「 2015年11月 」一覧

週間国際経済2015(30)  10/21~10/27

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今週のポイント解説(30) 10/21~10/27

中国、欧州、IMF、南シナ海

1.習近平氏訪英

 とても反省しています。中国とイギリスの「蜜月」には本当に驚きました。ぼくは両国は仲が悪いと決めつけていたようです。チベット人権弾圧問題、香港の民主化問題、というか歴史的な感情もあって(とくにイギリス人の差別感情)。たしかに3月にはウィリアムズ王子が訪中しましたが、これが英王室としては1986年のエリザベス女王以来30年ぶりのこと、今回の中国国家主席の訪英も10年ぶりのことです。そういえばイギリスがアジア投資銀行(AIIB)への参加を電撃的に決めたときも驚きました。たしかに中国の対英投資額はEUのなかでもダントツに多いのですが、つい最近(10月15日)人民元建て国債をロンドンで発行する(海外初)というニュースを読んでも、それは人民元の国際化進展の情報であって英中関係とは考えなかった、キャメロン首相の後継者と目されるオズボーン財務相がかなりの「親中派」だという情報にとどまっていました。

 いや驚きました。エリザベス女王は習主席と馬車に乗ってバッキンガム宮殿に入っていき晩さん会では「今年は両国にとって特別な年になる」と大歓迎です(もちろんダライ・ラマ14世と親友のチャールズ皇太子は欠席ですが)。でも本当に驚いたのはキャメロン首相との首脳会談でイギリスが計画中の原発に中国製の原子炉を導入したことで合意したと聞いたときです。これは、まさかでしたね。言うまでもなく原発は安全保障と背中合わせです。ロンドンから80キロしか離れていない原発の原子炉を中国に委ねるとは。これ以外にも高速鉄道建設など総額7兆円の商談がまとまりました。
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2.フランスも、ドイツも

 じつはギリスだけではありません。どうも今年になってヨーロッパは中国と急接近しているように見えます。たしかに両者は最大の貿易相手ではありますが、EUは経済だけではなく理念の共同体ですから民主主義と人権という価値を共有できない中国との関係はドライなものにとどまると考えていました。

 理念と言えばフランスでしょう。「表現の自由」の権化のような国ですよね。この点で中国とは真逆です。ところが実はその英中で合意された原発3基はいずれもフランスと中国の合資・合弁なのです。オランド大統領は11月初めに訪中します。11月末にはパリで国連気候変動枠組み条約国会議(COP21)が開催されますが、この成功には世界最大の温暖化ガス排出国である中国の協力が不可欠だと、そこで原子力分野で協力するというのです。フランスは原発大国ですが反原発世論によって国内電力の原発依存度を大幅に引き下げることを決めています。そこで将来世界最大の原発大国になる中国市場への関わりは死活問題ともなっています。

 そしてドイツです。メルケル首相は10月末に訪中しました。英中、独中、仏中首脳会談が連続するのです。メルケル首相の訪中は昨年7月に続いて8回目になります。かなりの中国通です。李克強首相との首脳会談ではフランクフルトに人民元建て金融商品を扱う国際取引所を開設し11月には運営を開始することで合意しました。早いですね。さらに排ガス不正で揺れるVWグループに対して中国の国有銀行が資金提供することでも合意しました。メルケルさん、首脳ビジネスとしては大成功でした。

 ポイント解説では何度も今年は国際金融の潮目が変わる年だと言ってきました。ぼくは国際金融と国際政治の連動を専門にしてきたのに。反省しています。そしてこの欧州の対中接近は国際政治の潮目を変えるものとして注目するべきだと感じています。

3.人民元、SDR採用

 IMF(国際通貨基金)がこの問題を決めるのは11月中ということです。しかしすでに方針は固まっているという情報が10月26日世界中に流されました。この日北京では5中全会(中国共産党中央委員会第5回全体会議)が開催されました。来年から始まる「第13次5カ年計画」を審議する大切な会議です。偶然だとは思えません。
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 IMFは文字通り「基金」です。加盟国は国際取引に使う外貨が不足したとき基金への出資金に応じてIMFから外貨として使えるものを引き出します。この外貨として使えるものをSDRと呼びます。つまり特別引出権(Special Drawing Rights)というわけです。このSDRは合成通貨で現在ドル、ユーロ、ポンド、円で構成され、何をどの比率で構成するかを5年に一度見直し、今年がその見直しの時期にあたり人民元が採用されるかが注目されていました。

