週間国際経済2019(38) No.206 11/12~11/18

今週のポイント解説(38) 11/12~11/18

NY株価と米中貿易戦争

1.NY株、初の2万8000ドル台

11月15日の米株式市場でダウ平均が初めて2万8000ドル台を上回った。NY株価は11月4日に約3か月半ぶりに史上最高値を更新し、つられて5日日経平均も2万3000円台をほぼ1年1か月ぶりに回復した。8日にもNY株価は最高値を更新し、ついに15日の大台を記録するようになった。

いったい何があったのだろうか。

2.政策金利か?

トランプさんは、目玉公約の貿易赤字削減がうまくいかないことをFRBの金融政策に責任をかぶせてきた。もっと金利を下げろと、露骨に介入し続けた。投資家も利下げに期待するようになる。

今年の7月、FRBは10年半ぶりに利下げに踏み切った。2015年12月からの利上げ(金融政策の正常化)からの政策転換だ。でもNY株価は300ドル以上下落した。利下げ幅が小さいと市場が落胆したのだ。9月にも利下げが追加された。トランプさんは、まだ足りないという。10月30日の会合でも、FRBが追加利下げをすると投資家のほとんどが予想していた。そのとおり、3回連続の利下げが実施された。

ただこのときパウエルFRB議長は、利下げのいったん打ち止めを示唆した。トランプさんは激怒した。「人々はパウエルにがっかりしている!」とツイッターで批判した。それでも11月1日にはFRB副議長が講演で、利下げ停止を重ねて示唆した。ついにはパウエル議長が議会証言で「金融政策が現状が適切だ」と利下げ当面停止の方針を表明した(11月13日)。

こうして利下げ停止観測が有力になる中で、NY株価は失望売りどころか最高値を次々と更新していったのだ。どうも、株高は金利のおかげではなさそうだ。

3.企業業績か?

アメリカの景気拡大はトランプ政権の大幅な所得税・法人税減税に依存していた。財政赤字は26%増えて1兆ドルに達するという借金と引き換えに。大企業は減税分を自社株買いに回して株価を吊り上げ、これを富裕層が減税分で買う。おカネは彼らのなかでぐるぐる回っていた。

こんな好況は、続かない。今年の後半には息切れすることが見通されていた。米上場企業主要500社の2019年7~9月期の純利益は、前年同期比5.3%減と2四半期ぶりに減益決算となる見通しだ(10月16日付日本経済新聞)。その10月16日にはFRBの地区連銀経済報告で景気判断の引き下げが発表された。

アメリカだけではない。世界の大企業の業績はすこぶる悪い。11月18日付日本経済新聞によると、世界約1万8000社の今年7~9月期の純利益は前年同期比8%減った。減益は4四半期連続だ(日誌資料<5>参照)。とくに製造業の不振が目立つ。

利下げによる刺激でもなく、企業業績の裏付けもなく、どうして株価は過去最高の水準にまで上がっているのだろう。

4.米中合意への期待

英紙フィナンシャル・タイムズ電子版は11月5日、トランプ政権が発動済みの対中関税の一部の撤廃を検討していると報じた。議論の内容を知る5人の関係者の話として伝えた。この日、米中交渉期待で人民元が3カ月ぶりに1ドル=6元台に上昇した。そして7日に中国商務省が、アメリカとの協議で発動済みの追加関税を段階的に廃止する方針で一致したと発表した。

これに対してナバロ米大統領補佐官など政権内対中強硬派は、そんな合意はないと否定するのだが、8日トランプさんは発動済みの関税について中国が「一部の取り下げを要求している」と指摘し、合意の可能性を排除しなかった。

そのうえでトランプさんは12日の講演で、中国との貿易交渉について「第1段階の合意は署名が間近だ」と強調した(合意できなければ関税引き上げだと圧力もかけている)。トランプさんの言質はあまり信用できないが、その後14日にクドロー国会経済会議委員長も「交渉は最終局面にある」と強調し、ロス商務長官は15日のテレビ番組で「合意は極めて高い確率で実現する」と述べた(11月17日付同上)。

この米中交渉に関する楽観論が株高の材料だということは、明らかだ。

5.期待から失望、それが怖い

金融市場は需要と供給の単一均衡ではなく、複数均衡が存在するという。米中貿易交渉が好転するという期待の高まりは「強気の均衡」だと言える。企業業績は悪いのだが、利益が減っている理由は対中関税だから、そのコストが減れば業績は回復するだろうという期待だ。

