「 2018年12月 」一覧

週間国際経済2018(38) No.165 11/22~11/29

今週のポイント解説(38) 11/22~11/29

米中新冷戦 (その1ートランプ流貿易戦争の限界)

1.仮説

仮説、その1。米中貿易戦争の背景にはハイテク戦争があることは何度も指摘してきたし、それはすでに周知のことだ。しかしもはや米中ハイテク戦争は「背景」ではなく「前面」に露出した。

仮説、その2。ハイテク戦争が前面に出てきた理由のひとつは、いわゆるトランプ流貿易戦争が限界を見せているということだ。

仮説、その3。トランプ流が限界を見せると同時に、アメリカの中国に対する冷戦的思考は、アメリカ・エスタブリッシュメント(既得権益層)全体で共有されるようになった。

仮説、その4。その背景には、アメリカ・エスタブリッシュメント全体の危機感がある。ハイテク戦争の要諦は「データ戦争」だ。この戦争では、アメリカが圧倒的に不利だ。

仮説その5。であるならば、アメリカは中国に対して高度技術産業のみならず、安全保障上の優位性を失うだろうという危機感が、アメリカ・エスタブリッシュメント全体で共有される。

仮説、その6。したがってハイテク戦争は取引(ディール)の対象ではない。「習近平1強」という体制そのものが危機感の対象となる。

仮説、その7。以上6つの仮説に従えば、アメリカは中国に対して「新冷戦」と呼ぶに相応しい段階に踏み込もうとしていると結論づけることができる。

この仮説をひとつひとつ検証していこうとしているのだから、当然長くなる。何回かに分けて考えて行こうと思う(とりあえず3回を予定しているが、情勢の推移によってはもっと続くかもしれない)。

2.G20の閉幕

12月1日、アルゼンチンのブエノスアイレスでG20(20ヵ国・地域首脳会議)が閉幕した。ぼくは、この日G20という枠組みそのものが「閉幕」したと感じている。首脳宣言に「保護主義と闘う」という創設の原点と言うべき文言を確認できなかったからだ。

G20は、2008年のリーマンショックを国際協調によって乗り切ることを目指して始まった。1929年の世界恐慌以降、世界は関税引き上げ・通貨切り下げという、まさしく「自国第一主義」によって対立を深め、世界大戦へと突入した。この反省が、戦後連合国ブレトンウッズ会議(1944年)における「自由貿易の促進」という合意に結びついた。

G20は、この歴史に学んだのだ。だから、アメリカの「自国第一主義」の前に屈して、「保護主義と闘う」という精神を捨てた段階で、役割を放棄したのだ。無残だ。トランプさんは、そのG20 を米中首脳会談に向けて、対中圧力の手段として利用したのだから。

3.「休戦」の裏で「宣戦布告」

その12月1日の米中首脳会談で、アメリカは対中追加関税(2000億ドル分の中国製品輸入関税を2019年1月以降10%から25%に引き上げる)に90日間の猶予を与え、中国の知的財産権侵害問題について協議を開始すると提案し、中国はこれに合意した。しかも、焦点だった「中国製造2025」に関しては協議の議題にも明記されなかった。

固唾を呑んで見守っていたマーケットは、これを短期ではあるが「休戦」と受け止め、いったん胸をなで下ろした。トランプさんも、帰路の専用機で「素晴らしい取引だ」とご満悦だった。

その12月1日に、中国の通信機器最大手ファーウェイ(華為技術)の創業者の娘である孟晩舟副会長がカナダで逮捕された(5日公表)。カナダ司法省はアメリカの要請によるものだと明らかにした。孟氏はカナダで何か法を犯したわけではない。容疑はイラン制裁違反だと報じられたが、明らかではなかった。しかも身柄はアメリカに引き渡されるという。

ファーウェイは、中国最大の民営企業で、最大の輸出企業だ。スマホは日本でも有名だが、出荷台数は世界2位(1位サムスン、3位アップル)、通信基地局では世界1位の企業だ。アップルやアマゾンの最高幹部が突然中国で逮捕されたようなレベルの衝撃だ。

さらにぼくが衝撃を受けたのは、7日の報道だ。6日、ボルトン米大統領補佐官がラジオのインタビューでこのことを「事前に知っていた、米司法省から聞いた」と明らかにしたのだ。ボルトンさんは1日の米中首脳会談に出席している。では、トランプさんも知っていたのか。

ボルトンさんは「大統領が知っていたかはわからない」、あなた補佐官でしょ?「いちいちすべてを報告するわけではない」と言い切った!それって、ほとんど「内緒」じゃないの!

