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週間国際経済2015(35)  11/25~12/01

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今週のポイント解説(35) 11/25~12/01

トリクルダウンと官民対話

1.アベノミクスとトリクルダウン

 トリクルダウン(trickle-down effect)とは、富裕層がより豊かになればやがて富が貧しい人たちにも「滴り落ちてくる」という仮説です。アベノミクスは異次元緩和によって円安株高を後押しして、かつ法人税率引き下げや派遣労働法改正などの財界の要望に即応するなど大企業を優遇する政策を推し進めてきました。これが世論に支持されたのは、大企業負担の軽減がやがて投資拡大と賃上げに繋がるという期待からでした。しかしこの期待は裏切られ続けています。

 今年1月28日の参議院本会議で安倍首相は民主党議員の質問に対して「我々が目指すのはトリクルダウンではなく経済の好循環の実現だ」と答弁しています。2カ月前の昨年11月14日、甘利経済再生担当相は消費増税延期の理由として「トリクルダウンがまだ弱い」と説明しています。内閣不一致ですね。

 そもそもトリクルダウンなんて新興国の高度成長過程で一時的に観察されるとしても、所得の再分配が機能しない限り社会的格差を生むだけだと、ぼくは考えています。トマ・ピケティ教授の『21世紀の資本』がベストセラーになったのも、このトリクルダウン仮説に対する不信感が広がっていたことが背景にあったからだと思います。学説の対立だけではありません。その内閣不一致が生まれた2カ月の間に、安倍政権にとってはおそらく衝撃的だっただろう報告がOECD(経済協力開発機構)から出されました(2014年12月9日)。ズバリ「トリクルダウンは起こらなかった」というものです。むしろ格差が広がりそれは経済成長を損なうものであるという実証的検証だったわけです。

 安倍首相はトリクルダウンと経済の好循環の実現がどう違うのか、ぼくに分かるように説明してくれませんでした。仮に何かが違うとしても、その「経済の好循環の実現」とやらも明らかに行き詰まっていることは、ぼくにも分かります。

2.伸びる大企業、縮む消費

 大企業の利益は空前の水準を記録しています。上場企業の利益率(売上高経常利益率)は今期(2016年3月期)過去最高を更新し、経常利益合計も2年連続で過去最高となる見通しです。

 一方で10月の家計支出は2.4%減、2カ月連続のマイナスです。その10月の完全失業率は3.1%、20年ぶりの低水準ですし有効求人倍率も1.24倍と高水準です。それでも消費が縮む理由は「非正規雇用」の増加です(そもそも有効求人倍率というのはハローワークにおける求人と求職の比率です)。10月の非正規雇用は17万人増えて8カ月連続の増加です。雇用者に占める比率は37.5%と高止まり、正社員の求人倍率は0.77にすぎません。

 実質賃金は0.3%増(9月)でしたが、円安の影響もあって食料品や日用品が値上がりしたためエンゲル係数が上昇し、結果、家計に節約志向が広がり消費が縮んでいるということです(11月27日付夕刊、28日付日本経済新聞)。

 つまり大企業の利益は投資や雇用・賃上げに滴り落ちていません。トリクルダウンは起きなかったし、ますます雇用は不安定になり消費の拡大によるデフレ克服は遠くなっています。安倍首相が「目指すものはトリクルダウンではない」と弁明するのも、すでに1月の段階でそのことがわかっていたからでしょう。しかし今年一回きりの国会ではこの問題にはほとんど触れられることもなく、安保法制強行可決への道のりに費やされてしまったのです。

3.官民いびつな協調

 これは11月27日付日本経済新聞の見出しです。経団連の榊原会長が政府が開いた官民対話(26日)で、設備投資を3年間で10兆円増やすことが可能で、来年は今年を上回る水準の賃上げに期待するとの考えを表明したというのです。この経済界の姿勢をふまえ首相官邸は法人税の実効税率を来年度に20%台まで引き下げる検討を指示したのだそうです。記事は「個々の企業判断で決めるはずの投資や賃金の水準に異例の言及をした経団連に政府側が政策で応えるいびつな協調の構図になった」と指摘しています。

