「 2020年06月 」一覧

週間国際経済2020(15) No.226 05/22~05/31

今週のポイント解説(15) 05/22~05/31

トランプ・ディールの終焉

1.憎悪・分裂・対立

トランプ政治は、憎悪・分裂・対立を成功体験としている。一部白人労働者にとっての対米貿易黒字国と環境保護主義者。キリスト教右派にとっての中絶支持派。マイノリティ化を恐れる白人至上主義者にとっての移民、有色人種。彼らの憎悪を煽り、世論を分裂させ、対立の一方を支持増としてこれを岩盤化してきた。

どの憎悪も、トランプさん個人にとってはどうでもいいことだった。ただ、オバマ政権時代のリベラルな空気に対する反動を利用しただけのことだ。前回の大統領選挙では、トランプさんが獲得した得票率は25%ほどにすぎない。彼は、アメリカ社会に潜在する憎悪が、分裂と対立が生み出した大統領なのだ。

この分裂が深まり対立が激しくなるほど、トランプ支持層は固まる。ウクライナ疑惑による弾劾を切り抜け、バイデンさんにはネガティブ・キャンペーン・ネタがふんだんにある。トランプさんは再選に自信満々だった。ところがコロナ感染拡大が、白人警官による黒人殺害事件に抗議するデモの拡大が、自分の再選を危うくさせている。

憎悪がトランプさん自身の内部に生まれ、それが扇動的表現を激化させ、分裂と対立の油に火を注ぐ。彼は、またそれによって自身のコアな支持層が固まればと思っていたのかも知れない。でも、もうそれは成功体験とはならないだろう。

トランプさんの憎悪表現は、アメリカ社会に潜在していた憎悪のレベルを超え、アメリカ社会の市民的良心に火を付けた。トランプさんは追い詰められ、取引をする余裕を失い、非妥協的に硬直する。トランプ・ディールは終焉を迎えている。

2.対中強硬派は取引をしない

前回、ホワイトハウスで対中強硬派が主導権を握ったのは5月はじめだと指摘した。トランプさんは4月30日に「気が変わった」から中国に報復を検討していると語り、5月6日には中国のコロナ拡散を「真珠湾や9.11よりもひどい」と言い出した。

この間、にわかに脚光を浴びだしたのが大統領副補佐官のポッティンジャーさん(国家安全保障問題担当)だった。彼は早くから「武漢ウイルスと呼ぶべきだ」と主張していた。大学で中国問題を専攻し、ジャーナリストとして数年間北京に駐在し、中国の警察当局に拘束された経験を持つ、その経歴は異色だ。

ポッティンジャーさんは5月4日、ホワイトハウスから流暢な中国語で演説し、それをYouTubeに掲載した。彼は1919年の五四運動について語り、武漢でコロナ感染死した李医師について語り、そして「中国の国民が抑圧的な政権に代わって国民中心の政権を実現できるか否か」と迫った。

対中穏健派と目されていたムニューシン財務長官やトランプさん娘婿のクシュナーさんの影はすっかり薄くなった。ついにトランプさんは14日放送のテレビ・インタビューで「中国との関係を遮断することもできる」と表明するまでになった。

断交とも受け止められかねないあまりに衝動的な発言だ。それが大統領選に有利かどうかの駆け引きも感じられない。感じられるのは彼の憎悪と、対中強硬派との共鳴だ。

3.トランプ・ディールの限界

トランプさんの外交戦略は、なかでも対中交渉は、制裁による譲歩引き出し、これを「取引」と呼んでいただけのものだ。さて「気が変わった」(4月30日)トランプさんは、中国へのコロナ拡散に対する報復を検討し始める。

まず、お得意の関税引き上げ。そして中国政府を相手取った損害補償訴訟、中国共産党幹部に対する制裁、はてはアメリカ企業の中国引き上げから中国保有のアメリカ国債の利払い停止まで。

どれもこれも、実効性がない。中国に譲歩の余地はない。それどころか報復を受けるだけだ。次の5月8日付日本経済新聞の一覧表に整理されているとおりだと思う。

賢明なビジネス取引は「ウィン・ウィン」だと習うが、トランプ流儀は絶対的力関係を背景にした「ウィナー・テイク・オール」を目指す。しかし、実際のところこれまでのトランプ・ディールは「ルーズ・ルーズ」でしかなかった。上の表が示すのは、アメリカによる新たな制裁による中国の「ルーズ」が、何一つアメリカの「ウィン」にならないばかりか、深刻な「ルーズ」をもたらすということだ。

