週間国際経済2021(17) No.267 05/18~05/24

今週のポイント解説(17) 05/18~05/24

ビットコイン急落

1.仮想通貨軒並み急落

5月19日、ビットコインが一時30%下落して4月に付けた最高値からたった1ヶ月で半値になってしまいました。イーサリアムも40%以上下落し、これが金融市場を揺らしNY株価も前日比で0.5%安となりました。

なぜビットコインは大幅に安くなったのでしょう。最初の答えは「高すぎたから」です。あるいはその価格にそもそもなんらの「価値の裏付けがないから」です。ぼくたちは今もビットコインなどを「仮想通貨」と呼ぶことがありますが、金融の世界では「暗号資産」という言葉を使うようになっています。というのも、ビットコインなどに通貨としての機能が認められなくなっているからです(アメリカではコモディティ、つまり商品と見なされ商品先物取引委員会の管轄下に置かれています)。

通貨の機能というのは価値の尺度と交換の手段です。その機能を持つものは、そこに信認と利便性が認められれば、それを使う人にとっては通貨なのです。人々が通貨と認めれば通貨、それが歴史的存在としての通貨なのですから。ビットコインは登場したときには決済手段として利便性(コスト)が認められ、これが広範に支持されれば価値の尺度のひとつとなったかもしれません。しかし価格変動があまりに激しく、通貨の機能を失っていきます。

そしてたんなる資金運用の対象になっていきました(通貨の機能には第三として富の蓄積があると言われていますが、これは派生的機能とされています)。運用の対象つまり資産ですが、ビットコインには価値の裏付けがありません。株式ならば企業収益とか、金でしたら希少性とか装飾品としての値打ちとかですね。またどの法定通貨(ドルとかユーロとか)にも紐付け(連動して動く)されていません。結局のところ暗号資産はその変動幅に対する思惑に左右される投機の対象でしかないのです。

2.イーロン・マスク暴落

マスクさんはアメリカで最も注目されている起業家のひとりですね。ペイパルの前身企業、テスラ、スペースXなどのCEO、世界で1、2位を争う資産家でもあります。この人、大のSNS好きでこれまで散々物議をかもしています。テスラ株非公開化に関するツイートでは詐欺の疑いで提訴されたり、エイプリルフールでは「テスラが破産した」とツイートしたり、まあ知名度による自身の影響力で遊ぶ愉快犯みたいな印象がぼくにはあります。

でも若者たちからの信頼は絶大です。そのマスクさんが今年の1月にツイッターの自己紹介欄を「♯bitcoin」に変更し、対話アプリのクラブハウスで「ビットコイン買ったよ」と語りかけ、実際テスラがビットコインを15億ドルも買って、しかもテスラの自動車はビットコインで買えるようにしたのです。緩和マネーがリスク資産になだれ込む中、ビットコインは急騰しました。

多くの人が巣ごもりをし、失業給付金特別加算や個人給付金を受け取るなかで個人投資マネーも膨張していました。でもワクチン接種普及で巣ごもりも解けだし、金融緩和も曲がり角が見えてきたときです。マスクさん、なんとテスラをビットコインで売るのをやめるとツイートしたのです。「マイニングで化石燃料の消費が急激に増える」というのが理由でした。これがビットコイン急落の引き金になったというのです。

マイニングというのは「採掘」です。暗号資産というのは「ブロックチェーン(分散型台帳)」という技術に支えられていることは広く知られています。世界中のすべての取引をインターネット上に保存して書き換えを不可能にすることで資産価値の信認を保全しています。このためには膨大な計算処理が必要ですが、なんとこの仕事はやりたい人がやっているのです。その報酬は貢献度に応じたビットコインです。

ただこの計算処理は3000台くらいの高速コンピューターをフル稼働しなくてはなりません。そしてその電力はほとんど化石燃料でまかなわれています。その電力消費量はひとつの国(例えばパキスタン)の総電力消費量に匹敵すると言われ、温暖化ガスの1%前後になるという報告もあるくらいです。でもそんなこと、マスクさんはとっくに知っていましたよね。

