週間国際経済2019(19) No.187 06/09~06/15

今週のポイント解説(19) 06/09~06/15

日本とアメリカではホルムズ海峡の幅が違う

1.中東依存度

ホルムズ海峡は、産油国が取り囲むペルシャ湾からオマール湾に抜けてインド洋に通じる「すき間」だ。すき間というのは、最も狭いところで約33㎞しかないからだ。例えば大阪湾の短軸(北西から南東)が約30㎞、そこを1日当たり1700万バレル(世界消費の約2割)の原油を積んだタンカーが通過している。

日本の発電は、その8割を化石燃料でまかなっている。中東依存度は2017年で87%、原油を積んで日本に来るタンカーの8割がこのホルムズ海峡を通ってくる(日誌資料<5>参照)。

さて一方アメリカは昨年、ロシア、サウジアラビアを抜いて世界最大の産油国となった。もちろんシェールオイルの増産によるものだ。アメリカは最大の石油消費国でもあるのだが、すでに週間では純輸出に転じたこともあり、来年は年間でも純輸出国になりそうな勢いだ。だからアメリカは中東原油から「自立」していると言えるのだ。

これほどまでに中東依存度に違いが出てくれば、日本とアメリカの中東に関わる国益に違いが出て当然だし、それが外交に反映するのがふつうだろう。

2.トランプさんとイラン

共和党の大統領候補だったトランプさんは、オバマ民主党政権を徹底的に批判して支持を得た。オバマ流国際協調主義のレガシーは「TPP」、「パリ協定」、「イラン核合意」だから、そのすべてから離脱することが公約だった。

これがウケたものだから、トランプさんの反イランは過熱していく。それは同時にイランと敵対するイスラエルとサウジアラビアへの接近を加速させる。それがまたウケて、次期大統領選挙に向けた目玉政策となっていく。

イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移転し(2018年5月)、ゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めた(2019年3月)。どちらも国連決議を初めとする国際的合意に反するものだ。この「自国第一主義」がまたトランプ支持層を固めていく。その反面、中東情勢は危機を高めていく。

トランプさんが大統領に就任して最初の外遊先はサウジアラビアだった(2017年5月)。ここでトランプさんははサウジアラビアと1100億ドル(約12兆円)の武器売却契約に署名した。しかし、イエメン内戦への介入や反体制ジャーナリスト殺害事件もあって、アメリカ議会はサウジへの軍事支援停止を決議した。これに対してトランプさんは「イランの脅威」を理由に、緊急事態に際しては大統領は議会の承認を得ることなく軍事支援ができるという例外規定を行使しようとしている。

イランとイスラエル・サウジアラビアの関係改善は中東和平の基礎だ。しかし今や、この両者の関係悪化がトランプさんの選挙戦略の基礎となってしまっている。

3.外交のアベ

安倍1強は選挙に強いからだそうだ。そりゃそうかも、衆院選も参院選も「消費税率引き上げ延期」を公約に圧勝したのだから。でも今回の参院選は、その消費税率引き上げを延期できない。アベノミクスも言わなくなった(言えなくなった)。

そこで、「外交のアベ」だ。ちょうど参院選直前には大阪でG20が開かれ、安倍さんはその議長だ。ここに向けてリーダーシップ・イメージを盛り上げていこう。突然、金正恩さんと「条件(拉致問題の進展)を付けずに会う」と言い出した。突然、現役首相としては41年ぶりにイランを訪問すると言い出した。

この2つの「突然」の共通項は、ひとつめはトランプさんとの電話会談の直後、ふたつめはやはりトランプさんとの首脳会談の席上だったことだ。「外交のアベ」の外交は、つねにトランプさんと「100%一致」しているのだ。

この時期、アメリカとイランの仲介外交ができたなら相当な手腕だ。でも仲介者は第三者のほうがいい。日本はアメリカのイラン制裁(石油禁輸)を実行している。しかも安倍さんがイランに着いた日に、アメリカはイランへの追加制裁を発表した。心配だ。

安倍さんは6月12日、イランのロウハニ大統領と会談し、13日にイラン最高指導者のハメネイ師と会談した。日本メディアは、ここで「核兵器製造の意図はない」という(これまで何度も繰り返してきた)言葉を引き出したことを評価していた。

いやいやぼくは、安倍さんはハメネイ師から「トランプ氏はメッセージを交換するに値する人物とみなしていない」という言葉を引き出したことこそが重大だと思った。イランは公式にアメリカとの交渉を拒否した。このメッセージは、アメリカの強硬派にも、イランの強硬派にも、確実に伝わった。

