週間国際経済2017(31) No.116 9/25~10/01

今週のポイント解説(31) 9/25~10/1

ユリノミクスとアベノミクス

1.ブームではなく政策

安倍首相が街頭演説で「日本の未来をつくるのはブームではなく政策だ」と訴えている姿が何度もテレビで流されていた。そうなのか、小池新党はブームなのか。たしかに小池さん率いる「都民ファースト」は都議会選挙で完勝したが、これは公明党との選挙協力の賜物だ。でも、大切なのは政策だということについては、まったく異論はない。衆議院選挙は政権選択選挙だ。有権者にとって選択のポイントはそれこそ首班指名が誰なのかよりも、やはりその「政策」だろう。

ところが困ったことに、自民党と希望の党の政策に明確な違いがあるとは思えないのだ。第一に、安全保障政策。集団的自衛権行使を容認した2015年の新安保法制について希望の党は全面的に同意している。

次に改憲。安倍首相は今年5月の憲法記念日に突然、第9条に自衛隊の存在を明記すると言い出した。国会で安倍さんは、それは自民党総裁としての見解だから、国会での内閣総理大臣として答弁はしないと突っぱねた。そのまま国民的な議論は進まないままにそれが選挙公約になったのだが、小池さんはそれも「検討対象」だという。援護射撃のごとくだ。むしろこの点では与党の公明党より自民党に近いだろう。

これらのことは希望の党が民進党出身者に突きつけた公認条件からも明らかだ。安倍政権下で与野党が対立していたのは、特定秘密保護法案、新安保法制そして共謀罪。それらすべてが安倍さんと小池さんの間には対立軸がない。北朝鮮問題は、言うまでもない。

経済政策では、希望の党の公約には「規制改革や特区を活用し云々」とあるが、これは安倍政権発足当時のアベノミクス第3の矢と違いがわからない。教育無償化についても公明党を含めてみな似たようなことを言っている。ベーシックインカムについてもほとんど内容がない。民進党出身者のアイデアを看板だけ頂いたのだろう。

まぁ突然の抜き打ち解散だから仕方がないのかもしれない。自民党も消費税率引き上げ増収分の一部を教育無償化などに充てると言うのだが、これも民進党の前原さんが「トンビに油揚げを」と苦笑いした民進党の政策だ。希望の党も自民党も分裂した民進党の政策を分け合っているのだから変な話だ。原発ゼロについては、あとで少しふれる。

小池さんは「安倍1強」を倒すと勇ましいのだが、その安倍1強を揺るがした「モリカケ疑惑」については徹底的に真相究明をするとは言わない。「情報公開のあり方を抜本的に見直す」とむしろ役所に矛先をむけているくらいだ。

ここまで違いがなければ、政権交代どころか連立政権を組んでも不自然ではない。こんな政権選択選挙があるとは思ってもいなかった。

では、今の日本の政治には争われるべき政策は、有権者が選択を迫られる政策はないのだろうか。そんなわけはない。ではどうしてそれが争点にならないのだろうか。思うにそれは、それぞれの政党にとって政策として掲げるには「不都合な争点」だからではないだろうか。だとしたら、それはたいへんなことだ。

2.不都合な争点(1) 財政再建

今、日本の政治が問われるべき最大の課題は、財政赤字と少子高齢化だと思う。もちろんこの両者は関連している。税を負担する人が減り、福祉を受ける人が増えているのだから。そして財政赤字は税収増か支出減によって解決しなければならない。しかしどの政党も減税と支出増大を訴えているのだ。

税収増は好景気による法人税収などの増加か、税率引き上げによるか、どちらかだ。しかし昨年は経済成長はプラスだったが税収はマイナスだった。安倍政権によって法人税率は引き下げられ、消費税率引き上げは2度延期された。

2014年11月の解散総選挙で安倍政権は消費税率引き上げの1年半延期を公約に圧勝した。このとき「再び延期することはない」と約束していたが、2016年の6月に2年半の延期を「国民に問う」と言って参議院選挙で圧勝した(この間、法人税率は繰り返し引き下げられている)。