3.規制強化

ここまでの話なら、なんかマスクさんとその信奉者たちのドタバタ劇のように見えます。たしかにそうした一面もあって、こんなことで丸損する緩和相場の危うさを示しているので大切な教訓だと言えます。でもじつは、黒幕はもっと大物です。

マスクさんがビットコインでテスラの自動車を売るのをやめるよとツイートしたのは5月12日、その前日11日にアメリカ証券取引委員会(SEC)が出した声明でビットコインへの投資は「非常に投機的」と指摘して注意を呼びかけたのです。今年4月にSECの委員長にはゲンスラーさんという方が就任して、暗号資産市場での投資家保護に意欲を示していたのです(5月6日下院公聴会)。この情報はビットコイン投資家にとってマスクさんのツイッターなんかよりはるかに重要だったはずです。

問題にされたのはレバレッジ取引(証拠金の何倍も投資できる)とマネーロンダリング(資金洗浄、サイバー攻撃の身代金にも利用されましたね)です。これを受けてアメリカ政府は5月20日に、1万ドルを超える仮想通貨の送金に報告を義務付けると発表しました。これは急落後の発表ですから、暴落の主犯はマスクさんが容疑者ということになっています(もちろん共犯かもしれませんが)。

まだアメリカの他にも黒幕の大物がいます。中国です。中国銀行業協会は5月18日付けで金融機関に暗号資産の関連業務を禁じる通知を出しています。同時にマイニングの取り締まりも始めました。中国は一時ビットコイン・ブームで保有総額の90%近くを占めていました。ところが中国金融当局は資金流出(人民元売り)を警戒して仮想通貨を取り締まるようになりました。でもマイニングの70%以上は電力の安い中国で採掘されていたのです。

米中だけではありません。例えばイングランド銀行総裁は5月初めの会見で「仮想通貨には価値がない。有り金すべて失うことを想定すべきだ」とまで言い切っていました。欧州中央銀行(ECB)もビットコインが急落する19日に報告書を出し、暗号資産はリスクがあり投機的で温暖化ガスを排出し非合法活動と結びつきやすいと、全面的にダメ出しですね。

それぞれ言い分はごもっともなのですが、少し不自然さを感じませんか。そう、主要国中央銀行がそろって同時にビットコイン叩きを始めたのです。

4.デジタル法定通貨

5月28日付日本経済新聞に翻訳掲載された英フィナンシャル・タイムズのコラムを読んで「なるほど」と膝を叩きました。仮想通貨「信奉者」は「強い同族意識」を持ち、外からの批判や反対意見に耳を貸さない傾向があるそうなんです。そしてかれらに共通しているのが、「中央銀行に対する不信感」だという指摘です。コラムニストのマーティンさんは「中銀を敵にした仮想通貨」というタイトルを付けています。

これはフェイスブックの仮想通貨「リブラ」騒動と既視感があります。国際通貨オタクのぼくは2年前の夏に、このことについて5回連続シリーズで書いています(⇒「リブラとドル」ポイント解説№191~)。当時、欧米中央銀行はリブラを袋だたきの目に遭わせています。

はい、出ました。ビットコイン急落の翌日の5月20日FRBが、中央銀行が発行・管理するデジタル通貨(CBDC;セントラル・バンク・デジタル・カレンシー)について、今年の夏に発行の可能性とリスクをまとめた見解を公表すると発表したのです(5月21日付同上夕刊)。5月25日付では少し詳しく出ています。

基軸通貨国アメリカは、このCBDCには消極的でした。ぼくに言わせれば(そんなたいしたものではありませんが)、ドルなどとっくに仮想通貨です。各国中央銀行のCBDCは利便性はもちろん、信認(法定通貨)も高いですから、アメリカの基軸通貨発行という特権を揺るがしかねません。そのアメリカが、記事によると「重い腰を上げ」、「転機を迎えつつある」という話題です。上の表を見ても、微妙に言い回しが変わっていく様子がわかりますね。「金融包摂」というのは銀行口座を持っていない人たちへの金融サービスです(アメリカでは全世帯の5%だということです)。

