週間国際経済2019(41) No.209 12/03~12/09

今週のポイント解説(41) 12/03~12/09

13日の金曜日 (その1.イギリス総選挙)

1.みんなハラハラしていた

不吉なことが起こるという13日の金曜日、年に一度か二度は来るという。普段そんなことは気にもとめない人も、2019年12月13日の金曜日をハラハラしながら迎えていたことだろう。少なくとも、ホラーものが大の苦手のぼくはそうだった。

ブレグジット(Brexit)をほぼワン・イッシューの争点としたイギリスの総選挙が12月12日に実施される。その結果がわかるのが13日だ。アメリカは中国に対する制裁関税第4弾発動の期限を12月15日としていた。15日は日曜日だから、それがどうなるのかは13日には判明すると思われていた。

これが同じ日に重なったのは偶然だ。その両者の結果が最悪と最悪の組み合わせならばまさに最悪だ。その可能性は小さいと思われていたが、今の世の中「まさか」が繰り返されてきた。イギリスの総選挙に対する世論調査は拮抗していたし、アメリカの対中交渉はは相手のあることだし、なんせトランプさんはなにをするかわからない。

結論を言えば、どちらも「最悪は回避された」というところだろう。株価で言えば、12日の木曜日は世界の株式指数は約2年ぶりに史上最高値を更新し、13日は日経平均が年初来高値の2万4000円台、欧州株も全面高となった。でも13日のNY株は3ドルの上昇にとどまり、週明けの日経平均は14円ほど下げた。「暴落は避けられた」というところだろう。

イギリスのEU離脱も米中貿易戦争もまったく別の物語だが、どちらも「B級ポピュリズムものホラー」という同じジャンルに属する。ましてや主演はかたやボリス・ジョンソンさん、そしてトランプさんだ。B級とはいえ、どちらも注目度はすこぶる高い。必ず「Part2」が上演されるに違いない。

それがどんなものになるのか、まるでわからない。「本格的ホラー」になるのか、それとも「ドタバタ・コメディ」になるのかも、わからない。場合によっては今年12月13日の金曜日は、やはり不吉な兆しだったという話になるかもしれないのだ。

さて、こんな癖の強い超売れっ子二人を同じ回でキャスティングする能力はぼくにはないので、今回はイギリスについて、次回は米中について書くことにしよう。

2.みんなウンザリしていた

イギリスのEU離脱問題について書くのは久しぶりだ。前回は今年4月の「なかなか別れられない別れ話」⇒ポイント解説№178。このときもイギリスを扱うのは半年ぶりだった。あらためてそれを読んでみると、「状況はなにも変わっていないのだ」という久しくこの問題を取り上げていない言い訳から書いている。すでにぼくは、そうとうウンザリしていたようだ。EU離脱・残留の国民投票から3年半、イギリス議会は何も決められない。国論は分裂し対立し、議会は空転した。あれほど議論は大切だと思っているイギリス国民ですら、もう議論することにウンザリしていた。

ぼくはこの数年来、金曜日の午前と午後に授業がある。そしてイギリスは国民投票も国政選挙も木曜日にする。どの宗教を信仰している人にも差し支えないからだ。だから午前の授業に学生から「どうなりますかね」と質問され、午後の授業が終わったときに「まさか」と胸の中で叫ぶ。その繰り返しだった。

そんなぼくでも、今回の結果は「まさか」ではなかった。野党労働党の過半数はありえない。与党保守党の過半数は微妙だ。地方政党は離脱反対だからだ。有権者の離脱派と残留派は拮抗している。こうしたなかで、専門家でもないぼくは「とにかく労働党は議席を減らす」ということだけは予想していた。みんなのウンザリ感に応えられないからだ。

3.勝つ利理由は相手にあり、負ける理由は自分にある

保守党の獲得議席数は1987年のサッチャー政権の歴史的大勝利以来だ。労働党の獲得議席数はなんと1935年以来の大敗北だった。

ここだけの話、ぼくはイギリス政治については労働党贔屓だ。イギリスの福祉の充実は労働党政権の手柄によるところが大だからだとか、理由はいくつかある。さらにここだけの話、ジェレミー・コービンさんが労働党の党首になったときは(2015年)、とても期待していた。そのよしみでコービンさんをかばうとしたら、EU離脱問題を争点とする政治状況は、彼にとってまったくの不運だった。