4.その日、ホルムズ海峡でタンカーが攻撃された

アメリカは、イランが機雷で攻撃したという。イランはこれを否定する。タンカーを運航する会社は「飛来物で攻撃された」という。今のところ、なにがなんだかわからない。ただ攻撃は6月13日、安倍さんがハメネイ師と会談したその日だということ。攻撃されたタンカーのうち1隻が日本船舶だいうこと。これらに関連があるのかないのか、今のところわからない。

ところが事件同日の記者会見でポンペオ米国務長官は、「イランの最高指導者は日本を侮辱した」と指摘した。いきなり関連づけてしまったのだから、驚いた。犯人特定、凶器特定、動機解明まで、わすが数時間とは。

こうして国際情勢が緊張を高めるそのタイミングで18日、トランプさんが大規模集会で次期大統領選挙への出馬を正式に表明した。「Keep America Great」と見栄を切って大喝采を浴びていた。

6月20日、イラン革命防衛隊がアメリカ軍の無人偵察機を撃墜したと発表した。トランプさんは「我々は我慢しないだろう」と語り、対抗措置を講じる可能性を示唆した。原油価格は跳ね上がる。

翌21日、トランプさんはイランへの軍事攻撃に踏み切る「10分前に」中止命令を出したとツイートした。一触即発の事態だ。でも安倍さんは、何も語らない。メディアも何も聞かない。テレビでは吉本芸人の「闇営業」ばっかりだ。

5.強硬派と強硬派

おそらくトランプさんは、イランについても北朝鮮についてもほとんど知識がないと思う。いや、トランプさんが無知だと言っているのではない。もともと関心がなかった人が、中東情勢や朝鮮半島情勢を理解するにはそうとうな労力が必要だと案じているのだ。

だからこそ、アメリカ大統領たるもの、最も優秀で見識溢れた人材で側近を固めなくてはならない。それが、どうなんだろう。アメリカはイランへの軍事行動の10分前にまで迫っていたが、思い出してほしい、今アメリカには国防長官すら空席のままなのだ。

ホワイトハウス「最後の大人」と呼ばれていたマティス前国防長官は、そのトランプ政権の中東政策を批判して辞任した。その後副長官だったシャナハンさんが「代行」を勤めていたが、6月18日昇格指名人事を辞退し、そのまま退任した。FBIの調査でDVの疑いが浮上していたという。とんだドタバタだ。

そうしたなかで急速に発言力を強めていったのがボルトン大統領補佐官に代表される極端な「強硬派」たちだった。ボルトンさんはブッシュ政権時代の対イラク戦争を強行させた中心人物だ。ポンペオ国務長官(元CIA長官)もこれに追随している。

一方、イランのロウハニ大統領は穏健派とされている。前任者(アフマディネジャド)の強硬な反米姿勢で疲弊したイラン経済を改革し、イラン革命後始めてアメリカとの首脳会談に臨み、米英仏独中ロ6ヵ国との間で「核合意」を成立させた(2015年)。

ところがトランプさんの「核合意離脱」は、イランの穏健派と強硬派の力関係を逆転させてしまった。核合意による経済制裁解除は、おもにヨーロッパからの対イラン資本進出を促した。これが強硬派の既得権益を侵食していたのだが、トランプさんによる制裁再開は、かれらにとってライバル資本の追放を意味していた。

そしてトランプ政権は親イスラエル政策を強行し、同時にイラン革命防衛隊を「テロ組織」に指定し(4月)、最高指導者ハメネイ師を追加制裁のターゲットにした。つまり穏健派を相手にせず、ひたすら強硬派を刺激し続けたのだ。

6.ブレるトランプ政権

トランプ政権が完全に強硬派によって乗っ取られたとは思わない。トランプさんは選挙しか頭にない。イラン核合意から離脱し、制裁で追い込み、「より良い合意」を引き出せば支持率が高まる。しかしボルトンさんたちは、違う。かれらは一貫して、イランだけではない、北朝鮮に対しても中国に対しても、レジーム・チェンジ(体制転換)を目論んでいる。

トランプさんがこの「妄想」に付き合って、軍事衝突にまで事態がエスカレートすれば、もちろん選挙には不利だ。だから無人偵察機が撃墜されたときも、「意図的な撃墜だとは信じがたい」とし、対イラン軍事攻撃による死者が150人に及ぶと聞くと「無人機と釣り合わない」と中止命令を出した。その直後、金正恩さんに親書を送っている。