ユーロ圏はもっと積極的です。ECBは「デジタルユーロ」発行の本格的な準備に入るか、その判断をやはり今年の夏までにすることになっています。ECB専務理事のパネッタさんは、発行は「最短で2026年」と語っています。でも、先頭を走るのは「デジタル人民元」です。すでに地域的な実験を終えていて、来年2月の北京冬期オリンピックには本格的にお披露目する構えです(ですからぼくは、アメリカは北京オリンピック開催に相当な圧力をかけてくると見ています。いや、余談です)。

こうしたなかでアメリカは、FRBは、この流れに決定的に遅れてしまうのも嫌ですし、むしろ技術的にはリードしたいという思惑が、実際にドルのデジタル法定通貨を発行するかしないかよりも強く前に出ているように見えます。

デジタル法定通貨について、FRBもECBも中国人民銀行も、みんな密かに競っているのです。国際通貨の地位を巡る争いは熾烈です。そこで共通の敵というか、目障りな民間デジタル通貨を、この際締め上げておこうという魂胆が透けて見える、というお話でした。

日誌資料

  1. 05/18

    ・GDP年率5.1%減(1-3月)緊急事態宣言で消費低迷 昨年度は戦後最大4.6%減
  2. 05/19

    ・景気回復、コロナ対策を映す 米中加速、日欧遅れ <1>
    ・2050年脱炭素IEA(国際エネルギー機関)工程表 化石燃料へ新規投資停止 <2>
    ・シェール停滞、原油高招く 投資抑え生産低迷 強まるインフレ懸念
  3. 05/20

    ・仮想通貨軒並み急落 投資家心理が悪化 NY株一時580ドル安 <3>
    ビットコイン一時30%下落、4月の最高値から半減
    ・資産購入縮小「どこかで」FOMC(米連邦公開市場委員会)4月議事要旨
    緩和出口論へそろり布石 鈍い雇用回復 市場との対話難しく
    ・輸出額4月38%増加 2010年以来の伸び 米向け自動車 中国向け半導体
    ・台湾 蔡英文氏、支持率4割に低下 綻ぶコロナ対策 強まる中国依存
    ・ドイツ=ロシアガスパイプライン計画 米、制裁一部見送り 米独同盟修復を優先
    ロシアとも関係改善探る 対中国シフトに布石
  4. 05/21

    ・最低法人税率「15%を下限」 米財務省 低税率国に歩み寄り
    ・イスラエル、ハマスと停戦 エジプト仲介 米の影響力揺らぐ 政策変更不信招く
    強硬ネタニヤフ氏求心力 ガザ衝突で窮地一転 野党は連立協議頓挫
    ・消費者物価0.1%低下 4月 9ヶ月連続マイナス
    ・中銀デジタル通貨(CBDC)夏に見解 FRB、発行可能性に焦点
  5. 05/22

    ・米韓、朝鮮半島非核化で一致 首脳会談(21日ワシントン)対話外交を促進<4>
    台湾海峡安定でも協力、共同声明に明記 「対中」に韓国引き戻す
    韓国勢、米で4兆円投資 サムスンや現代自 供給網を強化
    ・仮想通貨、強まる監視網 米、1万ドル超の送金に報告義務へ 資金洗浄・テロ資金
    ・EU,対中投資協定の審議を凍結 欧州議会 早期発効困難に
    ウイグル人権問題で制裁応酬 習氏戦略に影
    ・米インフラ投資、野党に譲歩案 2兆ドルから1.7兆ドルに圧縮 増税は譲らず
    ・欧州企業、5月景況感が改善 ユーロ圏3年ぶり水準 米英は最高に <5>
    ワクチン普及、都市封鎖の緩和進む
  6. 05/23

    ・G7気候相会合 石炭火力への資金停止合意 日本、政策見直し急務
  7. 05/24

    ・米ワクチンに「特典」続々 「様子見」層に接収促す効果 <6>
※PDFでもご覧いただけます
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