週間国際経済2018(41) No.168 12/17~12/25

今週のポイント解説(41) 12/17~12/25

覇権なき世界 (米中新冷戦その4)

1.ヘゲモニー国家

イマニュエル・ウォーラステインの世界システム論に習えば、世界経済システムはそれぞれの発展段階に応じてヘゲモニー(覇権)国家を持ち、周辺の経済的余剰を中心に移送してきた。17世紀中葉のオランダ、19世紀中葉にはイギリスが、そして第二次世界大戦後はアメリカがヘゲモニーを握るようになった。そのヘゲモニーにおける優位は、生産→流通→金融の順に確立され、それが失われる順も同じであるとされている。

だからイギリスは生産・流通の優位を失ってもなお、金融の中心としてヘゲモニーを維持し、アメリカもまた、同様である。ただその金融の優位も、1970年代にはアメリカは国家としての覇権を放棄しており、それはいわゆるウォール街の金融資本家の手に委ねられていると説明されている(ウォーラステイン以降の世界システム論研究者の意見を含む)。

こうした「大きな物語」は当然、ある一面を強調するものであり、したがって小さな具体的な事象では反論の余地がおおいにあるのだが、世界を全体として把握しようという試みとはそういうものだ。しかし米中新冷戦が「覇権」というキーワードを使って論じられている昨今、ウォーラステインに今一度習う機会を我々は与えられていると、ぼくは思う。

2.覇権にほど遠い中国

覇権における優位が、生産→流通→金融の順に確立されるというのならば、まず生産。21世紀になって中国を「世界の工場」と呼ぶことに誰も憚ることはなかった。しかしこの生産の優位は、確立されたと同時に失われ始めていた。

その理由の第一は、それだけ中国の経済成長のスピードが驚異的だったからだ。2001年のWTO加盟以降の輸出急増は、それに比例して低賃金労働力という比較優位を失う過程でもあった。第二の理由は、同時にIoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどを軸とする第4次産業革命と呼ばれる技術革新のスピードが、予想以上に速かったからだ。

生産は中国の周辺に移転され、並行して中国国内では過剰生産の整理を急がなくてはならなくなり、さらにそれと同時に第4次産業革命に対応しなくてはならなくなった。それが「中国製造2025」なのだから、容易な事業ではない。

次に流通だが、中国にとってこの優位確立はそうとうな難題だ。イギリス、アメリカ(そして日本)と比べて中国は、その広大な国土に比して極端に領海面積が狭い。そして世界でも最も多くの国と国境で接している。

そこでいきおい「南シナ海の実効支配」と「一帯一路」で突破を図るのだが、国際的摩擦というコストが過重だ。オランダやイギリスのように植民地があるわけではない。無理をすれば「植民地化政策」と非難される。かつての植民地化政策がそうであったように、軍事力と借金漬けがその手段だからだ。

最後に、金融の優位だ。言うまでもなく人民元の国際化は始まったばかりで、むしろ後退している。人民元が国際的信認を得るための前提作業は、国内の過剰債務問題と「影の銀行」問題の解決だ。そのためには一定の金融引き締めが必要だが、そこに経済減速が重なった。

景気下支えのためにはむしろ金融緩和が求められ、それは人民元の信認を低下させる。それが資金流出をもたらし、これを食い止めるために為替は管理され、人民元の国際化は遠のく。中国の金融政策は、こうしたジレンマから抜け出せないように見える。

3.覇権の不在

つまり、ぼくの見通しはこうだ。アメリカから中国への覇権の交代はない。そしてアメリカの覇権の維持もない。だからアメリカも中国も、覇権を争う資格がない。そして次の覇権がないのならば、世界システムは新しい次元へと発展するか、あるいは後退するしかないのだろう。

後退とは何か。世界システムには、明確な覇権国家不在の期間があった。第一次世界大戦と第二次世界大戦に挟まれた、いわゆる「戦間期」がそれだ。国際分業は破壊され、国際通貨は存在しなかった。世界中に、経済ナショナリズムによる扇動が溢れ、人々はこれに熱狂した(もちろん不屈の抵抗もあった)。生産も流通も金融も、ブロック経済によって分断された。

戦後世界経済の再建は、その痛烈な反省のもとに始められた。しかしその反省を総括したのは、アメリカによる覇権だった。そのアメリカの覇権もまた、終わりを迎えて久しいのだ。

