、かれらは分裂し対立するのか。この問いに突き当たる。この問いは、ぼくには難儀すぎる。民主主義と、その下部構造である資本主義の腐食具合に立ち入らねばならないからだ。でもぼくは無謀にも、ぼくなりにそこに立ち入ることを試みるかも知れない。

その前に、今日の国際経済におけるいくつかの主要なファクター(エネルギー、データ、通貨)のなかで、かれらが恐れるべき孤立について考えてみよう。

2.エネルギー

アメリカとイランの緊張が高まるなか、トランプさんは1月8日の演説でこう言い切った、「アメリカはエネルギーの面で自立した。中東の石油は必要でない」と。トランプ政権の「イラン核合意」離脱、イスラエルへの露骨な肩入れは、中東情勢を極度に悪化させる。それでもなおトランプ支持が揺るがないのは、シェール革命によってアメリカが中東原油依存を脱してエネルギー面で自立したという自負、あるいは幻想が共有されているからだ。だから孤立を恐れない。でも、果たしてそうなのだろうか。

たしかにシェールオイルの開発によって、アメリカは世界最大の産油国になり、昨年9月以降には石油の純輸出国になった。またイランとの緊張激化に際しても、原油価格の急騰は見られなかった。その後も国際原油価格は低位安定している。世界的な需要が縮小しているからだ。

ただこの原油価格の低迷が、アメリカの「エネルギー面での自立」とやらを脅かすのだ。シェールオイルは中東原油のようにやぐらを建てて穴を掘れば吹き出してくるというものではなく、地中の岩盤層を砕いて採掘しなければならない。つまり原油価格が下落すると採算が合わなくなる。またすでに条件のいい土地が掘り尽くされ、コストが膨らみ始めているらしい。

今年になってアメリカのシェール掘削装置(リグ)の稼働数が、最近のピーク(18年11月)より24%減ったという(1月19日付日本経済新聞)。シェールオイルはリグを立てて生産開始まで3カ月程度かかる。だから採算が見通せないと稼働数は減っていくばかりなのだ。

またシェールオイルは採掘のためにフラッキングと呼ばれる水圧破砕が必要だが、これが深刻な環境破壊をもたらすと指摘されている。アメリカ民主党の一部は、その規制を主張している。だからエネルギー業界は、環境に無関心なトランプさんを支持する。

いや、規制以前の問題がある。世界の投資は「ESG」あるいは「SDGs」、環境重視が潮流だ。地球環境を破壊する分野に対する投資インセンティブを失い始めている。ましてや高コスト分野は切り捨てられる。アメリカで石炭生産が縮小しているのもその表れだ。

トランプ政権は「パリ協定」を離脱して、自国第一主義で化石燃料を増産し、その自国第一主義による関税引き上げによって世界経済を減速させ、化石燃料需要を縮小させてきた。その方向に「自立」はない。あるのは時流からの「孤立」だ。さらに原油市場の生産調整は、サウジアラビアをプロデューサーとするOPECとロシアの協調が要となる。ここでもユーラシアはアメリカとの競争という利害を共有しているのだ。

3.データ

米中貿易戦争の本質はデータ覇権を巡る争いだ。その焦点は5G(次世代通信規格)の主導権であり、トランプ政権はその分野の先頭を走る中国ファーウェイを封じ込めようとした。根拠はファーウェイのスパイ活動だ。証拠はないが、恐れがあるという。だからファーウェイの製品を使ってはならないし、ファーウェイに製品を供給してもならない。その制裁に違反すれば、アメリカ企業との取引を禁じる。

特定の1つの企業に対して徹底した制裁を加えるというのは過去に類例を見ない。グローバル経済のもとではどの工業製品も自前の部品と特許で生産されているものはなく、とりわけハイテク製品は複雑なサプライチェーンを前提にして成り立っている。さすがにファーウェイも窮地に追いやられた、ぼくはそう思っていた。

ところがファーウェイは12月31日、2019年12月期の売上高が前期比18%増になると発表した。アメリカ調査会社も2019年の世界のスマホ出荷台数でファーウェイは前年比17%増で、企業別シェアも2.9ポイント上昇して17.6%、アップルを抜いて通年で2位に浮上したと発表した。

もともとファーウェイのスマホはアメリカ市場にそれほど出回っていたわけではない。制裁を受けて中国国内、とりわけヨーロッパ市場に注力したのが奏功したという(2月1日付同上)。反対にアップルは中国市場で売上が大きく落ち込み、世界シェアも下がった。

さらにファーウェイ5G基地局は、「一帯一路」インフラ投資と併走して拡大していった。焦点は、ヨーロッパ市場がアメリカのファーウェイ制裁に足並みをそろえるかどうかに当たる。1月29日、欧州委員会は「5G」に関する勧告を公表した。その結論は、ファーウェイを排除しないということだった。