ボルトンさんって、どんなけ偉いの。タカ派中のタカ派、異端の「対中強硬派」くらいの…。ボルトンさんというよりも、「対中強硬派」が偉くなっているのかも。

4.トランプ流交渉

なんでも取引する。ボス交が好きだ。脅して譲歩を待つ。そして困ったことに、交渉の目的が「交渉ができる男」だと思われて支持率を上げたいということだから、相手には落としどころが見えない。

ボス交が好きだから、必然的にボスを相手にしたがる。習近平さん、プーチンさん、金正恩さん、(安倍さん?)。必然的に民主的手続きや国際協調を重んじる人は苦手だ。メルケルさん、マクロンさん、トルドーさんなどは大嫌いだ。ボス交が好きだから、事務レベルでの根回しは平気でひっくり返す。

ひたすら脅かす。脅かして相手がひるまなければ、さらに脅かす。ついに相手が譲歩すると、その譲歩の具体的な内容にはあまり関心がない。譲歩させたという事実を自慢する。営業の社員研修でも、経営者のコンサルティングでも、最悪のケース・スタディ・モデルだ。つまり、成果は望めない(その点、相手のボスたちはしたたかだ)。

さて、ここから大胆な仮説だ。こと対中交渉に限ってだが、はたしてトランプさんは依然としてボスなのだろうか。

米中首脳会談のちょうど1カ月前の11月1日、トランプは習近平さんに電話会談を申し込んだ。トランプさんは「習氏との良好な関係を重視している」と述べ、「双方が受け入れ可能な方法を見いだすべきだ」とし、電話では「長い時間とても良い話し合いができた」とツイッターで明らかにした(11月2日付日本経済新聞)。

そして中国はこれを受けて142項目の対米貿易改善案を出してきた。トランプさんはこれに対して「非常に完成度が高い」と評価した。ただ「重要な4、5項目が解決されていない」と指摘した。すこし、ディール成立の雰囲気が出てきた。それが11月16日だった。 その直後の18日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)がパプアニューギニアで開かれたのだが、トランプさんの代理として出席したペンス大統領は徹底した対中強硬論を繰り返した。「中国が態度を改めるまでは、米国は行動を変えない」と。

11月19日付日本経済新聞夕刊では、ペンス氏「悪役」に徹す、トランプ氏と役割分担とある。ただ翌日朝刊では、ホワイトハウス高官は「政権の総意という意味では、ペンス氏のほうがトランプ氏より重い」とまで指摘する、とある。ぼくは、こちらに同意する。

中国との90日間協議のアメリカ側責任者はライトハザー氏になった。最もタフな通商ネゴシエーターが、穏健派と言われたムニューシン財務長官に取って代わった。降ろされたのはムニューシンさんだろうか。ぼくは、ボスだと思う。

5.トランプ流貿易戦争の限界

一貫性がなく、支持層の反応次第で言うことが変わるトランプさん。習近平さんと取引をするかもしれない。対中強硬派が、これを黙って見ているはずがない。切り返しが始まったのならば、その潮目はどこで変わったのだろう。

もちろん中間選挙で与党共和党が下院で敗北したことは大きい。それもトランプ政権を生んだと言っても過言ではないラスト・ベルト(衰退する製造業工業地帯)で民主党に議席を奪還されたのだから。トランプさんの”経済学”では、対中貿易赤字は中国によるアメリカに対する「搾取」だ。だからその赤字額を減らすというのが公約だ。そのための手段は、ただひとつ「関税」だ。

しかし政権2年近くを経て、アメリカの対中貿易赤字は急増している。このテーマに関しては、⇒ポイント解説№162「アメリカ中間選挙と貿易戦争」を見て欲しい。

問題は、貿易赤字だけではない。いくら制裁関税を重ねても、中国の知的財産権侵害問題交渉は一歩も前進していない。来年からさらに制裁を強めても、その効果は疑わしい。だとすれば、どこかでトランプさんは、中国の譲歩というタイミングでディールを成立させるだろう。

しかし、対中強硬派の関心は貿易赤字ではない。安全保障やハイテク技術覇権に対する危機感だ。だから、貿易戦争に批判的だった人々まで対中強硬論に立つようになってきた。やはり10月4日の「ペンス演説」は、米中新冷戦の始まりを象徴するものだったのだろう⇒ポイント解説№160「米中貿易戦争は『米中新冷戦』に過熱するのか」参照。

APECが首脳宣言を採択することさえできずに終わったあと11月26日、米ゼネラル・モーターズ(GM)は15%の人員削減とアメリカ国内の4工場を含む7工場の停止・閉鎖を発表した。閉鎖される国内4工場は、まさにラスト・ベルトの象徴であるデトロイト(ミシガン州)、オハイオ、メリーランドにまたがる。トランプ関税によるコスト上昇がその大きな理由のひとつだ(日誌資料<5>参照)。