どうでもいい話だが、思いついたままに筆を滑らせてみよう。ぼくの学位論文は、あるストーリーを骨組みにしている。つまり、資本主義ははじめから世界システムであり、「多様な資本主義による相互依存関係の拡大深化」としてのグローバリゼーションは、資本主義の一般的傾向である。これに対してグローバリズムとは「アメリカ型システムの普遍化」であると定義して、これを批判する。そしてこのグローバリズムは「グローバル資本主義の共同管理」へと止揚されなければならない、と。

覇権の交代は見通せない。だとすれば、覇権不在のもとで覇権争いに巻き込まれるのか、覇権ではなく「共同管理」へと踏み出すのか、世界はその岐路に立っているのだろう。

4.データ覇権争い

この言葉には、ふたつの困ったことが含まれている。そのひとつは、覇権の「争い」だ。イタリア政治学者アントニオ・グラムシによれば、支配には強制と合意という2つの側面があって、そのうち合意による支配を覇権(ヘゲモニー)と呼んだ。たしかにイギリスやアメリカの覇権は「合意された支配」であったと思われる(もちろんすべての人に合意されていたという意味ではない)。

ふたつめは、ずばり「データ」だ。これは世界システム論の時代には、大きく考慮されていなかった対象だ。しかし現実に今、生産も流通も果ては金融もデジタル化されている。したがって生産から流通そして金融の優位の確立は、データ覇権によってもたらされ、従来の覇権概念を大きく変えてしまうかもしれないのだ。

貿易戦争からハイテク戦争へと昇華し、データ覇権を巡る争いになっている米中対立が、はたしてこれまでの1.から3.の議論を振り出しに戻すのか、あるいはやはりその延長線上にあるのか。ぼくは、自身の能力をはるかに超えた問題に突き当たっている。

データ覇権、現在それは内的覇権としては認められると思う、つまりアメリカ内部で産業的にはGAFAの支配が合意されてきた。中国内部では国家によるデータ管理が合意されてきた。しかしそれが、アメリカ・中国どちらか一方の支配が世界的に合意されるとは思えないのだ(同時にその内的覇権も持続可能だとは思わない)。

データ覇権というものがありえないとすれば、米中は何を争っているのだろう。ハイテク分野でのアメリカの優位を中国が猛追していることに対する、アメリカの過剰反応に過ぎないとは言えないだろうか。

だとすればその中国の猛追は、アメリカ対中国という図式ではなく、技術革新のグローバル化という現実のなかでとらえるべき事象ではないだろうか。つまりぼくには、かつてアメリカが米ソ冷戦を西側の軍事的経済的管理に利用したように、データ覇権争いを「自国第一主義」のために利用しているように見えているのだ。

5.データの共同管理

GAFAすなわちグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンは、データのプラットフォームであると合意されているという意味でヘゲモニーだった。「だった」と言うのはその合意が過去のものになろうとしているからだ。ビッグデータの独占は競争を阻害し、経済格差を拡大させ、個人データの商品化によってプライバシーを侵害しているからだ。

これに対してEUは2018年5月に「GDPR(一般データ保護規制)」による規制を始めた。同時にデータの商品化に対する課税を検討している。日本もこれを後追いしている。しかしEU内でも、欧州と日本の間にも規制に向かう姿勢の温度差は大きい。内部の利害対立もその要因だが、無視できないのが中国ハイテク企業の躍進だ。

すでにアリババはアマゾンの3倍の利益をあげている。テンセントの時価総額は一時フェイスブックに肉薄している。そして今話題のファーウェイと中国検索エンジン最大手のBaiduを加えた中国企業4社は「BATH」と名付けられた。

GAFAを規制すればBATHがこれを超えてしまう。さらにBATHは中国政府の関与が濃厚だと見られているため、安全保障上のリスクが重なってくる。欧州、日本、アメリカ、そこに今年になってからはWTO(世界貿易機関)もまた対中国データ包囲網を模索するようになっている。

こうした状況を「データ覇権争い」とメディアは呼ぶのだが、ぼくはこれを覇権争いと見ることができない。なぜならば、第一に、アメリカ、欧州そして日本はビッグデータ管理において「中国を封じ込める」という共通項だけでは足並みをそろえることができないからだ。そしてWTOに、その調整能力もない。

