「 2016年06月 」一覧

週間国際経済2016(19) No.58
05/24~05/30

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今週のポイント解説(19) 05/24~05/30

新しい判断

 安倍首相は6月1日、記者会見で消費税の税率10%への引き上げを2019年まで2年半先伸ばすことを表明した。「これまでの約束とは異なる新しい判断だ」そうだ。

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1.それまでの「判断」

 2014年11月18日、安倍首相は消費税の税率10%への引き上げを2017年4月までに延期し、その信を問うために衆議院を解散し総選挙を行うと表明した。その際の判断は、「再び延期することはない、皆さんにはっきりとそう断言します」、「3本の矢(アベノミクス)をさらに前に進めることにより必ずやその経済状況をつくりだすことができる。私はそう決意しています」ということだった。ただし、「リーマンショックや東日本大震災級の事態が起きないかぎり」と付け加えていた。

 今年になってもその判断に変更はなかった。むしろ強められていた。例えば1月21日の参院本会議では「世界に冠たる社会保障制度を次世代に引き渡す責任を果たすために」再延期はしないと答弁していた。この判断は3月の衆議院予算委員会でも、熊本大地震が起きた後も繰り返された。「リーマンショックのようなことが起きない限り」だ。

 前回のポイント解説では伊勢志摩サミットで安倍首相が「サミット前に似ている」と突然言い出したことについて扱った。この「判断」について国内主要紙で同調するものはなかった。海外紙はかなり辛辣にこれを評していた。すると5月30日に安倍首相は「(サミットで)リーマン前に似ているとの認識を示したとの報道があるが全くの誤りだ」と反論した。世界の報道機関が「誤報」だったというのだ。

 そうだとしたら、公約通り消費税率を引き上げないのならアベノミクスが失敗したということになる。それは「延期」ではなく「挫折」とするのが相応しいだろう。ところが首相は、そうではなくて「新しい判断」で延期すると言うのだ。

2.一人で決めることができるという「新しい判断」

 この「判断」は国会で議論されていない。会期が終わってから示されたからだ。反対していた麻生さんとは3時間ほど語り合ったらしいけど。

 「租税民主主義」という言葉がある。民主的な議会とは「税金の集め方と使い方を納税者の代表が議論して決めるところ」だと言う意味だ。異論はないと思われる。その国会で安倍首相は「再び延期することはない」と断言し続けていた。それがそれまでの判断だった。だから、もし「税」について新しい判断があるのならば、少なくとも国会で提案し議論しなくてはならない。それが議会制民主主義というものだ。

3.参院選で信を問うという「新しい判断」

 1日の記者会見で首相は「公約違反ではないかという批判を真摯に受け止める」と語った。この言葉が国会で内閣不信任案提出のときに語られたのならば「真摯」だろう。しかも「陳謝」は避けられた。だから参院選を通して「国民の信を問う」と言うのだ。

 参議院選挙は3年に一度、議席の半分が改選される。任期は6年だ。したがって予算に関する衆議院の優越性もあって政権選択選挙だとはみなされない。内閣総理大臣が「信を問う」場合、衆議院を解散して総選挙に打って出るものだとされてきた。だから衆参ダブル選挙になるだろうという観測が流れていた。そのため国会は浮き足立ち、TPP承認案や労働基準法改正案などがまともに議論されなかった。

 解散か総辞職か、それほどに重い公約だったはずだ。しかし参院選で「信を問う」と言う。それも改選議席の過半数の獲得で信任を得たことになるという「判断」だ。

4.アベノミクスは順調だが世界経済にリスクがあるという「新しい判断」

 1日の記者会見で安倍首相はあれこれ(有効求人倍率や賃上げなど)データをあげ「アベノミクスは順調だ」と言い切った。そこで出されたデータはもちろん他のデータもあげてこれに反論したいところだが、つまり日本経済は順調だけれども増税は先送りすると言うのだ。「世界経済が大きなリスクに直面している」から「リスクに備えなければならない」からだそうだ。日本は良いが世界が心配だという論理だが、これも「新しい判断」だ。 最近の世界の判断は5月20日に仙台で開催されたG7、主要7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議の認識だとするのがふつうだろう。そこでは「中国を含め世界経済を覆っていた行きすぎた悲観論は後退した」との認識を共有している。