4.米中デカップリング

デカップリング(decoupling:切り離し)という用語は、かつて農業政策で用いられ、または先進国経済の落ち込みを新興国経済成長が補うというポジティブな意味合いでも使われたが、ここは原意通り「切り離し」と訳すことにする。

わざわざこうした紛らわしい用語を使う理由は、第一に、最近の各種米中摩擦レポートで頻繁に使われ出したこと、第二に、トランプさんが5月14日のテレビ・インタビューで「中国との関係を遮断することもできる」と発言したことが鮮烈だったこと、そして第三に、対中「封じ込め」という言葉が現時点で相応しくないと考えたからだ。

第三の理由について。アメリカの対中強硬派はすでに中国を「封じ込める」ことは非現実的だと考えていると思う。まず、アメリカの国力にその余地はない。コロナ感染被害の深さも広さも、ピークアウトの時期も違う。さらに「自国第一主義」で綻びたアメリカと同盟国との関係を、今から中国を仮想的に再構築できるとは思えない。そして前項で示したように、中国を脅して譲歩を引き出す「取引材料」をアメリカは持ち合わせていない。

 「取引」が成立しないなら「切り離す」。これはより深刻だ。米中が政治的にいかに対立しようとも、米中経済は容易に切り離せるものでははい。その試みは、急降下する世界経済が浮上のエンジンを失うことを意味する。

5.資本のデカップリング

アメリカ連邦職員向け年金基金を運営するFRTIBは5月13日、中国株への投資を延期すると発表した。ナスダックが新規上場ルールの厳格化に乗り出していることが19日、明らかになった。事実上の中国資本による上場制限だ。続く20日、アメリカ上院はアメリカに上場する外国企業に経営の透明性を求める法案を可決した。中国企業の「締め出し」につながりかねないものだ。

再起を目指す中国企業の資金調達を目詰まりさせるものだから、これは苦しい。中国経済の再起が苦しいということは、そこに投資するアメリカおよび海外の投資家および企業も苦しい。そして中国政府の対抗措置というリスクを抱えることになる。投資家が懸念しているのは「キープウェル条項」や「変動持ち分事業体」という聞き慣れない仕組みの動向だ(ぼくもこれらを短く説明することができない。5月24日付日本経済新聞に整理された解説記事がある)。

アメリカは中国への投資を制限し、中国はアメリカへの投資が制限される。もちろん中国は困るのだが、それでアメリカが得をするわけではない。むしろリスクを増大させる。中国に「譲歩」を求めているわけではなく、アメリカに「ウィン」がないわけだから「落としどころ」がない。

生産と消費のグローバル化と並行して、あるいは先行したのが資本のグローバル化だった。もちろんそこには多くの反省するべき課題もあるのだが、それは国際協調によって解決するべきものだ。それが政治的対立によって、突然切り離されたのではたまらない。

6.生産のデカップリング

「中国との関係を遮断することもできる」というトランプ発言(5月14日)直後の15日、アメリカ商務省はファーウェイに対する禁輸措置を強化すると発表し、同時に禁輸の例外措置を8月にも打ち切ると発表した。このファーウェイ制裁強化は、ホワイトハウスの対中強硬派が主張していたものだが、アメリカ産業界の反対で押しとどめられていた。アメリカIT産業にも多大な実害が及ぶからだ。

さらに同じ15日、半導体受注生産の世界最大手である台湾のTSMCがアリゾナ州に最先端工場を建設すると発表した。そしてそのTSMCがファーウェイからの新規受注を停止した。ファーウェイは、生命線を断たれた。スマホのCPUや5G基地局向けの半導体製造をTSMCに依存してきたからだ。

アップルに「アップル経済圏」があるように、ファーウェイにも「ファーウェイ経済圏」がある。世界中にサプライチェーン(部品供給網)を張り巡らし、その主要な部品調達先の3分の1はアメリカ企業だ(継いで日本企業)。