第二に、第4次産業革命が人類社会発展に寄与するものになるためには、そのビッグデータの国際的管理が大前提であり、そのためには中国を含む共同作業が不可欠であると思うからだ。

データ覇権争いは、いくら争っても誰も覇権を握ることはできない。

覇権なき世界システムのかなで、データ覇権争いがデータ共同管理へと止揚されれば、生産・流通・金融の、つまり「グローバル資本主義の共同管理」への道が開け、世界システムは新しい次元へと発展する可能性を見いだすだろう。

あぁ、どうしてぼくは、かくも自身の能力をはるかに超えた課題を自らに提起するのだろう。ただ少なくとも、この4回のシリーズ「米中新冷戦」で、冷戦とは何か、覇権とはなにか、あらためて問い直すことはできたのかも知れない。

あまりにも多くの出来事が連続し、それらが大きく揺れるとき、一度「大きな物語」に立ち止まって眺めることもまったく無益ではないだろうと、自分を慰めよう。そしてポイント解説本来の目的に戻って、世界株価乱高下や、米中協議や、イギリスのEU離脱や、先週起こったことを真面目に整理していこう。

追記:年明けからTwitterを始めました。ブログ「週間国際経済」の更新アップはこちらからお知らせすることにします。よろしくお願いいたします。

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日誌資料

  1. 12/17

    ・パリ協定ルール採択 COP24 温暖化対策、すべての国参加 <1>
    ・仏財政赤字3%超え 来年、GDP比 EUルールに違反
  2. 12/18

    ・米、好調経済に警戒感 利上げ・貿易戦争重荷 来年後半に減速も <2>
    ・米中協議期限3月1日 合意なければ関税上げ
    ・韓国、成長率を下方修正 今年2.6~2.7% 減速鮮明、政権に批判
    ・防衛大綱閣議決定 陸海空超え「多次元統合」 防衛費5年で27.4兆円
  3. 12/19

    ・米大統領選ロシアのネット介入 政権発足後も拡大 上院で報告書
    ・習氏「党の指導を堅持」 改革開放40年で講演 企業の統制強化懸念 <3>
    米の保護主義も批判 鄧小平路線に幕
  4. 12/20

    ・米、今年4回目の利上げ(19日) 来年想定2回に減速 来年で利上げ停止も
    ・米軍、シリア撤退開始(19日) トランプ氏「イスラム国を撃退」
    ・米経常赤字23%拡大 7-9月 10年ぶりの大きさ 貿易赤字の拡大が要因
    ・日銀、金融緩和を維持 景気判断据え置き
    ・中国、車の外資規制緩和 来月から 会社・工場新設しやすく新エネ車後押し
    ・EU、イタリア予算承認 制裁見送り、監視継続 伊長期金利が急低下
  5. 12/21

    ・米利上げ路線岐路に 市場、停止求める声 <4>
    日銀、政策修正難しく 金利差縮めば円高リスク
    ・マティス米国防長官2月辞任 シリア政策 トランプ氏と対立 NY株続落
    ・来年度予算101兆円 初の大台超え閣議決定 増税対策2兆円 <5>
    歳出改革なお進まず 公共事業が15%増 社会保障費、新たな抑制策なし
    景気優先、かすむ財政規律 消費増税へ政策総動員 五輪後に失速の懸念
    ・ゴーン元会長再逮捕 東京地検、特別背任の疑い 運用損の日産付け替え
  6. 12/22

    ・NY株 週間6.9%安 2008年10月以来10年ぶりの下げ幅
    ・中国、減税規模を拡大 19年経済運営 貿易摩擦、景気下支え
    ・韓国海軍がレーダー照射 海自哨戒機に 政府が抗議
  7. 12/23

    ・米政府機関、一部が閉鎖 「国境の壁」予算溝深く 経済停滞リスク一段と
    ・米、車貿易の改善要求へ 対日交渉、議会に22項目通知 <6>
    日本、数量制限を警戒 薬価や為替にも矛先
  8. 12/25

    ・日経平均2万円割れ 1年3カ月ぶり 一時1000円超安 米政治リスク嫌気
    NY株4日続落653ドル安(24日) 業績下振れが影 海外の景気減速波及
※PDFでもご覧いただけます
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コメント

  1. いこぎる より:

    ご記憶にあるかどうか存じませんがお久しぶりです。ちょくちょく拝見させてもらい、脳トレさせていただいております。

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