実際に初の2万8000ドルを付けた11月15日、買われたのは中国売上高比率が高いキャタピラーや、中国での生産が多いナイキなどだった。つまり現在業績が芳しくない銘柄の悪い材料が小さくなるという見通しだ。

さてここで、期待が裏切られたらどうなるのだろう。米中で合意できず、トランプさんが公言しているとおりに関税がさらに引き上げられたら。一気に失望が広がり「弱気の均衡」へとジャンプしかねない。

その交渉期限は12月中旬だったから(おそらく延期するだろう)、本来株価の上がるクリスマス・シーズンに株価が暴落したら最悪だ。制裁関税「第4弾」は中国から輸入されるスマホ、ノートパソコン、ゲーム機、スポーツシューズ、そうだクリスマスプレゼントの定番の価格が跳ね上がるかもしれない。アメリカで最も個人消費が集中するこの時期に買い控えが起これば、みんな「弱気」になるに違いない。

6.だから合意すると読むのがふつうなのだが

大統領選挙が佳境を迎えるトランプさんは、ぜひとも合意したいだろう。関税引き上げはなにがなんでも避けたいだろう。株価に表れている過剰期待を失望させたら何が起こるか、さすがに彼でも理解できるだろう。

ところがそこに深刻な懸念材料が加わった。香港事態とウクライナ疑惑がそれだ。香港の民主派デモに対する警察当局の暴力は目に余る。トランプさんはこの問題に対して何も言わない。トランプさんは「天安門事件のよう武力を使えば取引が困難になる」と言っていたことがある。だからそれまでは関与しないというスタンスだ。

11月19日、米上院が「香港人権・民主主義法案」を全会一致で可決した(下院ではすでに同様の法案を可決している)。中国政府が香港の一国二制度を守っているかをアメリカ政府が毎年検証し、違反があれば制裁措置を科す内容だ。

法案の成立にはトランプ大統領の署名が必要だ。もちろん中国はこれに猛反発している。CNNによるとトランプさんは習近平さんと6月の電話会談で、貿易交渉が進展している限り香港問題には黙り続けると約束したとされる(11月21日付同上)。さてトランプさんは、法案を成立させるのか、廃案にしてしまうのか、迫られている。

自身の取引があだになったかっこうだが、共和党多数の上院全会一致を葬り去るのはたいへんなリスクだ。ただでさえアメリカ世論はウクライナ疑惑一色で染められている。与党共和党一丸となってこれを跳ね返さなくてはならないときに、香港人権法案署名拒否はそこに亀裂をもたらすこと必至だ。

7.中国だって合意したい

習近平指導部の「持久戦」にも自ずと限界がある。今年上半期、中国の対米輸出は25%減った(国連貿易開発会議報告書)。10月の対米輸出も前年同月比で16%減っている。輸出減を補う景気下支えの役割を負ってきた投資も、1~10月で5.2%増と統計をさかのぼれる1996年以降で最低の伸び率となった。一方10月の物価は3.8%上昇、これは7年9カ月ぶりの大きさだ。とくに食品価格の上昇が目立つ(11%増)。消費を冷やすばかりか、国民の不満も高まっている。

ここで人民元安が加速すれば、インフレと資金流出のダブル・パンチを食らいかねない。そこに米中交渉期待で人民元が対ドルで上昇していたところだ。香港人権法案に逆ギレして貿易交渉で合意できなければ、一気に人民元売りが加速するだろう。

あろうことか習近平さんは11月14日、香港デモを「犯罪行為」と非難し、警察の取り締まりを強く支持した。強い危機感の表れだとされている。貿易戦争に疲弊した中国経済の減速は、習近平指導部に対する不満を蓄積させている。それだけに香港民主派に一切譲歩しない姿勢を見せつけるという判断だったのだろう。

普通に考えれば米中貿易戦争は、互いに譲歩して合意することが互いの利益だ。経済規模で世界第1位のアメリカと第2位の中国は、それだけ世界経済とのつながりが広く深い。その世界経済全体の足を引っ張って、自国の経済を追い込んでいる。ところがトランプさんも習近平さんも、おいそれとは合意できない立場に追いやられている。

ぼくは今の株価は高すぎると思う。過剰な期待が株価を実体から引き離してしまった。これは人民元相場にも通じることだ。米中両政権は、市場を失望させてはならないというプレッシャーを受けている。だとすれば、高すぎる株価も悪い材料ではないかもしれない。

日誌資料

  1. 11/12

    ・アリババ「独身の日」、取扱高4.1兆円(前年比25%増)
    ・政府、GAFAを聴取 市場ルール整備で協力要請 来年規制強化の法案提出予定
  2. 11/13

