「 2022年 」一覧

週間国際経済2022(15) No.308 05/13~05/19

今週のポイント解説 05/13~05/19

民主的国家の結束が落とす影

1.ぼくは激しく同意した

世界銀行のマルパス総裁は、5月26日にワシントンで開いたイベントで「グローバルシステムは途上国を置き去りにしている」と強調した。たとえばウクライナ戦争で不足する肥料や液化天然ガスを先進国が優先的に確保した結果、途上国に回っていた分が犠牲になっていると指摘した。またアメリカの利上げはドル建て債務を抱える途上国の負担増に繋がるが、その救済は「完全に膠着している」と述べた。付け加えるならば、こうした傾向はコロナ・パンデミックのなかでのワクチン供給についても浮き上がっていた姿だった。ぼくはマルパス氏の発言に激しく同意した。

昨年12月にバイデン氏は「民主主義サミット」を主催した。彼は今の世界を「民主主義と専制主義の戦い」と描き、彼の主観から選別された民主主義国をサミットに招待したのだが、ぼくはこれを「啓蒙主義的妄想」だと批判した(⇒ポイント解説№294参照)。

その民主主義国とはG7とNATO加盟国などいわゆる先進国を中心に構成され、専制主義国には多くの新興国がカテゴライズされていた。バイデン的妄想の危険性は、その両者の戦いが、ともすれば先進国による新興国の切り捨てとなりかねないことだ。

しかしこの度のウクライナ戦争こそは、劇画的に民主主義国と専制主義の戦いとして強調されているのだが、その一方で私たちが再認識した世界の実態は、その“民主主義国”と“専制主義国”との相互依存性の深さだった。

2.西側の結束

トランプ政権後半には、G7は共同声明すら出せなくなっていた。トランプ氏はNATO不要論者だった。バイデン氏は「同盟重視」を掲げるのだが、同盟国のアメリカに対する不信感は深く、簡単に払拭できるものではなかった。バイデン氏は「民主主義の結束」を訴えるのだが、そのアメリカの民主主義が疑わしいと、欧州の眼はじつに冷めていた。

ロシアのウクライナ侵攻は、この「西側の結束」を一気に固めた。それは冷戦終結後、最も高いレベルとなったのではないだろうか。これにゼレンスキー氏が果たした役割は絶大だった。アメリカの主要同盟国の議会で「民主主義のための戦い」を格調高く訴え、各国議員はスタンディング・オベーションでこれに応えた。

もちろん、ゼレンスキー氏は新興国や専制主義国家と見なされる諸国の議会でこのパフォーマンスを演じることはなかった。そしてこのウクライナ大統領が「西側」に訴えたのは、武器供与と対ロシア経済制裁だった。誰一人として反論の余地のない、強大な同調圧力が形成された。

3.武器供与

短期間でキーウを陥落するというロシアの「軍事作戦」は失敗し、ロシア軍は体勢を再編しようとするが劣勢が続いた。アメリカとイギリスの最新兵器が大活躍したのだ。バイデン政権はわずか3ヶ月の間に、日本の年間防衛費(世界第9位)に匹敵する軍事物資を供与した。NATO加盟国もこれに続いた。直接戦闘には参加しない、しかしウクライナ兵に武器を支援する。

東欧のNATO加盟国は、それまで主力だった旧ソ連製兵器をウクライナに供与し、これを機会にアメリカ製とイギリス製の新型兵器に装備を更新し始めた。ポーランドは旧ソ連製戦車「T72」をウクライナに供与し、イギリス製の戦車「チャレンジャー2」に置き換えた。アメリカは兵器供与を迅速化する「武器貸与法」を成立させ、「ジャベリン」や「スティンガー」は増産体制に入った。米英の防衛産業大手の株価は、ウクライナ侵攻以降12~23%上昇した。

フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請した。NATO加盟国は防衛費の対GDP2%を努力目標に定める。米英防衛産業は、新製品売却からメンテナンス、部品交換と長期に渡る安定市場を獲得した。

ウクライナ戦争は守る戦争から勝てる戦争に移行した。フランスやドイツ、イタリアは早期停戦を訴えるが、アメリカは少なくとも侵攻以前の状態までロシアの撤退を主張し、イギリスは2014年にロシアに併合されたクリミアの奪還まで主張する。

4.対ロ経済制裁

ロシアの石油・ガスを買うことは、ウクライナ兵を殺すロシア軍に資金を渡すことになる、という論理が重圧となる。ロシア財政の税収の過半はその石油・ガス輸出がもたらすものだからだ。しかし、産油国であるアメリカとイギリスが輸入するロシア産石油は、両国合わせてロシアの石油輸出全体の1%にしかならない。米英はこれを止めても、困らない。

最も苦しいのは、半分近くをロシア産石油に依存するEUだ。アメリカ政府の要請を受けて、エクソンやシェブロンなどアメリカ石油大手はシェールオイルを日量100万バレル増産する見通しとなった。これはロシア産石油輸出量の約2割に当たる。アメリカの液化天然ガス輸出量は、今年1~4月で前年同期比21%増え、このうち72%は欧州向けで、量でみると2倍以上に急増した。

果たしてこの制裁効果はいかほどなのだろう。前回も見たようにロシアの石油輸出量は4月、侵攻前までの水準に戻っている。EU向けが減った分、インドやトルコ向けが急増したからだ。しかも原油価格は急騰している。このためノルウェーの調査会社によるとロシアの今年の関連税収が前年比で45%増えるというのだ。

もちろん制裁は「長期的に」ロシアを弱体化させるだろう。しかし当面の戦闘のための資金はむしろ潤沢になっている、なんという皮肉か(ぼくは経済制裁一般を支持していない⇒ポイント解説№300参照)。

