週間国際経済2018(8) No.135 03/16~03/24

今週のポイント解説(8) 03/16~03/24

「貿易戦争」と朝鮮半島問題

1.トランプ流ディール(取引)

妙なタイトルだ。本来、貿易戦争(通商交渉)と北朝鮮問題にはなんら関連がない。でもトランプさんは、このふたつを結びつけようとしている。なぜならば、まず第一に、トランプさんには通商戦略にも外交戦略にも軸がないからだ。たしかにトランプさんは、大統領選挙当時から、このふたつに関しておおいに吠えていた。でもそれは、その場その場でのウケ狙いだった。だから支離滅裂だった。しかし、ウケた。そしてそれは公約になった。

11月の中間選挙に向けて、再度トランプさんはウケ狙いで吠えなければならない。そこで、支離滅裂な「公約」を場当たり的に結びつけようとしだしたのだ。ぼくには、そう見える。

そんなトランプさんだが、一貫していることもある。それは、すべての問題を取引の対象とみなしていることだ。そしてそのトランプ流ディールの特徴は、「強く出て譲歩を引き出す」の一点張りだ。もちろんこのやり口がいつも上手くいくとは限らない。しかし、アメリカの一部ではそれがウケる。そしてアメリカの持つパワーによって、この取引が有利に進む場合が少なくない。

だから、世界は困っているのだ。

2.ディールの場がアジアに絞られていった3月

今回のトランプ流ディールの起点は、3月1日の鉄鋼・アルミ輸入制限発表だった。これが思いつきに等しい選挙対策だったことは前回のポイント解説で指摘した⇒ポイント解説№134。トランプさんは、貿易における黒字(surplus)と赤字(deficit)を「勝ち負け」だと勘違いしている。でも、そう思っているアメリカ人が多ければ、これは選挙対策として有力なディール材料になる。

ところがトランプ政権の1年余り、アメリカの貿易赤字額は膨らんだ。そりゃそうだ。トランプ政権は、景気回復期にあるアメリカ経済に景気刺激策を打ったのだから。でもトランプ・ロジックによれば、これは「負け」がふえたことになってしまう。トランプさんは、この負けを誰かの「いかさま」にすり替えたいのだ。

その輸入制限対象国には例外はないとしていたのだが、内外の反発を受けて、いつの間にか中国、韓国、日本に絞られていった。そして輸入制限措置の理由が安全保障だったから、通商と安保が絡み合っていくようになる。

そこに、朝鮮半島における南北対話が急進展し始めた。トランプさんは、金正恩さんと激しく罵り合っていたように見えるが、ところどころで「ほほえみ」をまじえてもいた。トランプさんによって、北朝鮮問題は大統領選挙中からディール材料だったからだ。

「史上初の米朝首脳会談!」、「非核化実現!」、これはウケるに違いないと思っている。少なくとも、「ミサイルはアメリカに飛んでこない」だけでも、悪くないかもしれない。

だから、金正恩さんの会談提案に対して「やろう」と即答したのだった。

3.貿易戦争と朝鮮半島問題が絡まりだした

内外の反発を受けて、トランプさんは次第に鉄鋼種入制限の対象を中国に絞り込むようになったのだが、困ったことにアメリカの鉄鋼輸入に占める中国のシェアは2%に過ぎない。これでは余りにもささやかすぎるから、トランプ社長は金額提示に出た。「中国はアメリカの対中貿易赤字を1000億ドル(約10兆円)減らせ」と、ツイートした(7日のツイッターでは10億ドルになっていたが訂正された、笑)。

そして23日に鉄鋼・アルミ輸入制限発動に先立って22日、知的財産権侵害の制裁として中国製品に高関税を課すと発表した。これでとりあえず6兆円だ。でもやはり、これに対してもアメリカ産業界は反発した。誰も得をしないし、アメリカの消費者が損をするからだ。

