週間国際経済2017(18) No.103 6/5~6/11

今週のポイント解説(18) 6/5~6/11

イギリスの混乱から何を学ぶか 「自国第一主義」の不利益 その(2)

1.多数の奢り

それにしても安倍首相は、どうして「共謀罪」可決・成立をあそこまで急いだのだろうか。テロ防止とは無関係だし、だから東京オリンピックとも関係ない。国際条約締結に必要だというウソもばれている。法案についてまともな説明すらできないまま、こともあろうに委員会採決を省略して本会議「中間報告」という禁じ手にまでおよぶ始末だ。

それでも採決を強行できる「多数の奢り」、もちろんそうなのだが、それだけでもないような様子が会期末に浮かび上がっていたような気がする。多数の力でねじ伏せる強気というよりも、どうしても廃案にできない会期延長もできないという「怯え」がそれだ。それは「多数内部の事情」から窺える。

つまり、「ポスト安倍」の動きがそれだ。来年予定されている自民党総裁選、規約を改正して安倍三選が確実視されていたが、森友・加計で「安倍一強」は揺らいだ。石破氏は立候補の意欲を隠さないし、麻生・岸田・谷垣といった旧「宏池会」は再編の動きをにわかに見せ始めた。文科省の内部告発も良心の呵責からとだは思うのだが、その矛先は「反アベ」に違いない。すると大手メディアの「忖度」も後退していく。

ここで「共謀罪」廃案はもちろん会期延長も安倍政権の求心力を大きく損なうことになるだろう。だから国会を力でねじ伏せた。

この「多数内部の事情」を最優先する「多数の奢り」こそ最も醜悪であり、かつ危険なのだ。その奢りから生まれたもの(今回の場合「共謀罪」)は、当時の事情をせせら笑うかのように、その後の社会生活に計り知れない混乱をもたらすのだ。

2.なぜイギリスは国民投票をしたのか

デービッド・キャメロンは43歳という史上最年少の若さでイギリスの首相に選ばれた。しかし与党保守党内の基盤は弱く、反EU派幹部から圧力が加えられていた。そこでキャメロンは2015年の総選挙でEU離脱・残留を問う国民投票を実施すると公約し、圧勝してかつ与党内基盤も確立した。

議会内では「残留派」が圧倒多数だ。国民投票でも離脱支持が多数になるとは思えなかった。国民投票実施期限は2017年末だったが、キャメロンは2016年に実施すると言い出した。その年の10月には保守党大会が予定されているという「多数内部の事情」だった。ましてや2017年にはフランス大統領選挙がドイツ総選挙が予定されている。その前に実施することでEUから少なくない譲歩を勝ち取ろうという「奢り」だった。

ところが国民投票を前にして保守党は分裂する。前ロンドン市長ボリス・ジョンソンが離脱派リーダーとして脚光を浴び始める。ジョンソンは残留派だった。しかし国民投票で負けても与党内離脱派の支持を得て「ポスト・キャメロン」として次期党首選に名乗りを上げるつもりだった。

そう「多数内部の事情」を最優先する「多数の奢り」だった。ここから生まれたEU離脱は、当時の事情をせせら笑うかのように、その後のイギリス社会生活に計り知れない混乱をもたらしたのだ。

3.なぜメイ首相は総選挙を実施したのか

前回イギリス総選挙は2015年、ここで国民投票実施を掲げて保守党は圧勝したことは前項で述べた。次回は2020年、しかしメイ首相は単独過半数の議会を解散して前倒し総選挙に打って出た。もちろんさらに議席数を増やしたかったからだ。

勝算は世論調査に裏付けされていた。与党保守党の支持率は野党第一党労働党のそれを20ポイントほど上回っていた。労働党はコービン党首に対する内部信認の揺らぎから事実上の分裂状態にあると見られている。「与党のほうがまだましだ」、これがそのまま投票に反映されたなら、与党は10議席以上議席を増やすと見られていた。

しかし単独過半数から議席を上積みする必要があったのだろうか。そこには「多数内部の事情」があった。まずメイ首相はキャメロン前首相が引責辞任をした後を継いだわけだから総選挙に勝った党首ではない。

次に、そのメイ首相はこれからEUと離脱交渉に入る。与党支持率は高いが、EU離脱に関しては微妙だった。2月29日にイギリスが離脱通知をした時点での世論調査によると、EU離脱に関するメイ首相の方針を「支持する」は38%、「支持しない」は33%と微妙だった。さらにEU離脱がイギリス経済に与える影響には「悪い」が43%と、「良い」の33%を上回っていた(BMG調べ、3月30日付日本経済新聞)。

だからメイ氏は圧倒多数を勝ち取ったリーダーとして対EU交渉に臨みたかったのだ。まだイギリスはEU離脱をするにしても「ハード・ブレグジット」(単一市場からの完全撤退など)なのか「ソフト・ブレグジッド」(より穏健な離脱)なのか結論が出てるわけではない。これは相手のいることだから、交渉しながら妥協点を探る、その妥協を議会で討論する必要がある。

ところがメイ氏は高い支持率を背景に、強い交渉力を求めた。議会および国民と誠実に対話していくことを省こうとした「多数の奢り」だった。これが裏目に出た。保守党は議席を減らし、過半数を割ってしまったのだ。