この皮肉は、次のことを教えている。対ロ制裁は世界的な包囲網を作れていない。なぜならこの戦争は、バイデン氏によると「民主主義と専制主義の戦い」だからだ。

5.アフリカ、中東、東南アジアとロシア

3月初めの大統領一般教書演説でバイデン氏は、「プーチンはかつてなく世界から孤立している」と断じた。直後の国連総会(3月2日)における対ロシア非難決議には141ヵ国が賛成した。反対したのは5ヵ国、棄権は35ヵ国だった。圧倒多数に見えるのだが、反対・棄権国の総人口は賛成国のそれを上回る。

まずはアフリカ諸国。ウガンダのムセベニ大統領は、国連総会後に日本経済新聞の取材に応じ、「アフリカは距離を置く」と語った。NATOは2011年にリビアを空爆し、地域にテロが拡散した。ウクライナへの肩入れは「二重基準」ではないかと欧米を批判する。サハラ以南のアフリカに対して、ロシアは最大の武器輸出国だ。

次に中東。サウジアラビアなど親米国が多いが、「OPECプラス」を構成するロシアとの協調は欠くことができない。しかもバイデン政権がイラン核合意を再開しようとする動きにも神経を尖らせている。対ロ禁輸制裁の埋め合わせとして原油増産を求められても応じない。サウジの経済相は最近になっても「ロシアとの強い関係を維持する」と断言するようになっている。またエジプトは世界最大の小麦輸入国で、その大半をロシアに依存している。

ASEANもインドも、ロシアの武器に依存している。ロシアの弱体化は、この地域における中国とのバランスを崩すと彼らは警戒している。

6.戦争長期化の不利益

米英は「利益」とまで言うと生臭いが、資源依存、難民受け入れなどで欧州の対ロ制裁「返り血」による不利益とは比べものにならない。しかし多くの新興国は、対ロ制裁には同意していなくても甚大な不利益を被っている。レバノンは小麦の8割をウクライナとロシアに依存している。ソマリアは過去40年で最悪の干ばつに見舞われている。イエメンでは食糧難で「大惨事へのカウントダウン」(国連)が警戒されている(4月17日付日本経済新聞)。

ここに肥料価格の高騰が追い打ちをかける。世界銀行によると肥料価格指数は3月、前年同月比で2.3倍に急騰した。これらの多くはロシアとウクライナのシェアが高く、天然ガスの高騰もアンモニア価格を押し上げる。サハラ以南では肥料使用量が3割減少し、1億人分に相当する食料の生産が落ち込んでいるという(5月1日付同上)。

これらの資源価格高騰などによるインフレに対して、アメリカとイギリスは利上げを加速させるが、これが資源国を含む新興国からの資金流出を促し、通貨下落による輸入インフレが過重な負担となっている。さらにドル建て債務の膨張が、新興国財政を悪化させ、それがまた通貨下落を生む悪循環に陥っている。

「民主主義のための戦い」とは、民主主義国の結束を自己目的化してはいけない。たとえ“民主主義国”ではなかろうと、世界の大多数の貧困、飢餓とも戦うべきなのだ。

日誌資料

  1. 05/13

    ・世界の小麦、450万トン減(前年比35%減)米農務省見通し ウクライナ減産で
    ・フィンランドNATO加盟表明 米欧歓迎 対ロ安保強化
    ロシア政府系電力会社、フィンランドへ送電停止 ガス停止の恐れ
  2. 05/14

    ・国交省「建設工事受注」統計課題計上 最大年5兆円も 信頼回復道険しく
    ・マスク氏「買収、一時保留」 ツイッター 偽アカウント実態調査
    ・NY株7週続落 21年ぶり
    ・北朝鮮、発熱52万人 金正恩氏「建国以来の大動乱」 コロナ感染爆発か
    ・ロシア 4月消費者物価17.8%上昇
  3. 05/15

    ・G7中心の制裁試練 ロシア、原油高騰で税収5割増も 禁輸、包囲網作れず
    G7外相会合、制裁拡大も 石油輸入インド、トルコ大きく増加 中国は減らず
  4. 05/16

    ・沖縄復帰50年記念式典(15日) 首相、基地負担減を強調「強い経済を実現」
    ・東欧、防衛装備の更新急ぐ 旧ソ連製→米欧製にシフト <1>
    ・企業物価10.0%上昇 4月 41年ぶり2桁伸び 資源高騰など響く <2>
    ・スウェーデン、NATO加盟申請へ
  5. 05/17

    ・小麦生産2位のインド、輸出停止 価格高騰に拍車も
    ・北欧2ヵ国のNATO加盟 「反対」トルコを説得 両国高官訪問へ
    ・中国ゼロ・コロナ、景気直撃 4月生産2.9%減 小売11%減 <3>
  6. 05/18

    ・GDP年率1.0%減 1~3月 2期ぶりマイナス コロナで消費低迷
    昨年度は2.1%増 コロナ前19年度に届かず
    ・「コロナ貯蓄」50兆円に膨張 国内昨年末、1年で2.5倍に <4>
    経済再開遅れ、消費鈍く 米は310兆円、景気下支え
  7. 05/19

    ・フィンランド、スウェーデン NATO加盟申請 両首脳訪米 <5>
    消える緩衝地帯 膨らむ防衛負担
    ・EU「脱ロシア」へ29兆円 エネルギー、27年まで 太陽光パネル設置義務、水素も
    ・NY株急落1164ドル(3.6%) 小売業績低迷 2年ぶり下げ幅 <6>
    市場、景気後退リスク警戒 IT→消費に売り拡大 日欧に連鎖
    ・4月の輸入額 過去最高 資源高響く 貿易赤字9ヶ月連続
    ・ロシア、GDPが減速 1~3月3.5%増 経済制裁影響は4~6月に
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf