「 2021年06月 」一覧

週間国際経済2021(18) No.268 05/25~05/31

今週のポイント解説(18) 05/25~05/31

加速する少子化と経済格差

1.経済力は人口

ぼくが学生時代に真面目に受講した数少ない科目に「西洋経済史」がありました。とにかく興味深くて。講義も残り少なくなった頃、先生が「つまるところ経済力は人口や」とおっしゃって、ぼくはそれを聞いて意外だったし、どうも腑に落ちないでいました。今になって、ようやくその意味がわかってきたような気がします。

当時のぼくのイメージでは、最貧国は人口爆発に苦しみ、先進国家族に子沢山は珍しいというものでしたから。後になって、なぜぼくが多子は経済にマイナスだというイメージを持っていたのか、その背景がわかってきました。ぼくの学生時代と言えば1970年代後半、オイルショックから資源不足が深刻に問われるようになり、1974年に当時の厚生省の意を受けて「日本人口会議」が開催され、「子どもは2人まで」というスローガンが生まれました。それこそ新聞もテレビもそろって、いわば「少子化促進キャンペーン」でした(当時の新聞、テレビの社会的影響力は今とは比べものにならないほど強いものでした)。

第1次ベビーブームの団塊の世代(1947~49年生まれ)が2022年に後期高齢者になり、医療費負担の急増が政策課題になっていますが、その世代の子ども世代が1971~1974年の第2次ベビーブームです。その直後に「子どもは2人まで」が始まったのですね。ジェネレーションサイクルから言うと1990年代に第3次ベビーブームが来るはずですが、来ませんでした。

それどころか、バブル経済の崩壊による「就職氷河期」を迎え、これに追い打ちをかけるように1996年、1999年に労働派遣法が改正されて派遣労働規制が緩和されて非正規雇用が急増し、そもそも結婚する人が急減し、男性の生涯未婚率(50歳時点で未婚)は20%を超えるようになりました(女性も14%を超えています)。

このように日本の少子化、ひいては労働人口および社会保障費負担者の著しい減少は、そうした事態を招いて当然の政策の積み重ね、その結果とも言えるわけです。

2.コロナで少子化加速、コロナ後の成長にも影

日本の来年以降の経済成長率見通しが、コロナ感染者がケタ違いに多く厳しい移動制限を余儀なくされたアメリカやヨーロッパと比較して鈍いと予測されているのは、そもそも日本経済の実力が低く評価されているからだと、ぼくは4月初めのブログでそう指摘しました(⇒ポイント解説№261「コロナと経済成長と人口」)。

経済の実力、それを計る指標として「潜在成長率」という概念があります。背伸びしない(インフレを起こさない)持続可能な成長率を意味します。一般的には、労働投入量と設備投資など資本投入量、そして技術進歩などによる生産性の3要素から推計されます。

5月26日付日本経済新聞に「出生減、潜在成長率に影」という記事がありました。厚労省の発表では、昨年の日本の出生数は前年度比4.7%減、今年1~3月は前年同期比9.2%減、昨年の婚姻数は前年比16.1%減、妊娠届が4.8%減少し、今年の出生数は80万人を割り込む可能性が高まりました。こうしたことを受けて記事では、コロナ禍による少子化は2040年代の潜在成長率に0.1~0.2%の下押し圧力をかけるだろうという民間エコノミストの分析を紹介しています。

内閣府の試算では、1980年代の潜在成長率は労働力人口の増加による押し上げが0.6%ポイントあって、それが1990年代には労働は押し下げ要因に働き、2000年代は平均で0.3%ポイントのマイナスに寄与となっています。結果、潜在成長率は0.6%にまで落ち込みました。先に1.で見た出生数曲線と軌を一にしていますね。これがさらに0.2%前後下押しされるということです。

ワクチンを打ってマスクを外して元の生活様式に戻れば、経済が一気に回復するというものではなさそうです。成長率はGDPつまり付加価値合計の増加率ですが大きくくくれば生産額です。生産額は労働者数、労働時間、労働生産性の積ですから労働者数が減って生産性が向上しなければ労働時間を増やすしかありません。それがまた少子化の背景となっていると考えられるのです。

3.対策を急がなくては

コロナ前からそうでしたし、コロナによっていっそう深刻化している日本経済の最重要課題のひとつは人口問題です。さて政府は何をしているのでしょう。最近の動きを見てみましょう。

6月3日、育児・介護休業法の改正案が可決成立し、男性も最大4週間の「産休」を取得できるようになります。現在、男性の育休取得率は1割にも達していません。6月4日、国家公務員の定年(現行60歳)を段階的に65歳へ引上げる改定国家公務員法が可決成立しました。同日、一定の所得がある75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担が1割から2割に引上げる医療制度改革関連法が可決成立しました。

団塊の世代が75歳になって医療費が急増することによる現役世代の負担を軽減しようとするものですが、これでは現役世代の保険料の伸びは1人年800円、本人負担は月30円しか減りません(6月5日付日本経済新聞)。

