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週間国際経済2023(38) No.372 11/29~12/05

今週のポイント解説 11/29~12/05

安倍政治の終わりの始まり

「安倍1強」は、はたして「安定した」民主主義だったのか

憲政史上最長だった安倍政権は、たしかに「1強」でした。6度の衆参国政選挙すべてに勝ちました。2014年の衆議院選挙でも2016年の参議院選挙でも、「消費税率引き上げの延期」を公約にして大勝しました。減税について国会で審議せず、政権党が選挙公約に掲げてしまうのですから、ふつう勝ちますよね。国会で決めたとおり、つまり法律に定められたとおり、2015年に消費税率10%への引き上げを実施していたらどうなっていたでしょう。

とにもかくにも安倍自民党は安定多数を維持し、その自民党のなかでも安倍派(当時細田派)は最大派閥になっていきます。野党はもちろんのこと自民党内にも対抗勢力がなく、「安倍1強」体制が築かれました。

その意味で、たしかに「1強」なのですけど、安倍政権の「1強」は安倍さんが強いというだけではなく、本来「強くなければならない」他の政治的要素が著しく弱体化していったプロセスでもあったのです。ですから「多弱」(あるいは「他弱」)、これがはたして「安定」なのかという問題が、つまりいくつかの「強い」ものが互いにバランスを取り合うという健全性が、民主主義システムでは常に問われなくてはならない大切な課題だと思うのです。

「1強」ゆえの「多弱」ではなく、「多弱」ゆえの「1強」へ

官僚:「政治主導」、つまり官僚に対する政治家の優位という掛け声のもと2014年に設置された「内閣人事局」は、首相官邸に官僚人事に対する決定力を与えました。「忖度」という言葉が流行りましたよね。公文書の改ざんにまで至った森友学園問題に対する財務省の有様、なんともみっともなかった。なんともみっともなかったゆえに、財務省の権威は失墜しました。本来「強くなければならない」財務省、財源のない予算はおいそれとは認めない財務省が、弱くなりました。

悪者にもされています。財政再建という当たり前の課題を口にするだけで「財務省の回し者」と袋だたきに遭います。すると政治は、与党はバラマキを、野党は減税を掲げるという財政軽視が常態化していきます。それが「安定」だとは、到底ぼくには思えません。

その財務省が「表の最強官庁」ならば、「裏の最強官庁」は法の番人と呼ばれていた内閣法制局です。その内閣法制局長官に安倍さんは、次長の内部昇格という人事慣習であったものを、例外中の例外、外部の駐フランス大使だった小松さんという方を登用したのです。この小松さん、それまで歴代内閣が踏襲してきた「集団的自衛権は違憲」という判断をひっくり返してしまったのです。これがなければ安保法制の改定はできなかったと思います。

メディア: 2015年ころです。特定のテレビ番組が「政治的公平性」から見て問題があるとして、当時の首相補佐官が総務省に難癖をつけたという行政文書が出てきました。放送法第4条にはたしかに「政治的公平」が示されていますが、これは政治の側の圧力を規制したものとされてきたはずです。その解釈をひっくり返して、総務省による放送局への許認可権や電波の配分権を盾にして、テレビ番組の「中立」を問題視しろと圧力をかけたものでした。

そんなことを実際にしたらたいへんな騒ぎになったでしょうが、それ以降テレビ側の「自粛」具合は目に見えて明らかでした。何人かの有名な報道番組のキャスターの降板が相次ぎ、空気が一変したと感じた視聴者は多かったと思います。

安倍政権は、長かったこともあるでしょうが、大きなスキャンダルがとても多い政権でした。森友学園問題では公文書の改ざんで苦しんだ財務省職員が自殺したのですから。続いて、安倍さんの親友が理事長をする加計学園の獣医学部新設許認可に、安倍さんの特別の配慮があったという問題が起きました。これ一発で内閣が吹っ飛ぶと、ぼくは思っていました。

それに輪をかけたというか、あからさまな政治資金規正法違反だと思ったのが「桜を見る会」の資金収支の不透明さでした。今話題の派閥パーティー券キックバック問題と比べて、より軽微な出来事だったとは思いません。

そのパーティー券キックバック問題は、リクルート事件なみの大事件になると報道されています。そのリクルート事件は、当時のメディアの徹底的な取材と報道が事態の真相解明に導いたとされています。もちろんロッキード事件もそうでした。「1強」にもとで「多弱」となったメディアはかつて、強かったのです。

検察庁: 当時、メディアだけでなく「検察」も強かった。特別に強かったというか、本来の強さがあったと思います。さて、その「桜を見る会」問題が世間を騒がしたのが2019年、年明けの2020年1月に、突如安倍政権は東京高検検事長だった黒川さんの停年を6ヶ月延長するという閣議決定をしました。この黒川さん、「首相官邸の守護神」と呼ばれるほど安倍政権に近い検事さんでした。この定年延長は、その黒川さんを検事総長にするための手続きだとして大問題になりました。

検察庁は政治家を逮捕できるわけですから、その政治家が人事に介入するなんて検察庁も舐められたものです。結果的に黒川さんは自らの不祥事で辞任するのですが、検察庁が次期検事総長と考えていた人事(林さんという方でした)は、実現できませんでした。こうして検察庁も「多弱」リストに入っていくのでした。