そりゃそうだろう、みんなそう思ったに違いない。ファーウェイはすでにヨーロッパ市場で大きなシェアを持ち、他製品と比べて品質が劣るわけでもなく、しかも価格は2~3割安い。その排除コストは膨大なものになる。ところでスパイ疑惑はどうか。アメリカの強大な情報機関をもってしても、具体的な証拠は未だに提示されない。それでは制裁に付き合う理由が、見つからない。

ついにイギリスも1月28日、5G通信設備に関してファーウェイ製品を一部容認すると発表した。まさに「ついに」だ。イギリスはアメリカとの機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」の主要な構成員だ。イギリスが容認するものをカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが排除しても機密保持上の意味がない。

もちろんアメリカは激しく動揺した。フィナンシャル・タイムズはトランプさんがジョンソン英首相に電話で激高したと報じた。アメリカ司法省は2月13日、北朝鮮との取引を隠していたとしてファーウェイを追起訴した。

怒鳴ろうが訴えようが、ファーウェイを締め出すことはできそうもない。もう使っているし、品質も良いし、ないより安い。これを全部廃棄して、新しく買い直すほどの余裕はどの国の経済にもない。なによりファーウェイは次世代通信規格の標準となる特許を誰よりも持っている。そこと手を切れば、多大なコストが追加され次世代通信技術の国際競争から取り残される。

ここでもアメリカは、封じ込めようとして自ら「孤立」しているのだ。

4.通貨

ぼくの文章は中味が薄いくせに無駄に長い。それを戒めるために、このブログはA4で3枚までと決めている。残るテーマ「通貨」は、ぼくのオタク分野だ。また無駄に長くなることが避けられない。

ここは予定を変更してシリーズを延長し、「通貨」は次回に積み残そう。アトランティックの孤立とは、すなわちドルとポンドの国際的地位の動揺を意味する。アトランティックが孤立を恐れない以上、国際金融市場はそれに備えなければならない。

日誌資料

  1. 02/04

    ・中国株急落 マネー流出 春節明け上海株一時9%安 債務問題警戒再び
    ・メキシコ、今年も低成長 1%程度に 投資・消費不振続く
    ・香港、昨年GDP1.2%減 大規模デモ響く 10年ぶりマイナス
    ・英首相、FTAなし辞さず EUルールと決別 関税ゼロ維持は要求 <1>
  2. 02/05

    ・車生産影響浮き彫り 新型肺炎、中国から部品滞る 現代自が韓国工場停止
    ・対イラン制裁を棚上げ EU、核合意維持へ配慮
    ・ガソリン、ディーゼル車販売 英、35年に禁止前倒し HVも対象
  3. 02/06

    ・トランプ氏、再選へ「米国第一」 一般教書演説で対決色 <2>
    ・米貿易赤字3年ぶり減 昨年、関税上げで対中17%減 輸出も11%減
    ・デジタル通貨トップ会合 日欧など6中銀、4月に 決済など議論
    ・トランプ大統領無罪評決 米弾劾裁判が終結
    ・OPEC追加減産検討 ロシアと 新型肺炎で価格急落
  4. 02/07

    ・中国、対米関税一部下げ 14日から 合意発行に合わせ
    ・インドとロシア急接近 北極油田開発に参画 ミサイル導入を確認 <3>
    ・名目賃金6年ぶり減 昨年0.3% 時間外減、パート比は増
    ・ファーウェイ使用巡り トランプ氏英首相に激高 FT報道
  5. 02/08

    ・米雇用堅調22.5万人増 1月 新型肺炎で利下げ観測も
  6. 02/09

    ・FRB資金供給、量的緩和に匹敵 半年で4000億ドル増 国際金融下支え <4>
  7. 02/10

    ・経常黒字2年ぶり増 昨年20兆円 サービス収支、初の黒字 貿易黒字は減
    ・中国消費者物価5.4%上昇 1月 春節と新型肺炎影響
  8. 02/11

    ・メルケル首相後継を断念 極右巡り混乱 後任選び白紙に
    ・アイルランド統一派躍進 総選挙 「連合王国」議論影響も
  9. 02/12

    ・トランプ政権、インフラ1兆ドル投資 予算教書公表 <5>
    米財政赤字「5年で半減」 選挙控え楽観的見通し
    ・FRB短期国債購入縮小 議長議会証言、7月示唆 「事実上の量的緩和」転機
    中銀によるデジタル通貨導入「最前線で分析」
  10. 02/13

    ・インド、首都圏議会選で与党大敗 モディ政権、揺らぐ支持
    ・フィリピンの米軍地位協定破棄 トランプ氏「構わない。節約できる」
※PDFでもご覧いただけます
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