大切なことは、このどちらのときも国民による消費税率引き上げ反対世論が高まっていたわけではないということだ。なぜなら将来が不安だから。みんな日本の財政がたいへんなことになっていることは知っている。老後のことも心配だ。増税は「今するか、今度にするか」の選択であり、後回しにすれば財政赤字はそれだけ増えることを知っている。

だから安倍首相は、同時に財政再建も約束していたのだった。それが2020年度に基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化だった。その年度には政策経費を税収だけで賄うから財政再建の見通しが立つようになると。

そして今回、安倍首相はこの財政再建目標まで先送りにしてしまった。そればかりではない。2019年10月に予定されている消費税率引き上げにともなう税収増分の使い道を変えると言い出したのだ。

消費税が8%から10%に引き上げられれば増収分は5兆円台半ばになると見込まれている。このうち4兆円は借金の返済に、残りは医療や介護などの社会保障費に充てるというのが自民党・公明党・民主党(当時)の約束だった(「税と社会保障の一体改革」)。どの党も増税を言い出すのは嫌だから、3党合意の形で国民の理解を得たのだった。だからこれは国民的合意だ。

それを安倍首相は借金返済分の4兆円のうち2兆円ほどを「人づくり革命」とやらに使うと言い出した。社会保障が高齢者福祉に偏っているから教育の無償化などにも振り向けて「全世代型」にするというのだ。

聞こえはいいかもしれないが、これは財政的には新たな政策財源に赤字国債発行を充てるのと同じこと。つまり借金返済分が減って、そのぶん将来にツケが回される。さらに3党合意を破棄するのだから、消費税率引き上げによる増収分は防衛や公共事業などの分野からも歳出増の要求が相次ぐ可能性が高い(9月20日付日本経済新聞)。

これは合意破棄であるばかりではなく明らかな公約違反だ。それでも野党はこれを争点にする様子はない。むしろ希望の党はその2019年の消費税率引き上げ自体を「凍結」すると公約に明記した。小池代表は「一度立ち止まって考えましょう」と築地、豊洲市場移転と同じような手法を持ち出した。これは消費税率引き上げを実施するか延期するかを曖昧にするものだから、財政再建は完全に棚上げ状態にされてしまう。

アベノミクスは財政再建公約を破棄し、ユリノミクスはそのうえに減税と給付を約束する。だからどちらが選挙に勝っても財政再建は遠のく。それは不都合な争点だからなのだ。

3.そもそも政策とは

今回は初めて18歳以上が有権者となる衆議院選挙だ。やはり教員として特定の政党に対する批判は慎むべきだろう。ここでは「そもそも論」として選挙全体を批評することにしよう。アベノミクスであれユリノミクスであれエコノミクスなのだから経済政策を意味しているのだろう。では政府の経済政策とはそもそも何なんだろうか。

市場は3つの経済主体で構成され、それは個人(あるいは家計)、企業、政府だ。政府の経済的役割は、公共財の生産、所得の再分配、景気の安定に求められる。これらはすべて「徴税」という国家権力の行使があってこそできることだ。

しかし、どれくらいの公共財・サービスを生産するのか、社会保障や公共事業にどれくらい支出するのかは価格メカニズムで決定されるものではない。したがってそれらは、選挙で決めることになる。

だから議会制民主主義とは「税の集め方と使い方を納税者の代表が議論する場」であり、それが財政政策なのだ。その財政政策は大きくふたつに分けられる。ひとつは高負担(税負担)・高福祉(社会保障)であり、もうひとつは低負担・低福祉だ。「大きな政府」と「小さな政府」と分けることもできる。

二大政党体制とはこの財政政策について政権交代を前提にして有権者が選択するところに意味がある。増税して社会福祉を充実させるのか、福祉は削減するけれど企業や個人の税負担を軽減させるのか、まずこれを問うことが選挙なのだ。

ところが今回の選挙は、すべての政党が「低負担・高福祉」を公約に掲げている。アベノミクスはもう消費税率引き上げを延期できない(はずだ)。公約違反を繰り返すことになるし、デフレ脱却に失敗したことを認めることになるからだ。そこで増収分を財政赤字削減に充てるといく約束を反故にしてそれを教育費に使うと言い出した。

