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週間国際経済2022(39) No.332 12/03~12/09

今週のポイント解説 12/03~12/09

対ロシア経済制裁の帰結

じつはぼくは、経済制裁全般について支持していない

今年3月の始め、ウクライナ侵攻に対する対ロ制裁が本格的に実施された当時だが、ぼくはこうブログで書いた(⇒ポイント解説№300)。続けて「コストもリスクも過大だからだ。悪い国をみんなで制裁して平和を獲得できた実例を知らないし、経済制裁で幸せになった人を知らない」と。その後も、対ロ制裁は何度も追加されてきたが、一度もその効果が検証されたことはない。ウクライナの人々の被害はますます深刻になっている。深刻な被害被っているのは、ウクライナの人々だけではない。

最新の対ロ追加制裁を見てみよう

効果は検証されないまま、制裁は追加されている。12月2日、G7とEUおよびオーストラリアは、ロシア産原油価格の上限を1バレル60ドルとする制裁措置で合意し、5日に発動した。これらの国々はロシア産原油に対して禁輸制裁、つまり輸入していない。輸入していない国々が価格の上限を設けるのはなぜか、彼ら以外に輸入している国々が多く、もくろみ通りにロシアの戦費を削るという効果が芳しくないからだ。

侵攻前と比べてロシア産原油輸入増加が目立つのはインドが11倍、トルコが2.8倍、中国は11%増だ。加えて原油の国際相場は高止まりしている。そのためロシアの財政収入は今年1~9月、前年同期比で10%以上増えている。

だからロシア産原油価格に上限を設け、それを超えて取引するなら、欧米金融機関との海上保険の契約をできなくしようというのだ。なるほどそうすればインドやトルコはロシア産原油輸入コストもリスクも上がるだろう。

ただ問題は、その上限価格だ。1バレル60ドルというのは現状ロシア産原油(ウラル原油)の市場価格とほぼ同じなのだ。これではあまりロシアは困らない。だからウクライナはもちろん、隣接するポーランドなどは、どうせやるなら30ドル上限にするべきだと主張していた。

ところが、そこまでやると新興国は石油を手に入れられなくなり、ロシア産原油が市場から消えて国際価格が跳ね上がり、制裁を課している国々のインフレも加速させてしまう。そこでG7の共同声明は「ロシアの利益を阻止し、世界のエネルギー市場の安定を支える」という二律背反というか、苦し紛れの「折り合いを付けた」というわけだ。

こんな制裁、効果があるのだろうか。さっそく(4日)ロシアは「上限を設定する国には原油を輸出しない」ことにした。さらに同日OPECプラスは、現行の協調減産を維持すると再確認した。つまり増産はしないということだ。このロシア制裁の効果が疑わしいからだ。

効果を検証しないからこういうことになる。効果がなさそうなことを追加するのだ。

日本の対ロ制裁メリット、デメリット

メリットは、民主主義国の一員としての立場の再確認だ。尊い。制裁に効果があれば、なお尊いのだが。デメリットは、言うまでもないことだが、高い原油を買わなければならないということだ。やせ我慢を強いられている。

12月6日付日本経済新聞によると、日本の原油の中東依存度が95%とオイルショック前を上回る水準で推移しているということだ。じつは日本は「サハリン2」を通じたロシア産エネルギーの輸入が許されているが、それでも10月のロシア産原油輸入はゼロになった。高くて不安定な中東原油への依存が高まる。

10月の日本の経常収支は赤字に転じた。輸入が前年同月比で約57%増え、貿易赤字が1.8兆円を超えたからだ。原油高と円安のダブルパンチで、国富が流出している。安い円で高い中東原油を買っている。再生エネルギー投資がまったく進まない日本の石油輸入代金を使って、サウジアラビアは脱石油事業に投資している。

支援疲れは制裁疲れ

よく言われる「ウクライナ支援疲れ」、これは「ロシア制裁疲れ」の裏返しだ。とりわけ天然ガスの過半をロシアに依存するEUは、インフレ対策で金利を上げながら、エネルギー価格高騰対策で財政支出を膨らませている。その上でのウクライナ支援だ。しかしロシア制裁が、そのウクライナ支援の余力を奪っている。

12月12日、主要7ヵ国(G7)首脳は声明を発表し、戦争で破壊されたウクライナのインフラ施設の復旧は「ロシアが最終的に支払う必要がある」とした。はたしてロシアは支払うだろうか。ロシアが支払わなければ誰が支払うか、これでわからなくなってしまった。

