「 2022年03月 」一覧

週間国際経済2022(7) No.300 03/04~03/13

今週の時事雑感 03/04~03/13

経済制裁の費用対効果

懲罰感情

プーチンはあまりにも筋違いで嘘つきだ。残虐非道でその程度は日増しに酷くなっている。ぼくたちはプーチンを徹底的に懲らしめないと気が済まない。この「懲罰感情」は人として自然だし、なんといっても世界との連帯感に包まれている。それだけに、あれ?少しおかしいなと感じることがあっても、なかなかこの懲罰感情の輪から脱け出すことは難しい。

ユニクロはロシアでの店舗営業を継続する方針だった。ファーストリテイリングの柳井さんは「衣服は生活必需品」で「ロシアの人々にも生活する権利がある」と説明していた。同時にウクライナに対して日本企業で最大規模の支援を約束した。これがSNSでたちまち炎上し、ユニクロは直ちにロシアの全50店と通販サイトも休止すると発表した。

米系カード大手のビザ、マスターカード、アメックスがロシアでの業務を停止すると相次いで発表した。米国内の圧力とウクライナの要請が影響したとみられている(3月7日付日本経済新聞)。ロシアのキャッシュレス比率は7割に達しているそうだからさぞかし困るだろう。ふと、疑問が沸く。金融機関が顧客とのサービス契約を一方的に破棄していいのだろうか。そんなことを言っている場合ではなく、今はロシア国民を徹底的に困らせないといけないということなのだろうか。

「懲罰感情」を抱く多くの人たちがたいそう誇りにしている自由主義社会という概念の基礎は「経済活動の自由」だし「契約自由の原則」だ。こんなことをうっかり口にすると「それは平時の理屈だ、いまは有事だ」とやり込められそうだ。そうか、ぼくたちは有事下にあるという覚悟が求められているのか。ならば、懲罰の返り血は避けられない。

経済制裁

じつはぼくは、経済制裁全般について支持していない。コストもリスクも過大だからだ。勉強不足のためか、悪い国をみんなで制裁して平和が獲得できた実例を知らない。経済制裁で幸せになった人を知らない。中学高校でも習った。ベルサイユ講和とナチス台頭、ABCD包囲網と太平洋戦争、国際連盟によるイタリア制裁。国際経済論はこうした戦間期から第二次世界大戦の歴史的反省を教訓としている。だから国際連合はめったなことでは経済制裁を実施しない(もちろん拒否権というブレーキもある)。

しかしアメリカは、とりわけ冷戦終結後のアメリカは経済制裁を多発する。しかしその効果はまったくもって疑わしい。現在実施されているものを列挙すれば、まずキューバ。キューバ革命時に遡るアメリカ系企業の国営化に対する制裁だ。イランの核開発疑惑、北朝鮮の核・ミサイル、ミャンマーの軍事クーデター反対デモ弾圧、ベラルーシの強権的政治、ロシアのクリミア併合、中国の香港・ウイグル人権弾圧。

やはり相手が制裁に懲りて事態が改善されている様子はない。むしろ「反制裁」国民感情から事態が悪化することも多い。人道的被害も多く報告されている。改善されないから制裁を緩和したり解除したりすることもできず、言葉は悪いがダラダラと続けられている。

追加制裁は必要だったのか

今回の場合、最初の対ロ制裁は不可避だった。「侵攻すれば制裁」という抑止効果を狙ったものであったし、それを侵攻したのに制裁しないというわけにはいかない。償わせなくてはならない。問題は、先に見たように経済制裁に効果、少なくとも即効性はない。ここで心配されたのは、効果がないからさらなる追加制裁という悪循環だ。効果が追加されるかどうかはまったく不透明だ。しかし世論、政治家にとっては有権者動向における「懲罰感情」が背中を押す。

前回、指摘したように、ロシアの対外取引のSWIFTからの排除およびロシア中銀の資産凍結は「経済封鎖」並みの制裁だ。一気にこのレベルの制裁を課すとは、プーチンも誤算だっただろうし、ぼくも予想外だった。こうした金融封鎖は制裁というより敵対行為に近い。だから地味なようでも国連総会がロシア非難の決議(3月2日)を採択したことは重要だ。さらにバイデン政権がロシア新興財閥幹部らに資産凍結や入国禁止の制裁を追加しことも支持できる。

しかし、問題はアメリカのロシア原油禁輸だ。驚いたことにバイデン政権は8日、ロシア産の原油、天然ガス、石炭と関連製品の輸入を全面的に禁止すると発表し、同日大統領令に署名し、即日発効した。イギリスも同日、ロシアからの原油を段階的に減らし、年末までに停止すると発表した(3月9日付日本経済新聞夕刊)。