    ・「米中部分合意は間近」トランプ氏12日の講演で 決裂なら関税上げ
    ・フェイスブックペイ開始 週内 米で決済・送金アプリで
    デジタル通貨「リブラ」実現不透明で、既存の決済システムを活用した仕組みを先行
    ・英総選挙 ブレグジット党、与党選挙区に出馬せず ジョンソン氏追い風
  3. 11/14

    ・GDP実質0.2%増(7-9月年率) 増税前駆け込み小幅 訪日客減も響く <1>
    ・米利下げ停止の意向 FRB議長「政策、現状適切」議会証言
    ・中国、投資伸び率最低 1~10月5.2%増 インフラ減速
  4. 11/15

    ・ヤフー、LINE統合へ 1億人経済圏構築狙う 対GAFA背中は遠く
    ・アリババの香港上場承認 最大1兆4600億円調達
    ・ウクライナ疑惑「トランプ氏、政敵調査優先」 米公聴会で高官 <2>
    米下院議長「トランプ氏、贈収賄」
    ・香港デモ「犯罪行為」 習主席、警察を強く支持
    ・BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)首脳会議
    保護主義への懸念共有 経済連携を確認 米をけん制
  5. 11/16

    ・米、再三の対韓圧力 日韓軍事協定維持へ 高官相次ぎ訪問
    エスパー米国防長官「得をするのは中国と北朝鮮だ」 文氏、日本の対応要求
    ・中国、拘束の北大教授解放 官房長官発表 習氏来日へ懸案解決
    ・NY株初の2万8000ドル台 米中協議進展に期待
    クドロー国家経済会議議長「合意に近づいている」 ロス商務長官「詳細を詰めている」
    ・独VW、7.2兆円投資 次世代技術に、4割上積み
    ・企業債務急増 FRBが警戒 米、過去最大1700兆円(15兆7600億ドル)
  6. 11/17

    ・自動車大手7万人削減 日米欧、リーマン時に迫る EVにらみ構造改革 <3>
    ・米中、農業・知財で詰め 迫る関税第4弾 部分合意へ正念場 <4>
    ・「一帯一路」けん制 米日豪が新構想 新興国インフラを点検・認証
  7. 11/18

    ・世界の上場企業、減益続く 純利益8%減(7-9月) <5>
    製造業が不振 半導体回復見込む 米巨大ITは堅調
    ・トランプ氏、金氏に「近いうちに会おう」 非核化交渉促す
    ・GSOMIA 米が継続迫る 日米間防衛相会談 23日失効
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コメント

  1. 朝野恵輔 より:

    アメリカの経済は、トランプ氏の減税により好調だ。また、米中貿易摩擦が緩和しそうだ、という見方からNY株が高騰している。アップルの株も上がった。アメリカの対中関税からアップルを適用外にする可能性が出てきたからだ。
    トランプ氏には敵がたくさんいるのだな、とも思う。ウクライナ問題での民主党や、FRB、中国も含まれるかもしれない。しかも選挙が迫っている。弾劾されるわけにもいかない。アメリカにはまだ「隠れトランプ」はいるのだろうか。
    27日、トランプ氏は「香港人権・民主主義法案」に署名した。やはり選挙のためなのだろうか。日本にどんな影響が出てくるのか、疑問である。

  2. 大西泰地 より:

     対中関税引き下げに対する期待が大きく株価を上げ、企業成績や利下げなどの政策などの影響がないこの状況は非常に危険だと感じました。トランプ大統領の減税や米中合意などの政策が来年の選挙のためだと判明した時の反動は期待値が高まるほど恐ろしくなり、世界に与える影響も大きくなると考えると怖くなりました。
     来年の11月に行われる大統領選挙までにトランプ氏がぼろを出さないとは思えないが、逆をとるとトランプ氏がぼろを出さないようにしているこの一年間は期待値が上がっていくのではないかと思いました。

  3. 菊田 海斗 より:

     株価の高騰は、米中貿易戦争の緩和、第1段階の合意を迎えられる兆しが見えてきたからだろう。
     米中ともに、簡単に合意できない立場に追いやられているかもしれないが、世界経済を後退させているのは間違いなく、共倒れするリスクも少しはある。
     関税の引き上げ合戦は、両国にとって消耗戦以外に何も考えられない。報復合戦が中国以外の国や地域にも広がれば自由貿易を聞きにさらすことになり、世界の貿易が縮小し、各国の景気を悪化させることになりかねない。
     米中貿易戦争が落ち着けば、次にどんな問題がトランプ大統領をおこすのか、見どころだ。 

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