なかなかトランプ「犬笛」が届かない。そこで台湾問題で中国を刺激したり、アメリカ通信会社に中国製品の使用を禁じたり、こじつけのように安保問題と絡めようとするのだ。

驚いた。突然、金正恩さんが習近平さんと北京で会っていたのだ。それはアメリカの対中制裁措置発動の直後(25日から28日)だったから、関係なくても関係してくるのだ。決定的な「不仲」が断じられていたのに、一気に中国が朝鮮半島問題を仕切りだしたのだ。 北朝鮮の核問題に対して、トランプさんはずっと「中国に任せておけ」だった。その中国と、すわ貿易戦争かという状況を作り出しておいて、その中国が仕切る北朝鮮問題に乗り出さないといけない。予定されている米朝首脳会談まで2カ月も残っていないのに。

4.貿易と朝鮮問題がセットの取引

アメリカと韓国との交渉では、トランプさんは安保問題で露骨に恫喝した。3月14日の集会で、「南北朝鮮の境界には3万2000人の米兵がいる。どうなるか見てみよう」と脅したのだった。

3月25日、韓国はアメリカ向け鉄鋼輸出に数量枠を設け(直近3年間平均の70%)、米韓FTAでも譲歩する形で見直しに合意した。輸出入における数量規制はWTOルール違反だ。米韓FTA見直しは今年1月に交渉が始まったばかりだった。南北対話に臨む韓国に対する安保問題を絡めた取引は、効果的だったといえるだろう。

それにしても韓国側の譲歩は、韓国経済に対する大打撃を免れる範囲に収まった。そして3月29日、南北首脳会談を4月27日に開催することにアメリカの合意を取りつけた。

一方、アメリカと中国との交渉では、ライトバザー米通商代表部代表が3月28日、対中制裁に関する交渉期間をそれまで30日間としていたものを「2カ月」に延ばす考えを示した。

ということは6月はじめ頃ということだから、その前には米朝首脳会談が予定されている。つまり、これから詰めの段階に入る米朝交渉に対する中国の関わり方にクギを刺したかっこうだ。

これに対する中国の反応は、驚くほどしなやかだ。とにかくWTOルールを前面に掲げる。そもそも中国の知的財産権侵害問題は、アメリカのみならずEUなどからも批判があった。しかしトランプ政権がWTOルールを無視する形で一方的制裁に打って出たものだから、中国がWTOルールを建前にして対応すれば、EUはこれに同調せざるを得ない。

アメリカの対中制裁は、時間をかけるほど国内外世論圧力にさらされることになる。それでもトランプ政権は、交渉期限を米朝首脳会談後に設定して、それが中国に対するプレッシャーになると読んでいるのだ。

5.しわ寄せを受けるのは日本

このようにして、トランプさんの「貿易戦争」ゲームは、テーブルをアジアに絞り、しかしながら韓国、中国に対して大幅な譲歩を勝ち取ったとは見られてはいない。安保カードを切ることによって、結果的には「貿易赤字も北朝鮮も」という作戦は、どちらつかずになっているようだ。

さて、日本だ。安倍さんはトランプさんととても友好的な関係だと信じていた。ところがトランプさんは3月22日、「安倍は『こんなに長い間、アメリカをうまくだませたなんて信じられない』とほくそ笑んでいる。そんな日々はもう終わりだ」と突き放した。これに対して安倍さんは、何を血迷ったのか25日に訪日したオバマさんと寿司を食ったのだ。

これは、選挙のことで頭がいっぱいのトランプさんの、その頭に血をのぼらせたことだろう。

そのアメリカ輸入制限措置に対して対応しているのは世耕経産相だが、これには違和感を覚える。通商問題だからということだろうが、アメリカと日本には「日米経済対話」という場が設けられており、日本側の責任者は麻生財務大臣だ。その麻生さんは3月20日にブエノスアイレスで開かれたG20(20ヵ国・地域財務相・中央銀行総裁会議)も欠席した。

ここではもちろんアメリカの輸入制限が議題になる。ほぼ1対19のミーティングだ。ましてや次回G20の議長国は日本だ。この場を活用しなくてどうする。「シンゾー・ドナルド」友達関係にどれほどの幻想を持っているのだろうか。

