「 2021年10月 」一覧

週間国際経済2021(32) No.282 09/27~10/03

今週のポイント解説(32) 09/27~10/03

共同富裕(中国はどうなっているのか その3.)

1.格差是正と派閥争い

中国共産党の中央財経委員会は8月17日、「過度に多い所得は適切に調整し、社会に還元することを奨励する」、つまり富の配分を強化するという方針を確認しました。スローガンは「共同富裕」(ともに豊かになる)です。一見いいことですね。続いて「違法な所得は断固取り締まる」と強調したのです。これも一見、ふつうのことですよね。ただ、何が「違法な所得」なのかが問題なのです。どうやら「極端に高い収入」を指しているようですから、たいへんです。高い所得というのは個人所得だけではありません、企業も対象です。

次にどう「適切に調整」するのか、ですよね。それは、報酬、税金、寄付だということです。くどいようですが、これも驚くほどのことではありません。驚いたのは、この政策公表からわずか26時間後にテンセントが500億元(約8500億円)を寄付すると宣言したことです。さらに後れを取ってはならないと、スマホ大手のシャオミが2400億円、TikTokのバイトダンスも5億元と寄付を申し出る騒ぎとなったのです。

対応の早さ、その金額、驚いたのはそこではありません。そもそもこんなことで格差は是正できませんし、「金持ちを貧しくすれば貧しいものが豊かになるわけではない」という新自由主義者たちの言い逃れも、一面では真理なのです。

江沢民さんを中心にした上海派の影響が強い巨大ハイテク企業が、習近平指導部に忠誠を示した、ぼくにはそこに驚いたのです。そして、どうもかれらの判断は正しかったようです。8月27日には人気女優さんが脱税の疑いで50億円の追徴課税を課せられました。前回見たように、芸能界も上海派とのつながりが強いとされています。次に見る大手不動産会社「恒大」の債務不履行危機への対応にも同じ影が見えます。前回、恒大は共産主義青年団(団派)と強いつながりがあることを知りました。

このように習近平指導部が、上海派および団派と繰り広げる派閥争いは、「中国はどうなっているのか」と見る上で欠かせない要素となっています。それだけ習近平さんにとって、来年秋の党大会で集団指導体制と派閥順送りをぶち壊してまで、政権3期目を迎えられるか、それが最優先課題となっている表れなのだろうと思います。

2.資産格差と恒大ショック

恒大集団の負債総額は33兆円以上だと報道されています。この金額は中国の名目GDOの約2%に相当します。その恒大が9月23日以降に社債利払い期日が相次ぐなか、資金繰りに行き詰まるのではないかという懸念が急浮上したことが、中国だけではなく世界で「リーマンショックの再来か」と大騒ぎになったのです。ところが習近平指導部は、このことについて既読スルーを決め込み、少なくとも直接支援をする様子はまったく見えません。

中国の不動産価格は、経済史の常識から見て明らかにバブル水準にあります。中国の高度経済成長は農村部から都市部への人口移動をエンジンにし、その都市部人口急増が住宅価格を高騰させ、その住宅需要がまた経済成長のエンジンになっていました。すると不動産を持つ者と持たざる者の資産格差を拡大し、社会不満となっていたのです。

恒大ショックは突然のことだからショックと呼ばれるのですが、じつは習近平指導部は昨年夏から「バブル・コントロール」に踏み出していました。まず不動産会社の負債比率に上限を設け、今年1月には住宅ローンや不動産会社向け銀行融資に総量規制を設けるなどです。当然、不動産価格は下落しますし、新規住宅建設にも急ブレーキがかかります。すると不動産会社の負債比率が上昇しますから、資金調達が行き詰まります。恒大ショックは不測の事態ではなかったのです。むしろ「共同富裕」の本気度を示す格好のスケープゴートがごとくなのです。

不動産会社だけではありません。習近平指導部は昨年12月の重要会議で「独占禁止と資本の無秩序な拡大防止」を掲げ、今年8月30日にはその独占禁止の強化と中小企業の支援する考えを示しました。たしかに中小企業向けに低利の借り換えに5兆円の資金枠を人民銀行に設けたりしていますが、しかし問題は、国有企業は独禁法の適用外に置かれ、むしろ国有企業同士の合併や国有企業による民間企業吸収を促しているということなのです。

つまり「共同富裕」には派閥争いであるという側面とともに、共産党による市場統制強化という側面もまた見逃せませんね。

3.共同富裕→先富論→共同富裕

「共同富裕」というスローガンは習近平さんのオリジナルではありません。1950年代に毛沢東さんがさかんに唱えていたものでした。それだけに不気味な響きがあるのですよね。

1970年代末に改革開放路線の主導権を握った鄧小平さんは、これに対して「先富論」を唱えました。豊かになれる者から豊かになりなさい、ということです。

でも決して鄧小平さんは「共同富裕」を否定したわけでもなく、まず経済成長を達成しなければ共同富裕も実現しないでしょ、というリアリズムだったとされています。もともと社会主義とは高度に発展した資本主義を土台としたさらに発展した段階と定義されてきました(その土台とは高度な民主主義と定義されていることも忘れてはいけないのですが)。

だから習近平さんも「先富論」を否定するのではなく、むしろ鄧小平さんの路線の正統な後継というか、さらに発展させるのだという解釈を示しているようです。どうも社会主義思想ほど権力者によって解釈をねじ曲げられてきた思想はないと思うのですが、愚痴はさておき、事実、中国は高度に発展した資本主義でもなく、もちろん高度な民主主義も経験していませんから、どうしても無理がありますよね。

