週間国際経済2017(39) No.124 11/27~12/03

今週のポイント解説(39) 11/27~12/03

トランプさんの犬笛

1.犬笛的政治(あるいは修辞法)

アメリカのメディアでは(最近はイギリスのメディアでも見かけたが)、トランプ政治に関わる記事のなかによく”dog-whistle politics(あるいはrhetoric)”という表現と出くわすことがある。「ドッグ・ホイッスル」つまり、犬笛だ。

犬笛は犬にしか聞こえないことから、ある特定の集団にしか理解できない政治、あるいは表現を意味する言葉だが、たしかにトランプ政治は犬(特定の集団)にしか理解できない傾向が強いといえる。

米英メディアによれば、その犬(特定の集団)とは「支持者たち」を指している。ある特別な感情を共有している有権者たちや、ある特別な利害を共有している利益代表者たちがそれだ。

どの社会でもありがちなことではあるが、ことアメリカの大統領がこうした手法をとることは珍しい。オバマさんほど普遍性にこだわらなくとも、より多くの人々の(国内であれ海外であれ)共感を得ようと努力するものだ。またそれがアメリカ政治のもつソフト・パワーの源泉でもあった。自由、人権、平和、環境など、たとえ外面だけでも取り繕わなければならなかった。

ところがトランプさんにはそれが見当たらないどころか、むしろ反逆的な言動が繰り返される。こうした強面の手法の裏には彼の弱さがある。トランプさんが大統領に就任した当時のポイント解説で、トランプ新大統領には「致命的な弱点が少なくとも3つある」と指摘していた⇒ポイント解説№87。 それは第一に低い支持率、第二にロシア疑惑、第三として利益相反だと。

この1年を振り返れば、たしかにトランプさんは犬笛を吹きまくった。トランプ政治の特徴は、支持者を増やそうとすれば既存の支持層を失うところにある。そしてロシア疑惑はアメリカの国家的利益にとって重大な問題であるし、利益相反についても大統領の資質として重大な問題となる。

これは綱渡りだ。そうとうなバランス感覚が求められる。ところがトランプさんの戦術はあえてこのバランスを放棄することだった。犬(特定の集団)にだけ理解できる笛を吹き続けることで、その支持基盤を保持しようとすることだった。

この戦術は、社会に分断と対立を生む。しかしその分断と対立の溝が深くなるほど犬(特定の集団)は団結する。こうした傾向は第二、第三の致命的弱点、つまりロシア疑惑や利益相反が具体的に明らかになればなるほど強くなる。

2.公約

その「3つの致命的弱点」を指摘したポイント解説のタイトルは「キャンペーン・プロミス」だった。ハーバード大学出身のインテリタレント、パックンが教えてくれた。アメリカ英語で campaign promise とは「嘘」のことだと。だからトランプ候補の公約は大半が嘘だから安心してもいいと思っている人が多いのだと。

メキシコの壁などがその象徴だ。ウソというよりジョークの部類だと思っていた。そのほかに、オバマケアの撤廃、パリ協定やTPPからの離脱、大幅減税と大規模インフラ投資など、とくに財政面からとても整合性のないことを並べていた。ところが一時期マーケットがこれに反応して「トランプ相場」が高揚した。犬笛が犬に届いたのだ。

これに味を占めたのか、むしろ追い詰められたのか、トランプさんは公約(ウソ)実現という笛を吹き続けることになる。そして笛は犬にだけ聞こればいい。オバマケア撤廃もパリ協定やTPPからの離脱も、NARTAの見直しも、どれだけ多くの国民生活や産業にとって被害をもたらすものであっても、アメリカの国際的地位を落とし込めるものであっても、「公約実現」を支持者に訴えた。その支持を固めるために移民排斥や宗教的・性的差別を繰り返した。

3.外交的孤立

犬笛は犬にしか理解できないから、犬でなければ理解できない。そして世界には犬でないほうが圧倒的に多い。それでもトランプさんは犬笛を吹き続ける。それが犬に届けばいいからだ。

だから通商政策では「2国間交渉」だとか「不公正貿易」だとかに執拗にこだわってアメリカ市場を縮めているのだが、これが支持者には国内「雇用の保護」に聞こえる。外交政策でも北朝鮮核ミサイルや南シナ海問題でもブレまくる。トランプさんは金正恩さんとも習近平さんとも取引のふりをしているだけだ。その取引のふりが犬笛となって犬にどう聞こえるかを探っているだけなのだ。

そしてついにはエルサレムをイスラエルの首都と認定しアメリカ大使館を移転すると言い出した。国務長官も国防長官も反対していたが、公約の「有言実行」だという。戦後英米は外交政策上の不協和音が生じたことはまずなかった。そのイギリスさえ「賛成できない」と断じた。国連安保理緊急会合が開かれ英仏独伊スウェーデン5か国は首都認定に反対する共同声明を発表した(さすがに日本だけは批判を避けている)。

もちろんイスラム圏では強烈な反発が高まる。親米のサウジアラビアやエジプトも困っている。国民の反米感情が政権不満に向かうことを恐れている。とうのイスラエルも混乱を憂いているのが本音だろう。こっそりと進めていたパレスチナ自治区への入植行動も一気に問題視されるだろう。

驚くべきはトランプさんがこの政策を中東和平の「新しいアプローチ」と言って憚らないことだ。これだけ広く強い反発を受けながらなお、アメリカがこの複雑な地域の仲介者であり続けることができると思っているのだろうか。