労働党の支持基盤はEU離脱派も残留派も抱えている。だから誰が党首をやってもこの問題の一本化は骨が折れる仕事なのだが、問題はコービンさん自身がどうなのか、最後まで曖昧だったことだ。さらに彼の持論である鉄道、水道、発電、郵便の国有化という政策が、はたしてEUに残留したまま可能なのかが疑問視された。

またこうしたコービンさんの急進的な政策が、イギリスのメディアのみならずアメリカ資本によるアンチ・キャンペーンの標的となったことも、ブレグジットに関する立場を問わず、景気の先行きに不安を持つ有権者の心理にかなりの影響を与えたことだろう。

対してジョンソンさんだが、(失礼ながら)かれがイギリスで尊敬されていないことはたしかだ。保守党にも残留派は少なくない。しかし先の総選挙で過半数を失い、次の選挙に挙党態勢で臨むために離脱強硬派のジョンソンさんを党首に選出した。保守党は、背水の陣を敷いたのだ。

悩み深いコービンさんと対照的に、ジョンソンさんは躁状態かのごとく「ブレグジットを終わらせる(Get Brexit done)」と叫び続け、有権者には「We can move on」という言葉が届いた。コービン労働党は態度を明確にできないという最大の弱点を、徹底的に突かれていたのだ。

すでに総選挙の争点は、離脱か残留かではなく、ブレグジット議論を続けるのか終わらせるのかに移ってしまっていた。すると勝負は「わかりやすいか」、「わかりにくいか」で決まる。

4.ところでジョンソンさんはブレグジットを終わらせることができるのか

後回しになっていまったが、回避されたというイギリスにとってこの13日の金曜日の「最悪」とは何だったのか。それは保守党も労働党も過半数に届かず、かつ離脱派地方政党と労働党が連立できないという状態だ。これは充分に予想された。こうなれば議会はまた空転する。そしてそのままEUと約束した離脱期限を迎えれば、自動的に「合意なき離脱」となってしまう。

その最悪は、とりあえず回避された、あくまでも「とりあえず」。選挙に勝ったジョンソンさんは「1月31日までに必ず離脱する」と宣言した。離脱からの移行期間は2020年末までだ。これも延長することが可能だが、延長しないというのが保守党の公約だ。

ジョンソンさんはこの移行期間中にEUと新たにFTA(自由貿易協定)を結ぶという。ぼくは無理だと思う。EU27カ国の意思決定には時間がかかる。またEUは「離脱ドミノ」を何としても阻止するために、イギリスに厳しい条件を突きつけるだろう。2020年末と言っても批准手続きなどを考えると交渉期間は長くて8カ月くらいしかない。すると移行期間を延長せず、交渉がまとまらなければ、再び「合意なき離脱」の崖が迫ってくる。

ジョンソンさんは離脱をすればアメリカともFTA交渉ができるようになると考えているし、トランプさんも離脱をけしかけるためにおいしい話で誘っていた。でも大統領選挙真っ最中のトランプさんがイギリスが喜ぶような通商交渉をするとは考えられない。

対外的にも厳しいが、国内的にも火種が消えたわけではない。スコットランドはEU残留派が圧倒多数だ。これを基盤とするスコットランド民族党は今回の選挙で躍進した。また分離独立の機運が高まるだろう。宙ぶらりんの状態にされた北アイルランドでも、混乱から対立が再燃すると心配されている。

ブレグジットは終わってはいない。新しい深みに嵌っただけのことだ。ぼくたちは引き続き「B級ポピュリズムものホラーPart2」を観なければならない。ウンザリは続くのだ。

さて、もうひとつの「13日の金曜日」。米中通商交渉の「第1段階の合意」について、次回考えよう。不吉な話は、なるべく年内に終わらせてしまいたい。

日誌資料

  1. 12/03

    ・デジタル人民元発効視野 国内優先、決済を監視 中国、主要国で初 <1>
    資本流出防ぐ 「リブラ」の脅威に先手 国際化、道は険しく
    ・米艦船の香港寄港禁止 中国、人権法に報復措置
    ・米、仏製品に制裁関税案 デジタル課税に対抗 チーズなど63品目
    ・米、ブラジル鉄鋼に関税 トランプ氏 南米通貨安に不満
    ・経済対策13兆円規模 全小中学生にIT端末 4年で
  2. 12/04