育児は家庭で、定年後も働き、高齢者は自己負担を増やす。さすがは菅さん、まずは「自助」の政治哲学が一貫していますね。いや「子ども庁」も作るそうです。何をするところなのか全く見えません。総選挙を意識した「急ごしらえ」との批判が出ていますが、たしかにあれもこれも並べてはいるけれど、問題の核心には届いていないように思えます。

4.少子化の加速は格差の拡大

初めに見たように、1990年代以降の少子化問題は格差の拡大と同時進行していることがわかります。労働人口が急減する中にあって非正規雇用者の数はむしろこの30年で2.4倍近くに増え、その比率は労働者全体の4割近くに達しています(6月5日付朝日新聞)。

コロナ禍での少子化の加速、婚姻数の急減は「人との接触の制限」によって出会いが減ったことが主たる理由なのでしょうか。コロナ禍失業の大半はもちろん非正規雇用者で、とくに女性の非正規雇用者を直撃しています。つまり1年、2年、結婚や出産を控えてコロナ感染が終息すればリバウンドするという現象ではありません。

なにより問題なのは、こうした少子化のなかで生まれてきた子どもたちの貧困率は13.9%、つまり7人に1人だという深刻な事態です。これがひとり親家庭では50.8%に跳ね上がります(2015年厚労省調査)。これは先進国の中で最悪の水準です。この子たちの心身の健康、教育環境への集中的な財政支援が少子化対策の第一に上がらなければおかしいでしょう。少子化対策とは出生数を増やすことだけではなく、少子化の結果に、少子化の将来に政治が責任をもつことだと思います。

同時に、「働き方改革」を唱えるならばまず労働派遣法の見直しなど、少子化の始発点から取り組まなくてはなりません。国際競争力という幻想は、今やリアルに限界を露呈しています。コロナ禍による少子化加速は主要国共通の現象です。輸出と海外投資による企業収益の増進は、多くの犠牲を払いながらもその持続可能性が極めて疑わしくなっているのです。

「西洋経済史」の先生(じつはゼミの恩師です)の言葉、「つまるところ経済力は人口や」。ぼくは当時「人口」という概念をたんに「人の数」だと、まったく浅い理解しかできていませんでした。もしかしたら今の政府の理解も、まったく浅いのではないでしょうか。

日誌資料

  1. 05/25

    ・米、日本渡航中止を勧告 コロナ 警戒レベル最高に
    ・「デジタルドル」FRB一歩 夏に報告書、世論探る 中国・欧州の先行意識 <1>
    ・米、人種格差是正遠く 黒人コロナ死亡率、人口当たり白人の1.9倍
    ワクチン接種散率、白人42%黒人28% 住宅ローン申請却下、白人7%黒人16%
  2. 05/26

    ・少子化コロナで加速 昨年度出生数4.7%減 婚姻・出産控え響く <2>
    出生数80万人割れの公算 今年の妊娠届、前年比4.8%減
    潜在成長率0.1~0.2ポイント押し下げの見方も
    ・中国IT株90兆円減少 アリババなど10社時価総額3割減 政府の規制リスク警戒
    ・温暖化対策法改正案成立へ「50年ゼロ」へ官民連携 再生エネ促進区域を新設
    ・米住宅価格、3月13%上昇 15年ぶり上げ幅、過熱感も <3>
    郊外移住 建設資材価格高騰 富裕層の資産運用 マネー流入、過熱に警戒
    ・米ロ首脳、来月16日会談 ジュネーブで、初対面 対立緩和探る
  3. 05/27

    ・石油メジャーに環境圧力 エクソン、株主推薦の環境派取締役2人
    シェルに二酸化炭素削減命令 オランダ裁判所 30年までに45%
    ・コロナ発生源を追加調査 米大統領が情報機関に指示、中国に圧力
  4. 05/28

    ・日EU首脳協議声明「台湾」明記 対中政策へ関与確認
    ・原油2年7ヶ月ぶり高値 NY市場、米景気回復で
    ・失業率、4月2.8%に悪化 求人倍率1.09倍 小幅低下
  5. 05/29

    ・米歳出、コロナ前の3割増 予算教書 政権、660兆円求める <4> <5>
    債務、30年度まで最高水準 財政、緩和頼みに危うさ
    国防費、対中シフト鮮明 中距離ミサイル開発拡大
    ・米物価4月3.6%上昇、供給制約で
    ・マレーシア、全土を再封鎖 来月から、コロナ再拡大で
  6. 05/30

    ・賃上げ8年ぶり2%割れ 日経調査 車や外食、コロナ打撃
  7. 05/31

    ・内閣支持率40%に低下 日経調査 政権発足後最低 コロナ対策「評価せず」64%
    「支持しない」50% 「支持する」を2ヶ月ぶりに上回る
    ・中国広州で移動制限 インド型感染者20人以上確認で
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