GMは、アメリカ最大の製造業のひとつだ。国内工場を閉鎖して、中国の工場はそのままだ。いや、電動化と自動運転に割り当てる人員を2倍にするというから、対中投資は増えるだろう。これはまさに、トランプ流貿易戦争に愛想が尽きたということを宣言したようなものだ。

もちろんトランプさんは激怒し、脅しをかけた。補助金をカットするぞ、と。でもこれに対してGMは、計画見直しを否定した。同じ頃、カナダとメキシコが中国とのFTAの検討を始めたと報じられた(11月28日付同上)。「対米依存脱却狙う」との見出しだ。

もうトランプ流交渉は、内外で通用しなくなっている。それでもトランプさんはまだ、懲りずに「私はタリフ・マン(関税が好きな男)だ」(12月4日)とか呑気なツイッターを発信している。もちろん年明けから始まる対日通商交渉(TAGという名のFTA)では、このタリフ・マンは猛威を振るうだろう。

そう、トランプさんは次の大統領選挙にしか関心がないからだ。しかしアメリカ・エスタブリッシュメントたちにとっては、それは二の次だ。弾劾の可能性もあるトランプさんと心中するつもりはない。なんならペンスさんを担いでも大統領選挙は戦える。
 

さて、仮説その3あたりまで書いた。ボルトンさんが知っていたのにトランプさんが知っていたかどうかもわからないまま、ファーウエイのお姫様は逮捕された。アメリカはファーウエイのなどの中国ハイテク企業の製品を使用しているだけでアメリカとの取引禁止という方針を打ち出す勢いだ。

もう「タリフ・マン」の次元ではない。なぜ、ここまでアメリカは中国に対して強硬になったのだろうか。次回、検討しよう。

日誌資料

  1. 11/22

    ・消費増税対策2兆円超 プレミアム商品券など 財政への影響懸念 <1>
    キャッシュレスで5%還元も 五輪までの9カ月検討 効果は不透明
    ・主要IT株時価総額160兆円減 陰る成長期待 マネー退避 <2>
    ・トランプ氏、サウジ皇太子擁護鮮明に 米議会が反発
  2. 11/23

    ・日産、ゴーン会長解任 3社連合も統治見直し ルノーと主導権争い
    ・離脱後の通商大筋合意 英EU政治宣言「広範な自由貿易圏」
    ・新興国、最大30兆円流出も 米金融正常化、逆回転生む
  3. 11/24

    ・大阪万博決定 25年夢洲で開催
    ・NY原油反落50ドル台に
    ・温暖化「米に悪影響」米政府報告書 農業に打撃、成長阻害 トランプ氏に警鐘
    ・日本の防衛費、NATO基準も 米要請受け関連経費合算
  4. 11/25

    ・日ロ交渉 消えた「4島」 安倍首相・プーチン氏 平和条約巡り連続会談
    ・蔡英文総統、党主席辞任へ 台湾地方選で与党が大敗 中国の出方も焦点
    ・英首相が不信任回避 投票への必要議員数達せず EU離脱協定案、反発なお
  5. 11/26

    ・英EU離脱案決定 決裂回避を優先 通商・国境先送り 英議会に迫る <3>
    無秩序離脱、依然リスク 英与党内、大量造反も EU首脳「他の可能性ない」
    ・単身高齢者、世帯全体の1割を突破 三大都市圏、財政圧迫の懸念
  6. 11/27

    ・GM、15%人員削減 7工場停止・閉鎖 次世代車にシフト
    ・マクロン改革岐路 燃料税引き上げに抗議して仏全土でデモ、雇用に不安
    ・F35戦闘機、最大100機追加 政府検討、米から1兆円超 トランプ政権に配慮も
  7. 11/28

    ・入管法改正案が衆院通過 政府・与党 会期内成立めざす <4>
    技能実習生制度・受け入れ上限など残る論点 法務大臣答弁、具体性欠く
    ・トランプ関税、米に跳ね返る 原材料高、製造業を圧迫 <5>
    トランプ氏、GMリストラ「失望」 補助金停止検討
    GM、「口先介入」かわす 工場停止方針曲げず
    ・米産業界が対日貿易交渉で要望「サービス含む包括協定を」
    ・カナダ・メキシコが中国とFTA検討 対米依存脱却狙う
  8. 11/29

    ・英議会、反対論が拡大 離脱案、メイ氏の工作進まず
    無秩序離脱ならGDPを15年間で9%減少 英政府試算
    ・日本のGDP、人口減で40年後に25%減 IMF分析

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