安倍派は終わっても、安倍政治は終わりの始まり

このように「安倍1強」は怖いものなしでした。いや、政治権力にはやはり「怖いもの」がなくてはならないのです。最も怖がるべき存在は「憲法」でしょう。これは主権者が政治権力を制限して、主権者の権利を守るためのものですから。次に怖がるべきは「国会」です。国会は国権の最高機関ですから。しかし安倍政権は野党が要求しても都合が悪ければ国会を開きませんでした。国会が開かれなければ野党の存在感も薄れ、強い野党など育ちません。そうした意味でも安倍政権が、つまり国会軽視の改憲勢力が「1強」だったわけです。

さて、安倍さんが総理総裁を辞任しても、そして不幸にもお亡くなりになられてもなお、「安倍派1強」は続きました。その安倍派は、今回のパーティー券キックバック問題で、どんな形であれ、終わるでしょう。しかし「安倍政治」は、終わりが始まったばかりなのです。今その「弱者たち」が寄ってたかって安倍派を終わらせても、本質的な意味での安倍政治の終わりは始まらないのです。

ただちに始めるべきことは、はたして「1多多弱」は安定的で良いことなのかを問い、その「1強」はなぜ生まれたのかを問い、その「1強」がもたらしたデメリットがあるならば、それはどのようにして修復しなくてはならないのかを問うことです。そして「多弱」のなかでも最も弱かったのは、有権者であり納税者であり、マイノリティーであり低所得者層であったことを、毅然として、問い続けることなのだと思います。

アベノミクスの終わりの始まり

本来、政治から独立して「強くなければならない」存在を列挙するなかで、「中央銀行」が入っていませんでした。日銀は、「日銀法」改正圧力によって安倍政権にその政治的独立性を侵され、それどころか安倍政治を背後から支える下僕となっていました(安倍さんは「日銀は子会社だ」と言っていました)。アベノミクスにデフレ克服の効果はなく、ひたすらゼロ金利による財政バラマキを支え、つまり安倍政治を延命させる手段となり、その結果、膨大なツケ回しを将来世代に負わせています。

今もなお基本政策にアベノミクスという言葉を使うのは安倍派の議員だけです。会長不在の安倍派は、安倍政治の遺訓によってかろうじて体裁を保っていたからです。そして実際に、日本の金融政策にとって安倍派は圧力であり続けているのです。

さて、その安倍派も終わり、安倍政治も終わりが始まろうとしています。当然アベノミクスも、その終わりが始まります。日銀はその呪縛から解き放たれるでしょう。でもそれは「独立性」の再建を直ちに意味するのではなく、やはりその始まりにすぎません。

むしろ日銀は、政治的圧力を言い訳にできなくなりました。マーケットもそのへんの事情を考慮しなくなります。かつて以上に日銀は、政治的に独立した中央銀行として、その存在感が問われているのです。

週明けには、その日銀の金融政策決定会合が予定されています。注視しましょう。

日誌資料

  1. 11/29

    ・プーチン氏、戦時下5選へ ロシア大統領選、事実上スタート <1>
    高い支持率、圧勝演出 対立候補は見当たらず
    ・ガザ、戦闘休止2日間延長 イスラエル、国内世論圧力 人質解放優先も停戦遠く
    ・30年万博サウジ首都で リヤド開催決定
    ・米住宅価格、9月最高 8ヶ月連続上昇 中古の需給逼迫
  2. 11/30

    ・ドル高修正強まる 円、2ヶ月半ぶり146円台 米利下げ観測拡大 <2>
    ・補正予算成立 経済対策に13兆円 国債依存8.8兆円 <3>
    利払い費、将来負担に 財政悪化、歯止めかからず
    ・ESG投資、昨年初の減少 「見せかけ」批判、運用成績悪化 政治対立も影
    ・EU加盟、ウクライナ暗雲 ハンガリー反対にロシアの影
    プーチン政権 エネ供給で引き込み
    ・米経済、10月以降「鈍化」 地区連銀報告 金利高で消費弱含み
    ・動き出した日銀 焦点は短期金利 正常化へ対話 政策後手のリスク警戒
  3. 12/01

    ・インド、GDP7.6%増 7~9月 「26年日本超え」へ弾み
    ・米、EV税優遇対象外に 来年以降、中国産材料使う車の購入 脱炭素にブレーキ
    ・原油、追加協調減産見送り OPECプラス サウジは減産延長 アフリカ産油国反旗
    原油下落75ドル台に NY市場
    ・NY株、年初来高値 520ドル高 利上げ終結見込む <4>
    ・ゼレンスキー大統領「停戦、ロシア撤退が前提」交渉には応じず
  4. 12/02

    ・イスラエル、攻撃再開 ガザ戦闘休止7日間で終了 レバノン国境も戦闘再開
    ・COP28 再エネ3倍118ヵ国参加 日米欧、30年目標 排出削減進捗を点検
  5. 12/03

    ・FRB、物価高抑止に自信 FOMC 金利、3会合連続維持へ
    ・金、分断映す最高値 初の2100ドル超え 地政学リスク警戒 新興国「ドル離れ」
  6. 12/04

    ・トヨタ、欧州販売2割EV 26年、25万台目指す 現地生産も検討
    ・円、一時146円台前半 3ヶ月ぶり高水準 日経平均、一時400円超安
  7. 12/05

    ・ガザ全土に戦闘拡大 イスラエル、南部に侵攻 <5>
    全域空爆強化 学校・病院も標的か
    ・都区部物価2.3%上昇 11月 食料への転嫁一服 伸び16ヶ月ぶり低水準 <6>
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