この追加制裁についてホワイトハウスは「検討している」と表明していたが(3月4日)、その後7日に開かれたエネルギー業界会合では、OPEC事務局長が「世界にロシア産の不足分を埋め合わせる余剰能力はない」と懸念を示していた。そのうえでの禁輸だ。ようやくコロナ禍を脱して経済活動再開という世界中の企業と家計が、その返り血を浴びることになる。必要だったのか。バイデン氏は「アメリカはロシア経済の大動脈を標的にしている」と言う。これは交戦国の台詞だ。

米英主導の制裁

それでもフランスは、ドイツも、プーチンと停戦交渉を続ける。しかしアメリカとイギリスはプーチンを突き放し、さらなる懲罰に世界をけん引する。アメリカもイギリスも産油国だ。ロシア産原油の輸入依存率はアメリカで4%、イギリスは8%に過ぎない。むしろ国際的エネルギー価格高騰は、高コストのアメリカ・シェールおよびイギリス北海油田の採算性を高める。アメリカのエネルギー大手は液化天然ガスの生産能力を6割増やす、バイデン政権はアメリカ石油会社に増産を要請し、投資家もこれを後押しし、シェール・オイルは日量100万バレル増産されるという。

これはうがち過ぎだろうが、「環境」旗印のバイデン政権にとって南部エネルギー産業との一時停戦は中間選挙に有利に働く。ロックダウン中にパーティーを繰り返していた英ジョンソン首相も、臆面もなくリーダーとして熱弁を振るっている。アメリカもイギリスもウクライナ難民から地理的に遠く、ロシア国債もほとんど保有していない。

はたして制裁を受けるのはプーチンなのか

血迷ったのかプーチンは、ロシア事業から撤退する外国企業の資産を押収すると言い出した。さらにドル建て国債の利払いを値打ちが下がったルーブルで支払うと言い出した。これは「自爆制裁」だ。もうだれもロシアに投資も融資もしなくなるだろう。これはプーチンが経済制裁に対してなにも準備ができておらず、したがってこうなった以上、自国民生活が犠牲になることに一切関心がないことを示している。つまりロシア国民を苦しめることでプーチンが戦争を止めることは期待できない。

それでも追加制裁は止まらない。G7は、3月11日の共同声明でロシアに対する最恵国待遇取り消しに務めると表明した。IMF(国際通貨基金)からの対ロシア融資も阻止することでも協力するとした。最恵国待遇(最も有利な貿易条件を無差別に適用する)が取り消されればロシアの輸出には高関税が課される。またこの措置には法令の改正が必要だから、もちろんロシアに即時停戦を促す効果は期待できないし、またこの制裁関税をまた元に戻すにはそうとうの時間がかかる。

ルーブルは下げ止まらないだろう。インフレと高金利のもとでロシア国民の給与も年金も長期に渡って大きく損なわれる。雇用も失う。社会保障も削減される。反戦とプーチン支持で国論は分裂し、言論弾圧も極限まで強化される。ならばプーチンを倒せばいい?ウクライナの人々ははるかにたいへんだ?とてもじゃないが、そんなことは言えないし、そんな問題ではないと思う。

もちろんこれで苦しむのはロシア国民だけではない。まずルーブルだけではなくユーロも売り込まれる。米英主導の制裁さらなる追加制裁は、資源・食料の国際価格を高騰させる。最恵国待遇取り消しのアナウンスだけでマーケットはその場合を想定するからだ。すでに小麦もトウモロコシも天井知らずの高騰を見せている。資源のない低所得国には、生活が絶たれる危機が迫る。ここにアメリカの利上げ加速が重なり、新興国はドル債務膨張に押しつぶされそうになる。経済混乱が世界に伝播し、政情不安が各国に広がり、あちらこちらでプチ・プーチンが再生産されることを恐れる。

はじめから制裁の効果は説明されていないし、問われてもいない、まるで「懲罰」が自己目的化しているかのようだ。軍事侵攻には莫大なコストがかかる。制裁でプーチンの金庫が底をつけば「経済制裁による勝利」という算段か。ロシアにせよアメリカにせよ、他国軍事侵攻が例外なく泥沼化した教訓を忘れたわけではないだろう。すでに数万ともいわれるシリア傭兵がウクライナでの戦闘に投入されようとしている。プーチンの金庫が底をついても、プーチンの良心は底が割れている。生物化学兵器の使用もありえないことではない。 