 この官民対話での協調の裏には経産相の経団連に対する連日の説得があったこと、設備投資10兆円増も直近の実績に政府が目指すGDP600兆円成長率をかけたものに過ぎないという記事がこれに続きます。

 この直前24日に「一億総活躍社会」緊急対策案が明らかにされました(26日決定)。最低賃金を毎年3%増やして1000円を目指すというのです。2四半期連続でGDPがマイナスを記録しているなかで最低賃金は3%増やすというマジックに信憑性を持たせるためにも、この官民対話が利用されたのでしょう。

 それにしても莫大な利益を上げている大企業に対してさらに法人税率引き下げをプレゼントして、その引き替えに経団連会長の「異例の回答」を引き出すとは、トリクルダウンの亡霊をアベノミクスはまだ追いかけているのでしょうか。それとも世論に幻想を与えれば、当面の選挙に勝てればそれでいいと考えているのでしょうか。

4.大企業は国内投資を大幅に増やすのか

 榊原経団連会長は自身の回答について「確証があるわけでも何でもなく、意気込みを持っているとうことだ」と語っています。そりゃそうでしょ、会長が言えば企業が投資と賃上げを実行するなんて、誰も思わないでしょ。

 そもそも、なぜ日本の大企業は莫大な利益とそれがもたらす莫大な手持ち資金がありながら国内投資を増やしていないのでしょうか。そこには現実的な理由があります。

 第一に、人口減少です。日本の労働人口は毎年約50万人減り、潜在成長率は過去最低になっています。需要先細りの国内に向けた投資拡大を企業経営者が決断するでしょうか。日本は移民を受け入れません。出生率を上げる、女性と高齢者を働かせるという考えです。出生率を1.8にするために婚活と不妊治療をバックアップするということです。保育・介護施設を100万人分増やすそうです。施設を増やしても保育士と介護士の不足については語られていません。実は介護施設は余っていますが、介護士がいないのです。保育所は増えていますが、保育士が不足して保育所事故は激増しています。

 第二に、中国をはじめ新興国経済の減速が国内投資を鈍らせています。アメリカの年内利上げはほぼ確実です。世界経済がデフレの状態で基軸通貨国が利上げ、つまり金融引き締めに動くのです。ぼくは前例を知りません。FRB量的緩和で海外に流れた投資マネーはアメリカに回帰しています。米財務省の集計では昨年7月から今年9月までにアメリカに流入した資金は計2300億ドル(約28兆円)に上っています。

 新興国経済は資金流出を食い止めるために金利を上げれば投資を冷やし、通貨下落を放置すれば物価高で消費が冷えます。景気を支えるために財政赤字は急激に拡大しています。中国の構造調整も上手くいったとしても数年はかかるでしょう。TPPによる輸出増大がその分の国内投資を埋め合わせるとは考えられません。

 第三に、世界的なM&A(合併・買収)の急増です。それは今年世界で4兆2200億ドル(約520兆円)に達しました。8年ぶりに過去最高を更新したことになります。とくに「大型化」と「多様化」が特徴的だと言われています。世界的に景気が停滞するなか「手っ取り早い成長戦略」(11月25日付日経)として、それも低金利のうちに事業規模を拡大しようとしているのです。日本企業もこれに遅れをとるわけにはいかないでしょう。事実、日本企業の海外M&Aは今年、初めて10兆円を突破しました。

 第四に、国内投資を増やすのか賃金を上げるのか、それを決めるのはもちろん経団連会長でもなく実は大企業のそれぞれの経営者でもありません。企業の所有者である株主です。そして日本上場企業における最大株主は「外国人投資家」です。東京証券取引所などの発表によると、今年3月末時点で外国人株式保有比率は31.7%と3年連続で増えて過去最高を記録しました。第二位は公的マネーによる株買いを担う信託銀行の18.0%ですが、かれらは「物言わぬ株主」です。国内個人の保有比率は3年連続で減少し、しかも株主数は増えていますから議決権は小さくなっていると考えられます。

 さて、上場企業の経営陣は外国人投資家に国内投資拡大と賃上げを承認してもらえるでしょうか。アベノミクスによる株価上昇は、外国人投資家と公的マネーによって支えられてきました。成長の望みにくい国内投資を大幅に増やそうとする企業は最大株主である外国人投資家の反対にあうか、あるいは株を売られるでしょう。物言わぬ株主である公的マネーを運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の7-9月期運用成績は7兆8899億円の損失を出しています。アベノミクスを支えるために株式運用比率を倍以上に増やしたリスクが現れているのです。

