「 2018年05月 」一覧

週間国際経済2018(12) No.139 04/16~04/22

今週のポイント解説(12) 04/16~04/22

貿易戦争と貿易による平和

1.国際分業の利益

比較生産費にもとづく国際分業は、資源の有効な配分に資する。アダム・スミスによってその礎が築かれたとされる近代経済学の大前提だ。それ以降、どれだけ経済学説が分岐していこうと、「国際分業の利益」は経済学者たちによって合意され続けてきた。

しかしそれは、たんに経済学的合意にとどまらない。第二次世界大戦の背景には、国民経済至上主義による「近隣窮乏化」政策が、つまり「自国第一主義」による国際分業体制の崩壊があったという歴史認識もまた、広く合意されている。

したがって国際分業の利益とは「効率性」のみならず、「平和」だということだ。それぞれの国民経済が相互依存関係を深めることは、戦争のリスクを小さくするだろう。これが、国際経済学は「平和学」体系のひとつだと、ぼくが意味づける拠り所となっている。

2.自由貿易と格差

産業革命以降、世界経済が自由貿易のもとにあったならば、今もイギリスだけが工業国であっただろう。先進工業国であれ後発工業国であれ、例外なく自国産業を保護することによって工業化を達成することができた。また、農産物が貿易自由化の対象になってまだ30年しか経っていない。

国際分業の利益とは、それぞれの国民経済総体にとっての利益であって、当然のことながら国民経済内部のそれぞれの産業部門にとっては不利益を生む。だから貿易自由化の要点は、これら不利益を被る産業部門に対して目配せをして、適切な手順で適切なスピードで自由化(関税引き下げ、輸入制限撤廃)を進めるところにある。

東西冷戦崩壊以降、いわゆるグローバル化が急進展するなかで、この要点は軽んじられてきた。したがって不利益を被ってきた産業部門に従事する人々が、「反グローバル化」を政治に要求することは自然なことだった。

しかし、ポピュリズム政治がこの要求に対して保護主義によって、つまり関税引き上げや輸入制限によって応えようとすることは、不都合な結果をもたらす。

すでにグローバル化された経済のもとで、特定産業だけを保護しようとすれば別の産業に不利益を拡大させるだろう。また輸入制限対象国からの対抗措置によって不利益を被る産業が必ず生まれる。これが連鎖すると世界貿易そのものが萎縮し、全体の利益が損なわれる。

例えばトランプ政権の鉄鋼輸入制限措置によって、アメリカ鉄鋼産業において数万人の雇用が生まれたとしても、鉄鋼価格の上昇によって自動車や航空機産業ではその何倍もの雇用が失われる。また中国が、これに対抗して大豆の輸入関税を上げると発表すれば、それだけでアメリカの農家は打撃を受ける、というように。

つまり、グローバル化の歯車を逆転させることでは産業間格差を解消することはできない。それでも保護主義を掲げるポピュリズム政治は、ふたつの事実を覆い隠している。ひとつは財政、公平な税制と社会保障政策立て直しの遅れだ。もうひとつは、グローバル化の弊害としての格差の拡大は、自由貿易よりもじつは金融のグローバル化によるところがはるかに大きいということだ。

トランプ政治は、このふたつを覆い隠すどころかむしろ格差を拡大する方向にある。富裕層優遇減税、国民保険制度の撤廃、金融規制の緩和などがそれだ。自国第一主義的反グローバル風潮を扇動することによって、本質から人々の目をそらさせているように見える。

3.国際貿易は競争ではない

トランプ氏の言うように、貿易収支の赤字、黒字は「勝ち負け」でもなければ、サッカーでいう「得失点差」でもない。それを含む経常収支は国内の貯蓄と投資の差額に等しい。したがって、もし貿易赤字を減らしたければ大幅減税は逆効果だ。

そもそも中国の莫大な対米輸出の3割近くがアメリカ企業によるものだ。またグローバル企業に国旗をつけて応援することは錯覚による行為だ。国際貿易は、国対抗の競争ではなく、相互依存関係なのだ。

たとえば、日本と中国は対米輸出におけるライバル関係だという錯覚がある。もしそのとおりライバルならば、中国とアメリカがもめれば日本は得をすることになる。とんでもない、事実は正反対だ。

昨年度、日本の対中輸出は対米輸出を上回った。輸出総額約79兆円というのは過去最高だったリーマン・ショック前の2007年以来、10年ぶりの大きさだ。この間、対米輸出が8.5%減っていたのに対して、対中輸出は16.4%増えている(4月19日付日本経済新聞)。とくに対中輸出増で目立つのは、半導体製造装置、金属加工機械、産業用ロボットなどの分野だ。

つまり中国の好調な対米輸出は、日本からの輸入に大きく依存している。また輸出依存型の中国景気の拡大は、訪日消費を急増させている。日本と中国は外需でも内需でも、利害が対立する競争的関係よりも、利害を共有する相互依存関係がより強い。したがって、アメリカによる対中貿易制裁は、日本が得をするどころか大打撃を与えることになる。