ぼくたちはウクライナに連帯しているのであって、アメリカの選挙運動の片棒を担ぐつもりはない。もちろん、懲罰の返り血から日本経済も逃れることはできない。エネルギーと食糧を海外に依存する日本の経常収支赤字は拡大し、それにアメリカの利上げが重なって円は5年ぶりの安値をつけ、円買いの材料は見当たらない。アメリカもイギリスも、利上げだけで供給制約の物価上昇を抑え込めるとは思えない。

プーチンは、たしかに自由主義にとって脅威だ。しかし、自由主義社会最大の脅威のひとつは「通貨の堕落」だ。決してインフレーションへの警戒を緩めてはならない。行き過ぎた対ロシア制裁によって世界経済がインフレに侵蝕されれば、ウクライナの未来、復興支援、難民支援の余力もまた蝕まれる。「懲罰感情」から一歩踏み出して、経済制裁の費用対効果を冷静に見極めなくてはならない。

日誌資料

  1. 03/04

    ・反ロシア広がる世界 国連決議に141ヵ国が賛成 棄権35 反対5ヵ国どまり
    ・希少資源に調達危機 ロシア・ウクライナ産7割依存も 半導体ガス一部停止
    ・ロシア国債 不履行リスク 経済制裁、売買制限が拡大 格付け3社「投機的」
    ・北欧、NATO加盟の機運 ウクライナ侵攻で危機感 揺れる「欧州」の定義
    ・ウクライナ原発火災 欧州最大級「ロシアが砲撃」
    ・米、ロシア新興財閥に制裁 幹部ら 資産凍結や入国禁止
  2. 03/05

    ・欧州最大級の原発制圧 ロシア軍 核リスク顕在化 国際社会は一斉非難
    ・小麦先物14年ぶり最高値 穀物の供給懸念強まる
    ・米就業者67万人増 2月 「最大雇用」に 失業率3.8%に低下 <1>
    ・北朝鮮が弾道ミサイル 今年9回目
    ・中国、成長率目標5.5%に下げ 全人代開幕 景気対策減税45兆円規模 <2>
    国防費7.1%増 3年ぶり高い伸び 追加利下げにも含み
  3. 03/06

    ・物流まひ ロシア痛撃 コンテナ海路の大半欧州で遮断 世界経済にも影響
  4. 03/07

    ・原油急騰、一時139ドル 米のロシア禁輸検討で 日経平均、一時900円安
    ・米系カード、ロシアで停止 ビザ、マスターカード アメックスも事業停止
  5. 03/08

    ・中国外相「必要な時に仲裁」 方法・条件、言及せず
    ・景気不安 世界で株安連鎖 アジア全面安、欧州急落で始まる
    欧州ガス一時6割高 300ユーロ超 ロシア産の流入減警戒
    ・経常赤字、1月1.1兆円 原油高で過去2番目
  6. 03/09

    ・独、原則破り武器供与 ウクライナ軍事支援、欧州で広がる
    ・マネー欧州離れ加速 独・仏株1割超安 ユーロ売り <3>
    ・米、ロシア原油即日禁輸 追加制裁 英は年内に停止 <4>
  7. 03/10

    ・ロシア、外貨不足深刻 収入源原油の海上出荷7割減 経済縮小加速の恐れ
    ・米「デジタルドル」検証加速 技術革新促す大統領令 決済網で主導権維持狙う
    ・円、揺らぐ安全資産の地位 資源高で経常赤字定着懸念 人民元にマネー流入
    ・企業物価2月9.3%上昇 1980年以来の伸び 資源高・円安で
  8. 03/11

    ・韓国大統領に尹錫悦氏 日韓関係「過去より未来」 対北朝鮮、融和路線を転換
    ・事業停止なら資産押収 プーチン氏方針 外資けん制
    ・JPモルガンも撤退へ ロシア 米銀、ゴールドマンに続き
  9. 03/12

    ・円、一時5年ぶり安値 米金利上昇でドル買い 経常赤字拡大 さらなる円売りも
    ・李首相「和平に役割」 中国全人代閉幕 具体策には言及なし
    ・EU首脳会議 ウクライナ即時加盟拒否 国防費増額で一致 難民250万人超え
    ・G7、最恵国待遇取り消し 共同声明 対ロシア制裁強化 IMFの融資阻止 <5>
  10. 03/13

    ・ロシアの侵攻で主要商品4割が最高値 米インフレ率8%台も <6>
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