ユリノミクスはその消費税率引き上げを凍結し(これは事実上の減税になる)、さらにベーシック・インカムという莫大な額の支出を約束している。立憲民主党や共産党を含めて消費税率引き上げによる財政再建と社会保障の充実を訴えることはない。

なぜだろう。「低負担・高福祉」を掲げなければ選挙を戦えないからだ。でも少し考えればわかることだが、耳障りの良い「低負担・高福祉」を続ければ、間違いなく近い将来の日本は「高負担・低福祉」社会へと落ちていくしかない。

本来、すべての政党および国会議員は財政を安定させる責任を負うことが議会制民主主義の大前提だと言うことができる。GDPの2倍を超える財政赤字を抱える国など日本以外にない。日本社会最大の課題のひとつである「財政再建」についていっさい争点にならない国政選挙。

もちろん政治に問題があるのだが、有権者にも責任がある。納税者として財政の安定を政府に要求しないから、政党はそれに合わせているのだけのことだ。
 

こうした争点にならない「不都合な争点」はまだ他にある。長くなりすぎるので、後半は次回のポイント解説にまわすことにしよう。

日誌資料

  1. 09/25

    ・独総選挙でメルケル与党議席減 極右前進60年ぶり議席、第3党に
    ・仏マクロン与党議席減 上院選、改革にブレーキ
    ・鉄冷え解消の兆し 中国、設備1億トン廃棄 市況好転 追加削減が焦点
    日本生産の1年分 輸出も3割減らしたがなお2億トンの設備余剰抱える
    ・日米原子力協定延長へ 米政権が方針 核燃料の再処理継続
    プルトニウムの平和利用認める(非核保有国で唯一)来年7月に30年の期限迎える
  2. 09/26

    ・安倍首相、28日解散表明(25日) 増税使途見直し問う 財政黒字化を先送り <1>
    ・小池氏「希望の党」代表に(25日) 消費増税凍結訴え 全国に候補者
    ・トランプ政権幹部6人、公務に私用メール クシュナー氏やイバンカさん
    ・郵政株2次売却、1株1322円に(財務省) 総額1.4兆円、復興財源に
  3. 09/27

    ・日経社長100人アンケート 財政目標先送り反対6割 <2>
    ・軍事力行使「準備は万全」 米大統領、北朝鮮に警告
    ・英家電大手ダイソン、EV参入 20年までに独自開発
  4. 09/28

    ・米法人税率20%に下げ(現在35%)政権・共和党が統一案 <3><4>
    10年間で1.5兆ドル(約170兆円)減税 さらに海外所得は非課税 3%成長で税収増見込む
    財政は悪化懸念 政府債務20兆ドル(16年度)対GDP比106%まで膨らむ
    円、一時113円台、2カ月ぶりの円安ドル高
    ・衆院解散、総選挙へ 政権継続の是非問う 来月10日公示22日投開票
    ・年金受給70歳超も 内閣府有識者会議提言 高齢者の就労促進
    ・クルド「勝利」独立問う住民投票9割賛成 中東混迷深く <5>
  5. 09/29

    ・第4回EU離脱交渉 英「清算金」譲歩は小幅 通商協議入りなお遠く
    加盟国として約束した財政負担の履行 EU600億ユーロ(約8兆円)英約200億ユーロ
    ・中国、新エネ車19年10% 製造・販売義務付け 比率未達なら罰則も <6>
    20年は12% ガソリン車製造販売禁止する検討も着手 日本勢、量産準備急ぐ
  6. 09/30

    ・製造業雇用1000万人回復 1~8月7年ぶり アジア人件費上昇などで国内回帰映す
    ・仮想通貨、取引所を登録 まず11社、異業種も 利用者保護へ経営監視
    ルール整備なお課題 中国、韓国は新規仮想通貨公開を全面的に禁止 
    ・東南アジア新車販売8月3%増28.5万台 5か月ぶり高水準
  7. 10/01

    ・日産、大規模リコールも 国内全6工場で不適切検査 管理体制に落とし穴
    ・日銀緩和出口、高まるリスク 遠のくほど利払い膨張 財政の緩み警戒
    ・北朝鮮、仮想通貨詐取か 韓国にサイバー攻撃 制裁避け資金調達

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