続く12月13日、フランスはウクライナの越冬支援の国際会議をパリで開き、4億ユーロ(約580億円)支援実施で合意した。ゼレンスキー氏はオンラインで参加し「発電機や食料が装甲車や防弾チョッキと同じく不可欠だ」と少なくとも緊急に8億ドル必要だと訴えたが、値切られた。しかもこの会議にはドイツ、イタリア、イギリスの首相が欠席し、閣僚すら派遣しない国もあった。

ウクライナ復興支援の当てもなく、ウクライナ戦争支援は続く。

はたして制裁は「正義」なのか

制裁のコスパがどうのとのたまうぼくに不信感を抱く学生も少なくない。だって、悪いやつを懲らしめるのは「正義」なのだから。

なるほど国際社会はイランにも北朝鮮にも経済制裁を加えている。イラン経済制裁以降、イランのウラン濃縮能力は飛躍的に拡大した。北朝鮮には1日乾かしたタオルを再脱水するほどの制裁を続けているが、ミサイル発射頻度は激増している。

なるほどロシアのGDPは2期連続で4%以上マイナスを記録しているが、削られているのはプーチンの戦費ではなく、ロシア国民の生活費だ。ましてや北朝鮮制裁とは違って、国連常任理事国ロシアに対する制裁は国連による制裁でもない。

ぼくはある記事に関心を持った。タイでロシア人旅行者が急増しているという(12月5日同上夕刊)。EUがロシア人観光客の受け入れを制限する中、ロシアとタイのリゾート地を結ぶ定期便が再開され、チャーター便も増えている。記事の見出しには「国際社会から批判も」とある。タイに「正義」が欠けているのだろうか。ぼくにはコロナ禍から這い上がろうとする観光国タイの人々の生活しか見えない。そもそもその「国際社会」とは、いったい誰のことを指しているのだろうか。

制裁は「正義」なのだろうか。アメリカやイギリスは、主要先進国から拒絶された経済は生き残れないと、いまだに考えているのだろうか。だとしたらそれは「不遜」あるいは「妄想」にすぎない。そして、高いレベルの経済制裁は戦争に準ずる行為だが、この対ロシア制裁に「戦勝国」はいない。

日誌資料

  1. 12/03

    ・中国ゼロコロナ「出口」に苦慮 抗議拡大、浮かぶ段階的緩和
    感染爆発なら死者200万人超も 接種率は低水準 高齢者対応急ぐ
    ・自公、反撃能力の保有合意 必要最低限度の自衛措置
    ・米雇用26.3万人増 11月市場予測上回る 失業率は横ばい3.7% 円一時133円台
    ・仮想通貨、世界で規制の波 FTX破綻、米で議論開始 顧客資産の保護焦点に
  2. 12/04

    ・ロシア原油上限60ドル合意 G7・EU・豪制裁足並み 上限を超える保険禁止<1>
    相場安定と両にらみ 制裁効果に疑問も
  3. 12/05

    ・原油減産、現状を維持 OPECプラス 対ロ制裁見極め <2>
    ・ロシア副首相「上限設定国に原油売らず」 G7など制裁へ
    ・移民危機再燃 EU悩ます ウクライナ産穀物不足で急増 受け入れ分担崩壊も<3>
    ・ロシア人旅客、タイで急増 国際社会から批判も
  4. 12/06

    ・原油、中東依存95%に 石油危機前超える 脱炭素で各国開発縮小 <4>
    ・実施賃金7ヶ月連続減 10月、マイナス幅2.6% 物価高に追いつかず <5>
    ・防衛費、5年43兆円 首相指示 年内に財源確保
  5. 12/07

    ・中国債務GDPの3倍 「ゼロコロナ」で再び最高 人口減も加速、成長余地狭く
    ・ウクライナが無人機攻撃 ロシア爆撃機拠点を標的
    ・米貿易赤字、10月6.7%増 海外需要減で輸出減
    ・英、米産天然ガス輸入倍増 両首脳が合意 ロシア産脱却へ <6>
    ・トランプ氏の一族企業 脱税などで有罪評決 次期大統領選へ打撃
  6. 12/08

    ・中国ゼロコロナ緩和 操業停止・封鎖の乱用禁止
    ・プーチン氏「核戦争の脅威高まる」 防衛手段「私たちは狂っていない」
    ・米、対ロ攻撃奨励せず ウクライナに 紛争激化回避狙う
    ・経常収支641億円赤字 10月 円安で9ヶ月ぶり 原油など資源高響く
    ・GDP年率0.8%減 7~9月改定値 個人消費は停滞
  7. 12/09

    ・防衛財源 増税で年1兆円強 首相表明、27年度以降 見えぬ安定確保
    ・中国・サウジ、包括協定 エネ・通信連携 人権、米欧対抗で一致
    ・台湾武器支援1.3兆円 米下院 国防権限法を可決
    ・タタ、インドで半導体生産 5年で12兆円投資の一環 トップが表明
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