ファーウェイは本当に困るが、アメリカ企業も困る。これも「ルーズ・ルーズ」だ。しかもこれまでのような「知的財産権侵害」といったような制裁理由が明らかにされていないため、中国は「譲歩」のしようがない。できることは、「報復」だ。すでに中国(環球時報)は、アップル、クアルコム、ボーイングを名指しして警告を発している。どれも中国が最大市場だ。

7.遠のく「正常への回帰」

リーマンショック後の世界緊急危機から、世界経済はアメリカの4兆ドル金融緩和と中国の4兆元公共投資を2つのエンジンとして回復してきた。また当時のオバマ政権は、国際協調の再建を目指した。コロナ・ショックはリーマンショックより深く長い。ぼくたちの「日常」は、経済の回復なくしては取り戻せない。パンデミックの収束は世界が孤立分散していては遠のくばかりだ。

トランプ・ディールは終焉を迎えている。だからこそ、彼の憎悪・分裂・対立という政治手法はさらに激しいものとなっている。アメリカの大統領選挙に振り回されるのは、もうごめんだ。「切り離し」は幻想であり、「共存」こそリアルなのだと思う。ぼくたちはコロナ克服のために、あの日常を取り戻すために、その日常に潜在していた憎悪・分裂・対立を今、乗り越えていかなくてはならない。

ジョージ・フロイドさんの死と、多くの犠牲を無駄にしないためにも。

日誌資料

  1. 05/22

    ・関西3府県 緊急事態解除(21日) 首都圏、25日にも判断
    ・米、経済優先の再開指示(20日) コロナ陽性率10%以下 病床使用率7割未満
    州基準より甘く 政権意向を反映 感染拡大懸念も
    ・米、対中強硬法案を可決 上院(20日) 中国企業念頭に監視強化
    ・中国、成長率目標見送り 全人代開幕 国家安全法、香港にも
  2. 05/23

    ・中国全人代閉幕 香港統制へ法整備 歳入減も財政出動拡大
    崩さぬ軍拡姿勢 20年国防費6.6%増の19兆円
    ・石油メジャー、投資圧縮 欧米6社で3.3兆円減 原油価格崩落、開発中断も
    ・世界感染、1日10.6万人に増 新興国、コロナ拡大の中心に <1>
  3. 05/24

    ・米中対立、資本市場に火種  米、外国企業排除の法案 中国、対抗の観測
  4. 05/25

    ・緊急事態全面解除(25日) 1ヶ月半ぶり 経済再開に軸足
  5. 05/26

    ・EU内生産拡大、中国頼みを脱却 欧州委、コロナ機に新ルールへ
    ・独政府、ルフトハンザ支援 総額1兆円、経営に影響力
  6. 05/27

    ・米、対中制裁を示唆 トランプ氏 香港統制強化に不快感
    ・デジタル人民元、22年までに 北京冬季五輪へ実証実験 QRコード使い決済
  7. 05/28

    ・2次補正 透ける規模優先 事業規模117兆円、政府支出は33兆円 <2>
    企業支援、官民で94兆円 予備費10兆円計上、使い道に不透明さ
    ・ファーウェイ、米規制に対抗 半導体、迂回調達探る
    ・EU経済支援220兆円規模 対コロナ、欧州委が復興計画案 <3>
    共通債発行で基金 規律重視の4ヵ国反対
    ・「香港、高度な自治困難」 ポンペオ国務長官が中国に警告
    ・「SNSは規制か閉鎖」 トランプ氏、ツイッター批判 自身の投稿に注記で
  8. 05/29

    ・米、失業保険申請4000万件 10週間 4人に1人が離職 景気に暗雲
    ・中国、国家安全法を採択 香港「一国二制度」骨抜き 政治活動・言論に制約
    ・鉱工業生産9.1%低下 4月、13年以降で最低 求人倍率、4年ぶり低水準
  9. 05/31

    ・米、対中強硬再び鮮明 香港優遇廃止へ WHO脱退も表明 <4>
    香港、揺らぐ貿易・金融 輸出規制や移動制限 米企業の活動に影響 中国、外資流入減も
    EUは対中制裁と距離 経済下押し圧力を憂慮
    ・黒人暴行死デモ全米に トランプ氏投稿が拍車
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