イギリスは国民投票で「まさか」離脱支持が多数になった。そして総選挙で高い支持率の与党が「まさか」敗北した。どちらの「まさか」も「多数の奢り」が生んだものだ。それはイギリス社会経済に計り知れない混乱を与えているのだ。

4.逆転する「まさか」の歯車

メイ首相の誤算は「争点」作りにあった。今回の総選挙で投票を左右したのはブレグジッドがハードなのかソフトなのかではなかった。そして前回の総選挙と決定的に違ったのは「若者の投票率」だった。いわゆる若年層(18~24歳)の投票率は前回の43%から70%近くにまで跳ね上がった。そして彼らの3人に2人は野党労働党に投票したのだった。

そして彼ら若者にとっての「争点」は対EUではなく、「再分配」と「公平な社会」だったという。

先週のポイント解説では、拡大する格差に対する不満を現代版ポピュリストたちは「自国第一主義」という排外主義に結びつけることで「まさか」を演出したことを指摘した。しかし今回の選挙でイギリスの若者たちはそうした「外」と「内」ではなく、保守政治の福祉政策そのものにフォーカスしてあるべき方向を問いだしたというのだ。

そして昨年の国民投票の教訓から、若者たちは各地のカフェに集まり「難民救済のためにイギリスができること」、「EUの若者たちとの協力について」議論し、その内容をSNSで拡散していった。

この動きが与党敗北という「まさか」を生み出したのだ。

イギリス総選挙の1カ月前にはフランス大統領選挙で親EUのマクロン氏が極右のルペン氏に大差をつけて勝利した。その後の下院選挙でもマクロン新党は大勝の勢いだ。フランスの失業率は9.5%、これはEU平均を上回っている。しかし有権者は排外主義に背を向けてマクロン氏のEU統合深化論を支持したのだ。

さらにその前の5月にはドイツの地方選では、排外主義の波に追い詰められていたメルケル与党が最大州を制し、9月の総選挙でも優勢が伝えられている。
 

トランプ氏は前FBI長官に「嘘をついている」と議会公聴会で証言された。イギリスではロンドン出身のポップ歌手が歌う「シーズ(メイ イズ)ア ライアー」が人気急上昇だった。

外に敵を作る「自国第一主義」は一時的に多数を形成した。「多数の奢り」はウソを生み、そのウソに気づいた人々は歯車を逆転させ始めた。

日誌資料

  1. 06/05

    ・ロンドンでテロ7人死亡 車暴走後、刃物で襲撃
    ・日銀、ETF(上場投資信託)保有16兆円 3月末 1年で1.8倍 株価下支え
    ・メキシコ経済上向く 1-4月の自動車生産前年同期比13.8%で過去最高
  2. 06/06

    ・安倍首相、一帯一路に協力姿勢 公正さなど条件に日本企業の参加妨げず<1>
    国際交流会議「アジアの未来」で、構想のポテンシャルを評価
    ・日中首脳の相互訪問提案 来年まず首相訪中 経済軸に関係改善
    5月末楊国務委員来日時に政府提案 相互訪問は2008年以来 来年は平和友好条約40周年
    「日本外し」警戒 米中接近・北朝鮮にらむ
  3. 06/07

    ・南シナ海軍事拠点化懸念 米国防省が対中国で報告書
    尖閣は日米安保第5条の適用対象と明記
    ・日印原子力協定を参院が承認 原発輸出可能に インドの核保有を追認
  4. 06/08

    ・「米大統領が捜査中止要請」 FBI前長官が書面証言
    ・4月経常黒字10年ぶり高水準 前年同月比7.5%増の1.95兆円 <2>
    訪日客最高の257万人 貿易黒字は原油高で19%減 第1次所得収支は6%増の1.84兆円
  5. 06/09

    ・「トランプ氏が嘘」 コミー前FBI長官が議会証言(8日)<3>
  6. 06/10

    ・英総選挙、与党が敗北 EU強硬離脱に影 メイ首相の賭け裏目も続投表明<4>
    保守党公約(介護費用負担額引き上げ)対テロ(内相時代警察官2万人減)不評
    野党労働党は若者つかむ(若年層投票率72%)
    ポンド急落も株への影響限定的 「離脱穏やかに」の見方
    ・「骨太方針」(経済財政運営の基本方針)決定 「安倍1強」生かせず
    アベノミクス5年で潜在成長率低下 社会保障・財政「落第」 高い支持率も安保に隔たり
    ・中独企業蜜月時代 自動運転やIOT 技術・市場の思惑一致 独、高まる中国依存
    ・インド新車販売6%増 5月、5カ月連続プラス
  7. 06/11

    ・英政権運営綱渡り メイ首相、閣外協力軸に 地域政党と連携急ぐ
    北アイルランド民主統一党の10議席で過半数もEU離脱には温度差
    ・国の税収、7年ぶり減 法人税、好業績でも伸びず
    プラス成長下での減収は異例 「成長による財政再建」の土台揺らぐ
    ・預金ついに1000兆円 金利無くても残高最高 回らぬ経済象徴 <5>
    普通預金金利0.001%(100万円1年で10円)でも預金 預貸率70%台に低下
    ・官民投資、中国で乱立 地下鉄など総額230兆円
    「民」の実態は国有企業? 不良資産拡大も

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