こうした日中関係は、そのまま韓国、東南アジアを含めて広げても同じ利害関係を見いだすことができる。しかし我々は、あえて我々と呼ぼう、アジアは、共同でトランプ貿易戦争に対処することができない。

なぜか。貿易問題に安全保障問題が恣意的に絡められているからだ⇒ポイント解説№135

4.貿易による平和

国際分業の利益にもとづく相互依存関係の深化は、安全保障上のリスクも、したがってそのコストも小さくする。本来、経済学的にはそう言うことができる。反対に、保護主義と対抗措置の連鎖は安全保障上のリスクを、したがってそのコストを増大させる。歴史的にはそうだった。

現在、世界貿易はようやく順風に乗り始め、世界経済成長を牽引する力を回復させている。一方で、大不況からの脱出に費やされた財政支出の拡大が、それぞれの国民経済にとって大きな負担となっている。そこに高齢化社会による社会保障費急増が、例外なくのしかかってきている。財政余力が先細れば、社会格差は是正されるどころか拡大するだろう。

そこにポピュリズム政治がつけ込む隙を与え、彼らが「自国第一」的なナショナリズムを煽り、格差の原因を輸入にすり替え、国際的な相互依存関係を損なうという間違いに向かえば、誰も得はしないし、社会格差は拡大し、財政コストもまた増大する。
 

貿易戦争の極限の形態が、「経済制裁」だ。経済制裁が地政学的リスクを軽減させた歴史的前例は、ない。それが「最大限の圧力」であれば、なおさらだ。

朝鮮半島における南北融和と、アメリカとの戦争状態の終結に向けた動きは、我々、あえて我々と呼ぼう、アジアにとって歓迎すべき得がたい機会だ。

「非核化」の定義を巡る混乱は、これを論じるには専門外だ。しかし、それがどの地域を対象にしたどのような範囲であれ、「非核化」の前提が経済的相互依存関係の深化であることは、それを論じるに憚る理由はなにもない。

日誌資料

  1. 04/16

    ・日中外装会談(15日東京) 首脳往来で一致 来月の李首相来日調整
    年内の安倍首相訪中、その後の習近平氏来日も検討
    ・米、対ロ追加制裁へ シリア問題 アサド氏、攻撃は「侵略」
    ・中南米に背を向ける米 米州首脳会議にトランプ氏不在 中ロマネーじわり浸透
  2. 04/17

    ・日中経済対話(16日東京) 貿易戦争回避で一致 RCEPの交渉加速
    RCEP(アールセップ)アジア地域包括的経済連携 日中韓FTAも
    ・中国6.8%成長横ばい(1-3月) 金融監督強化で投資や不動産低迷
    消費は底堅く(前年同期比9.8%増) 好調輸出(14%増)、対米摩擦に懸念
  3. 04/18

    ・日米首脳会談(フロリダ) 北朝鮮非核化へ圧力維持 米大統領「拉致を提起」
    トランプ氏「TPPより2国間協議」とツイッター
    ・南北平和協定へ協議 韓国高官、首脳会談で意向
    ・中国、車の外資規制撤廃 22年に、市場開放アピール 再編で競争力高める
    ・輸出10年ぶり高水準 昨年度79兆円、過去2番目 貿易黒字2年連続 <1>
    アジア向け13%増の43兆円 中国向けは18%増 貿易黒字は38%減、原油高で
  4. 04/19

    ・日米首脳会談 米、2国間協定に意欲 鉄・アルミ輸入制限除外せず <2>
    通商協議隔たり鮮明 安倍首相「最善はTPP」 トランプ氏「2国間が良い」
    ・ポンペオCIA長官、金正恩氏と会談(3月末) 米朝交渉、情報機関が主導
    トランプ氏「いい関係築いた」 外交当局(国務省など)介せずリスクも
    ・対中輸出が米向け逆転 昨年度6年ぶり 先端投資拡大で需要 <3>
    ・訪日消費17%増の1兆円超え 1~3月、1人当たりは横ばい
  5. 04/20

    ・貿易、米国第一の風圧 トランプ氏FTA交渉迫る 牛肉・自動車標的に <4>
    為替言及なく市場安堵 CIA長官と金正恩氏会談で地政学リスク和らぐ 円下落、株続伸
    ・消費者物価3月0.9%上昇 電気代(5.2%)宅配料(12%)影響
    ・中韓、南米とFTAへ動く メルコスル4ヵ国2.6億人市場 米保護主義で接近
    ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、GDP合計2.5兆ドル、ASEANに匹敵
  6. 04/21

    ・北朝鮮「核実験を中止」正恩氏「兵器化を完了」ICBM発射不要<5>
    実験場廃棄も表明 経済重視で内部固め トランプ氏「大きな前進」 拘束の米国人解放へ
    ・G20財務相・中央銀行総裁会議(19日ワシントン)反保護主義、米に響かず
    貿易摩擦悪化でも議論低調 共同声明も見送りへ
    ・原油3年半ぶり高値圏 1バレル=70ドルに迫る 協調減産で在庫減 <6>
  7. 04/22

    ・G20閉幕 同時成長に米中摩擦が影 過剰債務にも警鐘

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