日本はこのトランプ「貿易戦争」ゲームへの対応で、決定的に立ち後れている。「日本は例外だ」という予断を引きずったという責めを免れない。あるいは鉄鋼ならば中国だろうと、油断したのかもしれない。

この立ち後れは、挽回が難しい。トランプさんはゲームの相手をアジアに絞り、韓国と中国相手に大きな成果を上げることができず焦っている。そうしたなかで、韓国との交渉では「為替条項」明記を引き出すことに成功した。まったく異例のことなのだが、前例となった。もちろん日本との交渉でも、これを突きつけてくることは間違いないだろう。そしてこの問題で日本が譲歩すれば、この条項が発動されなくとも、トランプさんが対日貿易赤字をツイートするだけで市場は円高に振れることだろう。

そのトランプさんと安倍さんは来月アメリカで会うことになっている。ここで安倍さんは米朝首脳会談についてトランプさんにクギを刺しにいくのだという。

何も見えていないのか。

日誌資料

  1. 03/16

    ・トランプ政権、対ロ制裁 米大統領選巡り
    ロシアも英外交官追放へ 元スパイ暗殺未遂巡り非難応酬 英ロ緊張、一段と高まる
    ・米、対中強行色全面に 国会経済会議委員長にクロドー氏 知財権侵害で制裁も
  2. 03/17

    ・米、台湾高官訪問合法に トランプ氏署名 中国は反発
    ・世界貿易勢い回復 17年成長率より高い伸び、6年ぶり 半導体けん引 <1>
    ・ビットコイン取引4分の1に 規制強化にらむ FXにシフトも
  3. 03/18

    ・「重老齢社会」、高齢者過半数が75歳以上 介護・認知症へ対応急務<2>
    ・世界の社債発行24%減(1-3月) 金利上昇、9年ぶり低水準 <3>
  4. 03/19

    ・プーチン大統領再任(18日)得票率76% 通算4期目へ 「強いロシア」前面に
    強硬外交指導力を演出 経済低迷への批判かわす 欧米かく乱拍車も
  5. 03/20

    ・「移行期間」20年末まで 英・EU、離脱巡り暫定合意
    ・フェイスブックから5000万人分情報流出か 英分析会社取得 <4>
    ・全人代閉幕、習氏「民族復興近づく」 台湾念頭「領土分割させぬ」
    ・年金情報、中国業者に 年金機構委託都内の業者が契約に反し入力委託
    ・艦載機「F35B」導入 政府・自民「いずも」は空母化 専守防衛との整合性課題
  6. 03/22

    ・G20閉幕 堅調世界経済に潜む火種 保護主義、中国経済、仮想通貨
    共同声明、米輸入制限けん制 対保護主義「対話と行動」
    ・米3カ月ぶり利上げ 0.25%、年3回据え置き 景気見通し上方修正 <5>
    ・米経常赤字、9年ぶり高水準 2017年46662億ドル、16年比3.2%増
    ・特許の国際出願 中国、日本抜き2位 知財は米中2強時代に
  7. 03/23

    ・対中関税1300品目25% 米、知財侵害で制裁(22日)対象5~6兆円 <6>
    中国、対抗関税を準備 ワインや豚肉、最高25%
    ・米の輸入制限発動(23日) 鉄・アルミ、日本にも適用
    NY株続落、終値724ドル安 日経平均900円超安 円は上昇、一時104円台に
    ・マクマスター米安保補佐官を解任 後任に強硬派ボルトン氏
    ・李明博元大統領を逮捕 韓国検察、収賄や横領の疑い 経験者、史上4人目
  8. 03/24

    ・米中貿易戦争、身構える世界 輸入制限発動 共倒れ警戒市場動揺 <7>
    トランプ氏対日圧力再び「もうだまされない」、FTA交渉にらむ
    日本政府、適用除外へ再交渉 中国、WTO順守強調
    世界株安再び加速 NY株週間下げ幅1413ドル、リーマン直後以来 日経平均・欧州も下げ

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