5.それでも世論は支持をする

 11月26日の官民対話は「一億総活躍社会」政府緊急対策決定とセットでした。その後の各紙世論調査では内閣支持率が安保法制国会以前の水準に戻りました。安倍内閣の「経済重視」を好感したとの報道です。日本経済新聞では「一億総活躍社会」を評価するが44%で、評価しないが33%。「官民対話」に対しては支持するが46%で、支持しないが38%。見落とせないのが「南シナ海での自衛隊活動検討」を評価するが47%、評価しないが37%。これが「安保法制について政府の説明は不充分だ」が80%を超えた同じ世論なのでしょうか。

 「終わったことは(安保法制)言っても仕方ない、これから(トリクルダウンへの期待)が大切だ」ということならば、アベノミクスは経済政策としてではなく「選挙対策政策」として最強だったということになるのでしょう。それが「辺野古」も「原発」も押しのけて「改憲」への道筋を決定的なものにするのでしょうか。

 もはや、問われているのは経済政策ではなく、日本の民主主義の底力になってきているように思います。それでもぼくは、いやそれだからこそ、経済政策を問い続けていきます。

日誌資料

11/25
・トルコがロシア軍機撃墜(24日) シリア国境「領空侵犯」 ロシアは非難
 「イスラム国」包囲に亀裂 シリア巡る対立背景 仏大統領に誤算も
・米仏首脳会談(ワシントン,24日)空爆強化で一致 テロ情報共有
・M&A、今年世界で520兆円 8年ぶり最高 大型化と多様化特徴

11/26
・官民対話 設備投資18年度10兆円増 法人減税など前提 <1>
 経団連、異例の回答 賃上げ「今年上回る水準」 政府の介入に違和感
20151125_01
・日本を貿易・投資の拠点に TPP大綱を政府決定 <2>
20151125_02

11/27
・一億総活躍社会、政府緊急対策 最低賃金、年3%上げ1000円に <3>
 保育・介護施設100万人分増 低年金者には月額3万円の給付金支給
20151125_03
・法人税、2016年度に20%台(現行32.11%)首相官邸、財源調整を指示 <4>
20151125_04

・雇用改善も消費は鈍く 家計支出10月2.4%減 物価下落続く
 失業率は3.1%、20年ぶり低水準 「非正規」多く賃金アップ小幅 食品値上げで節約
 非正規労働者は8カ月連続増加(比率37.5%) 求人倍率1.24倍も正社員は0.77倍
・東南アジア、鈍い景気回復 主要5ヵ国横ばい4.2%成長 個人消費、勢いに陰り
・仏ロ首脳会談(モスクワ、26日)対「イスラム国」共闘確認 独は偵察機派遣へ

11/28
・法人税29%台固まる 来年度に前倒し 赤字企業増税で財源4000億円増

11/29
・テロ対策、欧州財政に影 仏、再建目標守れず 伊・英も支出かさむ

11/30
・日銀総裁講演 物価上昇率2%「早期に実現」 必要なら追加緩和
・内閣支持率「安保前」水準に 経済重視を好感

12/01
・公的年金、運用損7.8兆円 株安リスク浮き彫り <5>
 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)7-9月期、過去最大の運用損失
 国内株4.3兆円損失 海外株3.6兆円損失
20151125_05
・COP21(第21回国連気候変動枠組み条約締結国会議)開幕(パリ、30日)
 150ヵ国首脳参加 米中歩み寄りがカギ
・トルコ、難民対策で見返り EUトルコ首脳会議 流入抑制でEUから3900億円
 EU加盟交渉、渡航ビザ自由化も加速へ
・インド7.4%成長(7-9月)旺盛な個人消費がけん引
・韓国国会、対中FTA批准に同意 年内発効へ前進
 ベトナム、ニュージーランドとのFTA批准同意案も可決
・人民元、第3の国際通貨に IMF採用決定 円上回る比重 <6>
 IMF理事会(30日)特別引出権(SDR)構成見直し35年ぶり 来年10月から組み入れ
20151125_06

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