 むしろ日本経済が心配されている。IMF(国際通貨基金)の2016年世界経済見通し(4月発表)では、日本の実質経済成長率見通しは0.5%だ。アメリカが2.4%、EU離脱問題で揺れるイギリスが1.9%、デフレに苦しむユーロ圏は1.5%。日本が突出して低い評価を受けている。ちなみに安倍首相が心配している中国は、1月時点の6.3%から6.5%に上方修正された。日本は逆に0.5ポイント下方修正されているのだ。

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5.増税は延期するが財政出動拡大という「新しい判断」

 6月3日、自民党は参院選の公約を発表した。「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」という勇ましいものだ。集票が期待される地方での大規模なインフラ整備は具体的な記述が目立つ(6月4日付日本経済新聞)。リニア新幹線の大阪延伸や整備新幹線などに30兆円の資金を充てるという。

 増税を実施する場合、一時的な景気への配慮から補正予算などを組むことで財政支出を拡大することは理解できる。予定されていた増税の延期は財政的には減税措置になる。ここで大型補正予算を組みさらに「エンジンをふかす」となれば財政はどうなるのだろう。 「次の世代より次の選挙」と自民党の重鎮の一人が嘆くと3日付日経に載っていた。

6.増税延期でも社会保障充実という「新しい判断」

 消費税率引き上げについては「社会保障と税の一体化改革」という2012年の民主・自民・公明3党の合意がある。消費増税による税収増の使い道と配分はあらかじめ決まっている。およそ4割は財政赤字の圧縮に充てられるが、今回2%引き上げで見込まれるおよそ4兆円超の増収分のうち1.3兆円は社会保障の充実に振り向けられる予定だった。低年金者への給付金、介護保険料の軽減、年金受給資格期間の短縮、待機児童ゼロのための費用などがその内容だった。

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 しかしこの1兆3000億円はもう入ってこなくなった。それでも安倍首相は待機児童と介護離職については「先行実施」すると表明した(同じく1日記者会見で)。どこから引っ張ってくるのだろうか。首相が語るに「赤字国債を財源にするような無責任なことはしない」、いかがなものだろう、財源を示さないことの方が無責任だと思うのだが。

7.増税延期でも財政再建という「新しい判断」

 景気低迷の原因は個人消費の弱さだ。増税延期は消費を増やすだろうか。そもそもなぜ消費は増えないのか。「将来の社会保障が不安」だからだ。医療、教育、介護、育児、年金。増税はなくなったのではなく延期されたのだ。今の消費が増えるとも思えないが将来の負担は確実に増えるだろう。

 だから日本経済にとって財政再建は譲ることのできない優先的課題であるはずだ。政府の財政健全化目標は2020年にプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の黒字化だ。これは予定通り消費税が10%になって、しかも毎年名目3%成長を達成できたとしても2020年になお6.5兆円足りないと、他でもない内閣府が試算している。今回2年半の先送りでおよそ10兆円前後の税収がなくなることになるが、安倍首相はこの財政健全化目標は堅持するというのだ。

8.それでも評価された「新しい判断」

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 朝日新聞は4、5日両日世論調査を実施した。消費税引き上げ延期は「評価する」56%が「評価しない」34%を上回った。安倍首相の説明は58%が「納得しない」のだが、再延期しないという約束を守らなかったことについては53%が「大きな問題ではない」と答えた。

 今、問われているのは安倍首相なのだろうか。

 

 

日誌資料

05/24
・EU離脱なら景気後退 英政府が試算 経済規模3.6%縮小 <1>
 世論調査「残留」47%「離脱」40% 若年層は残留支持多く投票率が左右
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・出生率1.46に(昨年合計特殊出生率)前年を0.04ポイント上回る
 出生数は100万5656人 婚姻件数は戦後最少の63.5万組 第1子出産年齢30.7歳
 政府目標の1.8にはメドが立たず人口維持には2.07必要 米1.86、仏2.01、独1.47
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 5年連続で前年を上回り2010年末の68兆円の2.2倍に膨張
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05/26
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 IMFの支援復帰へ半歩 返済期間延長など抜本策はドイツ総選挙後の2018年に先送り
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・人民元、5年ぶり安値 来月の米利上げ観測で

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・伊勢志摩サミット開幕 安倍首相、世界経済「リーマン前に似る」 <4>
 消費税率引き上げ延期にらむも危機認識に差 専門家から「違和感」の声
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 4月まで「慎重に進める」も6、7月のいずれかの会合で利上げの可能性を示す
 焦点は5月の雇用統計と6月23日の英EU離脱・残留国民投票
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05/29
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05/30
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 オバマ氏訪問「評価」92% サミット外交「評価」62% 消費増税「反対」63%
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