    ・中国、新エネ車25%に EVやPHV 25年目標上げ 日本勢に対応迫る<2>
    ・ブラジル0.6%成長(7-9月) 消費堅調 対中大豆輸出は急減
    ・日米貿易協定国会承認 来月発効 牛肉など関税下げ デジタル協定も承認<3>
    ・米中合意「大統領選後でも」 トランプ氏、中国けん制 NY株、280ドル安
    ・トランプ氏、北朝鮮けん制 軍事力行使に再言及
    北朝鮮「下旬に重大決定」 核問題巡り緊張局面
  3. 12/05

    ・世界新車販売1%減 来年予測 中国景気減速響く 3年連続減
    ・米住宅ローン残高最高 低金利、借り手の信用力も改善 家計債務膨張リスクに
  4. 12/06

    ・米大統領 弾劾手続きへ 米下院議長表明 月内にも採決
    ・仏デモ、80万人に拡大 年金改革に抗議 一部暴徒化、ストも
    ・ファーウェイ 米と対決姿勢鮮明に 制裁巡り再び米連邦高裁に提訴
    ・消費支出10月5.1%減 前回増税時(14年4月4.6%減)より下げ幅大 <4>
    ・米中貿易、10月しぼむ 米赤字は0.8%減 追加関税響く
    対中輸入4.8%減 対中輸出は17%減
    ・EU財務相理事会「リブラ発行認めず」 リスク対応懸念
  5. 12/07

    ・減産50万バレル拡大で合意 OPEC・非加盟国 価格下支え狙う
    ・米雇用11月26万人増 市場予測(約19万人)大きく上回る
    FRB、利下げ休止へ
    ・中国、米産大豆、豚肉の追加関税免除を継続 米側に配慮
    ・NY株337ドル高 2カ月ぶり上げ幅
    ・バイデン氏、有権者に暴言 ウクライナ疑惑巡り 集会で「大嘘つき」
  6. 12/08

    ・WTO、機能不全の危機 10日に任期切れ 委員不足に 審理中の紛争、過去最多
  7. 12/09

    ・北朝鮮「重大な実験した」 ICBMエンジン実験か
    トランプ氏、「敵意示せばすべて失う」挑発自制促す
    ・経常黒字38%増 10月、輸入減で貿易収支が黒字化 <5>
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コメント

  1. 朝野恵輔 より:

    イギリス総選挙で保守党が大勝利した後、イギリスでは「カナダ移住」と検索した人が急増したという。議論を大切にするはずのイギリス国民が議論することにウンザリしてしまった結果がここにも出ているだろう。
    なぜ国民はこんなにEU離脱を望んでいないのに、保守党は圧勝したのか。反ジョンソンは多数いたはずなのに、こういった結果になったのは日本と同じような小選挙区の問題があると思う。私は総選挙ではなく国民投票をもう一度やるべきだと思う。
    イギリスの政治について、普通に日本で生活していればなかなか情報を得ることができない。また、昨今の日本のメディアは私はもう信用していない。だが、「知らない」「聞いたことなかった」と言っていても事態は動いていて、イギリスがEUを離脱することで発生する波は日本経済にも影響を与えるだろし、ぶっちゃけ、ジョンソン大統領はEU離脱後のイギリスの明るいビジョンがイメージできているのだろうか。選挙中のトランプさんがイギリスに有利な条件を上げることは(ブログにも書かれているが)難しい。
    日本で流行したのは「One Team」という言葉だが、ジョンソンさんが掲げたのは「One Nation」というスローガンだったらしい。議論に疲れた人々を、「一つに」という言葉で騙眩かすのは簡単なのかもしれない。
    今回このコメントを書くにあたってイギリス総選挙について調べたが、日本のネットニュースでイギリス総選挙を取り上げているメディアは少ないと感じた。英語をもっと勉強して、現地のニュースを読めるようになりたいと思った。

  2. 杉村元暉 より:

    まず、第一に感じたのは、アメリカ、イギリス共に、問題解決に至っておらず、課題がずっと山積みであるということ、特にアメリカに関しては、理想と結果が全く合っていないところに、疑問を感じました。イギリスに関しても、もう少しストレートに政治を行えば良いと思います。日本に関しても、アメリカに関しても、全ての国に言えることだが、もう少し国民の意見を尊重していくべきだと思います。そうしないと、国の問題というのは、なかなか解決には至らないと思います。

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