7.マクロ政治とミクロ政治

まだまだ書き足らないが(中ロ接近とイラン、ロシアのLNG増産など)、国際経済分析と同じようなマクロ的視点、ミクロ的視点が国際政治にもありそうだ、という所感で今週は締めることにしよう。

ぼくたちは得てして、例えばアメリカという国、イランという国に対する全体的なイメージ、その既成概念に囚われがちだ。しかし実際は、アメリカの誰?イランのどの勢力?といった要素が複雑に合成しているのが国際情勢だ。

だから日本の外交も、誰であれ、どの勢力であれ、とにかく「日米同盟」一辺倒ではこの国際情勢の波を渡れない。そして今週末、大阪でG20が開かれる。さて「外交のアベ」は、「100%トランプさんと一致」で、これを仕切ることができるのだろうか。

こんな皮肉で校了しようと思っていたら、トランプさんが「日本のタンカーは日本が守れ」とか「日米安保破棄」だとか、ブレを拡大してきているというニュースが飛び込んできた。慌てて読み直してみたが、いやべつに書き直すところはない。

日誌資料

  1. 06/09

    ・G20財務相会議が福岡で開幕 「世界経済下振れリスク」
  2. 06/10

    ・中国、対米輸出4%減 5月 減少幅縮小 駆け込み膨らむ
    ・4月経常黒字9.5%減1.7兆円 4月 貿易収支が赤字に <1>
    輸出は5カ月連続減少、中国向け落ち込み 輸入は原油価格上昇で2カ月連続増加
  3. 06/10

    ・香港デモ対立激化も 最大103万人 司法の独立「中国化」で危うく <2>
  4. 06/11

    ・「会談なければ関税第4弾」 トランプ氏、中国揺さぶり
    ・「老後に2000万円必要」撤回へ 麻生金融相「報告書受け取らず」
  5. 06/12

    ・中国危うい「元安カード」 G20にらみ米と神経戦 1ドル=7元試す展開に
    ・消費税「10月10%」明記 政府経済財政運営の基本方針(骨太の方針)素案
  6. 06/13

    ・安倍首相がイラン大統領と会談(12日テヘラン) 米との緊張緩和促す
    現役首相のイラン訪問は41年ぶり 出発前にもトランプ氏と電話協議
    ・イラン、原油輸出半減 響く米制裁 強硬派が台頭
    ・「老後試算2000万円」政府火消し 年金改革遅れに懸念 給付抑制論タブー視も
    ・米、GAFA規制新解釈 競合買収、反トラスト法違反も「消費者の不利益」
    ・中国の債務最高に 貿易戦争で景気対策、GDPの2.5倍 借金拡大へ政策修正
    ・中国、悲願の国産半導体 CXMT(国策会社)、DRAM量産メド <3>
    昨年、米の横やり(取引禁止)で計画頓挫 ハイテク覇権争い激化
    ・中国新車販売16.4%減 5月 2カ月連続2桁マイナス
  7. 06/14

    ・イラン最高指導者ハメネイ師 安倍首相と会談 「核兵器製造の意図ない」
    対米強硬なお「トランプ氏をメッセージを交換するに値する人物とみなしていない」
    ・ホルムズ海峡タンカー攻撃 日本の船も被害 原油価格急騰
    ・貿易交渉「参院選後に成果」 日米閣僚級協議で一致
    ・韓国企業、中国リスク鮮明 地元勢台頭 米中摩擦重く <4>
    現代自動車、北京の工場停止 LG、米向け生産移管 昨年末にはサムスンが天津工場停止
    ・タンカー攻撃、ポンペオ米国務長官「イランに責任」、「日本を侮辱」
    ・米産業界150団体が対中追加関税撤回求める書簡 「関税は米消費者の負担」
  8. 06/15

    ・中東依存、日本に警鐘 米「エネ自立」で強硬姿勢 <5>
    ・国債購入増30兆円割れ 日銀、異次元緩和開始以来で初
    ・ファーウェイ 5Gスマホ発売延期 3カ月、部品調達に遅れか
    ・中ロ、反保護主義で一致 イラン核合意維持でも 上海協力機構が共同宣言<6>
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コメント

  1. 宮本剛志 より:

    中国、イランと、次々と敵を作り出しているアメリカであるが、強硬派が出張ってきていることといい、不穏である。
    「外交のアベ」、仕方のないことではあるが、トランプと一致する外交は、アメリカと同じ敵を作り続けることになるだろう。

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