いや、これも多分、犬笛だ。

4.心配の種が増え続ける

犬笛の音量は大きくなってきている。先日(11日)は人類を再び月に送る新宇宙計画なるものを発表した。どこまで行くつもりなのだろう。

ロシア疑惑に対する特別検察官の追及は核心に近づきつつある。トランプさんの側近中の側近だったフリン前補佐官は司法取引に応じてロシアとの接触について認め、これはトランプさんの娘婿クシュナーさんの指示だと説明したという。トランプさんの長男も下院委員会で証言した。

そのロシアはプーチンさんが中東各国を訪れて対米批判を受け止めてまわっている。エルサレム首都認定に反対し、対北朝鮮対話路線を主張するティラーソン国務長官は年明けにも更迭との噂が絶えない。後任はまた軍人出身者だという。

さて、キャンペーン・プロミスの本丸は大幅な法人税減税だ。来年の中間選挙を前に混迷しながらも骨格が固まり始めている。じつはこれも犬笛だ。これに関連して年末に予想されるFRBの追加利上げ以降の金融政策はどうなるのだろうか。イエレンさんはもういない(これらの問題はまた別のポイント解説で取り上げなくてはならない)。

そして、そのトランプ政権と「100%ともにある」日本政府はどうするのだろうか。エルサレム首都認定については主要国で唯一賛否を曖昧にしている。巨大なイスラム圏とどうやって付き合っていくつもりなのだろう。

トランプさん訪日では通商交渉と絡めてアメリカ製防衛装備品(兵器のことだ)の大量購入を要求された。地上型イージスの配備は決定した。でも運用は5年ほど先のことだ。しかも北朝鮮のICBMがアメリカ本土に届くには日本上空を通らない。日本は何年先にロシア上空の北朝鮮ミサイルを迎撃するつもりなんだろう。さらに射程1000キロのロッキード・マーチン社の長距離ミサイルの購入も検討しているという。どこに向かって打つのだろう。

テレビに出ている軍事専門家や外交評論家に、誰か空気の読めないタレントかアシスタントが質問してみてくれないものだろうか。

トランプさんは「日本に武器をたくさん売ったぞ」と犬笛を吹くが、日本政府はこれらに中国やロシアが過剰に(あるいは意図的に)対抗しないとでも思っているのだろうか。
 

やはり犬笛は、犬にしか理解できない。

日誌資料

  1. 11/27

    ・9月末上場企業利益剰余金約260兆円 全体の56%が過去最高 <1>
    2007年度から約86兆円増 18年3月期末純利益は前期から17%増える見込み
  2. 11/28

    ・中国スマホ決済660兆円 2年で2倍に拡大 <2>
    個人情報入力による信用力で特典、利用に拍車 国民監視に懸念も
    ・待機児童ゼロ「達成可能」半数(日経調べ) 都市部162市区、政府目標の20年度末
    ・世界の資産有用1.6京円へ 2025年新興国で中間層台頭、先進国の高齢化
    ・東レも品質データ改ざん 子会社検査 タイヤ補強材で
  3. 11/29

    ・北朝鮮が新型ICBM 1万キロ超、米首都射程か 高度4475㌔ 日本海に落下
    午前3時18分ごろ発射 青森県西約250㌔に落下
    ・中・東欧にインフラ融資 中国「一帯一路」で影響力
    李克強首相ハンガリー訪問(27日) ブタペストで16カ国首脳と会議
    ・日銀ETF(上場信託投信)保有時価20兆円 自己資本の2.5倍に <3>
    ・米年末商戦序盤 ネットが17%増収 通販客、実店舗上回る
  4. 11/30

    ・北朝鮮「核戦力は完成」 米全土射程に 実戦配備なお時間も <4>
    Jアラート発動見送り「我が国に飛来する可能性はない」 首相、官邸入り2時間半後
    ・米、中国に石油禁輸要求 安保理緊急会合 対北朝鮮 中ロは対話強調
    ・韓国中銀が利上げ 6年5か月ぶり、1.5%に
    半導体輸出などで景気回復 米利上げで米韓金利逆転を懸念
    ・ビットコイン、初の1万1000ドル
  5. 12/01

    ・NY株初の2万4000ドル台(30日) IT収益力強く 税制改革に期待 <5>
    ・ティラーソン米国務長官更迭の報道 大統領、否定せず 北朝鮮巡る路線対立か
    ・産油国減産、来年末まで延長合意 17年末から2年間の異例の長さ
    ・求人倍率43年ぶり高水準 10月1.55倍 人手不足一段と強まるも物価上昇緩やかに
  6. 12/02

    ・中国、ミャンマー取り込み スー・チー氏訪中 一帯一路で協力
    ミャンマー、ロヒンギャ難民問題で欧米との距離広げる
    ・フリン前米大統領補佐官訴追 ロシア疑惑で虚偽供述 米政権中枢にメスも
    ・米新車販売11月0.9%増 ハリケーン特需は一巡 18年は2%減予測
    ・国内新車販売11月2.6%減 2カ月連続の減少 日産・スバル無資格審査響く
  7. 12/03

    ・米法人税率20%に下げ(現行35%)上院可決、下院と時期協議
    ・米上下院 海外子会社からの配当課税廃止で一致 海外マネー還流促す

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