無理があると言えば、そもそも毛沢東さんの共同富裕はなぜ実現しなかったのでしょうか。もちろん建国後まもなくの半植民地・半封建的社会からスタートしたからということが大前提になります。その段階での中央統制と生産の集団化による共同富裕は「空想的社会主義」だったのでしょう。だから当時から「部分的であれ生産と消費の自由」を取り入れるという路線との対立があったのですよね。

すると社会主義建設に挫折したと言うより、硬直した計画経済が破綻したと言うべきかもしれません。生産物の種類も量も豊富になれば、こうした複雑な需要を測定してその供給量を中央政府が算出するということに限界が訪れます。そうなれば市場の価格メカニズムの助けが必要になるでしょう。それが「先富論」だったと言えるかもしれません。

だとしたら、現在の中国経済は生産物の種類も当時とは量も比べものにならないほど豊富になっています。ですから、さらに発展した次の段階ではなく、かつての遅れた段階への後退になりかねない、それが心配なのです。

4.中国はたいへんだな、はたしてそれですむのでしょうか

たしかに中国はたいへんだと思います。成長の壁のもとでの「先富論」から「共同富裕」への転換は、「未富先老」(豊かになる前に老いてしまうよ)になりかねません。その成長の壁は、少子高齢化と米中対立による国際分業の利益の縮小から来ています。あれ?それは中国特有の「壁」でしょうか。言うまでもありません、それは世界経済主要国に共通した「壁」となっていますよね。

中国は派閥争いでたいへんだ。いえ、どこもたいへんです。アメリカも来年中間選挙があります。ドイツでは総選挙があって、日本でも総選挙が目前です。フランスも韓国も来年大統領選挙があります。どこでも最大の争点は格差の是正です。バイデンさんは「中間層の回復」に莫大な財政支出を投じようとし、岸田さんは「新しい資本主義」とかいって成長と分配の好循環に向けてやはり財政支出を捻出しようと約束しています。どの政策も中国語に翻訳すれば「共同富裕」と同義語ではないでしょうか。

ぼくは中国の社会主義がたいへんなのではなくて、たいへんなのは中国の資本主義だと見ています。同時に、どの資本主義も今、たいへんなのです。コロナ禍からの経済復興、脱炭素と格差是正の両立、サプライチェーンの分断とインフレ圧力、金融緩和依存による資産高騰のソフトランディングの可否。

ぼくたちは、えてして中国の「異質さ」に目が向きがちです。でも、学生の皆さんにはこの「中国はどうなっているのか」3回のシリーズから、世界が抱える「共通課題」にも目を向けて欲しいと思います。

社会格差は必然的に成長の壁となります。それぞれの国々の社会格差、成長の壁は、政治の保守化、ポピュリズム化、分断と対立を生みがちで、それらは社会格差是正とは逆の方向なのです。それぞれの国々の社会格差、成長の壁はそれぞれの国々単独では解決しがたい課題なのです。そしてそうした視点こそが、国際政治経済学の原点なのだと考えています。

日誌資料

  1. 09/27

    ・中国、不動産バブル懸念 かつての日本超す <1>
    マンション価格、年収の57倍(バブル期東京18倍) 民間債務はGDPの2倍
    ・独総選挙、社会民主党が第1党 16年ぶり 連立交渉難航も
  2. 09/28

    ・中国、深刻な電力不足 環境対策で石炭火力抑制 アップル・テスラ向け工場停止
    ・英軍艦が台湾海峡通過 米と連携、中国に圧力
    ・中国、財政赤字が急拡大へ 25年、2.3倍の170兆円突破 年金・医療の給付増加
  3. 09/29

    ・緊急事態宣言、全面解除を決定 試されるコロナとの共存
    ・英、ガソリン不足深刻に トラック運転手不足 店舗閉鎖で客殺到
    ・日経平均、一時800円安 円下落、111円台後半 米金利上昇受け
    NY株569ドル安 長期金利1.56%、6月以来水準 NY金、1ヶ月ぶり安値
  4. 09/30

    ・世界株安、資源高響く 政策支援の縮小も意識 <2>
    ・「隠れた対中債務」43兆円 42ヵ国、GDPの1割超 米民間調べ 一帯一路で影響力
    ・中国景況感、一段と悪化 9月 電力不足、節目の「50」割れ
    ・自民総裁に岸田氏 29日決選投票で河野氏下す 年内に数10兆円規模の経済対策
    ・鉱工業生産3.2%低下 8月 半導体不足、車減産響く
    ・温暖化ガスゼロ「中国、目標前倒しも」 IEAが報告書
  5. 10/01

    ・「悪い円安」じわり加速 一時112円台 輸入物価高騰、企業に重荷 <3>
    ・「ドルキャリー」逆流の兆し 新興国通貨売り、マネー米回帰
  6. 10/02

    ・日経平均2万9000円割れ 終値681円安 政局に失望売り 景気先行きに懸念
    ・米消費支出物価4.3%上昇 8月総合指数 約30年ぶり高水準
    ・ユーロ圏物価3.4%上昇 9月、13年ぶり上げ幅
    ・EU、対豪FTA交渉延期 仏に配慮、年内合意暗雲 米英豪安保、経済に波及 <4>
    東南ア動揺 立場割れる 「地域で軍拡競争起きかねない」
    ・仮想通貨「監視強化を」 IMF報告 金融安定に懸念
    ・日本車、米販売5%減 7~9月 半導体不足響く
  7. 10/03

    ・経済再開、世界でエネ逼迫 天然ガスは欧州消費増で在庫16%減 <5>
    石炭は中国で5年平均より15%減  冬の電力不安定化も
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