 習近平政権が始めて策定する「5カ年計画」において人民元の国際化は最も重要な戦略のひとつです。人民元がSDRに採用されるということは、加盟国にとって人民元を外貨準備としてみなすことができる、つまり人民元は「国際通貨」に近づくということになります。10月27日付日本経済新聞では、今後世界の外貨準備の1割程度が人民元に切り替わるという見方が紹介されています。

 IMFは5年前にも改革の一環として人民元の出資比率の見直し(拡大)を求めていましたがアメリカ議会の反対で実現しませんでした。今回はある意味一足飛びにSDRへの採用です。IMFの専務理事(トップ)はヨーロッパ人が就任することが不文律となっています(世銀総裁がアメリカ人であると同じように)。現在のラガルド専務理事もフランス人です。彼女は例えば上海株暴落のときも理解を示しましたし人民元切り下げにも好意的でした。一方でFRBの利上げには批判的でした。

 普通に考えればIMFとしては当然の反応でしょう。ギリシャ危機などでIMFの支援能力は底をつき始めています。アメリカの利上げによって途上国からの資金流出が激しいものになればより多くのSDRが必要になるでしょう。人民元に頼りたくなるのも無理はありません。しかし一方で、人民元の国際化とは脱「ドル依存」を意味します。この方針を10月26日に流したことは意味深長だとぼくには思えてまりません。

4.「航行の自由」作戦

 ヨーロッパが中国に急接近する中で、アメリカは中国に対して態度が冷たくなりました。9月の米中首脳会談はポイント解説にもなりませんでした。習氏訪米はローマ法王訪米と日程が重なり極力印象が薄められました。ほとんど何も決まらなかった首脳会談でした。アメリカ大統領2期目の最終年といえば実質的になにもすることができません。オバマさんは中国に対して「強腰」姿勢をアピールしています。

 さて意味深長な10月26日の翌日、偶然でしょうか、米海軍のイージス駆逐艦が南シナ海の中国が領海と主張する人口島の12カイリ(約22キロ)内で哨戒活動に入りました。米中の軍事的緊張が高まったと報じられています。

 ぼくはまず、このアメリカの軍事作戦名が「航行の自由作戦」だということに違和感を覚えました(ごめんなさい、実は少し笑いました)。だってアメリカの軍事作戦名といえば映画のタイトルみたいじゃないですか、ふつう。有名なところでは対イラク戦争の「砂漠の狐作戦」とか、意味わからない代表は対リビア空軍戦での「オデッセイの夜明け作戦」でしょうか。それらに比べて「航行の自由作戦」ってあまりにもベタですよね。だからむしろ「意味ありなんだ」と思いました。

 領海12カイリというのは国際法です。この場合の国際法とは「海洋法に関する国連条約」を指します。そこでは軍事・民間を問わず領海の無害通航が認められています。それが「航行の自由」(Freedom of Naigation)です。つまりアメリカは南シナ海の領土問題には関わらない、この海の航行の自由は譲らないと言っているのです。だから米海軍はベトナムやフィリピンが領有権を主張する岩礁埋め立ての12カイリ内も航行したのです。これに関係してぼくが印象的だったのは9月5日付夕刊で中国海軍の軍艦がアメリカの領海(アリューシャン列島を通過した際)に侵入したという記事です。このときアメリカ国防総省は「国際法を違反していない」と説明していました。

 ぼくは米中がお互いに「航行の自由」を確認し合っているように見えます。ですから米海軍の南シナ海哨戒行動の直後に、米海軍制服組トップのリチャードソン作戦部長は中国海軍トップの呉司令官とビデオ回線会談をして偶発的衝突回避について一致し、続いて米太平洋軍ハリス司令官が中国を公式訪問しています。アメリカも中国も太平洋の「航行の自由」を互いに認め合い、偶発的衝突回避システムを高めようとしている。仮にそうだとすれば、むしろ軍事的緊張は大幅に低下することになります(付け加えるならば、SDRの人民元採用についてアメリカは容認する姿勢を見せました。それはあの米中首脳会談の直後です)

 

 最近、ぼくは「親中」だと見られているようです。驚きというか、心外です。でも、わからないでもありません。それだけ何でもかんでも「反中」で説明する日本メディアの同調圧力空間のなかでは「異物」に映るのかもしれません。ただ世界は、ヨーロッパもアメリカも「中国とどう付き合うのか」といった戦略的課題に対して実利優先的に動いているように思えてなりません。それには悪い面も良い面もあるでしょう。でも少なくとも対立よりは相互依存のほうが良いと考えるのが国際経済学です。そしてそうした動きも観察しながら、さて日本が「中国とどう付き合うのか」を考えるときに、いつのまにか植え付けられた固定観念を疑う必要があるのかもしれません。

 そう、ぼくは反省しています。中国とイギリスそして欧州の急接近。これを急接近と感じるのはぼくの固定観念が妨げになったからです。それでは世界の潮目の変化についていけません。

日誌資料

10/21
・TPP関税撤廃全容発表 自由化率95%は過去最高 農産品8割が国際競争へ
・韓国鉄鋼大手ポスコ26%営業減益(7-9月)中国景気減速で鉄鋼安
・英エリザベス女王「今年は英中に特別な年」 習氏訪英で晩さん会

10/22
・英中首脳会談、英が中国原子炉導入で合意、先進国で初 <1>
 エネルギー協力など総額7兆円契約 高速鉄道でも提携 中国インフラ輸出に弾み
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・英石油大手BPが中国国有エネルギー大手2社と提携 LNG契約1.2兆円など
・訪日消費年3兆円超へ 7-9月四半期初の1兆円超え <2> 
 中国頼み持続力懸念も 訪日客「外需」下支え、輸出の4%補う
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10/23
・TPP、投資や知財ルール統一 全31分野で 域内市場の統合加速 <3>
20151021_03

・欧州中銀ドラギ総裁 12月追加緩和示唆 物価低迷を懸念
・韓国現代自動車25%減益 7-9月最終損益 中国販売が不振、5年半ぶりの低水準
・アジア投資銀、世界銀行と連携 総裁協議で確認(22日ワシントン)
・韓国成長率1%台回復(7-9月前期比1.2%増)MERS沈静化で内需が伸び
・日中韓会談、再び定例化 3首脳来月ソウルで合意へ

10/24
・中国、銀行金利を自由化 不動産過熱防ぎマネーのゆがみ是正
・中国、0.25%追加利下げ(11月以降で6回目)預金準備率も0.5%下げ <4>
 欧州緩和観測と合わせて世界で株高・金利安 日経平均389円高、NY株3カ月ぶり高値
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・産油国財政、一段と悪化 原油安が長期化 IMF、サウジは5年で準備資産消失
 通貨、切り下げ圧力 ドル連動維持、困難の見方

10/25
・米早期利上げ論さらに後退 27日からFOMC 市場観測「12月以降」
 FOMC:米連邦公開市場委員会
・欧州企業、7-9月期8四半期ぶり減益に VW不正、中国経済減速が影響

10/26
・人民元、準備通貨へ IMF方針固める 「国際通貨」へ前進 <5>
 金融改革一定の評価 各国、外貨準備に活用 米容認 円、地位低下の懸念
20151021_05
・中国5中全会きょう開幕 「次の5年」改革正念場 <6>
 5中全会:中国共産党中央委員会第5回全体会議
20151021_06
・欧州マイナス金利再加速 ドイツ2年債利回り最低に 通貨安競争に拍車

10/28
・米「航行の自由」譲らず 南シナ海人口島12カイリ内で米イージス艦哨戒
 中国艦は警告 にらみ合い常態化懸念 衝突避ける仕組みの確実な運用課題

 

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